創価学会創立の月 記念インタビュー〉 インド文化関係評議会前会長 ロケッシュ・チャンドラ博士――今、法華経の精神が果たす役割とは2021年11月13日
釈尊、日蓮大聖人、そして創価学会へと受け継がれる法華経の精神とは何か。また、さまざまな危機に直面する現代の世界において、創価学会が果たすべき役割とは何か――。創価学会創立の月記念インタビューの第2回は、高名な仏教学者であり、インド文化関係評議会(ICCR)前会長のロケッシュ・チャンドラ博士に話を聞いた。
――インドで生まれた釈尊の仏法は、長い年月をかけ、中国などを経て日本に伝わりました。日本で誕生された日蓮大聖人は、将来、法華経を基盤とした「太陽の仏法」が日本からインドへ、世界へと流布していく「仏法西還」を予言されました。今、大聖人の仏法は民族や言語の差異を超え、全世界に広がっています。博士は、こうした仏法流布の歴史を、どのように見ておられますか。
インドと中国の間には、紀元前に始まる長い文化交流の歴史があります。特筆すべきは、中国など東アジアへの仏教の流布が、人々にとって、性別や身分に基づく社会的差別を乗り越える一つの力になったという点です。
例えば、当時の中国では女性が文字を書くことはまれでした。しかし仏教が伝わると、尼僧が経を読み、それを書写するようになりました。
また学問を学ぶことは、身分の高い一部の人々に限られた特権でした。そうした中で仏教寺院は、あらゆる人々に門戸を開き、庶民の子どもたちも自由に高度な哲学を学べるようになったのです。
そもそも仏教は、一神教のような「神」を中心とした宗教ではありません。人間に神聖さを見いだし、人間を中心に据えた宗教です。仏教の関心は、常に、人間そのものにあります。
こうした仏教の広がりは、社会で最も弱い立場にある人々に「生きる力」を与えることになりました。とりわけ女性の尊重という点において、仏教は多くの宗教の中で抜きんでています。
釈尊の滅後、さまざまな経典が編まれましたが、中でも生命の尊厳性、平等性といった釈尊の思想を最も正しく伝えるのが、一乗思想(※編集部注)を持った「法華経」です。
日本への仏教伝来は、まさに法華経とともにありました。聖徳太子が書いたとされる法華経の注釈書(『法華義疏』)は、日本最古の書物といわれています。
法華経の一乗思想は、日蓮大聖人の御書に見ることができます。
大聖人はこの法華経の一乗思想を、仏教が滅びたインドで再び開花させたいと願ったのです。
中国や日本で使われる「印度」という言葉は、唐の時代の訳経僧である玄奘がサンスクリット(古代インドの文語)の「インドゥ(Indu)」を音写したものです。インドゥは「月」を意味します。
日本が「太陽の国」であるならば、インドは「月の国」といえます。未来において、法華経が「太陽の国」から「月の国」へと還っていく――日蓮大聖人が、こうした視覚的イメージを抱いていたのも不思議ではありません。
創価学会はこの数十年の間、法華経とその価値をインドにもたらすことに成功しています。
法華経に内在する人間主義の精神は、東アジアの社会において極めて重要なものでした。それは今、急速に、世界が誇るべき財産となりつつあります。
多くの人々が、生命と自然、平和と発展の調和という、創価の持つ価値の光に目覚めています。創価学会は法華経の持つ豊かで、かぐわしい精神を全地球に広げているのです。
――サンスクリットの権威である、お父さまのラグヴィラ博士は、1930年代に、インド独立の父マハトマ・ガンジーと、法華経や日蓮大聖人の仏法を巡り語り合ったことがあると伺っています。
当時、ガンジーのもとには連日、大勢の人々が訪れていました。ほとんどの人は政治について論議するために訪問していたのですが、ある日、文化について語る日本の人々がやって来たのです。彼らは法華経の信奉者でした。
滞在中、さまざまな語らいの中で、日蓮大聖人の「南無妙法蓮華経」の題目が話題になりました。しかし、その説明が難解だったため、ガンジーは私の父を呼び寄せたのです。父はガンジーと長時間にわたり語り合いました。また父は、手元にあったサンスクリットの「法華経」校訂版である「ケルン・南條本」をガンジーに贈呈しました。
