夏といえば怪談、ですね。
ワタシの母は、いわゆる怪談ものが好みで、子どもの頃に、よく映画やお芝居に連れていかれたものです。
その夜は、天井から何かが襲ってきそうで、お手洗いにも行けなかったことを思い出します。
そのせいか、日本の怪談はともかく、ホラーものは苦手で、映画でも観に行くことはありません。
そんなワタシでも、楽しめる杉浦日向子さんの「百物語。(新潮文庫)
怪談というより「妖しの世界」といったほうがいいような、日常のなかの怪奇が九十九話、集められています。
百話、話すとね~~
読んだときには、「そんなに怖くないわ」と思うのですが、あとから、じわ~~と来る怖さ。
毎日一話とはいきませんが、ときどき開いては一つ、二つ。
で、わが家の「百物語」その①.
「もし、先に逝くようなことがあったら、お互いに、何か合図で、しらせようね」
話の成り行きから、こう約束したのは、もう三十年も前のこと。
その相手が海で亡くなってしまったのは、同じ年の夏。
「海で亡くなった」と聞いたときには、驚きのあまり涙もでなかった。
海で死んだその人は、海岸で荼毘に付されるとのこと。
亡骸が帰ってくるのを、家族や友人たちと、その人の家で待っていたんですね。
ガラッと、玄関が開いて、「帰ったよ」と、その人の兄が言ったとき、
待っていた部屋の電気だけが、バシッと音を立てて消えて~~。
そのとき思いだしました。
「~~何かで、必ず合図するからね」といった言葉。
怖がりの私を思いやって、怖くないように、たくさんの人がいるときを選んでくれたんだね。
もう三十年~~。
その人は学生のまま。
夏になると思い出す、そんな話。
年月が経ち、同じ年になった子どもが、同じ日に、海に行くと聞いたとき、「どうか、海につれていかないで」と心のなかで。
ヒドイことを思うものです。ごめんね。
あれから、海に泳ぎに行けなくなった。
あっ、30年じゃなかった、もう40年近いんだった~~。
また合図してくれるかな、もう怖くないよ、怖がらないよ。
一昨年の同じ日のブログは、なぜか
気が向いたら
応援ポチ嬉しいです。