小説「新・人間革命」に学ぶ 第24巻 基礎資料編 2020年10月7日
- 連載〈世界広布の大道〉
今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第24巻の「基礎資料編」。各章のあらすじ等を紹介する。次回の「名場面編」は13日(火)付、「御書編」は21日付、「解説編」は28日付の予定。
1976年(昭和51年)の8月末、山本伸一とフランスの作家アンドレ・マルローとの対談集が発刊された。また、同月半ばから10月上旬にかけて開催された県・方面の文化祭は、「人間革命の歌」とともに、人間讃歌の絵巻を繰り広げた。
9月5日、伸一は東京文化祭に出席。彼の作った詩に曲をつけた「母」の歌が演奏された。伸一は、歌声に耳を傾けながら、世界中の尊き母たちへの感謝を込め、病床にある母・幸を思い、心で唱題。また、再挑戦で5段円塔を完成させた男子部員らを励ます。文化祭の終了後、伸一は容体が急変した母を見舞うため、実家へ急ぐ。母は、彼の姿を見ると、安心したようにほほえみ、目を閉じる。伸一は、明るく、忍耐強かった母の思い出をかみしめる。翌朝、母は安らかに霊山へと旅立つ。
伸一は15日、静岡県の東海研修所(当時)で、牧口常三郎を顕彰する胸像除幕式に臨む。10月25日には戸田城聖の故郷・厚田村で戸田記念墓地公園の着工式に出席する。さらに石川に戸田記念室、富山に牧口記念室の設置を提案するなど、師弟の魂を永遠にとどめようと力を尽くす。
1976年(昭和51年)晩秋の夜、山本伸一は「牙城会」の青年と共に、学会本部周辺の施設を隅々まで点検し、絶対無事故を期す基本を徹底。学会厳護の精神を訴える。
また、「創価班」には、翌年1月6日の総会の開催を提案。「創価班」は、76年11月に、「輸送班」を発展的に解消し、諸行事の運営などを行う人材育成機関として新発足した。77年(同52年)の元日の新年勤行会終了後、伸一は、学会本部の前庭で、「創価班」の青年ら役員と記念撮影。「吹雪に胸はり いざや征け」との精神で進むことを訴える。「白蓮グループ」のメンバーとも、何回もカメラに納まり、民衆奉仕の精神と「冥の照覧」への確信をと語る。
「教学の年」と名付けられた77年、聖教新聞の元日付には、伸一の「諸法実相抄」講義が、さらに「大白蓮華」1月号には、「百六箇抄」講義が連載開始される。伸一は、1月15日には、大阪で開催された教学部大会で、“宗教のための人間”から“人間のための宗教”への大転回点が仏教の発祥であることなどを講演。彼は、広布のため、大教学運動で新時代開拓の扉を開こうとする。
1977年(昭和52年)、学会は、広宣流布の主戦場である第一線組織の強化に取り組む。山本伸一は、各部大ブロック幹部の勤行会に出席し、仏法への大確信を打ち込んでいく。伸一に代わって勤行会を担当する最高幹部との懇談では、全同志の功徳と歓喜の実証こそが、組織強化の要点であることを訴える。
人間教育の大切さを痛感する伸一は、61年(同36年)に教育部が誕生して以来、教育部の育成に力を注ぎ、主要な催しには、長文のメッセージを贈り、人間教育への指針を示してきた。
その期待に応え、教育部では各地で教育相談室や「父母教室」などを実施。75年1月7日の第9回教育部総会では、「人間教育運動綱領」(第1次草案)が発表された。以後、実践報告大会の開催や体験談集の発刊などに取り組んできた。
77年2月6日夜、伸一は東京教育部の第1回勤行集会に出席。学会が永遠に発展し続けるには“人類のために”“民衆のなかへ”とのたゆまざる流れが必要不可欠と訴える。教育部は、新時代の大空に雄々しく飛翔し、人間教育の潮流を広げていく。
1973年(昭和48年)10月24日、社会本部に、社会部、団地部、農村部(現在の農漁光部)、専門部の設置が発表される。信心を根本に、社会、地域に貢献していくことを目指して設置されたものである。
山本伸一は、77年(同52年)2月2日、社会部の勤行集会に出席し、皆が職場の勝利者となる要諦を語る。彼は、社会部のみならず、社会本部の各部メンバーを次々に激励。
17日には、全国の農村部、団地部の代表メンバーが集って開催された第1回「農村・団地部勤行集会」へ。過疎化のなかで農業再生のために「農業講座」や「農村青年主張大会」などを開催する農村部に、伸一は“地域、学会の灯台たれ”との指針を示す。一方、団地部は、過密化した居住環境のなかで、潤いのある人間共同体をつくるために献身していた。伸一は、団地部のメンバーには“幸福への船長、機関長たれ”との指針を贈る。また、翌78年(同53年)6月25日には、第1回「団地部全国大会」(東日本大会)にも出席する。
社会本部のメンバーは、一人一人が社会に蘇生の光を送る「灯台」となって、社会の航路を照らしていく。
「母」の歌は、1971年(昭和46年)10月に池田先生が詠んだ長編詩「母」をもとに作曲された。長編詩に推敲の筆跡が記された直筆原稿が保存されている。76年(同51年)8月、メロディーを付けた「母」の歌が発表。婦人部結成60周年を迎えた2011年(平成23年)6月、“創価の母”をたたえる同歌の歌碑が、創価世界女性会館に設置された。
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「情熱の日」記念の集いへの池田先生のメッセージ 2020年10月8日
- 地球民族の明日照らす「勇気の太陽」と輝け!
東西の学園きょうだいが「ワンチーム」となって、美しい「青春の虹」をかけゆく「情熱の日」、誠におめでとう!
「学園魂」を燃やし、感染症対策やオンラインなど、創意工夫をしながら、新たな学びと鍛えに挑戦しゆく皆さん一人一人を、私は最大に讃えます。
今日は一点、「地球民族の明日を照らす勇気の太陽と輝け!」と申し上げたい。
今、わが学園生に世界中の知性が注目し、大いなる期待を寄せております。その最初の忘れ得ぬ一人が、50年前の10月、学園に来校し講演をしてくださった「ヨーロッパ統合の父」クーデンホーフ=カレルギー伯爵です。尊き父母の志を継ぎ、あのヒトラーの迫害にも屈せず、ヨーロッパ、そして世界の平和と連帯のために奔走し抜いた大情熱の勇者です。
伯爵は私との対談で、人類の未来は現在の青年たちが学び磨く「明敏な(賢く鋭い)頭脳」によって決定づけられると強調されていました。この伯爵が“学園生は本当に凜々しい。21世紀の指導者として世界平和を達成してくれることが楽しみでならない”と語られていたのです。当時、伯爵とお会いした先輩たちを先頭に、その通りの陣列となりました。
そして今、コロナ禍という試練にも負けない「従藍而青」の皆さんこそが、いやまして強く明るい「勇気の太陽」と輝き、世界の仲間とスクラムを組んで、地球民族の明日を照らしてくれることを、私は深く確信してやまないのです。
学園生は全員が「若獅子」です。若獅子の証しとは、目の前の課題にベストを尽くす勢い、友を励ます朗らかさ、たとえ悔しい谷底からでも這い上がってくる負けじ魂です。
さあ、「次代を担う」君たちよ、私と一緒に「いざ前進!」(大拍手)。
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