Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

本日のお酒「盛升」

2015年05月31日 22時23分49秒 | 料理関連&お酒
 六本木の国立新美術館でチケットを購入するために15分ほど日向に並んだが、とても暑かった。東京では32℃を越えたらしい。しかし最高気温の時刻にはマグリット展の会場内にいた。会場内は寒い位で、多くの女性が肩掛けを借りていた。私も欲しく感じるくらいに室内の気温は低くしてあった。気になったのは室温の低さもさることながら、照明のあり方。ガラス枠かない作品でも、照明が画面に反射して正面から見ることのできない作品がいくつもあった。どういう照明の仕方が正しいのかはわからないが、また苦労はいろいろしているのだろうが、どうにかならないのだろうか。
 横浜に戻ってニュースを聞くと横浜でも30℃を越えたという。気象庁のデータでも15時過ぎに30.3℃と表示されている。今年の最高気温。東京では観測史上最高気温という。

   

 昨日購入したお酒は「盛升(さかります)」。神奈川県厚木市七沢にある「黄金井酒造株式会社」とある。ホームページには、次のような記載がある。

東丹沢山麓のふもと、厚木市七沢に位置し、文政元年(1818年)間もなく創業200年になる老舗の造り酒屋です。創業以来品質一筋、丹沢山麓の清らかな伏流水と厳選された酒米そして、日夜技術の練磨向上に励み、伝統の酒造醸造法と新しい醸造技術の巧みな調和から銘酒「盛升」は誕生いたします。
その昔、屋号を「升屋」と称し、益々繁盛という意を込め「盛升」サカリマスと命名いたしました。清酒「盛升」の洗練した味わいは丹沢山麓より、ふつふつ溢れ出る名水と、厳選され、磨き込まれた酒米、そして伝統の技と酒造りへの時代を超えた変わらぬ情熱で仕上げた物です。

 ぬる燗でもいいそうだが、私は常温で飲んでみた。口の中でまろやかで刺激が少なく、気持ちよく飲むことが出来た。

マグリット展

2015年05月31日 19時39分54秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 国立新美術館で開催しているマグリット展を見てきた。実はルーブル美術館展の無料招待券が2日前に手に入り、本日しか見に行く日は無いので、慌てて出向いた。しかし待ち時間40分以上でしかも会場はかなりの混雑である、とのことなので断念。ルーブル美術館展は明日1日までということでの現象だと思う。マグリット展は待ち時間なしで入場できる、ということなので切符売場に15分ほど並んで入場した。
 こんなにも観覧者数に差があるのも不思議だが、私にとってはさいわいであった。空いているといっても、それなりに人は多い。人の肩越しにようやく見ることのできる作品もあり、決してガラガラではない。「大回顧展」というだけあって、130点にも及ぶ作品が展示されており、ボリューム感たっぷりである。1時間ほどで会場を回ったが、図録を購入してじっくりと感想をまとめるしかない。お腹いっぱいで消化不良を起こしそうな展覧会であった。6月29日の会期末にはもっと人が多くなるかもしれない。

   

 マグリット(1898~1967)という画家の生涯については知らなかった。作品についてはチラシに掲げられた作品のほかかなりの点数を知っている。日本でもかなりの数の作品が有名で、私もこの展覧会で20点近くの作品を見た記憶があった。ただし実際の作品を見たのは横浜美術館の「青春の泉」「王様の美術館」の2点だけだと思う。それ以外は展覧会で見た記憶は無いので、本やテレビで見たと思う。
 不思議な世界ではある。その不思議な感じは描かれている対象物がどれも具体的などこにでもある風景や物体であるものの、取り合わせがあまりに現実離れしていること、そして題名が鑑賞者にしてみれば突拍子もないものでなかなか理解できない、などであることによると思われる。
 しかし私は題名と描かれている取り合わせが理解できなくとも作品自体にはとても惹かれる。眺めているだけで気分的に落ち着く作品もある。逆に気持ちを逆なでにするようなものも無いわけではないが、少なくとも拒否するということまでにはならない。
 私がこれまで持っていたプラスのイメージは、細かいところまで丁寧な描き方であること、自然と人工物の融合が不自然には思えないこと、人体表現に誇張がなく自然であること、青い空と白い雲の描写・樹木と葉の描き方が好みであること、などでありいづれも好感が持てている。

