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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「おばあちゃんの歌」戦没者追悼式で朗読の平和の詩【全文】

2025年06月25日 10時30分33秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 ことしの「平和の詩」に選ばれ、戦没者追悼式で朗読された、豊見城市の伊良波小学校6年、城間一歩輝さんの詩、「おばあちゃんの歌」の全文です。例年の通り、書き写させてもらった。

  おばあちゃんの歌

毎年、ぼくと弟は慰霊の日に
おばあちゃんの家に行って
仏壇に手を合わせウートートーをする

一年に一度だけ
おばあちゃんが歌う
「空しゅう警報聞こえてきたら
今はぼくたち小さいから
大人の言うことよく聞いて
あわてないで さわがないで 落ち着いて
入って いましょう防空壕」
五歳の時に習ったのに
八十年後の今でも覚えている
笑顔で歌っているから
楽しい歌だと思っていた
ぼくは五歳の時に習った歌なんて覚えていない
ビデオの中のぼくはあんなに楽しそうに踊りながら歌っているのに

一年に一度だけ
おばあちゃんが歌う
「うんじゅん わんにん 艦砲ぬ くぇーぬくさー」
泣きながら歌っているから悲しい歌だと分かっていた
歌った後に
「あの戦の時に死んでおけば良かった」
と言うからぼくも泣きたくなった
沖縄戦の激しい艦砲射撃でケガをして生き残った人のことを
「艦砲射撃の食べ残し」
と言うことを知って悲しくなった
おばあちゃんの家族は
戦争が終わっていることも知らず
防空壕に隠れていた
戦車に乗ったアメリカ兵に「デテコイ」と言われたが
戦車でひき殺されると思い出て行かなかった
手榴弾を壕の中に投げられ
おばあちゃんは左の太ももに大けがをした
うじがわいて何度も皮がはがれるから
アメリカ軍の病院で
けがをしていない右の太ももの皮をはいで
皮ふ移植をして何とか助かった
でも、大きな傷あとが残った
傷のことを誰にも言えず
先生に叱られても
傷が見える体育着に着替えることが出来ず
学生時代は苦しんでいた

五歳のおばあちゃんが防空壕での歌を歌い
「艦砲射撃の食べ残し」と言われても
生きてくれて本当に良かったと思った
おばあちゃんに
生きていてくれて本当にありがとうと伝えると
両手でぼくのほっぺをさわって
「生き延びたくとぅ ぬちぬ ちるがたん」
生き延びたから 命がつながったんだね
とおばあちゃんが言った

八十年前の戦争で
おばあちゃんは心と体に大きな傷を負った
その傷は何十年経っても消えない
人の命を奪い苦しめる戦争を二度と起こさないように
おばあちゃんから聞いた戦争の話を伝え続けていく
おばあちゃんが繋いでくれた命を大切にして
一生懸命に生きていく


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「死者の贈り物」(長田弘)  その2

2025年05月28日 20時55分44秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   


 前回の続き、「死者の贈り物」(長田弘、ハルキ文庫)の後半を読み終えた。

 その人のように

・・・・
この世界は、
ことばでできている。
そのことばは、
憂愁でできている。
希望をたやすくかたらない。
それがその人の希望の持ち方だ。
・・・・

 わたし(たち)にとって大切なもの

・・・・
逝ったジャズメンが遺したジャズ。
みんな若くて、あまりに純粋だった。
みんな次々に逝った。あまりに多くのことを
ぜんぶ、一度に語ろうとして。
・・・・

 砂漠の夕べの祈り

・・・・
砂漠では、何もかもが
どこまでも透きとおってゆくだけだ。
世界とは、ひとがそこを横切ってゆく
透きとおった広がりのことである。
・・・・

 この詩集は、2003年の刊行である。しかし私は、どうしても1960年代後半から70年代前半の時代を思い浮かべてしまう。それは「みんな若くて、あまりに純粋だった。/みんな次々に逝った。あまりに多くのことを/ぜんぶ、一度に語ろうとして。」の一節のように、あの時代、みんな生き急いだことを思い出したからだ。
 その時代、咳き込むように、言葉が先に出てきた。その自ら発した言葉に引き摺られるように人は生を駆け抜けようとした。「行動の時代」は、本当は言葉が先にあり、行動がそれに追いつこうともがいた時代であった。言葉のインフレーションの隙間を埋めるために、人は切羽詰まって生き急いだのだ。
 詩人は30数年経てからその時代をうたったのではないか。

