和がまま紫苑の人生「思うがまま」

きもの着付けは引き寄せのとてもいいレッスンだとほかのことに応用。環境どんどんいい方向に。探求、実践してみます。

シニア・ないもの探しなら負けないけれど~~

2018-06-20 10:51:19 | シニア

 

勝ちました!

ジャパンブルー。

手に汗握る戦い。

臥薪嘗胆、

狂喜乱舞。

 

、先の「ランチ会で認知症呼ぼう、もとい

ランチ会で認知症予防、おまけにきれいになる」

 

にいただいたコメント、

「一人暮らし、さっぱり近所もなし、

何日もしゃべらず。もあり。 

貯金通帳なし、小金、大金みあたらず。

肥満、コレステロール、はたっぷりかかえている」



それでも、どこか愉しいコメント、

にっこり笑ったあと、

私だって、「ないモノ尽くしだわ」

「ないモノ」探しなら負けないわ、

と思ってしまいました。


夫はいない

若さはない

財産はない

別荘もない

年金は少ない

芭蕉布は持ってない(笑)、

 

 

ないモノ探しなら負けないけど、

あるとき、そう、何日も温泉に

籠もって、ぼーーとしていたら、

その間に身体じゅうの細胞変わったのか、


人の身体の細胞は二年くらいで

すべて変わるって。


東京に帰ってきたときには、

なぜかお金持ち気分=。

「お金持ちごっこでスムーズお片付け」

 

 

お金持ち気分は「お片付け」だけではなく、

いろんな面に波及。

 

プチプラだけど、もう死ぬまで着る着物はある

子供も犯罪を犯すことなく、

いや、まだわからないけど、


巻き込まれることなく、

無事に育っている、

小さいけど、一応おうちもある

髪も質はともかく量はある

体力も、いまのところ、まだある~~。

と「あるモノ」いっぱい持っている、

と気づいたんだよね。

 「ない」から「ある」への転換。

 

 

いえ、宗教がらみではありません。

 

それ以来、

なくなったモノといえば、

老後の不安、死ぬまでの不安、

なんだか若い頃と変わらない気がしてきた(笑)

いや、若い頃は、

一つ欠落があると、そればかり気になっていたけど、

最近は「あるモノ」だけにココロが行く~~。

多幸症か?

でも、いいの。

これで行く。

 

心理学の本によると、

「ビジョンクエスト」というらしい。

ある一定の期間こもって自分を見つめなおす

ことで、新しく生まれ変わったり、

新たなエネルギーを

得たりするそうです。

ふ~~ん、

そんなネーミングはともかく、

ときには何もかも忘れるっていいことですよ。


というわけで、最近は目の前のことに

集中して、将来の不安にまで考えが

及ばなくなった紫苑でした。



また遊んでね、

私も夫いないフリー。

それもまた良し、だよ。

 

サッカー日本代表の起こした奇跡。

何度見ても涙が出る~~。

次も頑張れ~~。

 

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ブログ・一年前の自分からの、一年後の自分への手紙

2018-06-03 10:26:20 | シニア

 

ブログ休んでいたとき、もうブログは

いいな、卒業かな、

とも思っていたんですよね。


で、メールチェックなどで

パソコンを開くと、

ときおり出てくるのが

sionnさんの一年前の記事。

 

これはアルバトロスさんのお誘いで行った紬展。

「紙布のお兄さん、お元気ですか」

 

昨年行ったときは楽しかったなあ、

今年は行けなかったのは残念!などと

懐かしく思い出す。

 

これも昨年の今頃。

きもの着るために元気になる!」

 

いつも覗くわけではないけど、

ときおり覗いていると、

ああ、これは

去年の私から今年の私への手紙」だなと

気づいた。

去年の私は、

「いまのあなたは元気にしているかな?」と

尋ねてくれる。


ブログってこういうことなんだ。

今、私が書いているこのブログは

来年の私への手紙。


知人の退職慰労会へ」

 

着物ブログ初めてから、

楽しみながら着付けレッスン、

自己流にやっているうちに、

どんどん上達してくるんだよね。

それがブログを見るとよくわかる。

ずっと前には、

「こんなことできるの?」

「できないよね」

なんて思っていたことがどんどん実現していく。

たくさんのいい着物友達もできたし。

 

で、いまの私の願望や希望も

来年には実現しているかも~~?