 今回の展示を見ていて、20代の後半にキリコなどの影響が早くからみられるとともに描いている素材が生涯を通じてそれほど変わらずに繰り返し描かれること、その素材の数はあまり多くはないことに気がついた。
 こけしを重ねたようなビルボケ(西洋けん玉)と言われる木の造形、左右対称に枝と葉を広げた樹木、馬の首に括りつけられた鈴の形象、模様を切り取った紙型、木目、抜けるような青い空は白い雲、煉瓦造りの建物、窓枠、椅子、女性のトルソ、木の葉ないし葉脈、卵形の岩、傘を持ち帽子を持った男性像、羽ばたく鳥など15に満たない。

 さらに今回気づいたのは、女性の裸身像と、帽子を被った男の背中、さらに心臓ないし生命の暗喩らしいバラの花。これら20に満たないモチーフが難解な絵を解く鍵だと思えた。

 本日のところはここら辺を忘れないように記して、これから図録を見ながら気に入った作品を思い出しながら取り上げていきたい。


地震にビックリ

2015年05月30日 23時43分43秒 | 天気と自然災害
 最初小さな地震でこれは震度1くらいかな、と思っていたところ、妻がまだ小刻みに揺れているという。小さな花のポットを置くための棚が小刻みに揺れていた。それを1分ほどか、30秒ほどかわからないが、眺めているうちに急に大きく揺れ出して驚いた。
 このような地震は初めてである。始めの小さな揺れから大きな揺れに時間がかかったので、どこか遠いところの地震とは思ったものの、揺れが小刻みなので近い地震のようでもあった。
 慌ててテレビをつけたところ、小笠原付近で深さが590キロという表示がでて、何となく特に根拠は無く「なるほど」という風に感じた。多分津波はなさそうだということと、余震はそれほどないかもしれないと直感したが、しかしマグニチュード8.5という表示には揺れ以上に驚いた。巨大地震の範疇である。これだけ大きな地震だといくら深くても余震があるのか、と心配にはなった。一応気象庁の記者会見では、余震の心配は経験上少ないとのことであった。 緊急地震速報も発信は無かった。
 小笠原と二宮町で震度5強、というのは不思議な気もするが、フィリピン海プレートが列島の下にもぐり込むところである二宮町近辺に、このプレートを伝わった地震波がここで集まってきたと考えることも出来そうである。

 電車が停まったり、エレベーターの閉じ込め・停止があり、そして長周期振動による高層ビルの大きな揺れなどが報じられている。けが人も何人か出ている。停電も天井の落下もあったらしい。東京タワーや六本木ヒルズ、横浜でもランドマークタワーの展望台のエレベーターが一時停まったようである。スカイツリーはどうなったか、私が見た限りでは報道されていなかった。
 エレベーターに頼らざるを得ない高層ビルというものの地震に対する弱点がまたも露呈された。同時に高層ビルは揺れも大きく、怖いものである。

気象庁の発表【http://www.jma.go.jp/jp/quake/20150530224521387-010000.html
http://www.jma.go.jp/jma/press/1505/30b/201505302230.html


 これによると長周期振動は5段階に分類されており、今回、小笠原、八丈島そして神奈川県東部と長野県中部が「階級2」で最大となっている。物につかまりたいと感じ、歩行が難しくなる、キャスター付きの家具が動くことがある段階とのことである。
 高層ビルやタワーの上部にいると船酔いのように気分が悪くなる人が多数いたのではないだろうか。

 また電車の運行状況を見ると、東京と神奈川県をつなぐ大動脈の東海道線、横須賀線、京浜東北線が停まっている。東急東横線・田園都市線、京浜急行、小田急線も遅れが出ているし、混雑が予想される。ここは4年前の地震でも人の流れのネックであった。
 

紫陽花の季節

2015年05月30日 20時01分41秒 | 俳句・短歌・詩等関連
【紫陽花八態】
                     

 紫陽花が咲き誇る季節となった。私は紫陽花の花も葉も好きである。花の色は藍、赤紫、白どの色もいいが、特に深みのある藍が好みである。咲く前の蕾もさまざまな色がひしめき合っていて美しい。
 年が明けて木瓜の花から梅、雪柳や桜を経てさまざまな花が順を追って咲いていく。桜以降も藤、躑躅等に続いて紫陽花が咲くと、ようやく花が一段落したのかな、という感覚になる。そして梅雨を迎える。1年の半分が終わったという感覚とともに、夏の旺盛なエネルギーの燃焼への気構えを催促される。そんな節目の花に思える。
 本日横浜駅から夕方に帰ってくる間に高木の街路樹の下に紫陽花がいくつも咲いているのに気がついた。ついでに住宅の庭に咲く紫陽花も幾枚が写真におさめてみた。
 花だけでなく私は、「紫陽花」という漢字の表記が気に入っている。俳句では「濃紫陽花」という表現もある。「四葩(よひら)」「七変化(しちへんげ)」ともいう。また「額紫陽花」を「額の花」ともいう。

