ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(16)

2017-05-18 21:55:42 | Weblog
研究会が終り、菜緒ら3人を見送りに、先生と私が外へ出た時には、すでに日は大きく西に傾いていた。菜緒を真ん中にして、3人が賑やかに夕陽に向かって歩いていく。先生はその背中に「気をつけて帰るんだよ」と声をかけると「は~い」と楽しそうな声で返してくる。少しずつ3人の背中が小さくなる。先生が大きな声で「そこ、突き当たったら左な」と言う。彼女たちは素直に返事をしていたが、私は「ここへ来たということは、返る方向もわかってると思いますけど」と少し呆れ混じりに言った。「お前は可愛くないね。さあ、そろそろ家に入ろう」と私を促した。

この日の夕食後、私はのんびりとした雰囲気の中で、先生に駒落ちで指導してもらっていた。本当に今日は将棋漬けだ。
「お前が何故そこまで、菜緒ちゃんを強く意識していたのかよく分かったよ。痛いぐらいに」
「どうでしたか?菜緒と対局してみて」
「さおりも天才だと思うよ。ただ、菜緒ちゃんは女流の域を超えている。彼女なら男子プロの卵の中に混じっても、ひょっとしたら、ひょっとするんじゃないかな」
「四段になれるという事ですか?」
「ああ。可能性はあると思う。それくらい大きなものを感じる」
「私は諦めて2番手を目指すしかないんですかね」
自分でも冗談なのか、本気なのかよく分からなかった。

「俺がそうはさせない。さおりと菜緒ちゃんがライバルとして並び立つよう、おまえを強くするよ」
私は努めて笑みを浮かべていたのだが、いつの間にか涙がこぼれていた。
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駒花(15)

2017-05-18 07:19:25 | Weblog
すでに私と菜緒は盤を挟んで向き合っている。隣では森村先生が、桜井さんと平田さん二人を相手に、角落ちで指導していた。

途中まではすらすらと手数が進み、5分程度、菜緒が考えて指した手が意外だった。はっきり言って悪手だと思った。私は菜緒の顔を覗き込んだ。菜緒は微笑んでいる。先生もそれを見ていたようで「う~ん」と唸りながら首をひねった。まだ中盤だったが、私はここを勝機と捉え、攻めに転じた。

それから数十手進み、私は菜緒が優勢になったことを自覚した。どこがいけなかったのか自問自答するが分からない。菜緒は力強い手つきで私の陣形を崩していく。

「負けました」
私は頭を下げた。菜緒もそれに応じて頭を下げる。先生が菜緒が疑問手を指したところに戻すように指示した。
「正直、この手は分からないなあ、菜緒ちゃん」
私も先生と同じ気持ちだ。菜緒が一つ一つ説明していく。「北園さんがこう指した時はこう。こう来たらこう」と言葉にはあどけなさが残るのだが、その声を聞きながら、私は青ざめていた。その読みの深さに。感性の鋭さに。
「なるほどねえ。菜緒ちゃんは凄い。さおりもウカウカしてられないな」
先生の声は明るかった。私の落胆を和らげようとするかのように。
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