願望は実現しはじめると加速するからね。

 

そう思いながら過ごす毎日は楽しい、

というわけで、

いましばらくはマイペースで、

ボチボチながら続けましょうか。


来年のブログを楽しみにしながら。

 

応援してくれる人が

いるのも嬉しいしね。


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みなさまの「和の喪服」と現代葬儀事情あれこれ

2018-03-25 11:07:14 | シニア

 

先にアップした

和の喪服、着ますか・喪服と向田邦子

拙ブログにたくさんの方がコメントくださいました。

ありがとうございます。

ご紹介させていただきます。

いまの葬儀事情が垣間見えてきます。


現在では葬儀もどんどん簡略化されてきているのか、


「いまどきのお葬式、喪主さんでさえ、

着物はまず着ない(地域によるかもしれませんが)。

ましてや、一会葬者が喪服着たら、

目立つことこの上ないと思うんです...。」

 

私紫苑も何度か参りましたが、喪主でも和の喪服

お召しになっていない場合もありました。

(宗教的な理由ではなく)

その場で火葬、それもほかの家の方々

ずらりとあい並び(ブースはもちろん違う)

その場で「お別れの会」というのもありました。

 

 

映画「繕い裁つ人」のシーン。主人公の母余貴美子さんは

いつもきもの、ゆえに?和の喪服にベール。


「和の喪服、着たい~~」と心のうちを率直に

見せてくださる方も。

きもの好きの私もこの言葉には大いに

心を動かされました。

「その時も家族に「着物着るの?」と聞かれて

「看護とかで、イロイロ大変だったんだから、

着物くらい、着させてよぉと。

今思うと、着る事がストレス解消の一部

となってますよね。
一年前のおばの時は結局洋服で行きましたが、

(着物着るチャーンス!)と思う気持ち、

正直なところありました。懺悔ものですかね?
葬儀社の方に、家族が着物着る様子ないので、

やめましょう的な、かなり強い感じで

言われましたのでやめました」


喪主も和の喪服は着ない、

葬儀社の方が

和の喪服、やめましょう」なんて仰るんですね。

これには驚いた。

誰もが着物好きなわけじゃないので、

メンドウなんでしょうか。


形見分けのシーン。


「おばの形見分けの時に喪帯をもらいましたので、

次の時にはそれを締めて出たいな、

と思ったりしていましたが

今回のテーマから考えると葬儀を楽しみに

してるようで不謹慎なんですかね?」


向田さんがエッセイを書いたのは

40年以上前。

40年前には、普段化粧をすることさえ

はばかられた?こともあったんですよ。

目に青いモノついているよ、とか。

戦前ですか~?


それに向田さんも48歳と若かった!?

今思うと、

まだまだ「女盛り」だったのですね。

 

 喪服で行くと

「~~特別な関係だと間違われる??」と

いう意見も。

 

着物着るようになり、

「~~和装で整えることが面倒で無くなってみると、

難儀でもなく、相応しく思えたりします。

~~でも瞰で想像してみると、

たくさんの洋装の中の和装。

何やら何故か、張り切った感が少し見えてしまう?」

 

着物をよく着ている方は

むしろ和の喪服のほうが自然なのですね。


「戦中戦後と、激動の時代を和服を着通した

人生の大先輩祖母への敬意を表して、

ずーっと着物で通しました。

まぁ、私自身が着物を着る機会の多い人、

という事もありますが、

例えば目立つから着ない、

とかそういう思いは一切ないです。
特に、喪の際には、絶対に着物で参ります。
それが、私の中では故人の人生への

最大限の敬意だと信じています。

その代わり、

義理だけで行くような葬儀には参りません」


潔く、気持ちのいいお言葉です。

 

