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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

寒北斗・寒すばる・冬銀河

2017年01月14日 22時05分23秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 みなとみらいでの講座の帰りは、気温が一気に低くなったうえに強いビル風でとても寒く感じた。強風・乾燥・低温注意報が発令されている。今冬一番の寒い日となった。
 明日から1泊で仙台に行くので、午前中に左ひざの牽引をしてもらおうといつもの整形外科に行ったら休診日であった。診察券にその旨記載してあったが、確認しないで出かけてしまった。
 右のお尻と太ももの筋肉がかなり張っているので、マッサージでもしてもらおうと思っていた。しかし土曜日ということで午後はどこも閉店。迂闊であった。
 特にたくさん歩くわけでもないので、歩くことに支障はないと思われる。秋保温泉で止まるので、温泉でじっくりとあたためて帰ってくるのがよさそうである。ただし仙台の予想気温は横浜よりやはりかなり低い。最低気温がマイナス5℃、最高気温が3℃であるから、横浜の予報よりは最低・最高とも4℃低い。
 昔はあまり寒いとは感じなかったが、すっかり関東地方の気温に慣れてしまった。

 冬の星は、キリッとして光にしまりがある。透明感のある夜空にピタッと張り付いていて私は好きであった。特にそろそろ明け方に近くなる朝3時ころ、最低気温となる時刻に近くなるにしたがい、光はより細いニードルとなって私に迫って来るように思えた。そんな感覚を冬の星に対して抱いていた。しかしいつの間にかすっかり忘れてしまっている。

★粒選りの星を揃へて寒北斗       佐藤和枝
★はがき一枚の悲しみ寒すばる      庄司たけし
★冬銀河かくもしづかに子の宿る     仙田洋子

今年の気になる美術展 追加

2017年01月14日 19時21分54秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 昨日アップした「今年の木になる美術展」で忘れてしまっていた展覧会がいくつかあった。

25.「長澤蘆雪展」(愛知県美術館、10.6~11.19)
26.「大エルミタージュ美術館展-オールドマスター 西洋美術の巨匠たち」
(森アーツセンターギャラリー、3.18~6.18)
27.「快慶」(奈良国立博物館、4.8~6.4)
28.「怖い絵展」(上野の森美術館、10.7~9.18)
29.「ヴォルス」(DIC川村記念美術館、4.1~7.2)
30.「並河靖之七宝展」(東京都庭園美術館、1.14~4.9)

 このうち是非見たいものは「長澤蘆雪展」であるが、名古屋までは残念ながら行くことは出来ない。同様に「快慶」も奈良なので無理である。「運慶」は東京国立博物館で開催される。ほんとうは両者を見比べたいのだが‥。
 「ヴォルス」のもDIC川村記念美術館は少々遠い。「怖い絵展」は上野でもあり、かなり惹かれている。「エルミタージュ」はチラシをじっくりと検討してからにしたい。

ブラームス「ホルン三重奏曲」

2017年01月14日 17時44分28秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 昨年の9月のブラームス「ホルン三重奏曲」を取り上げた時には、以下のように記した。
 「ホルン三重奏曲(作品40)は2002年の録音。ホルン(ラルス・ミヒャエル・ストランスキー)、ヴァイオリン(ペーター・ヴェヒター)、ピアノ(岡田博美)という構成。ホルン三重奏曲は32歳の1865年の作曲。明治維新の3年前で翌年に薩長連合成立・第二次長州征伐失敗と明治維新へ時代が大きく動いた年である。こんな時代にこのような曲が作曲された。作品の印象と日本の社会状況がうまく像を結ばない。時代のイメージが合致しない。」

