先週久しぶりに行ってみたピーク・ディストリクトの町、バクストン Buxton の...
...ランドマーク的建築物、バクストン・クレセント Buxton Crscent 。
半円形(クレセント=三日月)の現在、英国に残る18世紀のジョージアン建築の最高傑作のひとつです。
(クレセントに向かって)右から左へ歩いて撮った写真です。
大掛かりな改修改築後、初めて行って見てみました。
バクストンは古代ローマ人が開発した温泉町です。
鉱泉を飲み、ぬるい温泉に浸かる健康法が大流行した18世紀に、同じく古代ローマ人の湯治場として栄えたバース Barth は長逗留する上流階級の人々のおしゃれな社交場として再び大賑わいだったそうです。
1789年、地元貴族の第5代デボンシャー公爵、ウィリアム・カヴァンディッシュがバースにあやかろうと町おこしのために建てたのがこのバクストン・クレセントです。
おおがかりな社交場のある、豪華な宿泊施設付きの病院、湯治施設です。
一階のアーケードにはズラーッとオシャレな店が並んでいたそうです。
実際、バクストンはこのクレセントを中心ににぎわったそうですが...
現在、世界遺産に登録され、国際的に有名なバースに比べるとバクストンの知名度はダントツに低いですね。
ストックポート日報によく出てくるから知った、という読者の方が多いと思います。
20世紀初頭に鉱泉健康法が廃れた後、町も賑わいを失っていったみたいです...と言うか上流階級の人々の足は遠のいたみたいですね。
バースには19世紀にはすでに復元されていた古代ローマ遺跡とか,18世紀の壮大な都市計画とかいろいろな見どころが盛りだくさんなのでした。
町の規模も全然違うし。
さて、このバクストンのクレセントです。
温泉療法を受けるために滞在する人が来なくなったあと、住宅やオフィスなどに間貸しされていたそうですが、老朽化する部分ごとにちょこちょこ修理をくわえていくことに無理が出てきて、どんどん空き家が増えていったようですね。
1980年代には一部がホテルや市役所や図書館の出張施設として使われていたそうです。
第一級保存建築なので取り壊すわけにもいかず、1990年代以降は完全に空き家になった壮大なランドマークが崩壊しないよう応急措置を繰り返してきたそうです。
まだ改修工事が始まる前の30年ほど前にはじめてきた時は外壁はすすけ、板で覆われた窓が多く、ぼろっちく悲し気な印象でした。
そのうち改修する予定ではあったようですが、高額な修復費用の捻出に紆余曲折があったようです。
2003年に宝くじ文化振興基金からの修復予算を獲得して大掛かりな修復作業が始まりました。
それ以後、いつ行っても板囲いにぐるっと囲われていました。
建物の地下にある「バクストン・ミネラル・ウォーター」の源泉の所有権を持つネスレィ社 Nestle(瓶詰めして全国に手広く販売しています)が法的訴訟を起こしたりもしています。
予算の壁に何度もぶち当たって17年もの歳月を費やしてついに完成、2020年5月にグランド・オープニングが予定されていたものの、コロナウィルスのパンデミックのため、2020年10月まで延期になりました。
オープンして1年たっていますね。
バクストン・クレセント・ホテル Buxton Crescent Hotel は5つ星の豪華なスパー・リゾートホテルです。
ホテルなら広いロビーとだれでも利用できるバーやティールームでもあるのでは、と思ったのですが、けっこうプライベートな感じの目立たない狭い入り口でした。
(上から3番目の写真に、真ん中のアーチ奥に開いた扉が見えるでしょう? それがホテルの入り口でした。)
フロントは長い廊下の奥にあるようで、おそらくラウンジやロビーも表からは見えないところにあるようです。宿泊もしないのに見物するのははばかれる佇まいでした。
建物内に入場料を払って内部を見学できる施設がありましたが、誰かが訪ねてきた時にでもいっしょに行けば楽しいかも...と思い訪問は取っておくことにしました。
帰宅後、検索してみました。
2泊以上の宿泊と、スパー・トリートメントがセットになった豪華な美容健康パッケージのサービスを提供しています。
数種類のサウナやトルコ風呂、3つの鉱泉浴プールがあるようです。
プールに入る人は水着を着ています。
ヴィクトリア時代の、ステンドグラスやドームのあるプールが修復再現されていますが、客室などのインテリアはクラシックなムードを生かした退屈な現代風の豪華ホテルふうに改装されちゃっています。
消防法とか、いろいろ現代の安全規格に合わせなければならないからでしょうね。
けっきょく、修復にかかった費用は全部合わせると68、400、000ポンド(10,693,379、636円、うそでしょう?と思うような金額です)に上ったそうです。
18世紀に、建築にかかった9年は記録的な長さです。
それを上回る修復の(休み休みで)17年もスゴい長さでした!
続きは次回に!!
