ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(28)

2017-05-24 21:23:56 | Weblog
しかし、勝負は分からないものだ。女流名王戦は先生、いや、自分自身ですら予想しなかった展開になった。第1局、2局と、私が山崎麻衣女流名王に連勝したのである。通算8期、現在4連覇中という永久女流名王を、天女のタイトルを保持しているとはいえ、戦前の下馬評を覆し、高校卒業したての18歳が追い詰めた。この時、女流棋界では「新旧交代」の言葉や文字が踊った。先生には「あと一つが難しいんだよ。あと一つが」と諭された。

結果はその通りとなった。女流名王の座に王手をかけた第3局は、わずか85手で私は負けた。その流れを引きずったまま第4局も完敗し、麻衣さんに逆王手をかけられた。手のひらを返したように、多くの棋士やマスコミは、山崎女流名王、圧倒的優位説を唱えた。

麻衣さんはこれまでの4局、従来どおりの彼女らしい将棋を指した。相手の指したい将棋に付き合うのだ。王手をかけられた、彼女にとっては崖っぷちの3,4局でさえ、私のやりたいようにやらせてくれた。相手の力を出し切らせた上で、最後には勝利をものにするという、女王の名にふさわしい将棋なのだ。

2勝2敗のタイで迎えた最終局は、渋谷の将棋館で行われた。私は白を貴重としたアンサンブル。珍しくプリーツスカートを穿いてきた。上はブラウスにカーディガンを羽織る。初夏の季節。冷房が効き過ぎるのを警戒して。ファッションに無頓着な私にしては、気を使ったつもりだった。しかし、麻衣さんが白のワンピース姿で現れた時は、着物を予測していたので、しまったと思った。それと同時に、神々しい美しさに見惚れた。麻衣さんはこの時、重大な決意を固めていた。まっさらな気持ちで戦いたかったのだろう。
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駒花(27)

2017-05-24 10:22:27 | Weblog
「そうか。女流名王戦への挑戦が決まったか」
久しぶりに、私は森村先生宅を訪ねていた。
「はい、ようやく」
「夢だったんだもんな。女流名王戦。それと麻衣ちゃん、いや、山崎さんと番勝負で対局するのが」
もっと興奮しているかと思ったが、意外にも先生は冷静だ。静かな喜びや感慨は、私には伝わっているが、それでも、興奮を抑制するだけの余裕があるのか、穏やかだ。そして、その理由が分かった。
「俺は一度だけ、名王戦に挑戦したことがある。もう20年以上前の話だけどな。その時は1勝4敗。完敗だった。さおりは俺に並べるかな?」
「どういうことですか?」
「つまり、山崎さん相手に1勝出来るかということだよ」
「私は勝つつもりです。名王を奪うつもりです」
私が真顔で言うと、先生は「う~ん」と首を捻りながら、苦笑いを浮かべていた。
「勝負は時の運も左右するから、可能性はあると思う。ただ山崎さんは女流棋士の中では、頭ひとつ抜けている。さおりも、菜緒ちゃんもまだ及ばない」
「それは分かっていますが、必ずしも強い方が勝つとは限りません」
「うん。名王を奪うつもりで挑むのは、勝負師として当然だ。しかしだな、結果はどうであれ君の棋士生活は長い。今回の経験をこれからの将棋に生かして欲しい」

なんだか先生らしくない。普段なら「お前など勝てるはずがない」とか「勝てるぞ、さおり。タイトルを奪って来い」などと私にけしかけてくるはずなのだが。それだけ、今回のタイトル戦は、私の勝ち目が薄いと見ているようだ。私の心に火をつけたところで、どうにかなる相手ではないと。

「ところで、さおりのご実家から新茶が届いている。ゆっくり飲んでいきなさい。本当においしいぞ」
自分を取り戻すように張りのある声で、先生は言った。


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