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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「芸術原論」から 4

2025年02月28日 20時43分16秒 | 読書

 昨日は昼から退職者会のカラオケのイベントの取材。取材をしながらだいぶお酒を飲んで、愉しんだ。一次会では終わらず、二次会もお付き合い。その後数人で三次会まで。カラオケのイベント自体は退職者会の費用で賄ったが、それ以降は割り勘。だいぶ散財をしてしまった。それでもいろいろと楽しい議論も出来た。
 帰りは酔っていたもののかなりの距離を歩いて帰宅。それなりに早いスピードで歩いた。自宅についてみると1万8千歩を超えていた。
 さすがにくたびれて入浴してすぐに就寝したものの、1時間ほどして足の甲が攣って目が覚めた。慌てて湿布薬を塗布したところ、20分ほどでおさまった。

   

 本日は昼からいつものように横浜駅まで歩いてみた。昨晩の痛みは嘘のようにおさまり、快適にウォーキングが出来てホッとした。いつもの喫茶店で「幻術原論」(赤瀬川原平)の第2部「在来の美」を読んだ。

絵具を塗ることが一番楽しかったのは、印象派の人々ではなかったかと思う。あの人たちは絵を描くことが楽しいと同時に、絵具を塗ること自体が楽しかったのだ。・・・「近現代」の絵画というのは、印象派と同じことをしていられないというわけで、テーマや工夫ばかりが開発されて、自意識が絵具の外に丸出しになってくる。印象派の得には、自我の蒸発という感覚さえ味あわされて爽快である。現代美術に魅力的な絵があるとすれば、必ず印象派の絵具と命脈がつながっているはずである。」(モネ「睡蓮」のリフレッシュ)

ヴラマンクは、よく見るとあまり凄くなくなっていた。一点だけ見ると「凄い」と思いそうになるのだけど、同じのが何点も並んでいるとだんだん凄くなくなってくる。「凄い」というコツを覚えて、あとはそのコツだけで何枚もおなじ「凄い」絵を描いている。たんなる職人芸になり果てている。・・・ヴラマンクはコツの中におさまりかえっているのだけど、佐伯祐三は何だか迷子の絵具のようだった。斧具の原色の快感は印象派の人たちが味わってしまい、絵具の温ふりの快感はゴッホやヴラマンクが味わってしまい、バリの風景は全部ユトリロが描いてしまい、もう自分の描く領分がなくなっていて、それでもやはり絵が描きたいという人間のいらだちが絵具の上に滲み出ている。佐伯祐三はそういう絵具でそのまま絵を描いてしまったのだった。」(迷子の絵具―佐伯祐三、ヴラマンク)

 私の好きなヴラマンクと佐伯祐三の評、なかなか含蓄があると感じた。このような評があるが、共に私が気に入っている作家であることに変わりはない。

ポロックの作品などは20から30年前はあっと驚く革命的な現代芸術であった。それがあっという間に近代芸術になり果てている。・・・実に無残なものである。ポロックの作品などは、かつての素晴らしいエネルギーの幻影だけを世の中に残しい、あとは美術館の壁から消え去ってしかるべきではないか。粗末な写真と目撃談だけを残して、その実物は崩れ去るのがふさわしい。・・・現代芸術とは一瞬のものである。それはいつも新しい思想と新しい構造をって一瞬の間に現れる。それを支えるはずの経済体制には、その現代芸術に見合うだけの新しい構造も変革もないわけで、そこで一瞬にして現代芸術は消えてしまう運命にある。それが消えもせずに双方が癒着すると、その背中合わせの隙間に虚妄だけが立ち昇ってくる。要するに現代芸術というものは、金で買っては残せないものなのである。60年代初頭の現代芸術、例えば篠原有司男をはじめとするネオダダ・グループの作品群などは、いまはほとんどぼろぼろに崩れて棄てられて残ってはいないという。それはいまにして思えば幸せなことだ。その崩れ落ちた作品群は、いまもなお革命児の幻影を生きているのだから。」(金で買えない現代芸術―バイク、ポロック)