☆あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ   橋本多佳子
☆あぢさゐや軽くすませる昼の蕎麦   石川桂郎
☆紫陽花剪るなほ美(は)しきものあらば剪る   津田清子
☆あぢさゐの色をあつめて虚空とす   岡井省二
☆橋ありて水なかりけり額の花   高橋淡路女
☆かなしみのはづれより咲く額の花   平井照敏

 紫陽花の花は好きだが、うまくは作れないのがもどかしい。
★ふるさとのなくて紫陽花深き色
★白帆行く瓶よりあふるる濃紫陽花

雨脚が強い

2015年05月29日 21時05分43秒 | 天気と自然災害
 本日の天気予報は昨日までは確か曇だったと思っていた。午前中の講座に向かう途中では降ってはいなかったが、昼前に教室外に出たら降り始めていた。夕方16時半に再度教室から外に出たところ本降りになっていて、しかも風が少々強めだったのでとても肌寒い。
 ツィッターでチェックした口永良部島の情報を点検したくて何処にもよらず帰宅した。雨を避けるために珍しく横浜駅からバスに乗ったが、家の近くのバス停に着いた頃には雨が上がっていた。ただし夜に入って再び雨が降り始めた。しかもかなり強い雨である。

 明日は再び気温が上がる見込み、しかも30℃で湿度も高いとのこと。この予報どおりならば明日は熱中症に要注意と思われる。

口永良部島噴火

2015年05月29日 19時45分49秒 | 天気と自然災害
 午前中講座を受講していた。終了後スマホを見て「口永良部島噴火」のメール等が多数着信していて驚いた。昼食を撮りながら、慌ててツィッターを検索して、9時59分の噴火の模様や火砕流の発生、避難者の存在等を知ることが出来た。
 どうも事前の予知というか、予知につながる前兆現象は把握できなかったようである。6日前に有感地震はあったとのことであるが、噴火につながる火山性地震とはとらえられなかったようだ。
 火砕流が港まで達したということ、さらに約130名の島民が噴火した新岳と港を挟んだ番屋ヶ峰という山の避難所にいる、などのことがわかった。
 島民の避難については午後の講座が終わってからようやく16時過ぎに全員がフェリーや自分の所有する船で屋久島に向かっているとの情報があって、ホッとした。さらに17時半過ぎに全員屋久島に到着との報を知った。
 しかしこのような避難にあたった町営フェリーの乗組員の行動には敬服するしかない。私も行政の末端で災害対応に従事していたので、他人事には思えない。

 ツィッターというのはこのような緊急時にはなかなか情報の取得には便利なツールのようである。無論取捨選択は必要であろうし、トンでも情報をつかまれる可能性はゼロではないが、フォロー・フォロワーの選択を自分なりに工夫するしかないと思う。

 避難についての情報などはとりあえず避難完了ということなので省いて、噴火に関する情報を以下に列挙してみる。

★爆発の瞬間映像【http://mainichi.jp/movie/movie.html?id=878636754002

★国土地理院の地図【http://maps.gsi.go.jp/#15/30.458385/130.195928

★屋久島付近の地質の概念【http://www.ynac.com/forest/animalindex/basic.htm
「屋久島は、海洋プレートの沈み込み帯に位置し、その付加体である堆積岩に、花崗岩が貫入してできた島です。西は活火山の口永良部島、東には付加体のみでできた種子島があり、日本列島の基盤をなす付加体構造の見本市のような場所となっています。」

★気象庁活火山総覧に掲載されている島の地学や近年の噴火史の概要【http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/souran/main/94_Kuchinoerabujima.pdf

★今回の噴火はマグマ噴火か?【http://www.yomiuri.co.jp/science/20150529-OYT1T50067.html?from=tw

★気象庁の発表は次のとおり【http://www.jma.go.jp/jma/press/1505/29a/kuchinoerabu150529.html

★政府の対応【http://www.bousai.go.jp/updates/h270529kazan/pdf/h270529kazan_01.pdf

ブラームス「クラリネット三重奏曲 作品114」

2015年05月28日 22時28分44秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 最近は偏りすぎているとは思っているが、ブラームスばかりを聴いている。こんなにまとまって、長期間にわたってブラームスに浸っているのは初めてかもしれない。以前からブラームスは気に入っているが、今回器楽曲、管弦楽曲を全曲聴いてみて、いっそうはまってしまったかもしれない。