 「不確かな希望を刻したことばの一つ一つをおもいだす。/束の間に人生は過ぎ去るが、ことばはとどまる、人の心の一番奥の本棚に。」(「草稿のままの人生」から)
 人に生を生き急がせたほとばしる言葉の噴出のあとにかすかに残る言葉にかすかな希望を見つけながら、詩人は言葉をなお信じている。
 この詩集は人の「死」が漂う詩が並ぶが、同時に言葉に対する信頼と希望を歌ってもいる。


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「世界は一冊の本」(長田弘)

2025年05月26日 21時29分55秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 長田弘(おさだひろし)の詩集「世界は一冊の本」をふと手にして購入した。長田弘の詩は好きである。やさしい言葉がアフォリズムのように次から次へと出てくる。この詩集はその最たるもののひとつかもしれない。
 1939年生まれ、今からちょうど10年前の2015年5月にに75歳で亡くなっている。

 立ちどまる

立ちどまる。
足をとめると、
聴こえてくるくる声がある。
空の色のような声がある。
・・・・
立ちどまらなければ
ゆけない場所がある。
何もないところにしか
見つけられないものがある。

 ファーブルさん

・・・・
理解するとは、とファーブルさんはいった。
はげしい共感によって相手にむすびつくこと。
自然という汲めどつきせぬ一冊の本を読むには、
まず身をかがめなければいけない。
・・・・
狭いほうからしか世界を見ない人たちの、
とげとげしいまるで人を罵るような言葉。
呪文のような用語や七むつかしいいいまわし。
ファーブルさんは、お高い言葉には背を向けた。
・・・・
死がきて、ファーブルさんのたくましい頭から
最後に、大きなフェルトの帽子をとった。
そして、二十正規の戦争の時代がのこった、
ファーブルさんの穏やかな死のあとに。

 世界は一冊の本

本を読もう。
もっと本を読もう。
もっともっと本を読もう。

書かれた文字だけがほんではない。
日の光り、星の瞬き、鳥の声、
川の音だって、本なのだ。
・・・・
本でないものはない。
世界というのは開かれた本で、
その本は見えない言葉で書かれている。
・・・・
権威をもたない尊厳がすべてだ。
200億光年のなかの小さな星。
どんなことでもない。生きるとは、
考えることができるということだ。
・・・・

「おぼえがき」の中で、詩人は「十二人のスペイン人」という詩の一群について、今回は引用しなかったが、次のように述べている。
 「人の生き方、人のことばの生き方を感じ考える場所に、黙って立ち尽くして心すませ、聴こえない声に耳かたむける。そうした思いの方法に私がつよくみちびかれたのは、1930年代の終わりにヨーロッパの端で起きたスペイン市民戦争がそれからの世界に遺した経験の切実さを尋ねて、沈黙の国だったフランコ独裁下のスペインを車でだ比してのことだった。「十二人のスペイン人」が、スペイン市民戦争の時代をよく生きた、十二人のスペイン人の密やかな紙碑であればとねがう。
 この12人の中には、私も知る、作曲家ファリャ、、チェリストのカザルス、詩人のヒメネス、画家ピカソ、思想家オルテガ、画家ミロ、詩人ガルシア・ロルカなどを取り上げている。

 また「おぼえがき」の末尾には、
私にとっては詩は賦である。生きられた人生の、書かれざる哲学を書くこと。‣‣‣」とも記されている。‣‣‣には白川静の「字統」が引用されている。


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「星月夜」

2025年03月21日 20時37分39秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 本日より読み始めたのは、「ゴッホは星空に何を見たか」(谷口義明、光文社新書)。ゴッホの5つの作品に描かれた星空はどんな星空であったか、という解説。すでに第1章《夜のカフェテラス》については触れた。
 本日は第2章《ローヌ川の星月夜》、第3章《星月夜》を読んだ。