 「現代芸術」に対する突き放したような記述であるながら、私には的を射ているように感じる。現代芸術の定義そのもののように感じてしまった。「時間」というものに対してどう対処しようとしているのか、そして「普遍性」ではなく「個別性」「私的行為」にまで解体してしまう「芸術」の行きつく先を見通しているような記述である。

 


規則性と不規則

2025年02月26日 21時03分54秒 | 読書

 本日は午前中に印刷会社へ退職者会ニュースの原稿を入稿。
 気温はどんどん上昇し、15時には17.6℃、4月上旬並みの気温を記録。午後出かけるときにダウンのコートを着ていたが、20分も歩くと暑くてたまらず、コートを脱いでリュックへ。少し厚めの開襟シャツ1枚になって歩いた。横浜駅で頼まれた買い物一品を購入して1時間ほどコーヒータイムと読書。
 あとは陽射しに誘われて少しのんびりしたウォーキングで1万5千歩ほど。夕方になり風が少し冷たく感じたものの、そのまま開襟シャツ1枚のまま歩いた。

 喫茶店では「芸術原論」(赤瀬川原平)の第1部「芸術の素」の5編を読み終えた。

波頭というのは海面の前面に平均的に分布しいる。でもいくら斜め横から見ても、一本の直線というのは浮かび上がらないですね。あれは波の一つ一つが屋根瓦のユニットのつながりのようでいて、ちょっと違うんですね、。連続が柔らかいというか不規則的な、アトランダムな連続です。波頭の連なる海面は乱数表です。だから楽しいんです。」(美の謎は乱数の謎)

 まったく同感である。以前にも幾度かこのブログに記載したこともある。人間は規則的な動きや図柄をみているとすぐに飽きる。不規則なものの動きは見飽きない。一見パターンのような繰りかえし模様の場合、少しずつズレがなかったとしたら、規則性をすぐに見破ってしまうのが、人の目と脳のすごいところである。飽きてしまうものである。
 こういう指摘や視点をもつエッセイというか文章表現にとても惹かれる。

 本日もフラワー緑道でカワヅザクラの開花の様子を見てきた。3本のうち、日当たりのあまりよくない樹は開花していないが、他の2本はこの温かさでそれぞれ20輪以上が開いていた。
 蕾と咲いた花を見ていると、規則性はない。しかし枝の先端から開き始める規則性は見受けられる。樹の全体としては傘のような樹形でどことなく統一的な咲き方に見えるが、ひとつひとつの蕾と花に規則的な配置も咲き方も見当たらない。
 それが見る者を惹きつける。これが左右対称に下から順番にきちんと咲くとか、パターン化された蕾のつけ方、花の開き方であれば、こんなにも桜をはじめとした所謂花木に対する関心、動物でいえば群れになって飛ぶ渡り鳥の飛行対する関心、自然の風景や雲の動きなどに対する関心などは生まれないと思う。
 規則性があるようで実際は不規則な連続、これが人を惹きつける大きな要素のひとつに思える。

                                                                                                                                                             


「芸術原論」読み始め

2025年02月24日 21時02分38秒 | 読書

 本日はウォーキングののち、喫茶店でのんびり読書タイムと考えていた。しかし買い物の手伝い、買い物したものの運搬を頼まれた。
 妻よりも早めに家を出て、目的のスーパーのそばの喫茶店で待ち合わせたが、思いのほか妻が早く到着。読書タイムは5分も確保できなかった。
 2件のスーパーで買い物のち、荷物の半分をリュックに詰め、再度喫茶店で一服。妻は先にバスにて帰宅。私はしばらく喫茶店で読書にいそしもうとしたが、隣の二人連れの機関銃のような早口の滞ることのない大声のおしゃべりに閉口。
 結局読書はあきらめ、重いリュックに喘ぎながら再度遠回りのウォーキングで帰宅。