立場によっては義理で出席しなければ、というケースも

 ありますが、そういう場合はもう事務的に。


先日、駅の構内で和の喪服を、普通に自然に、

 もひとつ言えば当たり前に着ている方がいた。

 自意識もなく、いや、ホント。

かなりできる方だとお見受け~~。

 こんな風にきものが着られたらいいなと。

 きもの好きの私は見惚れてしまったけど、

 逆に一般の人の目には入らないだろうなと。

 

私、普通に着物を着るようになって思うのですが、

自分が思っているほど、ほかの人は気にしない。

むしろ「何か言われる~~」とおどおどして

周りの様子や目を伺う、そんな気持ちと態度が

目や言葉、着物警察を誘うように思います。


「大切なのは故人を思いやる気持ちを

どこへ持って行くのかですね。

それを周りの者がとやかく言わないことですね」

というご意見も。


「月刊アレコレ」のきくちさんのエッセイ。


きくちいまさんの2017年掲載エッセイでは、

「京都ではお通夜はみんな色無地に黒の帯」

「東京や東北あたりではお通夜、告別式も、親族は

黒紋付、一般は略喪服」

などなど、地域によっての違いが書かれています。

しかし、今ではこれらの慣習も薄れてきている~?

何度かお参りした葬式でも、かつてほど

うるさくない~~と、

(名のある人の葬儀でも、葬儀ほど

不肖紫苑は感じました。


高齢社会になって、

見送られる側も見送る側も長~い年月がある。

「介護大変だったんだから、

キモノくらい着させてよ」との言葉が心に沁みます。

介護大変だったんだろうなと。


今や葬儀の形式より、

「そこまでをどう過ごすか」

どう終えるか」という問いや現実のほうが

切実な時代になったのかもしれません。


ということで、

この度もたくさんのお言葉

ありがとうございます。

現在の葬儀事情が見えてきました。


で、本日も

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和の喪服着ますか。喪服と向田邦子。

2018-03-14 18:18:09 | シニア

 

このところ、葬儀の席に出ることが多くなりました。

知人その人というより親や仕事関係。

訃報を聞いてお悔やみを述べたあと、

思い迷うの

きもの、着て行こうかしら?


でも、結局は洋服にしてしまう。

それというのも、

喪服と聞いて頭に浮かぶのは、

向田邦子さんのエッセイと小説。


「思い出トランプ」と「父の詫び状」

ほかの向田本はあらかた処分したけど、この二冊だけは。

 

エッセイでは、喪服を新調した途端

雨靴を買った子供が

雨ふりを待つように

「早く着てみたい」との気持ちがうずく。

それは人の不幸を待つ気持ちに通じる~~。

というもの。

 

「~~死を嘆き悲しむ気持ちと美容院の鏡の前で

きれいする動作とは、

私のなかでは一つに溶け合わない」

「葬儀の席できれいにセットされた髪をみると、

胸の隅に冷えるものがある」

こんなエッセイを読んだときの私は20代後半。

このときの向田さんは48歳。


「そうだよね」と頷いた私も

もう60代半ば。

考えが変わってきた~~。

もう向田さんの年をはるかに超えてしまったのね、ワタシ。

 

こちらは市川崑監督の「妻と女のあいだ」のワンシーン。

父親の法要のシーン。

 

もうひとつ、

「かわうそ」という女の怖い一面を描いた小説。

「~~厚子は新調の喪服を着て、

涙をこぼすという形ではしゃいでいた。

ほおっておくと、泣きながら、

笑いだしそうな気がして宅次は、

おだつな、とたしなめるところだった」

おだつ」とは、調子づくといった意味。

かわうそは食べるためではなく、獲物を捕る

楽しみだけでたくさんの魚を殺す。

「火事も葬式も、夫の病気も厚子にとっては

体の騒ぐお祭りなのである」

自分の女房が「かわうそ」だと知る~~。


先のエッセイを小説にするとこうなるのですね。

 

美しいキモノ春号」の岩下尚史氏のエッセイは

喪服。

「慎む上にもなお謹慎しての喪服といいながら、

かえって粋に感じられなくもない」と。

 

 