 さて、本の中身ではなく、「星月夜」という季語について。思いつくままに。
 本日は春分の日であり、時期は違うのだが、もともと「星月夜」は秋の季語で「星の光が月のように明るい夜、星明かりの夜」を指す言葉。
 秋のすんだ大気の向こうに光る星の輝きが印象的な季語である。あくまでも星ばかりの夜のことである。月は出ていないのが前提。

★星月夜旅の記憶を繰返す      稲畑汀子
★天上にまさる湖上の星月夜     鷹羽狩行
★その蟇に手触れてかなし星月夜   水原秋櫻子
★わが暗渠時に音して星月夜     佐藤鬼房
★星月夜こころ漂ふ藻のごとし    飯田龍太

 


追悼 谷川俊太郎 続

2024年11月24日 20時40分27秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 谷川俊太郎の1971年の詩に「平和」という詩があるのを知ったのはそれほど昔ではない。
 政治や運動に携わる人びとの思考回路ではない地平で、丁寧に言葉を紡ぐことを谷川俊太郎は自覚的である。それが人びとに広く受け入れられる根拠であろう。

平和   谷川俊太郎

平和/それは空気のように/あたりまえなものだ
それを願う必要はない/ただそれを呼吸していればいい

平和/それは今日のように/退屈なものだ
それを歌う必要はない/ただそれに耐えればいい

平和/それは散文のように/素っ気ないものだ
それを祈ることはできない/祈るべき神がいないから

平和/それは花ではなく/花を育てる土
平和/それは歌ではなく/生きた唇

平和/それは旗ではなく/汚れた下着
平和/それは絵ではなく/古い額縁

平和を踏んずけ/平和を使いこなし
手に入れねばならない希望がある
平和と戦い/平和にうち勝って
手に入れねばならぬ喜びがある

 政治の場や、運動に携わっている人間には「反語」的な言葉や文章というのはなかなかなじまないし、それは避けたほうがいい。相手と味方に伝わるのに曲解や誤解を生むからだ。誰もが自分と同じ思考方法を取っているという前提は避けるべきものである、という前提があるからだ。それ自体はとても悲しいことであり、止揚したい気分があるが、現下の状況では宜わないといけない。
 身の回りの人びとと政治や運動に携わる人びととの垣根は、状況により一瞬崩壊し、消失することもあるが、それに甘えてはいけない。これは自戒でもある。
 この詩、戸惑いを受ける方は「平和」を「手の届かない所」「聖なる所」に置いてしまっている自分をもう一度振り返る必要があるかもしれない。
 平和は「日常」にあり、それに「安住」していいのであり、しかし惰性で所与のものではないことは自覚したいもの。

<戦後75年>谷川俊太郎さんロングインタビュー
その1【https://www.youtube.com/watch?v=MJc0rKJKA6o
その2【https://www.youtube.com/watch?v=C-PmcDVsYiI
その3【https://www.youtube.com/watch?v=im7pWuSMOLo

 このYouTubeの冒頭のコマーシャルはインタビューの内容とは相容れないが、ここは飛ばして見てほしい。
 谷川俊太郎の主張には当然いろいろな判断はあるが、受け入れるにしろ、首を捻ることがあるとしても、議論の出発点として無視できないと、歳とともに大切なものと思うようになった。


桜紅葉

2024年11月02日 21時46分42秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 気分はずいぶんと楽になった。風邪のようでもない。二晩続きで寝る前に冷えたことに対する体の防御反応だったということにしておこう。本日は早寝が肝要。

 警報は解除され、現在は「大雨・雷・強風注意報」が残っている。まだ土砂災害への警戒は必要であるが、雨の峠は超えたようだ。



 本日の荒れた天気の代わりに、晴れていた30日に見つけた桜紅葉と秋の雲を布団の中で思い出した。ようやく桜の葉も色づき始めた。
 桜の紅葉した葉が「美しい」と思うようになったのは最近のこと、定年以降のことである。斑点やシミ様の黒っぽい痕跡があり、昔は「美しい」とは思えなかった。
 しかし不思議なものである。ある時にふと、心惹かれた時があった。どこだったかは覚えていないのだが、日が当たり秋の空に鮮明に翻っていたのを見たのだと思う。葉の表面の黒い斑点を包み込むようなオレンジ色が、私の気分に寄り添ってきた。それ以来、注目するようになった。
 春の桜の花との対比を思い浮かべるのもいい。秋の雲に映える桜紅葉も悪くない。しかし最近では私は桜の花の温かみとは別のものとして、桜紅葉には冷たい晩秋の雨が似合うと勝手に思っている。晩秋の冷たい雨から葉を守るようなオレンジ色に温かみを感じる。