 そうは言っても本日は「芸術原論」(赤瀬川原平)を25頁程読んだ。「原論」ということばにつられて購入したが、目次をよく見ると「芸術原論」そのものは一番最後。そうはいっても各文章はエッセイよりはかなり読み応えある。
 著者は「同時代ライブラリー版に寄せて」の冒頭に「理屈っぽい人間てあまり好きではないが、自分で書いた文書をあとで読み返すと(この人かなり理屈っぽいなあ)と思い、自分にがっかりすることがある。」
 ここにおさめられている文章は、使われている言葉は優しいがそれなりに理屈っぽい。読みごたえと新しい知識もある。私には読んでいて楽しい。

 著者は自身の体験をとても大切に、それを起点に物事を考えようとしている。
人類の疑問のモトは幼児の疑問である。‣‣‣自分の中の奥の方はどうなっているのだろうとか、自分の外側の宇宙のずーっ行った果てはどうなっているのだろうかとか‣‣‣。その疑問は幼児の疑問とまったく並んで進歩しない。初々しい幼児の頭というのは、人類の疑問のいつも最先端に置かれている。幼児が大きくなって社会人となる過程で、疑問というのはそのまま徐々に凍結されて、ゴミの日ごとに少しずつ袋に詰めて捨てられていく。たしかに幼児が抱えている巨大な疑問を、そっくりそのまま捨てずに持っていたら、とてもこの世の社会人として生きていけない。」(考えことはじめ)
 私が心にためていたことを表現してくれたと感心しした。当初の疑問を抱えていることの大切さを思い起こしてくれた。

   


本日から「芸術原論」(赤瀬川原平)

2025年02月24日 11時57分10秒 | 読書

 昨日は午前中と夜に退職者会ニュースのおもて面の原稿づくり。午後は横浜駅まで歩き、いつもの喫茶店で読書タイム。昨晩アップした通り、「最後に、絵を語る。」(辻惟雄)を読み終えた。
 退職者会ニュースは、20時前には一応おもて面の9割程が出来上がった。残りは25日の現役世代を中心とした夜の集会の模様の報告文を入れるスペースである。25日の朝一番でこの部分を除いて印刷会社に送信することにしている。

 本日の午前中は団地の管理組合の業務のお手伝いで、一時間程かけて来年度の作業予定のための現地調査。午後からはいつものように出かけてウォーキング&コーヒータイム・読書タイム。

   

 本日から読む本は「芸術原論」(赤瀬川原平、岩波現代文庫)。芸術家による「芸術論」というのは、私の勝手な決めつけであるが、洋の東西を問わずほとんどの場合読みにくく、「論」とは言えない代物である。記述や論理に飛躍が多く、定義されない言葉が次々に出てきて、読者を混乱させ、閉口させ、そしてその本を放り投げさせたり、読み続けるのを断念させようとする。読者を煙にまいて、多分作者はどこかでニタニタしているのだ。
 もともと芸術は論ずるものではなく、作り上げて何かを表現しているものである。だから芸術家が芸術論を口にするのはもともと自己矛盾である。それでも芸術家の「何かを表現したい」という衝動の根拠を覗いてみたいのである。芸術家が語る一言で一挙に視界が広がって作品を楽しむことが出来る場合がある。作家のこのような一言が「芸術論」に含まれるのであるならば、「論」がその役割を果たしてくれることをおおいに期待したい。
 そんな私の偏見や願いをこの本は適えてくれるであろうか。過度な期待は常に裏切られる。なおかつ私は現代芸術には嫌いではないが疎い。疎い私の入門書になってもらいたいと密かに期待しているのだが・・・。


読了「最後に、絵を語る。」(辻惟雄)

2025年02月23日 22時25分40秒 | 読書

   

