Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

宮崎進「旅芸人の手帖」から(3)

2018年05月23日 18時12分44秒 | 読書
   宮崎進「小屋のある丘」(1969)



「そこにあるのは裸の私
 シベリアも、北の、この風景も、
 私には、泥土と石ころの
 同じ荒れ地なのだ。」

「夢見ながら、時空をさまよう。
 現実なのか、虚構なのか、
 ただ自分の実体に迫りたくて、漂い続ける。」

「私が旅の芸人たちを描いたのは、1960年頃から70年にかけてである。その頃、私は時折、題材を求めて旅をした。とくに灰色の空、褐色の土、群がる黒い鳥など、死を思わせる荒涼とした風景が好きだった。そんな地方で出会った小屋掛けの見世物一座をテーマにしたのが、見世物芸人という作品である。私は長いあいだ、こうした人たちを描いてきた。だが、彼らのことを何も知らない。何処から来て、明日は何処へ行くのか‥。」


 この本を読むたびに思うことがある。私が10代から20代前半にかけての1960年代から70年代にかけて小屋掛けの見世物一座というものが、理解できないところがある。10代後半から20代前半の、1960年代後半から1970年代前半にかけて、首都圏や仙台で暮した私にはこのような見世物小屋の世界を垣間見ることはなかった。
 そのことが私にはとても不思議である。これが1950年代から1960年代前半といわれればまったく記憶がないとはいえない。この10年の差が私にはよくわからない点である。
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文書の整理

2018年05月23日 10時22分55秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 朝から団地の管理組合の書類の整理。昨年度分だけで大きな手提げ袋2つ分の文書がある。日付順にファイルに入れていたが、あまりに大量なので後から探すのが面倒。4種類にファイルを分けてみることにした。機関会議用、対行政関係、その他2つ。今年度が終われば次の人に引き継ぐので、分かりやすい保存を心掛けないと次の人に申し訳ない。
 私は昔から自分の頭の中の整理のために文書は丁寧に作るが、保存がヘタ。といっても散らかし放題ではなく、ただ日付順に文書をしまう。新しい文書をつくるたびにいくどもひっぱり出して繰り返し頭の中に叩き込む。そうすると頭の中で少しずつ整理ができる。
 しかし物理的な整理棚は何回もひっぱり出してくるうちに、ファイルが破損したり、見てくれが悪くなってくる。年度が過ぎるともう見たくもなくなる。仕事での文書は規定に則って保管すればいいだけだが、個人的なファイルはなかなかうまくさばけない。
 電子化すると整理は楽である。フォルダをいくつかつくり、年度や月ごとにまとめて放り込んでいく。頭の中と電子化されたフォルダが一致していて、いつもすぐに電子化したデータは取り出せるのだが、問題は電子化の作業が時々滞ることである。忙しくなるとスムーズな電子化ができない。
 というような愚痴を欠いているうちに、作業に戻らないと文書整理が昼までに終わらない。

 さて、昨日から「語る歴史、聴く歴史」(大門正克、岩波新書)を手にした。「点と線から面へ」(カンディンスキー、ちくま学芸文庫)はちょっとおやすみ。少し頭を切り替えてから再度挑戦の予定。
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午後から雨か

2018年05月23日 08時06分40秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩、夜のウォーキングに出かけたら、上弦の半月が天頂より西の空に傾きかけていた。歩き始めはちょうど月に向かって進んでいくコースで楽しかった。月が明るく、他の星は眼につかなかった。折り返しで今度は月を背中にすると今度は木星が東寄りの南の空にあり、これまた見ごたえがあった。東の空には雲がところどころあり、ウォーキング中には星を探すのは困難。立ちどまる訳にもいかず、星を探すことは諦めた。

 本日は横浜でも午後から明日の朝まで雨が続く予報になっている。気温も最高気温の予報が21℃とさくじつよりも6ども低いとのこと。ウォーキングができないのは淋しい。朝から長袖が欲しいのだが、我慢をして半袖のシャツの上からウィンドブレーカーを来て凌いでいる。

 午後は横浜駅まで出かけて、地下街や東西の自由通路をぐるぐる歩き回って、ウォーキングの代わりをしようかと考えた。人にぶつからないよう、人通りの多くないところを透ってみる予定。しかしその時はウィンドブレーカーを来ていたのでは暑く感じると思われる。何を切ればよいか、悩んでしまう。