 さてクラリネットとチェロとピアノによる「クラリネット三重奏曲」。ブラームスの最晩年の曲である。第一楽章のチェロとクラリネットの掛け合いがいい。二つの楽器の絡み合いがこんなにも美しいものになるものとは、この曲を聴くまで想像できなかった。
 第二楽章のクラリネットの響きは、クラリネットの低音と高音の音色の違いをうまく利用していると思った。私はクラリネットという楽器のこの高音と低音の音色の違いが好きになれなかった。チェロの音色が加わることでクラリネット特有の高音のとんがった音色が柔らかに聴こえるのかもしれない。そして消えてしまいそうな弱音、止まってしまいそうなゆっくりとしたテンポが心を落ち着かせてくれる。
 第三楽章、ピアノとクラリネットが華やかで踊りだしそうな掛け合いをするのだが、チェロが抑制的に絡んでくる。踊りだしどこかで飛躍しそうなメロディーがチェロの響きにやさしく抑え込まれて静かに収束する。ここもまた聴きごたえがある。
 終楽章は、リズミカルな曲で早いパッセージが多い。そのために、第一から第三楽章と違いピアノが活躍する。クラリネットが控え目にピアノを支えているように聴こえる。
 あっという間に聴き終えてしまう24分40秒である。実際よりも早く終わってしまうような名残り惜しさがある。

 チェロではなくバイオリンとピアノによるモーツアルトのクラリネット三重奏曲はこれとは対照的に明るく華やかな曲ということらしい。聴いたことはないので、想像するしかないが今の時点ではおそらく私の好みはブラームスの方だと思う。

明日から始まる講座「沖縄の祖先祭祀」(小熊誠)

2015年05月28日 21時16分37秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 朝から会議で出かけたが、途中で相鉄線の事故で45分ほど遅れて会場に着いた。会議そのものは時間通りにはじまり、予定時刻に終了した。事故で電車がかなりの頻度で運転見合わせとなるが、退職して通勤時間でもない時間帯に足止めを食ったのは初めてであった。通勤時間帯ではなく、かといって買い物時間帯でもなく、席にかなりのゆとりのある時間であったためか、。事故に遭った方には申し訳ないが、社内で待っている人の表情はゆとりがあったと思う

 会議の終了後、久しぶりに保土ヶ谷区内を歩き回り、2万歩ほど歩いて帰宅した。昨日ほどではなかったものの、かなり暑かった。しかも湿度は昨日よりも高かった。熱中症は昨日よりも本日の方が発症しやすかったかもしれない。

 私が現役時代に厚生労働省の統計をネットで調べた時には、熱中症は統計上かなり屋内で発生していた。特に高齢者では4割を超える人数が発症していたと記憶している。
 高齢者は若年者に比べて、暑い季節には住宅内、屋内にいる場合が多いためだともいえるが、屋内は換気が悪く、冷房や扇風機を回していないと室内の温度や湿度が高くなりやすいようだ。現に私の叔父もそれで亡くなった。
 南北の窓を開けて風通しを良くすることや、冷房や扇風機を利用して体温の上昇を抑える工夫を忘れないようにしたいものである。

 私の場合は、夏はどちらかというと外に出たい方である。夏のうだるような日光のもとにいてカーッと照らされることもちょっとした快感に感じることもある。汗を大量に書きながら散歩をして、適度にコンビニや喫茶店に入ってお茶を飲むのはなかなか快感である。
 そんな楽しみをいつまで続けることが出来るであろうか。そろそろ気をつけないと危ないと思う。歳をとればとるほど、残念ながら体がそんなに機敏に反応しなくなってくるのだと思う。



 さて明日からの講座は、「沖縄の祖先祭祀」(講師:小熊誠)。講師は神奈川大学歴史民俗資料学科教授。沖縄が民俗学的な見地から中国と日本の狭間でどのような位置にあるのか、興味のあるところである。

「2015年度第1期横浜美術館コレクション展」(その2)