 「最後に、絵を語る。」(辻惟雄、集英社)の第4講「私の好きな絵」の後半部分(東山魁夷の評価部分)と、第5講「辻惟雄×山下裕二 師弟対談」を読み終えた。
 私はどうしても東山魁夷の作品になじめないできた。現在も変わらない。この第4講は辻惟雄の評価を読んで、今後に鑑賞の一助にしたいものである。

実景を丹念に観察しながら、それをまた別のものに変換する画家のマジックというものを痛感させられました。」(第4講)
ナイーブさというものが共通してあります。ナイーブさと同時に写実の力を持っておられるんだけれども、たいてい写実性はあまり出さないで、後ろへしまっておくような感じです。」(第4講)
天候なら薄曇り、光の柔らかい時間帯、あるいは薄暗い夕方などが多いですね。東山魁夷の描く風景は、寒いとまではいかないけれど、ちょっとひんやりするようなところがあります。私は奇想ばかりではなく、そういう表現にもやはり心惹かれるんです。」(第4講)

山下:昨今は、日本美術というと『奇想の系譜』で先生が紹介された画家たちをはじめとする、「奇想」のほうに人気が偏っています。しかしやまと絵や狩野派といった「正統派」という本筋の存在があって「奇想」もあるわけだから、正統派について辻先生の味方をしりたい‥。
辻:『奇想の系譜』のあとがきに、‥奇想のほうが日本美術の主流なんじゃないか、。その言い方は「奇想」の価値を強調するために気負い過ぎた面があるにしても、この本は、それをまたもとへ戻そうとしているんです。
山下:正統派と奇想派の両方あるのが、日本美術のおもしろさなんだと思います。
辻:正統派と奇想派は対立しているわけではないんです。『奇想の系譜』のあとがきでも、奇想については「〈主流〉の中での前衛」という表現をしてました。」(以上第5講)

 第5講については私が書くのはあまりに烏滸がましいのだが、次の視点を私から付け加えてみたい。
 集団や師系の中に正統派、奇想派という人格を一人の人間に当てはめるのではなく、一人の画家の内面で「正統」への志向と、「奇想」への志向の両方の存在すること。あるいは一人の画家の内部での葛藤というものを見る、見つけるという視点を持ちたいと、感じた。


ボランティア作業

2025年02月22日 20時43分52秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午前中は団地内のボランティア作業のお手伝いで汗を流した。樹木の剪定作業。他人と同じことをさせられる体操などは敬遠したいが、こういう作業で体を動かすことは嫌いではない。寒波到来中であったが、良く晴れて気持ちのいい汗をかくことが出来た。残りの作業は来週の一週間後に再度実施予定。
 昼までに作業を終え、昼食後は新横浜駅の家電量販店に出向いて買い物。横浜駅の家電量販店は土曜なので混雑していると敬遠した。予想通りこちらの家電量販店は空いていた。しかし新横浜駅構内そのものが旅行客でごった返していた。喫茶店に入ろうとしたがどこもキャリーバッグを引きずった旅行客で満員・満席。三連休の初日であることを忘れていた。
 やむなく地下鉄で横浜駅に出向いて座れる喫茶店を探した。新横浜駅よりは横浜駅界隈の商業施設のほうが少しすいていた。さいわいにも最初に覗いた喫茶店のカウンター席で一人分の席がたまたま空いたので、すぐに座れた。

 しかし喫茶店の内部はざわついて落ち着かない。読書はわずか3頁ほどで断念。スマホのメールチェックをしただけ。
 午前中の作業の影響か、お疲れ気味なので、夜のウォーキングも控えめにして、本日は早めに就寝。明日には退職者会ニュースの原稿をとりあえずは終了したい。

 


カワヅザクラの1輪

2025年02月21日 19時51分35秒 | 近くの自然

         

