この対局の帰り道、私はひとり、ゲームセンターに立ち寄った。弱まったものの、まだ分厚い灰色の雲から、野太い雨が降っていた。どうしても、気持ちのもやもやが消えない。苛立ちをゲームで解消しようとした。その最中、2人組の男子高校生に声をかけられ、私は逃げるようにゲームセンターを立ち去った。赤い傘、泥のはねた靴下、雨の匂いの中を私は走った。振り返り、誰も追ってこないことを確認すると、今度はふらふらと、まだ慣れぬ都会の街を彷徨った。
午後10時過ぎ、家に戻った。雨上りの星は、空が激しく洗われたためか、澄み渡っていた。
「さおりちゃん、遅かったじゃない。携帯にかけてもつながらないし」
先生の奥さんは心配と怒りが交じり合ったような顔をしていた。
「ごめんなさい」
私は小さく呟き、2階の自室にこもった。
ここは実家ではない。師匠の森村九段の家に下宿しているのだ。部屋のドアを閉めて、好きな音楽を聴く。それとともに、涙が零れ落ちてきた。しばらくして涙が止まると「これからどうしよう」という不安がもたげてきた。ドアをノックする音がする。
「おおい。怒ってないから出てきな。何か食べた方がいいぞ」
師匠の森村の声だ。勝負師とは思えぬ、温かみのある声。私は少し安堵した。怒っていないことにではなく、その声が聞けたことに。先生は私を本当の娘のように可愛がってくれる。私も先生を棋士として、人間として好きだ。尊敬している。今のこの気持ちを先生に話したい。相談したい。一秒でも早く。
午後10時過ぎ、家に戻った。雨上りの星は、空が激しく洗われたためか、澄み渡っていた。
「さおりちゃん、遅かったじゃない。携帯にかけてもつながらないし」
先生の奥さんは心配と怒りが交じり合ったような顔をしていた。
「ごめんなさい」
私は小さく呟き、2階の自室にこもった。
ここは実家ではない。師匠の森村九段の家に下宿しているのだ。部屋のドアを閉めて、好きな音楽を聴く。それとともに、涙が零れ落ちてきた。しばらくして涙が止まると「これからどうしよう」という不安がもたげてきた。ドアをノックする音がする。
「おおい。怒ってないから出てきな。何か食べた方がいいぞ」
師匠の森村の声だ。勝負師とは思えぬ、温かみのある声。私は少し安堵した。怒っていないことにではなく、その声が聞けたことに。先生は私を本当の娘のように可愛がってくれる。私も先生を棋士として、人間として好きだ。尊敬している。今のこの気持ちを先生に話したい。相談したい。一秒でも早く。