2015年05月28日 20時12分27秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 横浜美術館のホームページの解説を再度掲載してみる。
3.とらえられた身体
 身体という言葉から想起されることは様々です。このセクションでは異なる視点、異なるアプローチによって身体の持つ豊かな、そしてだからこそ謎めいたテーマに挑む作品を紹介します。
4.入れかわる身体
 このセクションでは入れかわる身体と題し、名画の登場人物に自らが扮した作品で知られる森村泰昌が、メキシコの女性画家を題材にした「私の中のフリーダ」シリーズをはじめ、平野薫による横浜美術館での滞在制作によるオブジェ、同じく横浜に滞在制作の経験のある遅鵬のCGによる巨大な平面作品などをご紹介します。
5.そこにある身体
 日頃、自分の身体の存在を意識する機会は多くはありません。
一方で私たちの身体は今ここにあり、それに目を向けることは、世界に相対する手がかりとなり得ます。ここでは、作品と鑑賞者の身体との関係を想起させるような作品を中心にご覧いただきます。


 この3つのセクションから私が気になったり惹かれた作品は、3では1959年生まれの石原友明の「Untitled」(1995)、4では1951年生まれの森村泰昌の「私の中のフリーダ」(2001)、5では、1973年生まれの三瀬夏之助の「ぼくの神様」(2008)。しかし三瀬夏之助についてはまだ私の考えはまとまらない。今回は省かせてもらうしかない。機会があれば挑戦してみたい。



 石原友明のこの3枚の組写真の作品を見ていて不思議な感覚を味わった。まず真ん中と右側の写真からは作家が自らの身体にどこか常に違和感を持ちながら捜索活動をしているように思った。それが作家の原点であるかのような記載があった。自身の像がぼやけて明確な像を結ばない、しかも目を瞑っているというのは、ポートレートを写真にしろ絵画にしろ作成することにおおいなためらいを常に持っている証だと思われる。対照的に点字とそれをなぞる指先にはピントが合っているということは、「見る」ということよりも皮膚感覚に大きな親和性を持っているという宣言なのではないか、と感じた。
 しかしふたつとも黒枠に囲まれている。これは決別、あるいは過去に自己に対する否定を意味するのだろうか。同時にこの3枚の時間の流れも気になる。
 一方左側のシャンデリアと思しきものを接写で焦点を合わせて撮った写真は中央と右側の写真とどのような関わりがあるのかが未だにわからない。可能性としては電気の明かりの温みとガラスの硬質な皮膚感覚には親和性がある、という暗喩なのかとは思ったが、それだけでは単純すぎないかとも考えている。
 いづれにしても「視覚」というものに対するどこか否定的な感受性を持っていそうである。だが、この感覚が「見る」ことを前提とした作品として提出する、という行為にもまだ私には飲み込めない感情が湧いてくることも事実である。
 さて、このコーナーの始めに以下のような解説が掲げられている。「石原友明も自身を作品の中に登場させています。写真が可能にしてくれる自らの肉眼で見ることのできない自分の姿は、言わば自身の身体の発見でもあります。石原は自分自身が抱く自らの身体イメージと画面上で変化させるそれとの間で生まれる差異に注目します。こうした石原の視点は、突起にすぎないものが実は豊かな意味を持ち、触れることでコミュニケーションが生まれる展示を扱った作品においても示されています。」全体として、特に3番目と4番目の文章のつながりがどうしても私には意味がわからない。このような難解な説明は困りものである。
 この作品を前にして、一挙にこれだけの疑問が湧いてきた。少なくともこれだけの感覚的な刺激を与えてくれた作品は、このコーナーではこれだけであった。私は是非とも作者の言葉を聞いてみたいと思った。



 次が、あのフリーダ・カーロに触発された森村泰昌の作品。私がフリーダ・カーロの作品を知ったのは何時だったか。とても強烈な印象を受けた。「私の中のフリーダ」はいくつかの作品につけられているが、特にこの作品に惹かれた。私のフリーダ・カーロの体験をもっとも鮮烈に思い出させてくれた。
 自らの身体の、しかも見方によっては負の部分をさらけだすことで自己表現を執拗に繰り返した稀有の画家の像である。
 「折れた背骨」(1944)をほぼそのまま額に入れたような写真である。空と接する地平線と、空の広さ、そして髪の毛のボリュームが少し違っている。しかしもっとも大きな違いは背骨の描写である。実際の作品ではコンクリートの柱のようなまっすぐな背骨がところどころ亀裂があるのだが、こちらの作品は人間の腕のような形状の骨である。ものすごく太く、首のところが手首のような形に成っている。さらに乳房の上のバンドの締め付けが実際の作品よりもさらにきつい。
 実際のフリーダ・カーロの作品よりも痛々しさを強調しているのかもしれないが、同時に彼女の痛みの原因が背骨だけではなく、人間関係によってもたらされたものでもあることを示しているのだと感じた。それは周囲の政治的な集団の軋轢というのではなく、夫ディエゴ・リベラとの厳しい関係であることは彼女の伝記を紐解けばすぐに理解できる。