  昨日に続いて本日もフラワー緑道の横浜駅側を歩いてみた。3本のカワヅザクラの内1本の樹に、小さな花が、1輪だけ開いているのを見つけた。
 カメラを向けていると通りかかった人は、不思議そうな顔をして私を見て通り過ぎる。桜の蕾には興味はなさそうな顔をし、そして不審者を見るような目であった。何かとても気恥ずかしく感じてしまった。
 コブシはまだまだ蕾がかたい。ヨコハマヒザクラもまだ小さな蕾のままである。
 本日も寒波の只中、横浜の最高気温は9.7℃、風も北風で寒かった。しかし不思議なもので、桜が1輪でも咲いているのを見ると、気分だけは春を感じるものである。

 カワヅザクラの撮影のあとは、昨日休業日であった横浜駅の東急ハンズでいくつかの買い物。そののち喫茶店で読書。一昨日に友人からもらった本のコピーと、「最後に、絵を語る。」(辻惟雄)の第4講「私の好きな絵」の前半「かるかや」を読み終えた。

 


カワヅザクラ

2025年02月20日 19時30分47秒 | 近くの自然

 昨晩それなりの量のお酒を飲んだ。珍しく生ビールを中ジョッキで3杯ほどと2軒目ではハイボールを2杯ほど。2軒目のハイボールが濃かったようだ。
 帰宅後、お湯を頭からかけて湯船で30分ほど汗を流して、そのまま寝てしまった。今朝シャワーを浴びてスッキリした。やはり醸造酒は最初の1杯程度に止めておくのが私流。それを逸脱してしまった。
 体に残っているアルコール分解物を早く体外に排出したくて、午後からは横浜駅まで遠回りで5000歩ほどのウォーキング。



 途中旧東横線の跡地にできたフラワー緑道を歩いた。一番横浜駅寄りにある3本のカワヅザクラはいづれも今にも咲きそうに蕾がかなり赤くなったものがいくつかあった。ここ数日中に咲くと思われた。
 横浜駅の地下街の喫茶店で読書をしようとしたものの、読書の気力が湧かずボーッと30分ほどを過ごした。書店と家電量販店と100円ショップ、さらに300円ショップも回ってから、バスにて帰宅。一つ手前でおりて頼まれた食材を購入した。
 帰宅時には1万2000歩。夜のウォーキングは3000歩ほどにしたい。

 


東横線で昼寝三昧

2025年02月18日 22時08分22秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午前中と夜に退職者会ニュースの原稿づくり。午後は気分転換というか、ふと電車に載りたくなり、東横線で横浜から渋谷までを各駅停車で往復。当初は読書しながら、と思っていたものの、パソコンでモニターを見続けたこともあり、座るなり気持ちよく寝てしまった。菊名や自由が丘で急行や特急の待ち合わせで止まっていることは認識できたが、目覚めることもなく渋谷に着いた。
 地下街と地上を目覚ましついでに歩いてみた。5000歩以上歩いてまた各駅停車で横浜に戻った。電車の中では再び眠気に負けてそのまま。気がついたら横浜駅に着いていた。
 しかし横浜の西口は一斉休業でどの店もしまっていた。近くのオフィス街のいつもの喫茶店は開店しており、ここで本日のメールチェックとスマホのあるアプリの不具合を解消するためにいろいろといじってみた。いじってからスマホの再起動したら、不具合は解消していた。
 電車の中の睡眠とウオーキングと喫茶店での一日、結局本日も読書はない。帰宅してみると13000歩ほど。
 昨日ほどの風はなく、気温は低いものの寒さでふるえることもなかった。
 これより夜のウォーキングを2000歩ばかり。

