Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「かはたれ 散在ヶ池の河童猫」朽木祥著(福音館書店)

2009-01-20 | 児童書・ヤングアダルト
「かはたれ 散在ヶ池(さんざいがいけ)の河童猫」朽木祥(くつき しょう)著(福音館書店)を読みました。
「かはたれ」それは「彼は誰」。
おぼろな光の中の、見極めがたい夜明けの薄明のこと。
子猫に姿を変えた河童のこども・八寸と、少女・麻(あさ)との交流を描いたファンタジーです。

冒頭の蝶とんぼが群れ飛ぶ美しい場面からひきこまれました。
人間で言えば8歳くらいの八寸は、河童の長老の術で猫に姿を変えられ、人の暮らしぶりを知るために、人間の住む場所へ向かいます。
最初は八寸(あるいは猫)の目線で読んでいたから、人間が出てきてどきり・・・本当に動物から見た人間とは、唐突で何をするかわからない存在で怖いんでしょうね。

八寸も麻も可愛くてほほえましい。
しかし八寸が家の中を散らかしまわる場面は、まるでうちの子供たちみたい・・・。「ゲンジョウシュウフク!」と笑いながら片付けた麻のお母さんってえらいよなあ。

それから学校の先生が麻に見ているもの(この子は母親を失くして心を病んでいるに違いない!)と、
麻(あさ)の実際の気持ち(自分の感覚が自分のものなのか、人からすりこまれたものなのかわからないとまどい)との見解の相違は、八寸が感じているものと通じるものだと思いました。

「人間はどうやって人間以外の生き物の気持ちを理解しているのか、あるいは誤解しているのか。人間は、なんでもわかったふりをしてるだけなんだろうか」

まだ自分でも自分の気持ちがわからない、そしてそれを語るべき言葉を知らない「こども」。
なにかの気持ちや状況に名前をつけパターン化することに慣れ、自分の頭で考えないことに慣れてしまっている「おとな」。
「こども」の中にも後者のような人はいるし、逆に大人の中に前者もいる。
この対比、とても印象的でした。

それから麻のお母さんの「耳に聞こえない音楽」の話はとても素敵でした。
「Heard merodies are sweet,but those unheard are sweeter.」
「耳に聞こえる音楽は美しい、でも耳に聞こえない音楽はもっと美しい」
イギリスの詩人J・キーツの言葉だそうです。

「耳に聞こえたもの 赤ゲラが木をつつく音」
「耳に聞こえなかった音 赤ゲラにつつかれていた木の声」

麻が八寸と暮らし、お互いにかけがえのない存在になれたのも、このように、目に見えないものを感じ取れるやわらかな心をもった麻だったからこそでしょう。

私の実家は湘南にあり、鎌倉もよく出かけることが多かったので、本の中に鎌倉の地名があちこちに出てくるのも面白かったです。