 さらに彼女の頭部と髪は細長く変形している。日本人的な顔と髪に変えられている。フリーダ・カーロの作品よりも生々しい肉体に見える。これはどういう暗喩なのであろうか。気になっている。

光琳「風神雷神図屏風」と抱一「夏秋草図屏風」

2015年05月27日 21時46分11秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 酒井抱一は、尾形光琳を強く意識しており、というよりは尊敬の念がはなはだ強かったといわれる。尾形光琳の風神雷神図屏風の裏に「夏秋草図屏風」を描いた。風神の絵の裏に風になびく秋草、雷神図の裏にうなだれる秋草と紅白梅図を連想するような川をそれぞれ描いた。私はこの対比がとても気に入っている。抱一という画家光琳を尊敬するだけでなく、かなり大胆に光琳を越えた表現を模索していたように思う。
 先日「俵屋宗達」(古田亮、平凡社新書)を読んだとき、次のような表現があった。
「抱一の自己表現は実に用意周到である。表の金地に対して裏の銀地。‥。風神の裏には野分にゆれる芒、蔦紅葉、葛といった秋草。もちろん、風神の風袋から噴出する強烈な暴風に耐えられる姿である。一方雷神の裏には雨に打たれた若い芒、その陰に百合、まっすぐに伸びる女郎花など夏の草花が描かれている。風神雷神に天候や季節感を見る抱一の感性と想像力は、光琳が大成した装飾美に対して自然感情を吹き込まずにはいられなかったのである。」
 「抱一の「風神雷神図屏風」は、抱一の芸術との接点が希薄な作品であるがために、かえって抱一の評価を下げてしまいかねない危うさを含んでいる。」

 前段は私が抱いた感想とほぼ同じなので、同じように感じているプロがいるというのは素人の私にはとても嬉しい。私の言葉を添えるならば、天上の神の領域、天上の不可思議な自然現象に対して、抱一はそれらの影響を受ける地上の現象に眼を凝らしたのであろう。天界のことよりも地上の現象にこそ美の視点を持って行きたいという強い意志も感じられる。様式美・装飾美・目に見えない畏怖の世界の先に、自然の写生の美を対置したのかもしれない。同時に雷と風=野分というわずかな季節感の違い着目して、晩夏から初秋という時間差、季節の差を描こうとしたように思う。美の世界が、具体的な生活者の視点に降り立ったような感じがする。それが多分、光琳という江戸時代前期から、抱一が生きた江戸後期という時代の社会の変化が反映しているのかもしれない。




 ただ、引用した後段にはちょっと違う感想を持った。宗達・光琳・抱一の三つの風神雷神図屏風を上から順番に並べてみた。私なりに感じたのは、まず第一に宗達に比べて光琳の絵では雲があまりに濃い。濃すぎるのである。黒が強いことで宗達の絵よりもおどろおどろしさを強調しているようではあるが、風神も雷神も目立たなくなってしまっている。それゆえに動きが伝わってこない。二番目には宗達の雷神に比べて光琳の雷神は下に少し降りてきたので風神と雷神が同一の高さになってしまった。このために雷神の下に降りていこうとする動きと、風神の左に横切ろうとする動きが、屏風の真ん中で交差する緊張感が希薄になってしまった。宗達の絵に比べて光琳の絵は、雷神・風神がそれぞれ今いる場所で地団駄を踏んでいるようにすら見えることがある。それは雷神の眼が下方を見ていないで風神を見ているから余計そのように見える。
 抱一はこのふたつのマイナスを復元しようとしたのではないだろうか。まず雲がうすくなり宗達のように軽やかな画面に戻った。雷神・風神とも画面の前面に出てきた。また雷神を少しだけ上にあげた。宗達のように太鼓は画面からはみ出るほどではないが、太鼓が上辺ぎりぎりに戻った。風神の右足は光琳では指が上を向いて足を上げる動作だが、抱一では甲が着地の形になり、前方へのベクトルがより強調されている。ただし雷神の眼は光琳と同じく風神を見つめたままである。だから雷神の下方への動きはそれほど復元はしていない。とはいっても宗達の絵のように雷神が風神を無視するように下を向いているのもおかしいものがある。