 明日は友人との飲み会。新橋まで出かける。


冷たい強風に煽られる

2025年02月17日 23時30分09秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 昼間は暖かであったが夜になって風が冷たく、そして強くなった。退職者会の会議のあと、2月2日に開催した新春のつどいの慰労会を行った。会がおわり、片付けて19時過ぎに外に出てびっくり。あまりに冷たい風に思わず、コートの襟を立てて歩いた。
 もともと寒いのが好きなので、横浜市内の冷気程度では、コートの前のボタンやジッパーを空けたまま冷たい風に身を曝して歩くのが好きである。しかし本日は体が冷気に防御反応を示していた。
 住んでいる団地の最寄りの停留所で降りた時も、強い風に思わず身を屈めて歩いた。下り坂では前のめりになりそうで少々怖かった。
 気象庁のデータでは、最大瞬間風速は17mの北風であったとのこと。夜の気温は5.5℃であったから体感温度はかなり低かったと思われる。

 明日は昼間も気温が低いとの予報である。明日は引き続き退職者会ニュースの編集作業。

 


厄日という言葉に振り回されたくはないが・・

2025年02月16日 22時37分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 風もなく穏やかに晴れた一日、最高気温が今年最高の15.4℃にもなった。ダウンの上着の下に化繊の薄いサマーセーターで横浜駅に向かって歩いたものの、途中で暑くなりセーターを脱いで歩いた。横浜駅の東口まで5000歩も歩き、頼まれた品物を購入。わざわざ東口まで行かなくても、と思っていたら他のスーパーでは購入できない品物と説得された。
 無事買い物が終わってからは、スマホのショップでアプリの不具合を直してもらおうとしたら、待ち時間が長く、いつになるかわからない、と冷たくあしらわれた。やむなく西口の同じショップに出向いたら今度は1回3300円かかるといわれ、呆れて断念。店をあとにした。
 次にいつもの喫茶店に入ったら、カード払いの引き落としの値段が違っていた。訂正はしてもらったが、本日は何事もすんなりとは進まないと意気消沈。
 そして夕食を食べているうちに、腰が痛くなった。痛くて前に屈めなくなり、慌てて痛み止めを服用。夜のウォーキングは断念。

 ということで、読書も進まず、スマホのアプリは治らず、腰痛になりという状態で明日の退職者会の役員会・幹事会に出向くことになった。
 もっとも痛み止めで痛みはすぐに引いてくれている。明日の役員会・幹事会のための資料の打ち出しはスムーズに進んだ。退職者会ニュースの原稿づくりも今のところはそれなりに順調に進んでいる。これはありがたい。うまくいくこと、すんなりとは進まないことがら、綯交ぜになって疲れた日であった。

 明日は9時前に家を出なくてはいけないので、本日の作業は終了。


大倉山の梅園

2025年02月15日 21時03分50秒 | 山行・旅行・散策

 午前中は退職者会ニュースの編集作業。肩が凝り、午後は出かけたくなった。
  風もなく穏やかな一日、大倉山の梅園を散策することにした。大倉山の梅園に着いてみると、梅まつりは来週からとなっていた。それでもすでに満開の梅もあった。甘酒などの店も出ていた。
 しかし人出は少な目で老夫婦ののんびり散策にはちょうどよかった。
 帰りはのんびりと大倉山駅から菊名駅を経由して妙蓮寺駅まで線路沿いの道を歩いてみた。長い距離ではあるが、昔はよく散策で歩いた道、懐かしい道である。
 スーパーで食材を購入した後は、美味しいお蕎麦の店で温かい天ぷら蕎麦を食べて満足。

            

 


「最後に、絵を語る」第3講

2025年02月14日 21時45分49秒 | 読書

 朝一番で親の通院の付き添い。親と帰宅後、今度は私一人で薬局に処方箋持参で薬をもらい、その足でいつものように横浜駅まで歩いて喫茶店へ。

   