 私はどうも服装で悩むということが大の苦手。悩んでいるうちに面倒になって、涼しさなどに対応できないまま服装を変えずに出かけて風邪をひいたりしてしまうのだが、いまだに苦手を克服していない。今さら変わろうとも思わない。
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宮崎進「旅芸人の手帖」から(2)

2018年05月22日 22時08分04秒 | 読書
   「石狩」(1958年)

地表に降り注ぐ陽の光と風だけが通り過ぎて行く、
この果てにいったい何があるのだろうか。
なぜだかわからないが、私はただただ渺々として何ひとつない北国のこの風景が好きだ。
地の果てまで大地が拡がり、空がある。

肌を裂く吹雪の中を、
ある時は、寄る辺ない旅人のようにさまよい歩いた。
流氷の岸辺に、荒野にそよぐ草や木に、飛んでいく鳥にも、
在る物が宿す命の様は眼に焼き付いてイメージを駆り立てた。

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宮崎進「旅芸人の手帖」から

2018年05月22日 20時27分04秒 | 読書


作品は「冬(凍る月)」(1965年)。

 「北国の鎮まる大地に
  何を見つめ、歩み続けるのか
  寄り添う芸人の影は
  ただ荒涼として侘しい」

 「(芸人の世界は)社会の吹き曝しに生きる丸ごとの人間の姿をそこに見るからである。」

 「過酷な現実を生きる人間の呻く声が、心を動かす。その断片を繋ぎ合わせ、辿ることで、人間について何かが見えてくるのではないだろうか。」

 「吹き渡る風の中を飄々として放浪する。そこには漂白する者の自由が溢れ、それ以外に生きる方法がなかった彼らは、物事に執着する空しさより生涯旅人である幸せを噛み締めたいという。」

 「三十歳にも手の届く年に引き揚げてきた私は、何もかも失って茫然として、家族を前にどうすればよいのか、考えあぐねていた。‥何かに憑かれるように冬の裏(ママ)日本、東北、北海道の各地を歩き回った。私が大道芸人やサーカスを描いたのは1960年代から70年代にかけてで、その度の出会いに始まる。‥近世の庶民文化の残影の一つとして独特な広がりをせせる強い土俗性に興味をそそられ、あの奇妙でドギツイ小屋の空間になぜか心を奪われ夢中になった。‥彼らの寄る辺ない生き様に、私は私の中の漂泊の思いを重ねようとしていた‥。」

 

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本日もほぼ一日外出

2018年05月22日 09時14分02秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は画家・彫刻家という範疇に押し込めていいとは思えないが、宮崎進の訃報があり、衝撃を受けた。存命されていることは知ってはいたが、95歳という高齢でしかも病と闘いながら創作意欲を持続されていたということには驚きを禁じ得なかった。
 他のニュースにもインパクトのあるものがあり、大きな扱いとはならなかったが、あの作品群に接した方には大きなニュースだったと思われる。

 さて本日も爽やかな天気である。東京の気温予想は27℃と高いが、湿度は低く快適。横浜の予報は25℃と他の関東地方では低い方である。本日も一日出かける用事がある。とはいっても慌ただしいことではない。少しのんびりと過ごしたい。
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追悼!宮崎進

2018年05月21日 23時50分14秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 朝日新聞で次のように報じられた。

 シベリアでの抑留体験に根ざした作品群で知られる美術家で多摩美術大学名誉教授の宮崎進(みやざき・しん、本名・進=すすむ)さんが16日、心不全で死去した。96歳だった。葬儀は近親者で行う。後日お別れの会を開くという。喪主は長男泰(たい)さん。
 山口県生まれ。日本美術学校油絵科で学んだ後、1942年に応召。中国東北部で敗戦を迎え、シベリアに移送された。49年に帰国後は、東北や北海道で暮らす人々や旅芸人などを描き、67年に「見世者芸人」で安井賞を受賞した。
 並行してシベリア抑留時の過酷な体験を元にした作品を手がけていたが、本格的な公表は90年代半ばから。抑留中でも入手できた麻布などを使い、目にしたおびただしい死や不条理を平面や立体で表現した。
 98年に芸術選奨文部大臣賞、04年にはサンパウロ・ビエンナーレに日本代表として出品した。07年には、シベリア体験について語った自伝的著書「鳥のように シベリア 記憶の大地」を出版した。
 晩年はパーキンソン病を患ったが、不自由な体で制作を続け、個展を開くなど精力的に活動していた。