★綿雲のましろき桜紅葉かな    日野草城
★壺の丘どれも虫くひ桜もみぢ   佐藤鬼房

 


ゴキブリの元気回復

2024年08月26日 20時01分45秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 猛暑日が続くとゴキブリと蚊も活動が鈍くなるらしい。昨年も7~8月の猛暑が続く期間、私の住む団地でもゴキブリや蚊の姿はあまり見かけなかった。ゴキブリも蚊も猛暑にはうんざりしているのではないだろうか。
 今年は8月最終週になってゴミ集積場にいつものようにゴキブリが夜動き回るようになった。玄関扉を開けると北側の雑草地から蚊がすぐに扉の隙間から入り込んでくる。
 私の家は1階なので、残念ながらゴキブリも蚊も入りやすい。しかし15年ほど前から「ホウ酸団子」の原理を応用したゴキブリ用の薬をおいてから、ゴキブリを部屋の中では滅多にみなくなった。蚊は180日有効という電気加熱式の液体の薬を利用している。こちらも経験的にはかなり有効である。

 嫌われ者の虫ばかりに気を取られていたら、一昨日妻が「ツクツクボウシ」の鳴き声を聞いたと言っていた。さらに一昨日の夜のウォーキングの途中で、草むらから秋の虫の鳴き声を私は聞いた。本日ももう「リリリリ」というか細い声が微かに聞こえてくる。自信はないがスズムシの仲間であろうか。
 ツクツクボウシもスズムシも秋の気配をまとって聞こえてくる。共に初秋の季語。

★鳴き立ててつくつく法師死ぬる日ぞ   夏目 漱石
★また微熱つくつく法師もう黙れ     川端 茅舍
★雨来り鈴虫声をたたみあへず      臼田 亞浪
★泣きし過去鈴虫飼ひて泣かぬ今     鈴木真砂女
★すず虫や月無き夜の声たゆたふ     中村草田男
★鈴虫の音微かになりて眠り深き     庄司 猛    


空蝉

2024年08月07日 12時45分22秒 | 俳句・短歌・詩等関連

★空蝉やいのち見事に抜けゐたり    片山由美子
★蝉殻は丸さ極まり天に裂け      遠藤 庄司
★空蝉のふんばつて居て壊はれけり   前田 普羅
★空蝉の背の一太刀の深かりき     塚田 文

 本日の強い陽射しからは、昨晩の雷雨が信じられない。本日の最高気温の予想は横浜で34℃というが、もう少し高くなるのではないか、というのが我が家の気象予報士殿の予想。
 団地の中の欅の幹の手の届くところに蝉の抜け殻を見つけた。子供の頃、蝉の抜け殻を終日眺め続けていた日を思い出した。とても不思議な思いをしたものである。

 


桜の実

2024年05月24日 10時54分26秒 | 俳句・短歌・詩等関連

★職なくて実桜のもと握り飯       庄司 猛
★見上げれば揺れはそれぞれ桜の実     々

 近くの私鉄の駅と駅の間に細長い公園がある。鉄道が地下化されたのに伴い、以前の鉄道敷が公園として整備され、四季折々にさまざまな花が咲くようになった。
 公園のベンチの昼時には、近くの職場の勤め人やら、近所のお年寄りの憩いの場となる。年寄りも、現役の勤め人も弁当を広げたり、近くの店で購入したものをのんびりと口にする。
 私も退職した直後の数か月、お握りを持参したり購入したりして、ベンチでのんびり桜の木の葉越しに青い空を見上げるのが楽しみであった。仕事から離れたくて退職後の再雇用は辞退し、「さて何をするか」と考えていた。
 高齢者ばかりか、若い現役の年代の人もいったん職を離れると再就職が厳しいのは、いつの時代でも同じ。そういう風に厳しい局面で公園のベンチで時間を過ごす人も多い。私などのようにちょっとだけゆとりをもって握り飯を口にする人もいる。若く明るい声を立てている人もいる。赤子の乳母車を押す母親もいる。
 生活の実態はさまざまでも、この昼時のひとときははた目から見れば各自平等である。胃を満たす行為と、目に映る桜の実の光景は同じ。しかし各自の内面も、振る舞いもそれぞれの超し方を反映している。
 桜の実に注目するようになったのは、そんな時期であった。そして桜の実のほとんどは熟して地面に落ちることはない。たいていは落ちる前に鳥がありがたくいただいてしまう。種は鳥の糞として地面に落ちる。