自分の両親の葬儀には和の喪服を着ましたが、

このときはまだきものを着る楽しみを知らず、

着せられているという気持ちでした。

いま、きものを身にまとう楽しみを

知ってしまうと、迷う~~。


 

迷いながら、結局洋服を選んでしまうのは、

着物を着ることで、自分のなかに「おだつ」部分が

動き出すのを恐れる~。

しかし今では、

「鏡の前に立ち、着付けに集中しながら、

悲しみを一時でも忘れることができる」

あるいは「悲しみの中でも、

気持ちは悲しみ一色に染めなくても いいのでは

と思うようになりました。


それでも雨や寒さを理由に

結局は洋服を選んでしまうのは、

向田刷り込みが大きいから??

というよりも現実的には

しきたり間違っているかも、など

処々にメンドウが先立つから~~。


この気持ちも、

向田さんが新調の喪服をある会に出ることで

ケリをつけたように、

何かの折に着用してケリをつけましょうか。


こちらは「月刊アレコレ」のきくちいまさんの

「喪服」に関するエッセイ。実用的。


でも、やはり喪服のきものは、

「慎む上にもなお謹慎してといいながら」

やはり美しい~~。

知人の喪の席、もの喪服、着ますか?

「あ・うんの富司純子さんと森田空美先生」


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シニア・文春砲より怖い?不倫の結末

2018-02-22 11:01:54 | シニア

 

 

名のある方々にとってはなにより怖い?文春砲。

ただの恋愛スクープでは面白くないのか?

今や次々と不倫報道。


借りイラストです。

 

で、知人に聞いた怖~~いお話。

少し変えています。


不倫をして、その結果、相手の男性は

離婚すると訴訟中。


一緒に暮らしはじめた途端、

男性の様子、行動が徐々におかしくなってきた。


女性に向かって、前の奥様の名前を呼んだり~~。

まあ、これも慣れというものがあるから、

腹は立つけど仕方がないと我慢。

大事な書類がなくなったと騒ぐので

家中を探すと本棚の奥にしまってあったり。

これも前の家の位置関係の記憶が無意識に

そうさせたのかも、などと思っているうちに、

仕事関係の人の名前も思い出せなくなった。


離婚ストレスによるウツか?

と病院で検査したところ、

なんと、若年性認知症~~。


はい、渡辺謙さんの

若年性認知症を描いた

「明日の記憶」です。

 

謙さんといえば~~。

いえ、そんな話題ではなく~~。


女性は後半とはいえ40代。

男性は50代半ば~~。

男性にしてみれば、これからの人生、

好きな相手との思いから、

多大なエネルギーを費やし離婚~~。

しかし、そのときのストレスからか、

あるいはそのずっと前からのストレスからか~。


こちらは不倫ではなく、ある日突然の認知症

セレブ暗転~明日は我が身、若年認知症」

 

どんな理由であれ、

離婚には多大なエネルギーを費やす。

ストレスも大きい~~。

それにしても、不倫のこの結末。



「まだ離婚成立していないなら、

前の奥さんに返せば~~」と

言う人もいるとか


この言葉もすごいけど~~。

妻の立場のあなたならどうする?

不倫相手の立場のあなたならどうする?

そんな人いる?

自業自得というには残酷なような~~。

これからの百年時代、

こんなカップル、パートナー問題も

出てくるのだなあと~~。

 

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祝芥川賞~シニアが脚光を浴びる時代!

2018-01-18 10:54:47 | シニア

 

芥川賞受賞者が発表になりましたね。

今期は、御年63歳の若竹千佐子さんが話題に。


老いがテーマだそう。

まさに今の日本の高齢化社会を象徴、

というか

そのものずばり。



若竹さま。

「おらおらでひとりいぐも」

お一人様の老後~~。

 

同時受賞の石井遊佳さんは54歳。

芥川賞は作家の登竜門と言われているから、

たとえば、同じレベルの作品が候補に

なっているとして、

「可能性のある」若い人が獲る、

40、50代以降は可能性低し、と

言われていたものよ。


それが今やシニア人口が増えたせいか、

文芸誌への応募もシニアが増えた?

