市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

GW終わる

2005-05-07 | Weblog
 JR西日本には、個人というのは存在してなかった。脱線現場に対応するより上司の判断が最優先する。その判断に従うことで、組織を裏切らない。組織以外の出来事は、何の関係もない。そこには、一般市民とか、市民の事故死とかは、遠い出来事にすぎない。組織の和のためには、事故現場にとどまるより、ボーリング場の和につながることのほうが優先する。2次会、3次会も和のためである。この一連の行動、その意識は、一部に言われているような利益追求の資本主義体質ではなく、むしろ個の判断を否定する官僚組織の体質である。むしろ反資本主義的体質である。

 さらにミスを犯した場合の心身にたいする暴力的処罰を、即断で実行する点では、狂信的革命集団赤軍派や、狂信的オカルト集団オーム真理教により近い。そこにある絶対真理とは、全体主義国家のそれに似ている。ここでは、一分の狂いもない運行ダイヤの厳守、一メートルの狂いもない停車線の厳守という非人間的行為への絶対服従である。そしてなによりも憂鬱なのは、この集団主義が、日本人にひどく馴染むということである。ぼくもJR西日本的資質を存分に持っているという憂鬱さである。

 NHKのきな臭い番組、例の討論番組は、連休の終わった6日の夕方再放送があった。愛国心を教育するというのは是か非かというのだ。
家庭を愛するようにわが町を愛し、わが町を愛すれば市も愛することになり、県、国へと愛し、そして世界、人類愛へとなるじゃないかと大学教授が説いていた。こんな幼稚な子供だましの比ゆを用いて、愛国心を説くとはよほどのアホか、大衆を愚弄した思い上がりの発想であろう。

 JRの精神に流れているものも、似たような倒錯した愛である。ぼくは息子も孫も愛している。だから宮崎市も愛していると、なんでつながるもんか。そもそもどういうわけで自民党が半世紀もつづく国を愛しなければならないんだろう。どうして国を憎んではいけないのか。その自由さへない国からはやがて個人はJR西日本のように消滅していく、そんな予感の中で、GWも終わる。おまけに雨だ。
 
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2 コメント

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このGWに、この目で確かめてまいりました。 (いもがらぼくと(倉敷在住))
2005-05-08 20:57:27
県外に住む、30歳の者です。宮崎の今昔を知る貴重なブログ、いつも楽しく読ませてもらっています。イオン開業については、こちらでも数年前のオープン以来、たびたび利用していますので、4年前の宮崎進出表\明から注目しておりました。とはいえ、更新の緩やかな某地元紙サイトをチェックする程度ですけれど、、。しかし、このたびのGW帰省では実家周辺の散歩がてら陣容を確認しました。外からの眺めでは、各地のそれと同規模かやや大きいぐらいではないかと思いますが、仰る通り、あのエリアだともう一個造れそうですよね。それとスタバコーヒーの不参加理由について、なるほどなと関心する一方、『今に見ちょれ!』とも思わされた(現実にはそのような機会は来ないでしょうが)次第です。その他セントラルの事や、都知事の発言・市の行政を冷静に観るエッセイ等、感想は尽きませんがこれからも楽しみにしております。頑張ってください。

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エールをありがとうございます (市街・野ブロッガー)
2005-05-08 23:24:09
 倉敷の方がぼくのブロッグを楽しみに読んでくださるとは、想像を絶したことです。ときどきこんなことをしていて、なんになるのかと、力つきそうですが、こんなエールを知ると元気がでます。書き続けますので、またコメントをくださいませ。
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