Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

睡眠時間は何時間がいいのか

2018年11月21日 23時07分43秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 一時間ほど前から雨が降り出し、とうとう本降りとなってしまった。

 明日はみなとみらい地区で講座。「キーワードで観る美術鑑賞」(講師:中村宏美氏)の第3回目「仕事と絵画」。みなとみらいのクイーンズタワーで朝10時から正午まで。
 二日続けて9時に家をでるというのは、朝8時に起きる私には厳しい。本日も早目の就寝が必要である。

 昨晩は結局1時半に布団に入った。ここ数日よりは1時間半も早く布団に入れた。さらに眠剤を1/2錠を服用した。7時45分までぐっすると眠ることが出来た。朝、所用で電話があり、それで起こされた形になったが、目覚めはスッキリしたものであった。本当はあと15分は寝ていたかったが‥。

 今晩寝るときは、眠剤を使わずに寝たい。いつもはだいたい1回使えば、早めに寝られるようになっている。今晩は日付が変わる前に寝て、8時に起床したい。8時間寝る、ということを久しぶりに実行してみたい。入院していた時でもそんなには寝なかった。しかし多くの人から7時間から8時間の睡眠を勧められる。

 若い頃は睡眠時間を削るだけ削って生きてきた。これからできるだけ長い時間の睡眠が必要だといわれても、まさか1日に10時間も眠るわけにはいかない。7~8時間の睡眠を確保した方がいいといわれても、条件がどんなに良くても6時間で目が覚めてしまうことが多い。意識のどこかで、6時間も寝ると、何か罪悪を犯したような気分になる。不思議なものである。

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新しい「招福猫暦」

2018年11月21日 22時10分47秒 | 俳句・短歌・詩等関連


 「しのぶ・あだたらのむかしばなし」(麦わらぼうしの会)のイラストを描いた「さとうてるえさん」からカレンダー「招福猫暦」を頂戴した。いつもは代金を払っているが、病気見舞いも兼ねて無料、ということで押し切られた。ありがたく受け取ることにした。
 新しい暦=新暦、初暦は新年の季語。そして古暦や暦売は冬、年も押し迫ったころの季語となる。酉の市などでも暦を売る屋台が出ている。少し早いが、

★暦売恋の二人を見送れる         轡田 進
★街灯の影の二重に暦売          米澤吾亦紅


 最近は「暦」という言葉をあまり効かなくなった。書店でも「カレンダーコーナー」と案内が出ている。カレンダーという表記の割合の方が高いのではないか。暦というと日めくり、あるいは格言などを記載したものの意味合いが強い。美しい風景や動物などの写真が大きなものは「カレンダー」である。

 第2句の情景はどんな風に想像されるだろうか。第1句と同様に寄り添う若い二人を「二重」といったのだろうか。街灯によってできた影が寄り添っているということなのか。とりあえずそんな解釈をしてみた。

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どこかネジが1本‥‥

2018年11月21日 17時20分53秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 朝から出かけて先ほど帰宅。
 このごろ日常生活の緊張感がどうも欠けているような気がする。何かネジが1本、抜けているようなのだ。大袈裟な言い方をすると、為すことに締まりがない。メリハリが効いていない。傍から見ていると多分、とぼけた振舞いに見えるかもしれない。

 先ほどお茶が飲みたくなった。いつものようにウーロン茶の茶葉を二つまみ湯飲み茶わんに入れて、何となくテレビを見た。その間にウーロン茶をコップに入れたことをすっかり失念。こんどは緑茶の葉を湯飲みに直接一つまみ入れた。ふとコップの底を除くと、ウーロン茶場と緑茶の葉が混ざって底にたむろしている。
 現役の頃は粉茶と抹茶を混ぜて二つまみコップに入れてお茶を飲んでいた。その癖がふとよみがえったのだと思う。現在は緑茶は急須を使って淹れる。
 ウーロン茶と緑茶のブレンド、不思議な味がする。同じく茶の葉なのでまったくあわないわけではないが、一緒に飲むものではない。

 以上のようにどうもやることなすこと、どこかタガが外れている。退院して特にこんなことをやってしまう。緊張感がないのだろう。こんなことに気がつくと、自分で自分が嫌になるものである。

