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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「まな板の上の鯉」とは違うが‥

2017年01月10日 22時58分23秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 明日はようやく左ひざの診断予定日。膝のMRIの画像をみながら今後の治療方針について医師の判断が出されることになっている。
 どのようなことをいわれるか、心配もあるが、早く何とかしてほしい、という気分である。体の側線を包丁で撫でられて失神してしまう「まな板の上の鯉」とはなりたくないが、結論になかなか辿り着かないのは、つらいものがある。
 歳と共にだんだんせっかちになってきているためであろうか。次のステップのための時間がとても長く感じる。病気の診断というものはそういうものなのかもしれないが、自分の都合による時間の尺度に合わせてもらいたいという願望が強くなると、精神的なストレスが溜まってきて、少々危険な兆候になるかもしれない。

炬燵

2017年01月10日 20時48分14秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 炬燵というのは私などにはとても懐かしいものである。特に仙台での学生時代、下宿では石油ストーブが禁止されていた場合が多かったし、アパートの場合も隙間風の多い木造の場合は石油ストーブだけでなく炬燵がなければとても寒かった。
 しかし炬燵だとつい不精になってしまい、自分の手の届く範囲にすべてのものを置いて用を足してしまう。教科書・本、急須とコップ、電気ポット、お酒、灰皿、お菓子、カップラーメンと箸、チリ紙やゴミ箱‥。しまいには枕や毛布まで手の届く範囲に置いて、ほぼ一日そこにこもっていた。起きてくるのは便所に行く時くらい。その時にポットに水を足した。ここまでになるともう部屋の掃除も洗濯も面倒になる。寝る時に電気を消すのも面倒になり、点滅のための紐を長く垂らして手のとどくところまで持ってくる。
 これでは人間がダメになると一念発起して、起き出すまでの決意が大変であった。友人が学校に顔を出さなくなると、数人でアパートに押し掛けて、強引に炬燵に籠り切りになった友人を引き出すこともしたことがある。
 そんな思い出もあり、さらに横浜で就職して家庭を持った時、隙間風の無い公団の団地だったこともあり、内装替えをきっかけとして、思い切って電気こたつを廃棄した。最初はとても寂しかった。数年かけてやっと炬燵のない暮らしになれることが出来て、今に至っている。

★茶を出しぬ炬燵の猫を押落し      金子伊昔紅
★どつぷりとつかりてこその炬燵かな   中嶋秀子

本日は退職者会の幹事会

2017年01月10日 15時11分12秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩のgooブログの不具合は治ったのであろうか。一応予定した記事はアップしてみたが、これから急いで不具合がないか、チェックしてみたい。システムへの信頼は前回の仕様の変更でのドタバタで大きく揺らいでいる。多くの利用者が困惑している。

 本日は朝から退職者会の幹事会&メール作業の日。そして多分新年会を近くの店で行うと思われる。ワンコインではなく、一人当たり2000円位のいつものパターンかもしれない。膝の具合がよくないので、杖をついて行くが、みんなにいろいろ質問をされそうで、どのように簡潔にわかりやすく答えるか、思案中。心配してくれるのはとてもありがたいので、ぶっきらぼうにならずに、説明する方法も考えなくてはいけない。これでも私なりに結構気を使っている‥つもりである。