 このように見ると抱一は、光琳が宗達の絵を装飾的に変えたものを、躍動感を戻そうとしたように見える。
 抱一は光琳を尊敬していたが、江戸時代後期という時代の精神の中で光琳を越えようとしてもがいていたと私は感じている。光琳を尊敬しあこがれていただけの模写ではなかったと思える。私はそのもがいた形跡が好きである。一見静かな眼を思わせるがその実、夏秋草図からは激しいエネルギーを感ずることがある。それは光琳の風神雷神図屏風の裏に描いたという行為からうかがえるのではないか。

東京国立博物館(鳥獣戯画・よみがえる江戸城‥)

2015年05月27日 20時33分46秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 本日は14時40分からの講座なので、午前中は昨日行けなかった東京国立博物館に行ってきた。特別展「鳥獣戯画」を人が並んでいなかったら見ようかと思っていたが、待ち時間2時間超ということで早速諦めた。そのかわりミュージアムショップで図録を思い切って購入した。また尾形光琳の風神雷神図屏風と抱一の夏秋草図屏風のポストカードも購入した。
 時間があるので、通常展示を見ようかと思ったが、「よみがえる江戸城-江戸東京上野編-」という上映をしているというので、500円を払って見てきた。
 鳥獣戯画については図録を見てから記載したいことが浮かび上がってきたらアップしてみたい。

   

 「よみがえる江戸城-江戸東京上野編-」は本館15室の展示とあわせて見るのがお薦めなのだろうが、時間の関係でシアターのみの鑑賞にした。精細な復元のようであるが、私にはこのバーチャルな映像はもう一工夫が欲しいと思った。
 ひとつは大広間の上段の間を映しているが、床の間・違い棚などの奥行き感がほとんどない画面が続いていた。この床の間の奥行き感のない画像はとても見づらいし、上段の間を狭く感じさせる。その上浮遊感が増してしまう。この処理はもう少しきちんとしてもらわないといけない。
 もうひとつは、大広間から松の廊下を通って大奥、天守閣跡地までの室内を歩行する映像が欲しいと思った。広大な建物の集合とその長大な建物の伝って歩くことで広さを体感できるのではないか、と思った。
 この2点は是非改善・実現してもらえるとおもしろいのではないだろうか。

 光琳の風神雷神図屏風と抱一の夏秋草図屏風のことについては、別途アップ予定。

「勝った中国・負けた日本」(講師:田畑光永)

2015年05月27日 09時57分34秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 昨日から始まった講座は「勝った中国・負けた日本」、講師は田畑光永氏。なかなか刺激的な表題だが、講師の最新の著作の題から取ったようだ。
 軍事的な圧力を高め、戦後の歩みを大きく変えて「反覇権」の主張の真逆を行く中国のあり方。どう読みとくのか。
 その前提として、1945年8月の敗戦以降日中はの断絶の時代を迎えるが、日本では中国をどう見てきたのか、逆に中国では日本をどう見てきたのか、当時の報道から読み解くというのは、私には興味のある試みである。
 著者の著作も購入したいと思うが、ちょいと高価のようだ。


昨日の地震、危機対処能力

2015年05月26日 21時20分15秒 | 天気と自然災害
 昨日の埼玉県北部を震源とする地震は遠い茨城県土浦市で震度5弱を記録した。新幹線も一時停まったようだったが、私は12時15分過ぎに新横浜についており、地震の起きた時は横浜市中区にある組合の事務所内で文書の発送作業のために動き回っている時であった。30名近い会員が集まり1200通を超すメール作業の途中であった。数人が「地震だ」「大きい」と声を出すと同時に何人かの緊急地震速報の携帯の通知が鳴っていた。
 私のスマホには地震速報や横浜市の防災メールがいくつもたて続けに届いた。ツィッターでもいろいろ情報が届いていた。震源が埼玉県北部ということと津波がないことはすぐに発表になった。それらの情報が一段落した途端にこんどは電車が点検で停まっているとの情報が次々にきた。詳しい震度が明らかになるようになって、横浜市は最大で震度4の観測地点が北部を中心に6か所あり、私が作業をしていた組合会館のある中区は震度3と表示されていた。我が家に急いで電話をしたが、「混み合っていて繋がりません」との音声が流されていた。30分ほどしてかけ直したらさいわいすぐに繋がった。
 情報は大体どの会員も同じように正確に伝わってきた。揺れがわりと早くおさまったこともあり、みんな正確に事態を掌握しているようであった。特にパニックになる人も無かった。知った仲間が大勢いる方が正しい情報がキチンと伝わるように思われる。