こうした経緯で、ガンジーは、道場での祈りの中に「南無妙法蓮華経」の題目を取り入れるようになったのです。道場に暮らす人々は、毎日、この題目を唱えていました。
――創価学会は日々の信仰実践のみならず、平和・文化・教育など多彩な活動を通して、法華経の哲理を社会に展開しています。現代において、法華経の精神が果たす役割について、どうお考えでしょうか。
西洋社会では、「価値の崩壊」が起きています。西洋は、新たな価値のパラダイム(枠組み)を求めていますが、それがどういったものであるかは、まだ模索中です。
人々の生活は、お金とAI(人工知能)に支配されており、物質主義を超えた創造的な生活が求められています。今こそ法華経の哲理が必要なのです。
では、法華経が持つ人間主義とは何でしょうか。
それは「知恵」と「慈悲」に象徴されるものです。人間だけでなく、自然をも尊い存在として包含する人間主義です。そして、両者を超えた、さらに深い次元の生命の価値観に根差したものです。
ここで指摘したいのは、創価学会が、「価値」の概念を発展させてきたという点です。
池田先生は、各人が社会で創造する価値を、開かれたものとして示しています。開かれた価値は、現代において非常に重要です。なぜなら私たちは、これまでとは違った新しい生き方、新しい人間関係、新しい国家関係を構築しなければならないからです。
そもそも仏教は、ドグマ(教条、独断)を持たない宗教です。「絶対性」は時に暴力を生み、テロをもたらします。釈尊自身も、“さあ、こちらに来なさい”と自ら人に声を掛ける、開かれた心の持ち主でした。悪人とも語り合い、知恵を授けることで改心させました。
世界は今、開かれた価値を求めています。価値とは「過去形」でも「未来形」でもありません。新たな道を見つけ続けていく「現在進行形」のものです。
創価学会は、時代と場所の違いに応じて、柔軟に価値を創造しています。そして、価値に「人間主義」の精神を吹き込むことで、誰もが法華経の精神を、思想の上でも、実践の上でも受け入れられるように展開しているのです。
実は、インド創価学会本部の建物は、私が理事長を務めるインド文化国際アカデミーのすぐ近くにあります。
私は9歳の頃から日本語を学び、桜の国である日本への関心を深めてきました。インド創価学会の皆さんは、この不調和の時代にあって、“価値の桜”を万朶と咲かせているのです。
――インドでは13世紀に仏教が滅亡しました。古今東西の歴史を見た時に、宗教の衰亡に見られる共通した要因は何だとお考えでしょうか。
当時、インドでは仏教は高度に組織化され、その信仰生活は、主に大規模な僧院の中で行われていました。そうした中、財産を蓄えていた僧院は、侵入したイスラム勢力によって破壊されました。僧侶は殺され、蔵書は焼かれ、建物はがれきと化しました。
一方、仏教は在家の信者に対しては宗教的な儀礼を行っておらず、社会での存在感がありませんでした。ゆえに、僧院がなくなると同時に仏教も消滅してしまったのです。宗教は、社会的な価値を失うと衰亡してしまうのです。
今、創価学会は、実生活に即した価値の創造に力を注いでいます。まさに「生きた仏教」だといえます。
――博士は、お父さまを師匠と仰ぎ、その遺志を継いで仏教研究に生涯をささげてこられました。創価学会においても、信仰の基軸に「師弟」を据えています。宗教における「師弟」という人間関係を、どうお考えでしょうか。師を神格化せず、その生き方を継承していくために必要なことは何でしょうか。
師弟は、より高い価値を生み出していく基盤です。師は、次の世代に伝えていくべき価値の体現者だからです。
法華経がインドから東アジアへと広まった歴史において、私は「3人の宝」がいると思っています。
法華経をサンスクリットから中国語に翻訳した鳩摩羅什、法華経の精神を日本に脈動させた日蓮大聖人、そして「創価」や「価値」という形で法華経を定義した池田先生です。