 今でもこの感慨は変らない。
 以下はさらに予断と偏見と思い込みによる感想である。

 さて、今回は別の観点から。出だしのホルンの音色を聴いているといかにも牧歌的で、のびのびとした雰囲気で、森の自然や広い放牧地を感じる。自然に溶け込むような音色、旋律である。しかしそのホルンに絡んで奏でられるヴァイオリンの音色は人工的で理知的な旋律である。広い平原やなだらかな森などの豊かな自然ではなく、都会にある高い尖塔を持つ教会の内部で奏でられるような隙の無いキッチリとした造形物のように響いている。ピアノがその間を取り持つように右往左往している。
 ヴァイオリンとホルンという特色の違う音色の楽器をどのように統一して、一つの世界に作り上げるのか、とても悩んだ跡がわかるような曲である。
 特に第三楽章では、低音のホルンと高音域でのヴァイオリンが、短いエピソード的な音型を交互に奏でて何とか一体感を出そうともがいているようでもある。
 私にはこの努力が大いに報われた曲だと感じる。そしてその解決のひとつとして第三楽章の後半に現われるホルンとヴァイオリンのユニゾンがあると思う。この同じ旋律を二つの楽器が奏でることで、独特の音響世界がふと現れる。これがこの曲の大きな魅力だと思う。若いブラームスが交響曲・管弦楽曲に挑むための試行錯誤のあとが見えたような気分になる。

「俳句世がたり」(小沢信男)から 2

2017年01月14日 10時43分54秒 | 俳句・短歌・詩等関連
「俳句世がたり」(小沢信男、岩波新書)から。

★ざん壕で読む妹を売る手紙    鶴彬(つるあきら)
 鶴彬がこの句を川柳誌「蒼空」に発表したのが一九三六年二月十五日。その十一日後に二・二六事件は勃発しました。‥凶作つづきの東北の疲弊ははげしく、村々の娘たちは女衒(ぜげん)に買われてゆく。‥家郷の苦境は真摯な若手将校たちの身にも沁みて、断然この国情は革めねばと蹶起する。だが‥たちまち挫折。権力抗争の具とされて、この国は軍国主義へとまっしぐら。そうして九年後の‥一面焦土の敗戦へ。この国がまず着手したのが証拠書類の焼却で、指令は全国の役場へ届いたらしい。丸の内ビル街に舞い落ちる灰神楽を私も浴びた一人です。次の着手が「特殊慰安施設協会」の設立‥。アメリカ占領軍は上陸するやセックスサービスに迎えられた。‥こんな至りつくせりの敗戦国が、古今東西にあったものか。遊郭。慰安婦。防波堤。いつでも貧窮、飢餓、生活難の強制があった。強制連行の証拠がないなどとぬけぬけよくも言えるものだ。さんざん焼き捨てたりしておきながら。われらは、よほど恥知らずの国の民であります。古来この国は恥の文化であったはずなのに。鶴彬は‥「手と足をもいだ丸太にしてかへし」外の反戦句を川柳誌にのせたカドにより逮捕され‥没。享年二十九。 


 従軍慰安婦の証拠が文書では存在しない、ということが声高に叫ばれている。つまり、いつの間にか「文書が焼却された」ことを忘却してしまった昨今である。余程なかったことにしたいということは、あるいは「証拠がない」と言い張る人もそれだけ実態がひどかったことを知っているのであろう。
 戦後の「特殊慰安施設協会」なるものもすでに忘却の彼方になっており、そのうちに「なかった」もののひとつになってしまうのだろうか。常に都合の悪いことは忘却される。そして既に人の口にはのぼらなくなっている。
 都合の文書を焼却してしまって「なかったこと」にすることや、「議事録は存在しない」「議事録を改ざんする」「存在しないといいはる」ことが、まかり通っていることは耳目に新しい。現在もまったく変わらない国の姿勢だ。とても悲しいことである。情けないことである。
 「国をひらく」とは「鎖国」をやめることだけではない。官僚主義や秘密主義、権威主義を排するための国の意志決定をよりオープンにするための方策である。

 民主主義は制度が民主的なら後はお任せ、ではない。民主主義は選挙をとおして、選んだものと選ばれたものとの拮抗関係、緊張関係を抜きにしては、恣意的な政治・独りよがりの政治に変質し、さらには専制・独裁へとまっしぐらへ突き進むものである。それを避けるのが、直接請求であり、デモであり、世論形成でありそして情報公開等々である。
 自己保身と「権威に擦り寄って生きて来た人間」の哀れな末路は、東欧革命でその無惨な人間性を晒したことは記憶に新しい。私が先月に記載したことをもう一度私自身の戒めのために採録しておきたい。

「勘違いしている人は、次の社会では奴隷になるかもしれない、明日には奴隷になるかもしれないから、と這いあがるために周囲の人や自分よりも弱い立場の人を奴隷扱いする人でもある。自分の立場に対する不安が勘違いを増幅させている。この手の人々がもっとも手に負えない害悪である。」