ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(20)

2017-05-20 22:04:08 | Weblog
しかし、結果は先生の予測が外れた。勝者が天女戦の挑戦者となる一戦で、菜緒は百戦錬磨の早田さんの術中にはまり、敗れた。

私は少し、気が抜けた。勿論、早田さんの実力は一流だ。対戦成績でも負け越している。それでも、彼女から天女のタイトルを奪って以降、精神的に、自分が優位に立ったという感触があるのは確かだった。やはり、菜緒と比較すれば、組みし易しとの思いは抑えようがなかった。それを見透かして、「今のままじゃ、おまえは負ける。よって卒業後もここで暮らすことになる。親御さんも安心するだろう」と先生は私を叱咤したい気分だったのだろう。当然、私も気を引き締めて天女戦に挑んだつもりだった。

しかし、フタを開けてみれば、初戦こそ、勝利したものの、2局目、3局目と連敗。私は土俵際に追い込まれた。王手をかけられたその日、先生の部屋に呼ばれた。そして「さおり。いったん、菜緒ちゃんの事は忘れて、早田さんの将棋と向き合わないと駄目だよ。まあ、負けるのもいい薬になるけどな」と突き放された。菜緒の才能を恐れるあまり、他の棋士と戦っている時でも、どこかで彼女のことを考えているという悪い癖がついてしまっていた。先生はそれを見透かしていた。
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駒花(19)

2017-05-20 07:53:45 | Weblog
その翌年、予想していた事だが、菜緒が女流三冠タイトルのひとつである、桜花のタイトルを奪取した。高校1年、16歳の誕生日を前にしての初タイトルだった。これで、女流三冠といわれる大きなタイトルのうち、2つを10代の若手が占めることになり、女流棋界では「世代交代」という言葉が目立って飛び交うようになった。

私はといえば、2年前に獲得した天女のタイトルを、昨年は防衛に成功。この年は3連覇がかかっていた。高3になってから「卒業したら一人暮らしをしたい」と先生夫妻に申し出た。奥さんは賛成してくれたが、森村先生は強く反対した。「俺はね、親御さんから、大切な娘を預かっているんだ。せめて未成年の間はここにいなさい」と。その態度は、この数ヶ月、全く揺らぐことはなかった。

しかし、秋になってから「俺もさおりに嫌われるのはご免だよ。それほどまでに言うなら、卒業後は自由にするのもいいだろう。ただし、条件はあるよ。次の天女戦、これに勝てば一人暮らしを認めよう」。現在、天女戦予選でベテランの早田女流四段と、桜花のタイトルを取り、日の出の勢いの菜緒が激しくしのぎを削っていた。先生は菜緒が挑戦してくると予測しているようだ。一人暮らしをモチベーションにして彼女を倒してみろという激なのだろう。力以上のものを出さないと矢沢菜緒には勝てない。これが先生と私の共通認識だった。










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