陽気に誘われて・・・

2024年05月18日 18時47分30秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 陽気に誘われて出かけたものの、いつもの喫茶店についてみたら読書用のメガネがリュックには入っていなかった。家に忘れてしまった。そのまま喫茶店では1時間ほど熟睡。
 横浜駅近くまではフラワー緑道を通った。アザミやガクアジサイが咲き始めていた。アザミは蕾も花もともに毎年惹かれる。

   

 そして好きな俳句がある。「まして」が「色」だけを形容しているのではないところが気に入っている。「薊」そのものに焦点が当たっている。作者にとって思いの詰まった花であることがわかる。その思いはわからないが。

★出羽なればまして薊の色の濃き      庄司 猛


永瀬清子詩集から「月について」

2024年05月11日 21時15分56秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 「永瀬清子詩集」を一昨日からめくっていた。1954年の詩集「山上の死者」に「月について」という詩があった。作者は1906年生まれ、1995年89歳で亡くなっている。作者が48歳ころの作品であろう。

 月について     永瀬清子

 東の空に燃えるように懸かっている月は
 今わが肺腑から噴き昇ったのだ。
 彼女の裏側の峨々たる山水は人にみえない。
 その山巓は死の輪をはめている。
 そこには樹もない水もないのだ。
 千仭の瞼と寂寥の唇。
 その裂け目は何万年もふさがらないのだ。
 汝は輝く反面もて人に対う
 けれども力尽きてやがてそれは欠けゆくのだ。
 (略)
 地上では山や谷は絶え間なく風化するが
 お前の山水は常に変わらず屹立している。
 お前をなだめるものは何もない。
 静かにお前の軌道を変えようと誘うものもない。
 今炎のように燃えさかっている月よ。
 枯れ且つ輝けるわが魂よ。

 不思議な詩で何を何に例えているか、言葉は優しいが、わかりにくい点もある。しかし私は最後の「今炎のように燃えさかっている月よ。/枯れ且つ輝けるわが魂よ。」に惹かれた。
 今ではすっかり解ってしまった月の裏側の様子だが、当時はまだ画像として披露はされていなかった。しかし想像される景色を「枯れ且つ輝けるわが魂よ。」と結んだところに大いに惹かれた。
 まだ読み込まないとわからないところもあるが、繰り返し味わってみたい言葉が並ぶ。
 たまに詩を読むと、自分の想像力の貧困、言葉に対する感覚の摩滅を実感して、情けなくなる。


「永瀬清子詩集」から 2

2024年03月23日 18時29分30秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 「永瀬清子詩集」(岩波文庫)から、詩集「グレンデルの母親」(1930年)、「諸国の天女」(1940年)、「大いなる樹木」(1947年)、「美しい国」(1948年)、ならびに短章集「諸国の天女」(1940年)、「女詩人の手帖」(1952年)に目をとおした。
 

 大いなる樹木

我は大いなる樹木とならん
そのみどり濃き円錐の静もりて
宿れるものを窺い得ざるまで。
素足を水に垂るるごと
人知れぬ地下の流れを
わが根の汲めるよろこびにまで。
 以下略

 どの詩もリズムがよく、私の身体リズムと合致して好感が持てる。意味から入る詩や、言葉の持つリズム感から頭に入ってくる詩もあるが、私は後者のほうが好みである。意味は自然とあとから付いてきて頭にすんなりと入ってくるような気分になる。少なくとも本日までに読んだ詩も、「短章」も言葉のリズムが気に入っている。

 