 私は2002年の横浜美術館の展覧会は見ていなかったと記憶しているが、横浜美術館所蔵の「俘虜」は印象深い作品であり、記憶していた。そして2014年4月から開催された「立ちのぼる生命 宮崎進展」(神奈川県立近代美術館葉山)には大きな感銘を受けた。
 この感想は、2014年6月20日と25日にこのブログにも記載した。また著書「旅芸人の手帖」の感想を同じく6月28日と7月1日に記載した。

 私はシベリア抑留から帰国した直後の北海道を巡りながら描いた作品、そして旅芸人とともに漂白したときの作品にもとても惹かれた。それと並行して世に送り出されたシベリア抑留体験の諸作品との交点がよくわからないまま、しかしどちらの作品群にも感銘を受けている。



 初期の北海道を巡った時の「灰色の街 釧路」(1951年)について、こんな感想を書いたのを今でも鮮明に覚えている。

「私が生まれた1951年の日本の北部の景色である。私が見た北海道の景色とは確かにこんな風景である。戦争とシベリア抑留という体験をした画家の見た列島の北の景色と、生まれて間もない私の記憶の北海道の景色とに差を感じない。あるいは私が青年以降に培った北海道・東北のイメージで記憶を潤色しているのかもしれないと疑ってみたが、そこは判然としない。しかし暗く沈んだ街角の木造の家や商店の佇まい、冷たい風に乗って漂う魚の匂い、風に混じる馬糞の乾いた黄色い繊維は、やはりこのような景色である。背後の開放感のない空のくすんだ具合や、後ろの歪んだ家並や妙に傾いた木製の電柱も間違いなく私の記憶と重なっている。客観的な街のたたずまいが同一というのではない。私にはこの絵に込められた人の営みがとても懐かしく好ましく思えた。画家の街並みや人を見る目との共感に驚いた。旅人がふと風景が気に入ってさっと描けるような絵には見えない。そこに定住している人が描くような匂いや視点を獲得しているのではないだろうか。」



 さらに「吹き抜ける風のように、孤独な魂の歌を唄いたい。執着するものもなく、失う何物もない。ただ過ぎていくその日のために生きる。」という宮崎進の言葉への親近感と違和感とを手掛かりに宮崎進という作家について格闘を試みたことを思い出している。「冬」(1968年)のこの作品も好きな作品である。



 シベリア抑留体験に執拗にこだわりながら描いた「絶望」(1968年)と先の「冬」が同じ年の作品であるのが、私にはとても不思議でこのふたつの作品を結び付けることがいまだにできないでいる。



 2014年の展覧会で会場の入口に立っていた「立ち上がる生命」(2003年)もまた忘れられない作品である。最初に目にした時は、よく理解できなかった。この作品単独では理解ができなかった。しかしシベリア抑留体験のさまざまな作品を巡った後に、この作品に立ち返ってみると、異様な存在感、単色の青以上に色がほとばしり出てくるような錯覚を覚えた。

 同時に麻袋どいう「キャンパス」はそれ自体としてはあまり感銘は受けない。しかし作品総体を体験してからもう一度会場を巡ってから麻袋のまえに立つと「このたちあがる生命」と同様に麻袋が実に雄弁に何かを語りかけてくる不思議な体験を味わった。

 いつかまた回顧展が行われることを心待ちにしている。


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夏バージョンの頭に‥

2018年05月21日 20時55分37秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 予定していた用事が終了したら帰宅時間に若干のゆとりがあり、横浜駅で1000円の理髪店に行き、いつもの夏バージョンの髪の毛にした。スポーツ刈りに近い形である。夏は短いとかえって日航が直接頭皮にあたりかえって暑く感じるのだそうだが、それでも夏は短くしてもらうことにしている。
 デメリットはもうひとつある。頭にかいた汗がそのままだらだらと顔に垂れてくる。髪の毛でいったん止まることはない。それでも少しでも身に纏うものを少なくしたいという気持ちのほうが強い。
 17時を過ぎてから理容室に入ったので、仕事を終えたサラリーマンでいっぱいであった。30分以上待足されてしまった。17時前に入れば待つ時間はずっと少なかったようだ。