賞とはビジネスの面もあるから、

シニア人口が増えた現代、

話題→売れ行きにつながるという内部事情も。

 

若竹さまは27歳で結婚、結婚生活27年目の

54歳で夫を亡くし、

残りの人生もおおよそ27年と見当をつけ、

これからの7年を

「嘆き悲しんで暮らすより何かやろう」

と小説教室に通い始めたとか。


27年、27年、いま63歳だからあと18年?

あるいはまだまだ~~?


人生こんなにうまく割り振りできる人も

珍しい。

「人生、何事かを成すには短すぎるが、

何もしないで過ごすには長すぎる」

とは、かつての作家の言葉だけど、

人生百年時代、

「人生、何事でも成せるほど長い」

という時代になったのね。


若い時に作家を目指し運よく賞を獲っても、

キビシイ世界ゆえ、

いつ食べていけなくなるかわからない~~。

そんな作家や作家志望の方々、多いでしょう。

でも、シニアから目指すなら、

年金あるからね(笑)

食いっぱぐれることない~~。


これからはいろんな分野で

60代より70代、80代が

話題になること多くなるのは確実、

だと思うわ。

 

 

こちらは石井さま。50代がいかに若いか~。

日本語教師だとか。やはり時代を感じさせます。

 

年を重ねて何かを始めても

いい歳をして~~」と

言われない時代になったのは

いいことですよね。

脚光を浴びる、浴びないにかかわらず、

どんな小さなこと、ささやかなことでも、

昨日より今日、今日より明日~と、

命終えるまで

日々何かを積み重ねていくのは

楽しいわ。


というわけで、ささやかながら、

本日もやりたいこと

いろいろある紫苑でした。


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シニア・足や肩が痛い~その日の痛みは次の日にほぐす

2018-01-09 17:13:16 | シニア

 

久しぶりにゆっくり針仕事をする時間ができて

嬉しいわあ。

と日がな一日座り仕事、

案の定、立つときに脚が痛い、肩が凝ってる。


襦袢直しやら、着物の幅直しやら~~。


その痛みも、若い頃と違って、少し動かせば

治るというものではなく、

結構、筋肉凝り固まっている、

筋違いしてるみたいな痛さだわあ。


作業の最中に、食事やトイレで立ったときには、

ストレッチ、寝る前にもストレッチするのだけど、

寝て起きたら、もっと痛い~~


う~~ん、これが年を取るってことなのね。

 

 

で、この筋肉痛や肩の凝り、放っておくと、

そのままフリーズしそうで怖い。

とにかく、ほぐすために、動く、動く。

痛いところは自力でマッサージ、

撫でたり、叩いたり。

幸い、本日は4月上旬の温かさだとか、

寒い時にはできない掃除やらで身体を動かす。

そんなこんなで、若い頃にはできた

「その日の痛みはその日にほぐす」が

できない~~(汗)。

で、次の日に必ずほぐす。


もう、一日だけでは「ほぐせない」

「痛みが取れない」身体なのね。


でも、これをやっておかないと、

どんどん痛みや凝りが溜まって、

六十肩?七十肩になっていく、に違いない。


不思議なことに階段の上り下りなど、

身体を動かしたときには筋肉痛は起きない。

むしろ座り仕事のほうが筋肉フリーズして

痛い~~。

身体って動かすより

座り仕事のほうが重労働なのかも。



先日のNHKスペシャルで放送していた

骨が作り出す若返り物質」なる番組によると、

身体は動かせば動かすほど、

この個体は活発に動いているな。

よ~し、ではサバイバルさせてやろう」と

若返り物資が出るのだとか。


 


ソックスの代わりに足袋。

これが「あったかいんだから~~」


パソコン作業など、

現代社会?動いてばかりはいられないけど、

甘いモノのあとには辛いものが

欲しくなるのと同じで

(同じか~~??)

手仕事のあとには、身体仕事しなきゃ、ね。

というわけで、理論的には?

