お好み焼きの店「しぇこぱん」に、最初に入ったとき、シャンソンが店内にながれているのに仰天した。パダンパダンなど、もう30年ぶりに聞いた。かべは、花模様で埋まり、雑貨は、可憐であった。シャンソンとお好み焼き、なんでやとショックを受けたのであった。
あれから2年、シャンソンを聴きながら、ミックス焼きを毎週一度は食べにきた。人に場所を教えるのもややこしい場所でありながら、来客は多い。うまさが抜群、華麗ともいうべき14種類のお好み焼きの陣容もあるが、シャンソン、インテリア、お好み焼きの取り合わせが、なんとなく笑えて、こちらがえらくなった気がするのである。これが快感になって残るらしい。また来ようという気分になる。
店主の青木さんは39歳だが、宮崎市が嫌いだといって、大学の夏休み、アメリカ大陸を自転車で横断して腹いせをした。つづけて上海から敦厚の道路の尽きたあたりまで行った。宮崎市が嫌いでなんでアメリカ大陸自転車横断なのか。それに彼をみてもそんな冒険など想像もできないだろう。本好きなインテリである。かれにもまた常識は通用しない。かれの生き方がお好み焼きの魂消るようなメニューを開発してきたのだ。シャンソンとの取り合わせばかりではなかったのだ。
まさに非常識万歳の店、こんな店がわが市街・野の藪の中に生息していることは、力強い未来を暗示してくれるようだ。
あれから2年、シャンソンを聴きながら、ミックス焼きを毎週一度は食べにきた。人に場所を教えるのもややこしい場所でありながら、来客は多い。うまさが抜群、華麗ともいうべき14種類のお好み焼きの陣容もあるが、シャンソン、インテリア、お好み焼きの取り合わせが、なんとなく笑えて、こちらがえらくなった気がするのである。これが快感になって残るらしい。また来ようという気分になる。
店主の青木さんは39歳だが、宮崎市が嫌いだといって、大学の夏休み、アメリカ大陸を自転車で横断して腹いせをした。つづけて上海から敦厚の道路の尽きたあたりまで行った。宮崎市が嫌いでなんでアメリカ大陸自転車横断なのか。それに彼をみてもそんな冒険など想像もできないだろう。本好きなインテリである。かれにもまた常識は通用しない。かれの生き方がお好み焼きの魂消るようなメニューを開発してきたのだ。シャンソンとの取り合わせばかりではなかったのだ。
まさに非常識万歳の店、こんな店がわが市街・野の藪の中に生息していることは、力強い未来を暗示してくれるようだ。