 短くした頭、もともと髪の毛の量はかなり少なくなっているのだが、それでも軽くなった感じもして、すっきりとした。
 
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天気は上々、ウオーキング日和

2018年05月21日 15時13分22秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
本日の予定の三分の二終了。喫茶店でテイータイム中。
スマホの不具合は解消し、1回の充電で55時間もっている。あと残りは8%で2時間半という表示である。これだけ持続できれば問題はない。電池の能力も問題なしの表示。

あと30分ほどこの喫茶店で充電したのち最後の予定をこなしてから、歩いて帰宅予定。
読みかけの文庫本を忘れてきてしまったのが悔やまれている。
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酔いがまわった

2018年05月20日 22時34分31秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日の団地の管理組合の総会は無事終了。ホッとしている。ホッとしてつい飲み過ぎてしまった。これ以上酔いがまわっては危険なので夜のウォーキングは中止。
 明日は朝から組合の会館に出向いたり、書類を届けたり、横浜市内を南北に行ったり来たりの予定。
今晩は、はやめの就寝。
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見に行きたい美術展

2018年05月20日 13時07分15秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 3月から慌ただしさに紛れて、やらなくてはいけないことをいくつか放置して来た。そのひとつが退職者会のホームページの更新。いくつかアップしなくてはいけない記事が溜まってしまっている。月曜日以降少しずつ過去にさかのぼって更新していかなくてはならない。まだまだノンビリはできないかもしれない。

 いくつか見に行きたい美術展があるが、ずっとお預けで終わってしまったり、終わりそうな展覧会もある。

★国立西洋美術館の「ブラド美術館展」    今月27日まで。
★横濱美術館「ヌード展」    来月27日まで。何としても時間をかけて見に行きたい。
★世田谷美術館「高山辰雄展」    来月17日まで。高山辰雄は「食べる」以外は初めて。
★神奈川県立美術館 葉山「抽象のよろこび展」    来月10日まで。
★町田市立国際版画美術館「浮世絵モダーン」     来月17日まで。


 気がついたものだけでもこんなにもある。順位をつけざるを得ないが、横浜美術館、世田谷美術館、西洋美術館といったところか。
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まな板の上の鯉?

2018年05月20日 10時37分17秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩のウォーキング時には気温は低くなり、湿度も下がって、少し強めであるものの爽やかな風が吹いていた。雲が多く歩いている最中は木星以外の星は目に入らなかった。
 朝になり、日が当たり爽やかな日和である。風は昨晩よりももう少し強めに感じる。とはいえ特に気にはならない程度。

 本日は午後から団地の管理組合の総会。退職者会の総会や、現役の頃主宰していた労働組合の支部の大会と比べるととても緊張する。準備するにあたり心的なストレスが強かった。どこに力点を置いて議案の説明をするのか、質問はどんなものが出るのか、わかっていても緊張する。説明の仕方ひとつで、同じことがまったく別の意味になる怖さは十分にわかっている。どのように参加者に伝わるのか、質問者につたわることと、出席者に伝わることとはまた別でもある。
 労働組合の会議では、組合員それぞれの判断基準は違いはあるものの、仲間内の基準というものが、共通認識として存在している。それは役員それぞれの培ってきた組合員との信頼関係に基づく共通認識である。そこに甘えてしまい、緊張関係をなくしてしまうことは断じて許されないが、「地域」という場での共通認識、そして役員としての信頼関係はまったくないに等しい。任期は2年、あと1年またこの緊張が続くと考えるとさらに気分は落ち込んでしまう。

 気分は本日の爽やかな天気とは真逆である。
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ゴキブリの俳句

2018年05月19日 23時38分10秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 先ほどゴキブリの出現の記事をアップした。ウォーキングから戻って、「もしかしたら」と半信半疑ながら歳時記で「ゴキブリ」を探してみた。
 なんと夏の季語に「ごきぶり」があった。二つの歳時記ともに取り上げており、「油虫ともいう」としている。アブラムシはカメムシと同類でアリマキともいう。集団で発生し密生して維管束に口針を突き刺して師管液を吸って栄養としている。
 ゴキブリは単独でゴキブリ目に含まれ、和名は「御器囓り(ごきかぶり)」、「御器(食器)を被る」事から「御器被り」、「御器のふりをする」事から「御器振り」、と食器との関連に由来するといわれる。
 しかし両方の歳時記とも、ごきぶり=油虫として例句まで出ているので、俳句の世界ではこうなってしまっているらしい。
 今回は好きな句というのではなく、あくまでも「ごきぶり」の句として‥。