明日は正常に戻っている、はず~~。

 

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シニア・億劫、苦手なことこそ、あえてやる

2017-12-28 10:22:58 | シニア

 

先にも触れたけど、本来は徹底したインドア人間。

何かをやり始めたら、もうトイレにいくのも

億劫。


縫物とか、帯作りとか、面白い本とか、

ずっと続けていたい。

若い頃には体力があったから、

それができたけど(痛みはあとからやってくる)

この頃では長く同じ姿勢をしていると、

幸い、足腰が痛くなる。


だから仕方なく重い腰を上げる。

座り姿勢から立つのさえ、えい、と

大量のパワー必要とする。

立ったからには、ついでに軽いストレッチ。

お腹も空くので何か作ろうか。

 

 

一人暮らしになると、何かをし始めると

一人分の食事作るのは億劫になるけど、

その億劫を抑えて作り始めると、

もう一品、もう一品とどんどん作りたくなる。

 

モチベーションを高めるためにも


「暮らしの手帖・クイックレシピ」

簡単ですぐにできて、美味しい料理がいっぱい。

青物なんか、すぐに一束食べられる。

 

何しろわが家には土曜日ごとに朝市野菜を

いっぱい買い込む。

この下調理が苦手、億劫、だけどやる。

そのおかげで風邪知らず、

身体はどんどん元気になる。

どんな化粧品より効果あるかも。


掃除、洗濯ももともと苦手、

やらなくても死なないしね、と若いとき)


でも運動だと思って動く。


そんな風にして苦手や億劫、やり始めると

どんどん身体も頭も動き出す。


「人生フルーツ」の津端さんちの冷蔵庫。

80代でこの豊かな食生活。

 

で、今回のイベント。

後ろからおずおずとついて行きこそすれ、

逃げて、いや苦手意識高かった。

キャラじゃないよね、と。

やってみたら、

頭も身体もフル回転。

 

初対面の人と話すの苦手。

でもブログのお陰で旧知の仲のような楽しさ。

元気もらった。

 

60代だって、新しい経験に目覚める、のね。

「苦手も億劫」も思い込みかも。

動けば楽しくなる。

もちろん、好きなことには、

自然に心も身体も動いてる。


本日あたりから、お正月に向けて

子供や親戚出入り。

ああ、メンドウ、

重い腰を上げてお正月の準備でも

いたしましょうか。

 

というわけで、

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シニア・いつだって今が一番若い~~。

2017-12-26 11:05:20 | シニア

 

今が一番若い」

この言葉はかの葛飾北斎90歳のときの

言葉で~~、


というのは嘘で

かの郷ひろみさんの60歳くらいの時の言葉です。

 

20代から30代に移るとき、

30から40になるとき、

40から50、

50から還暦~~、

「ああ、もう年だ」

「髪に白いものが」

と結構落ち込んで。

 

故あって、昔の写真を出しています。

つくづく眺めていると、

あのときの「嘆き」はなんだったのだろう、

と思うくらい若い!!

 

私は高齢出産のため、いつも周りには10歳くらい

若いお母さんたちがいて、

引け目を感じていたのです。

こうしてみると若い!!

 

子供が生まれたとき、

家族で生涯占いというのを

やってもらったことがあり、

40、50と節目節目の占いが

書いてあったのですが、

60歳以降がない!!

 

当時は

60歳以降の人生は「ない」のと同じだったのか。

まあ、私自身子育てに忙しく

60歳以降は想像外だったのですが。


まあ、その頃は全体的に老いのイメージは

固定したものだった、と思う。

よくいって縁側でお茶をのむとか?


で、あれから幾歳月か経ち~~。

60代、70代、80代の

イメージはどんどん変わっている。

モデルケースにしたい

素敵な、普通の人達がどんどん増えている。


人生どん底の40代。

若さだけではなく、

何もかもなくた、と思ってた。

胃の中に大きな石が

入っているような毎日。

 

ところが、こうして写真を見ると、

結構元気そう。

もう生きている気がしなかったのにね。

でもそのあと奇跡の?復活を。

 

いろいろ模索していて、その頃

ある人に別の道を勧められた。

でも今さらなあ、子供二人いるしなあ。

リスク大きいよなあ。

すると、その人

「僕なんか60代だけど、いろんなことに

挑戦してるよ」と照れながら仰ってた。

その方、60代で賞をもらったのよ。


「~~60代」

遠く思えた。

40代半ばで、新しいことできるか?