「永瀬清子詩集」から

2024年03月22日 21時09分38秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 午後眼科で親の点眼薬の処方をしてもらった。私は受診をして薬の処方箋をもらおうと思っていたが、本日は代診の医師ということで、受診は遠慮した。明日の午前中に再訪してみたい。どうもこの代診の医師とは私は反りが合わない。
 薬局で目薬を処方してもらっている間にバスが2本も出て行った。会計が終わってからバスにていつもの喫茶店へ。昨晩の予定通り「永瀬清子詩集」の「自筆年譜」を読み終わった。さらに「短章」からまず読み終わろうということで「短章」の「諸国の天女」から読み始めた。

所謂純粋な「詩」以外のものを取り入れ」ることで、無限による「詩の題材」を書き続けていくこを願い、そのように書き続ける短章を「私の詩精神と切り離すべきではない」と、詩作において重要な位置にあることを述べている。永瀬清子は、詩・短章・散文の書き分けを「内面のリズムに従って書く時、「詩」「短編」と考え、「散文」というのはその事よりも、伝えたい事、聞いてほしい事実、にウェートがかか、つまりはリズムの力をアテにしていません。」と意識している。」(《研究ノート》(白根直子))

 ということで、短章集「諸国の天女」(1940年刊)をまず読み終えた。そのなかから、1編。

 あたらしいと云うこと

あたらしいと云うことは
それも一つの値打ちである。
が、人が思うほどやさしてことではない。
すぐふるくなるようなあたらしさはなまぐさい。
そんなあたらしさはよい作品の理想にならない。
あたらしいと云うことは
読者の予想のとても不可能なくらいのものが
その詩のなかにつまっていることだ。
雨が霽(は)れて樹木がキラキラと金の葉うらをみせるように。


雛祭りの日のカワヅザクラ

2024年03月03日 19時42分46秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 強風注意報が出ているが、朝は無風状態、今も風は弱いので、穏やかな日和である。午前中の会議が正午前に終了。
 午後からの外出で持参した本は「楽天の日々」と岩波書店の広報誌「図書3月号」。年度末で天気の良いひな祭りの日の日曜日、果たしていつもの喫茶店は混んでいるであろうか、と不安ながら、頼まれた買い物もあり出かけた。妻は食料品の購入のため先に出かけてしまった。
 遠回りをして、フラワー緑道経由で横浜駅へ。

      

 フラワー緑道のカワヅザクラは散り始めていた。散った後の赤い蕊が際立つとともに、新しい葉の新緑が花弁のピンクを圧倒し始めていた。見頃はそろそろ終わりそうな気配であった。花は下向きに咲くが花弁が散ると蕊は上向きになるように見受けられたが、錯覚だろうか。
 カワヅザクラの木は4本あるが、ビルの間にあるために日当たりに差がある。朝日が当たっている木が一番開花が早く、散り始めも多い。午後に日が当たる木は少し遅れ気味である。おなじ太陽でも朝日と午後の陽射しで違いがあるようだ。

 これまでよりも多くの人が足を止めてスマホに撮り納めていた。
 ヨコハマヒザクラの蕾はまだまだ硬いが、硬いなりに少しだけ赤味を増してきた。
 コブシの銀色の芽はまだ小さく、まばらであるが、存在を主張し始めていた。

★桜咲く朝日が始めにあたる木に   庄司 猛

 商業施設内の喫茶店はどこも満席。オフィス街の喫茶店にはかろうじて私一人が座れる席が空いていた。


雨中の紅梅

2024年01月21日 12時22分30秒 | 俳句・短歌・詩等関連

   

 昨晩から今朝にかけて、雪になるかもしれないと心配したが、杞憂であった。
 団地の中の紅梅の花弁が雨に打たれて、透けている。下を向いた花の黄色の雄蕊は雨の滴に数本ずつまとめて閉じ込められている。
 雨に濡れる花もそれぞれに個性がある。

★紅梅や雨脚つよき道違へ    岡 和絵
★微雨を得て色滴れり紅梅は   林  翔
★微雨微温寒紅梅は道しるべ   庄司 猛
★紅梅の紅を融かして雨滴る   藤井誠三
★紅梅のほの香雨に閉ざさるる  菅野 良