この「バイト・マニュアル」は「人はなぜバイトをするのか?」で始まる。三浦の本は、バイト、パート、派遣などの非正規社員のフリーターは「社会的な”無業”」
問題として始まる。詳細な統計で、フリーターの下流的なライフスタイルがろんじられていく。ここでもはじめに「フリターのタイプ」がある。なぜか、統計でなくて、日本労働研究機構の研究員の小杉礼子氏の7つの分類をそのままあげている。その分類とマニュアルの分類はほぼ似ている。だが、感触がちがう。
たとえば:
小杉氏の「やむを得ず型」は
正規雇用志向型、期間限定型、プライベート・トラベル型となかが3区分される。
マニュアルでは「1 お金がないっ」バイトならすぐに明日のメシ代がもらえます。
小杉氏の「夢追求型」は
芸能志向型 バンドや演劇、を志向してフリーターとなったタイプ。
マニュアルでは「2 売れない役者だ 下積みの基本はやっぱりバイトでしょう。
そのほかに小杉氏はモラトリアム型で、教育機関を中退・終了し、フリターとなったタイプ。離職、将来の見通しがはっきりしないままフリーターとなったタイプをあげている。
マニュアルは「駆け落ちしてきた、サラリーマンなのに愛人がいる、じつは指名手配されいる人、なとど、うそかほんとかジョークのように追記される。
さて、ここでなぜ人はアルバイトをするかは、マニュアルのほうが、なるほどと、まさに身に染みるように実感させてくれる。小杉氏の分類は、そうだと思えるが、なんの興味も引かないばかりか、現実感もない。前者は人がなぜしなければならぬかの現実感があり、後者は、人でなく「タイプ」が強調される。こちらには、人がなぜアルバイトをしなければならぬかの切実感も視線もない。ここが三浦氏のいう社会的無業という見方ときわめて共通している。フリーターなどやってるのは、まちがいであるという意識が、マニュアルを並べてみるとはっきりしてくるのがおもしろい。
人を見る感触が決定的にちがっている。マニュアルには生きて変化し、状況に流されたり、超えたりしていく人の生き方が感じさせられるが、一方はタイプであり、統計処理されて終わる社会的問題の対象でしかない。どちらが現況に即応できるのか。