★滅多打ちしてごきぶりをかつ逃す    安住 敦
★ごきぶりを滅多打ちする気の弱さ    宮澤裕子
★ごきぶりを打ち損じたる余力かな    能村登四郎


 これほどまでにゴキブリを虐待するのでは、ゴキブリに同情もしたくなるほどである。ゴキブリの姿は確かに私の眼にも醜悪に見える。しかしそれ以上に嫌なのは、叩いた後のゴキブリの体液が床にこびりつくことであり、そしてゴキブリ用の殺虫剤のべたべたして拭いてもとれない油ッ気である。それを想うと新聞紙を丸めて滅多打ちにしたくなくなる。
 東北地方で育った妻はゴキブリをあまり見たことがないそうである。都会の場末のビルの片隅に生息しているイメージが昔からあった。私も横浜に戻ってきて、そのような場末の飲み屋で最初に見たが、次第に団地の中にも多数いることに気がついて驚いたものである。
 我が家では使い古しの窓付きの封筒を用意しておき、軽く殺虫剤をかけて弱ったらその封筒にそっと移して封をする。一晩中ガサガサしている強靭なゴキブリもたまにはいるが、朝までには静かになっている。何故殺虫剤をあまり使わないかというと、セキセイインコを飼っていたためである。ゴキブリ用殺虫剤をセキセイインコに噴霧はしたくなかった。

★ごきぶりの走る夜長にカフカ読む    相羽宏紀

 むろんカフカの「変身」からの連想であるが、主人公ザムザが返信するのは「巨大な毒虫」という表現でゴキブリではない。作者も挿絵には昆虫を連想することを避けている。この句、作者はごきぶりの這いまわるのを聴きながらカフカを読んでいる光景を想像しているらしいが、読書に集中できるのだろうか。ちょっと作り過ぎた感の強い句である。

★あるはずのなき隙間へと油虫      土生重次
★書斎派と厨派のをり油虫        鈴木鷹夫


 ともに「油虫」の句であるが、確かにごきぶりの一側面は言い当てている。

★愛されずして油虫ひかり翔つ       橋本多佳子

 この程度にはゴキブリにも目をかければ、我が家には出没しなくなるであろうか。

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今年初めてのゴキブリ

2018年05月19日 21時54分34秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 ようやく会議終了。最近また会議の時間が長くなりつつある。余計なことを不規則にしゃべる人が出てくるとそれだけで時間が長くかかる。困ったものである。会議はどんなに長くても2時間が限度。結局のところ、関係のない長々とした無駄話に付き合う間は、目を閉じて寝たふりをするだけである。
 さて、一昨日今年はじめてのゴキブリが我が家に現われた。玄関に仰向けにひっくり返っていたらしい。妻が窓付き封筒に入れて、ゴミ箱に置いていたら、ガサガサ動き出した。寝たふりをしていたのか、気を失っていたのか、堂々と我が家の玄関で睡眠中だったのか、不明である。玄関扉の郵便受けから侵入したようである。
 団地の1階、2階にはゴキブリが多い。弐階までは飛んでくるようである。3階から上ではゴキブリの侵入は少ないという。

 これより夜のウォーキングに出かけて、会議で疲れた頭をリセットしなくては、次の作業に取り掛かれそうもない。

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頭の中が飽和状態

2018年05月19日 14時50分55秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 一応夜の会議のための資料作りは終了。これからウォーキングで頭の中をスッキリしてきたい。太陽も顔を出している。予報よりは気温は高くなった照るのではないだろうか。湿度は高そう。
 19時からの会議が終われば、明日の団地の管理組合の総会に向けて資料の若干の打ち出しをして本日の業務は終了予定。本日は早めに食事をして会議に臨む。

 読書も、歳時記をめくるのも、そしてブログを覗きに行くのも、今日・明日はお預けである。
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