と諦めたのだけど、今考えると

確かに「若かった!!」


乳がんの手術をしたあとの着物狂い。

平成9年だから今から8年前の50代、

それでもまだ若い!!



そう、いつだって、今が一番若い、

この言葉、今頃になって響く、響く。

郷さん、いいこと言うわね。


60代。

この頃は写真加工技術が格段に

あがったせいもあり~~。

でも、それでも自分が元気になれるのなら

いいよね。


今が一番若い。

これからは

そう思って過ごしていこうっと。


生まれて3カ月の頃の紫苑(笑)

この子がこうなるんだね。

それにしても鼻低いなあ。

いや、こちらはホントに若い!!


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シニア・憧れの人より、これからは目標の人を

2017-12-25 10:47:21 | シニア

 

クリスマス会に参加の皆さま。

本当にありがとうございました。

反省点もあって、その一つは

ゆっくりお話ができなかったことです。

これからは、少人数で会を持ち、

ここぞというときには、大勢で

わああ~と楽しむ、というのがいいなと

思っております。


わが家にやってきたサンタさん。

 

それでも、みなさまにお目にかかって

つくづく思ったのは、

魅力ある方ばかりで、教えて欲しい、

一緒に何かやりたいと思うことが

多かったのです。

 

これまでの人生で「CAN」を

積み重ねて人たち~~。

 

不肖紫苑は、これまで「憧れのきもの女性」と

題して数々の著名な方をアップしてきましたが、

もちろんこの方々も素敵なのですが、

手の届かない方々で~~。

 

 

いや、もっと身近に見習い方いっぱいいるぞ

ということ。

「憧れる」とは、

「理想とする物事や人物に強く心が引かれる」

との意味ですが、

ほかにも、

「気が気でなくなる」

いる所を離れてふらふらさまよう

との意味もあり、

不肖紫苑はこちらだったかも。


地に足を付ける前に、ついふらふらと

あれもいい、これもいいとちこちさまよう。

ダメじゃない!!


ということで、これからは「目標に近づく」


どう違うかというと、

「目標」は、

表面的なことに目をやるのではなく、

中身、

その人が毎日、地道にやっていることに

目を向け、それを倣う、習うということで。



たとえば、82歳のこの方。

62歳でパソコンをやり始め、80歳で

ゲームアプリを作った方ですね。


世界が驚いた82歳の日本人」若宮正子さま。


世界が驚いたから目標とするのではなく、

60代になって新しいことにチャレンジ、

毎日続けていることが

素晴らしいと思うのです。


シニアで新しいことに挑戦する方はたくさんいて、

その人達を紹介できない。

この方はそのシンボルだと思います。


もう一例。

 

人生フルーツ」の津端修一さんと英子さん。

ふたり合わせて177歳、です。

 


夫の修一さんは、すでにお亡くなりにになり、

今は英子さんの一人暮らし。

それでも、このお二人の毎日の生活は

憧れ、いえ目標です。

いえ、こんな家に住みたい、

こんな夫が欲しい(?!)

というより(ホントか?)、

このお二人の「人生こつことゆっくり」やれば

人生は甘く実り豊かなフルーツ」

「お金より時間を貯めて生きていきたい」と

いう日々に惹かれるのですね。

こんな風に織物を織ることも。


そんな風に毎日をコツコツと積み上げていく、

年を取ればとるほど、

人生は豊かで甘く熟していく~~。

わたくしには、理想の夫もこんな素敵な家も

なく人から見れば貧相な形の悪い、

マズそうなフルーツかもしれないけど、

毎日コツコツ少しでも近づけるように

過ごしていれば、

自分にとっては甘く美味しい、

そんなフルーツが味わえる。

いや、今でも美味しいのですが、

もっと、ね。


といわけで、今回の皆さまを目標に

歩いていきます。

お~~い、誰か一緒に歩いて~~、

おい、頼りないなあ。


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