 そういった意味では職場や学校での正しい情報の伝達というのは極めて大切なことだと感じる。これが交通機関の中や、劇場、繁華街、大きな商業施設など、お互いに知らない者同士が集まっている場所ではなかなか正しい情報が正しく伝わることのむずかしさ、正しい判断をすることのむずかしさをあらためて感じた。
 そのような人混みの中で正しいか、あるいはより確かな情報を発すること、根拠のある正しい、より頼りになる判断を的確に人に伝えることが大切である。また人の発する情報が正しいのか、確かなのか、合理的なものなのか、咄嗟に判断する能力も問われる。
 常日頃から自分で考えながら歩くこと、自分で地図を見て目的地につけるように歩くことをする必要がある。いつも人に連れられてばかりで、人の流れに乗るだけの歩行は、災害時にはとても危険である。せめてこのくらいのことはいつも心がけていたいものである。

 家にいないこともあり、ツイッターとブログには地震情報の発信はしなかった。

「アート鑑賞、超入門!」(集英社新書、藤田令伊)

2015年05月26日 20時40分30秒 | 読書
 普段はいわゆるハウツウ物を読むことはまずない。しかし私がいくら美術鑑賞が好きとはいっても我流ばかりではどうしようもないので、遅ればせながら絵画の解説書などを読むようにしたり、展覧会の図録にはできるだけ目をとおしている。しかし図録の解説というのはなかなか難物である。はっきり言って難しい。その道の専門家でないと分からない記述も多い。

      


 もっと主体的なで自由な鑑賞の仕方があってもいいのではないか、と思っていた時に目次を見てつい購入した。大阪往復の新幹線の中で読む分には気楽に読めて、ちょうど良かった。
 「ディスクリプション」「時間をかける」「数多く見る」はいくども聞かされてきた。さらに第二章で主体的に見るために「正誤を気にしない」「買いつけるつもりで見る」「何かを発見する」を心がけるという展開となる。「買いつけるつもりで見る」というのは私には想定もできない態度なのでこれは「ブログに掲載して評価してみる」に変えてみたい。
 次の「感性で見る」「知性で見る」は私なりにこれまでもこれの繰り返しをしている。「肯定的に見る」「否定的に見る」「寄り添い」‥これらもすでに自分なりにやっている。

 要はこれまでの私の実践していることをとりあえず整理してくれた、という風に理解した。「主体的に見る」という言葉は頭の中に入れておこうと思う。
 これまでも私は、「自分の感覚をまず大切にする」「わからない解説や理解できない評価は信用しない」「作品の5W1Hの知識よりも「体感」、ただし作家ないし時代の時間軸は重視する」にこだわってきた。これをまとめて「主体的に見る」という言葉に置き換えて頭の隅に置いておこうと思った。


行きそびれた池田茶臼山古墳と池田城公園

2015年05月26日 12時25分15秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
   

 22日(金)から25日(月)までの4日連続の宴会、しかも24日(日)は大阪一泊でのとんぼ返りは草臥れた。本日は午前中に東京国立博物館に行きたかったが、無理であった。疲れたし、退職者会のホームページの更新でお昼近くまでかかってしまった。
 日曜日は大阪府の池田市に行ったのだが、駅の案内板を見て、池田茶臼山古墳の所在地であることにはじめて気がついた。池田茶臼山古墳自体は幾度も本で読んだり講座で聴いたことはあるのだが、所在地がここであることは知らなかった。1960年代の古墳保存運動の先駆けとなったと聞いている。渡来系の秦氏の墓と云われているらしいが、それ以上のことは知らない。近くに歴史民俗資料館もあり、詳しく知ることが出来たかも知れない。翌日に時間が取れるならば訪れてみたかった。
 さらに荒木村重が織田信長に反旗を翻した時に織田方の重要な城となった池田城跡地に城が復元されて池田城公園となっている。これも訪れてみたかった。
 城や古墳というのは現地に行って周囲の景観、地形を見て、体感したいものである。

 昨日は13時からの退職者会の会議・作業、交流会と続いたため朝10時過ぎの新幹線で横浜に戻らなくてはならず、残念であった。