(バクストンの他の場所の写真が載っている以前の記事のリンクも次回貼るつもりです...なにせ、バクストンの記事の数はものすごく多いものですから収拾がつきません)
...ランドマーク的建築物、バクストン・クレセント Buxton Crscent 。
半円形(クレセント=三日月)の現在、英国に残る18世紀のジョージアン建築の最高傑作のひとつです。
(クレセントに向かって)右から左へ歩いて撮った写真です。
大掛かりな改修改築後、初めて行って見てみました。
バクストンは古代ローマ人が開発した温泉町です。
鉱泉を飲み、ぬるい温泉に浸かる健康法が大流行した18世紀に、同じく古代ローマ人の湯治場として栄えたバース Barth は長逗留する上流階級の人々のおしゃれな社交場として再び大賑わいだったそうです。
1789年、地元貴族の第5代デボンシャー公爵、ウィリアム・カヴァンディッシュがバースにあやかろうと町おこしのために建てたのがこのバクストン・クレセントです。
おおがかりな社交場のある、豪華な宿泊施設付きの病院、湯治施設です。
一階のアーケードにはズラーッとオシャレな店が並んでいたそうです。
実際、バクストンはこのクレセントを中心ににぎわったそうですが...
現在、世界遺産に登録され、国際的に有名なバースに比べるとバクストンの知名度はダントツに低いですね。
ストックポート日報によく出てくるから知った、という読者の方が多いと思います。
20世紀初頭に鉱泉健康法が廃れた後、町も賑わいを失っていったみたいです...と言うか上流階級の人々の足は遠のいたみたいですね。
バースには19世紀にはすでに復元されていた古代ローマ遺跡とか,18世紀の壮大な都市計画とかいろいろな見どころが盛りだくさんなのでした。
町の規模も全然違うし。
さて、このバクストンのクレセントです。
温泉療法を受けるために滞在する人が来なくなったあと、住宅やオフィスなどに間貸しされていたそうですが、老朽化する部分ごとにちょこちょこ修理をくわえていくことに無理が出てきて、どんどん空き家が増えていったようですね。
1980年代には一部がホテルや市役所や図書館の出張施設として使われていたそうです。
第一級保存建築なので取り壊すわけにもいかず、1990年代以降は完全に空き家になった壮大なランドマークが崩壊しないよう応急措置を繰り返してきたそうです。
まだ改修工事が始まる前の30年ほど前にはじめてきた時は外壁はすすけ、板で覆われた窓が多く、ぼろっちく悲し気な印象でした。
そのうち改修する予定ではあったようですが、高額な修復費用の捻出に紆余曲折があったようです。
2003年に宝くじ文化振興基金からの修復予算を獲得して大掛かりな修復作業が始まりました。
それ以後、いつ行っても板囲いにぐるっと囲われていました。
建物の地下にある「バクストン・ミネラル・ウォーター」の源泉の所有権を持つネスレィ社 Nestle(瓶詰めして全国に手広く販売しています)が法的訴訟を起こしたりもしています。
予算の壁に何度もぶち当たって17年もの歳月を費やしてついに完成、2020年5月にグランド・オープニングが予定されていたものの、コロナウィルスのパンデミックのため、2020年10月まで延期になりました。
オープンして1年たっていますね。
バクストン・クレセント・ホテル Buxton Crescent Hotel は5つ星の豪華なスパー・リゾートホテルです。
ホテルなら広いロビーとだれでも利用できるバーやティールームでもあるのでは、と思ったのですが、けっこうプライベートな感じの目立たない狭い入り口でした。
(上から3番目の写真に、真ん中のアーチ奥に開いた扉が見えるでしょう? それがホテルの入り口でした。)
フロントは長い廊下の奥にあるようで、おそらくラウンジやロビーも表からは見えないところにあるようです。宿泊もしないのに見物するのははばかれる佇まいでした。
建物内に入場料を払って内部を見学できる施設がありましたが、誰かが訪ねてきた時にでもいっしょに行けば楽しいかも...と思い訪問は取っておくことにしました。
帰宅後、検索してみました。
2泊以上の宿泊と、スパー・トリートメントがセットになった豪華な美容健康パッケージのサービスを提供しています。
数種類のサウナやトルコ風呂、3つの鉱泉浴プールがあるようです。
プールに入る人は水着を着ています。
ヴィクトリア時代の、ステンドグラスやドームのあるプールが修復再現されていますが、客室などのインテリアはクラシックなムードを生かした退屈な現代風の豪華ホテルふうに改装されちゃっています。
消防法とか、いろいろ現代の安全規格に合わせなければならないからでしょうね。
けっきょく、修復にかかった費用は全部合わせると68、400、000ポンド(10,693,379、636円、うそでしょう?と思うような金額です)に上ったそうです。
18世紀に、建築にかかった9年は記録的な長さです。
それを上回る修復の(休み休みで)17年もスゴい長さでした!
続きは次回に!!
(バクストンの他の場所の写真が載っている以前の記事のリンクも次回貼るつもりです...なにせ、バクストンの記事の数はものすごく多いものですから収拾がつきません)
芝に(芝公園 東京タワーの下)にクレッセントというレンガ作りの洋館があり 石黒さんの お嬢さんがマダムをしてた 料理屋が 有りました
大学生の頃 50年前ですが あそこで 女の子と
デートしたら格好いいな と 思ってました
こんな立派な三日月でなくて 小ぢんまりとした赤茶色のレンガの洒落た洋館でした
芝のクレッセントって、今もありますか(初耳です)石黒さんってどなたですか。
もう 廃業してる(2−3年前に)と 思います
石黒さんは 京都大学のラクビー部の方で お公家さんと聞いております
日本のラクビーが始まった頃に 香山さん(秩父の宮のお付きで英国のOxfordに行って 日本にRugbyを持って来た方)と 一緒に プレーしたとか 聞いてます
お公家さんって こうゆう方なのだ と 50年前に 思いました