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「ルーベンス展」(国立西洋美術館) 2

2018年11月20日 23時13分30秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 ルーベンス展からまずは「セネカの死」(1615-16、プラド美術館)。寝ろ皇帝の家庭教師であった古代ローマの哲学者セネカが、陰謀への加担を疑われ、自殺を強要された故事に基づいた作品。静脈切断だけでは死にきれず、毒を服し、湯を張った盥に身を沈め、絶命した逸話に基づいた作品である。
 展覧会では、この絵はセネカの貌が非常に印象深く、絵から呼び止められるような感じを受けて、作品の前に止った。暗い背景の奥には何も描かれておらず、暗い背景からセネカの身体が光を放っている。キリストのように描かれている。
 当時、セネカの思想がキリストに重ねられ、その死が自殺から強要された死へと変化していく。この絵でも、盥は小さく身を沈めることは無理であり、画面の右手に新たに腕の静脈を切る男が書き添えられている。
 この作品、セネカの顔の表情は迫真的で、この部分はセネカ地震の手になるものらしいという。
 後ろの兵士2名やセネカの身体はルーベンスらしく筋骨隆々として、ルーベンスらしいといえるかもしれない。だが、左でセネカの死の模様を筆記しているか、セネカの言葉を書き留めているような若者の表情はこの絵の全体の雰囲気からはズレている。腕が異様に太く顔や身体とのバランスが悪い。明らかに他人の手である。ルーベンスの描いた部分は少ないのではないだろうか。



 次に取り上げるのは1612年の「キリスト哀悼」。キリストの目に左手を添えでいる青ざめた女性は聖母マリア。赤いマントの男はヨハネ。一番左端の奥に頭部だけ描かれているのがマグダラのマリアらしい。
 力なく足を投げ出すキリストは顔は青ざめ死の表情だが、身体はどこか生々しい。身体が異常に長く描かれており、描写力の問題ではなく、存在感を示す描き方に思えた。マリアとキリスト、そして左側の男二人はとてもリアルだと思う。だが、ヨハネを含め右側の男女5名はどこかとってつけたように現実離れして、生気がない。この人物5名はルーベンスの手ではないのではないか、と思う。
 暗い教会で蝋燭の焔などに照らされていることを想像すると、左半分は浮き上がるように見るものに迫ってくるのではないか。特にキリストの進退は白く浮かび上がるように見えると思う。キリストの足の裏があまりに生々しい。見るものにキリストへの信仰心を駆り立てる、というよりも、死、について考えさせる契機となるのではないか。



 この作品については2013年の「ルーベンス展」で展示された「キリスト哀悼」(1614、アントワープ王立美術館)の作品と混同してしまった。
 このときの解説では、今回展示されている「リヒテンシュタインコレクション」は、かなり質の劣る工房作である」と断定している。私はこのアントワープ王立美術館の作品が最初にあり、これが原作でいろいろと広まったり、再構成されたのかと思ったのだが、製作年代はこちらの方が後だったので、私の仮説は意味がなかった。しかしこちらの方が場面がより具体的で、リアルに感じる。とりまく人の表情も資源に仕上げていないか。洞窟を描いているところはヤン・ブリューゲル(父)の影響があるらしい。



 もう一つの「キリスト哀悼」(1601-02、ボルゲーゼ美術館)は初期のローマ滞在時の作品という。ティントレット、マンテーニャなどの影響が指摘されているという。マリア、左のアリマタヤのヨセフの描き方は違和感は少ないが、右の赤いマントのヨセフ、マグダラのマリアなどは頭部と身体があまりにバラバラに見えてしまう。こんな体のねじり方はあまりに不自然である。別人の手で書き換えられたのではないかと思う。またキリストの身体はこと切れた人間の姿態としては先ほどの作品ほどにはリアリティがない。特に左右の太ももの太さが違い過ぎる。



 これは今回展示されている「死と罪に勝利するキリスト」(1615-22、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション)。筋骨隆々として堂々たる体躯のキリストである。特に赤い衣が印象的である。
 十字架上で息絶えた前作のようすからは単に「復活」しただけでなく、肉体が若くそして筋肉質に更新されたようである。目の生き生きとした精力的な青い色が見る者の心を見透かしている。この眼光では薄暗い聖堂内の墓碑画として見ると、気の弱いものは足がすくんだかもしれなまい。
 十字架上に固定された釘の跡が向かって右の足の甲に見えるが、腹部の槍の傷、手の釘の跡は見ることが出来ない。
 両足で踏みしめた髑髏と蛇が、「死と(原)罪に勝利するキリスト」の題の由来であろう。この蛇が極めて生々しい。下から眺めるとこの蛇の生々しさが最初に目につくかもしれない。
 キリストの周囲の躍動する天使達のうちキリスト右側の天使の異様にねじれた身体は無理があり、羽も不自然であるが、向かって左のラッパを吹く天使は私にはとてもリアルに見える。ただし衣は除いて。
 解説によれば、構成の補筆が広範囲に及んでいるらしく、本来の姿は失われているとのこと。