この3人の人物はいずれも、それぞれが生きた時代と社会状況に応じて価値を生み出してきました。
ここで重要なことは、彼らが示したのは「固定された価値」ではなく、「実現すべき価値」である、という点です。これまでにも申し上げた通り、法華経は、その理解と活用においては、非常に開かれた経典だからです。
インドでは古来、師弟の関係が重んじられてきました。ガンジーは「私の人生そのものがメッセージだ」と語りました。彼の道場においても、弟子たちはガンジーの魂の響きに触れ、その正しい生き方に学びました。
師匠は単に「思想の体系」だけでなく、生きた価値を生む「生命の感覚」を弟子に伝えるのです。
毎年の池田先生の平和提言は、まさに人類の傑作です。人類の生活を持続させるには何が必要か、豊かな自然を守るには何が必要かを指し示しています。師匠の役割とは、価値を「生きた」ものにすることです。
価値を受け入れるだけでなく、「価値に生きる」ことが重要なのです。偉大な思想、自然、人類にささげられた人生――それは価値と一体の人生です。
師匠と共に生きる。それは、「小さな種」が、どのように「巨大な森」に育つかを学ぶことなのです。
――現在、人類は新型コロナウイルスの世界的大流行や、気候変動などの危機に直面しています。また核兵器の拡散やテロなども深刻な問題です。池田先生は、2030年までの10年間が、人類にとって重大な分岐点になると述べています。博士は、こうした人類的な課題を乗り越えていくために、何が必要だとお考えでしょうか。また、学会の役割・使命について、何を期待されますか。
この10年は、非常に難しい時代です。この期間が人類の運命を決めるかどうかはともかく、人々は未来への新たな道を模索しています。
こうした中で、創価学会は、人間主義、自然との共生、開かれた思考、知恵や慈悲などの精神を広めています。
現代は、「知恵」とかけ離れた時代です。現代を象徴するのは「実験」です。知恵は実験からは生まれません。知恵は、意識より深い無意識の層に由来するものだからです。
雄大なヒマラヤの森も、木々がぶざまに伐採され、洪水が起きています。「無制限の発展」には歯止めが必要です。
今、求められているのは「グローバルな対話の体制」です。創価学会には、そのための資源が整っています。創価大学や東洋哲学研究所などの素晴らしい教育・学術機関があり、優秀な人材もそろっています。
池田先生の思想を、明快な形にして世界へ、未来へと伝えていかねばなりません。世界の識者が対話の席に招かれる必要があります。創価学会は、ぜひともその原動力となってもらいたい。
池田先生はこれまで、万人の幸福を目指し、世界の知性と対話を重ねてきました。これは偉大な功績です。皆さんには、この世界的な対話運動を継承していただきたいのです。
経済的な価値は重要ですが、唯一の価値ではありません。人間の心の変革が必要です。物質的な豊かさに、人間の価値が付与されなければなりません。
創価学会こそ、価値とともに成長・発展していくための、人類の大いなる「希望」なのです。
〈プロフィル〉
ロケッシュ・チャンドラ 1927年、インド・アンバラ生まれ。父親はサンスクリットの権威ラグヴィラ博士。ラホールのパンジャブ大学で言語学修士号、オランダ・ユトレヒト大学で博士号を取得。インド国会議員、インド文化関係評議会会長などを歴任。サンスクリット、パーリ語、日本語、中国語、フランス語、ロシア語など22の言語に精通し、『チベット語・サンスクリット辞典』『仏教美術事典』『シャタピタカ』シリーズなど、膨大な著作がある。2006年、インドの国家勲章「パドマ・ブーシャン」を受章している。インド文化国際アカデミー理事長。
〈編集部注〉
一乗思想=仏が教えを声聞・縁覚・菩薩の三乗に区別して説いたことは、衆生を導くための方便であり、一仏乗である法華経こそが、全ての衆生を成仏させる真実の教えであるとする思想。
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