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ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(36)

2017-05-28 21:04:59 | 小説
私は勢いに乗っていた。麻衣さんから女流名王を奪い2冠となり、天女戦も3-0のストレートで防衛。これで4連覇となった。そして翌年、女流名王の座を守り、さらに桜花戦の挑戦権を得て、女流3冠へ王手をかけた。相手は矢沢菜緒。私はこの時を待っていた。

私が19歳で菜緒が17歳。これまでの対戦成績は私の7勝9敗。戦前の予想は、私が勢いで押し切るのでは、と主張する人が多かった。勿論、自分自身は、厳しい戦いになることは覚悟していたが。

夏の暑い盛りに始まった桜花戦は第1局、3局が私、2局、4局は菜緒がそれぞれ制し、決着は最終局にもつれ込んだ。風がひんやりして秋の気配が漂っていた。振り駒の結果、菜緒の先手で幕は開いた。1分ほど考え、2六歩と指した。飛車の道を開けた。オールラウンダーである彼女が、振り飛車ではなく、居飛車で指すことをこちらに宣言してきたのだ。この一手を見て、私は感じた。菜緒の自らの将棋に対する自信、そしてプライドをひしひしと感じた。

駒花(35)

2017-05-28 08:16:32 | 小説
ここの喫茶店は居心地がいい。内装に木が多く使われている。私はホットコーヒーを注文して麻衣さんを待った。少しぼんやりしているうちに、麻衣さんはやってきた。
「待たせたね」
「いえ、そんなに」
「さおりちゃん、怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません。驚きましたけど」
「ごめんね、びっくりさせちゃって」
「いえ、でも、なんでですか?」
「引退?会見で話したとおり、去年の暮れに結婚して、将棋と家庭の両立が難しくなったからかな」
「でも、結婚してる女流棋士もたくさんいますよね」
「うん。ただ私はトップクラスを維持できないと思ったから」
麻衣さんはホットコーヒーを啜った。
「麻衣さんなら維持できると思いますけど」
「私は難しいと思った。今後、子供も出来るかもしれないし、その上、さおりちゃんや菜緒ちゃんのような、私よりずっと若くて、強い棋士についていくには、若い人の2倍、3倍努力しなくちゃ無理だよ。コンピューターソフトが出てきて、より将棋が複雑になったからね。その自信がなかった」
麻衣さんにしては強い口調だった。この人は、本当はプライドの高い、そして将棋が大好きな人なんだ。
「そうですか。でも、どうすればいいんですかね?私もいずれ結婚するかもしれないし、その時、どうしたらいいんですかね?」
麻衣さんは少し考え込み、やがて、口を開いた。
「うん、そうだなあ。ただ、現役を続けるだけなら出来るよ。でも、さおりちゃんも相当、負けず嫌いみたいだから、その時になったら悩むかもしれないね。これからは女流棋士が、結婚や出産後も、モチベーションを落とさない環境を作れたらって思ってる」

「本当はもっと将棋を教えて欲しかったです」
「私より強い人にどうやって教えればいいの?本当に強くなったね、あの小さかったさおりちゃんが」
麻衣さんは感慨深げに笑った。