 一昨日に引き続き「辻惟雄 最後に、絵を語る。」(辻惟雄)の第3講「応挙と蘆雪」の後半「蘆雪」に言及した部分を読み終えた。

師匠(応挙)の筆法でもってズバズバと大胆な絵を描く蘆雪は、応挙門下の他の弟子たちとは毛色の違う存在です。高弟ではあっても、やはり「鬼っ子」。奇想の持ち主としての「奇才」であり、鬼の字の「鬼才」でもあったといえます。応挙と蘆雪の師弟関係は、「型」の創造と「型破り」という点で、狩野派における元信と永徳の関係に似ています。

 なるほどと思わせるなかなか面白い把握だと関心。

 帰宅後は退職者会ニュースの原稿づくり。あまり進捗がなかったのが悔やまれている。明日は少しネジを巻いて先に進めたい。


冷たい北風に煽られる

2025年02月13日 21時36分49秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日は神奈川大学のみなとみらい地区のキャンパスで美術鑑賞講座「比べて愉しむアート鑑賞」の第2回目「人物画の東西
-身体と肖像-」。ヨーロッパの人物画と日本の人物画の比較を古代から近代まで比べての鑑賞。いつもながらなかなか面白い着眼点での講座である。
 月1回なので次回は3月13日(木)までお預け。

 本日も風が強く、特にみなとみらい地区は冷たくて強いビル風が吹き荒れ、帽子が飛ばされそうな中を、行きも帰りも身を屈めて歩いた。それでも風で倒れそうになる時もあった。途中の喫茶店でサンドウィッチの昼食がてら体を温めた。

 本日夕刻より、退職者会ニュースの3月号の編集作業を開始した。来週中に入稿を果たす計画である。

 風が強いがこれより、2000歩ほどの夜のウォーキング。本日は昨日とは違い、読書タイムを確保するゆとりがなかった。残念。

 明日は朝9時から親の通院の付き添い。足の調子があまり良くないようなので、家から階段を下ってタクシーに載せるまでに苦労がある。

 


読了「大人のための残酷童話」

2025年02月12日 21時21分09秒 | 読書

 朝のうちは寒かったが夕方以降は風が強くなり気温も上がってきた。現在は風がとても強くなり、北側の窓が煩いほどに鳴っている。本日は欲張った読書タイム。

   

 朝のうちは「大人のための残酷童話」(倉橋由美子、新潮文庫)の最後の1編を読み終わった。ほぼ読み終わっていたが、そのまま忘れてしまっていた。
 全部で26編、あとがきで作者は「これが童話であって小説でないのは、描写を通じて情に訴えるという要素をすっかり棄てて、論理によって想像力を作動させることを狙っている‥。子供にはいささか毒性が強すぎるのと、話の性質上思わずエロティックに傾くことがあった‥。」と記述している。
 ただし、それなりに楽しめた毒であるが、毒が充分に有害な毒であったか、疑問は残った。



 昼食時間を挟んで日経サイエンスの別冊「太陽系新時代 探査機で迫る生命の起源」を読み始めた。第4章の「小惑星」の半分ほどを読み終えた。

    

 昼食後は、いつものとおり横浜駅まで歩き、いつもの喫茶店で「辻惟雄 最後に、絵を語る。」(辻惟雄)の第3講「応挙と蘆雪」の6割ほどを読んだ。辻惟雄の円山応挙評価は初めて目にするが、かなり高い。

応挙の絵は、実際の空間で見ないとわからないものが多い。特に障壁画は、絵画空間と現実空間の連続性ということを非常に重視して描いている。蘆雪や若冲、蕭白の絵の魅力はフラットな図版でも、空間性を重視した応挙の作品の真価は伝わりません。
応挙の功績は、民衆のための絵に対する需要が非常に高まって来た18世紀の京都を舞台に、新旧のさまざまなスタイルを「総合」したということ。江戸時代中期までの日本の伝統に、中国画、西洋画の要素を取り入れて、分かりやすい表現にしていったんです。
(四季の月図など)月と雲と夜の空気、光と闇の関係、こういうものを表現できるのは、近代的としか言い様がない。