 私はこの作品でも、2013年の時の「ルーベンス展」の時に展示された「復活のキリスト」(1616頃、パラティーナ美術館)と混同した。
 こちらは衣が白で、いっそう精力的に筋骨隆々としている。右わき腹の槍の傷跡、左足の釘跡がさらに生々しい。こちらの穂がキリストがクローズアップされており、眼光ももっと鋭く感じる。さらに右側の天使は若者、左の天使二人は幼児で現実味がある。また葬られた時の白い衣を右の天使が脱がしており、より「復活」のようすを劇的に描いている。
 私はこちらの白い衣の「復活のキリスト」の方がよりルーベンスの描いた雰囲気が残っているように思うのだが、どうだろうか。
 
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降圧剤はいったん中止

2018年11月20日 18時19分46秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 一日中家でボーっとしていようと考えていたら、みなとみらい地区のランドマークタワーの傍まで買い物をつき合わされた。ウィンドウショッピングは夫婦ともに趣味ではない。妻がいうには、運動靴を買い替え、すでに注文していたらしい。それが取り寄せになっているとのこと。運動靴を引き取った後は、スーパーで食料の若干の買い物。要するに荷物持ちで雇われたようなもの。途中のコンビニのイートインコーナーで100円のコーヒーを飲ませてもらっただけ。

 帰宅途中に私はいつもの内科で高血圧の薬を処方してもらうつもりだった。しかし血圧測定や、日頃の血圧の自己測定の結果から、しばらく血圧の薬は中止と医師にいわれた。実に十数年ぶりに血圧の薬から解放されたことになる。そうはいっても自分でこまめに測りながら管理する予定。しばらく様子見がつづく。
 代わりに中性脂肪の数値が高いということで、それを下げる薬を処方された。以前にも服用していた薬である。
 肝臓の機能を示すγGTPはまだ正常値までもどらず、足踏みしていた。まだアルコールは止めた方がよかろうということになった。この次の測定は12月初旬、入院した病院でワーファリンの処方をしてもらう時の血液検査まで待つことになった。

 なかなかすっきりとした状態にならないものである。
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どうやって睡眠を取り戻すか?

2018年11月20日 11時38分10秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は休養日。昨日はゆっくりと寝たかった。

 歳をとると、10時には眠くなり、3時前に目が醒め、「朝刊がくるのが待ち遠しく、起き出して妻に叱られる」「4時前に起きて、散歩に出かける」などということばをよく耳にする。
 私は最近、2時ころに寝て8時に起きる。妻は私よりは早く24時より前には寝て、7時過ぎに起きる。それでも他の方よりは夫婦そろって夜が遅く、朝は遅い。

 しかも私はこの3日間、続けて眠る時間が少なかった。
 土曜日の夜は眼が冴えて寝付けず、明け方3時に眠剤を1/3錠を服用。正味4時間ほどの睡眠。
 日曜日の夜は印刷作業が急遽入りやはり3時過ぎに布団に入ったもののなかなか眠れず、5時過ぎに眠りについたらしい。正味3時間未満の睡眠。昼間喫茶店で1時間の睡眠がなければ体が持たなかった。
 昨日は、22時くらいにベッドで本を読みながら後半1時間ほど寝て24時に起き出した。30分ほどしてから風呂。昨日の会議の資料をぐずぐずと整理しながら、結局2時過ぎになってようやく布団に入った。3時半過ぎまで、眠れずにいた。朝は8時半に起床。

 本当は、24時過ぎには布団に入って寝てしまいたいのだが、うまくいかない。明日・明後日と朝10時から所用と講座があるので、本日は24時には寝たい。
 眠剤を1錠服用して、きっちりと7~8時間の睡眠を確保してみるのもいいのかもしれない。それで24時、せめて1時に睡眠できればうれしい。それがきっかけで眠剤なしに眠りにつく習慣ができれれば、さいわいである。連続使用はしたくない。
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衝動買い「東京百年物語」「印象派という革命」

2018年11月19日 23時06分32秒 | 読書


 帰宅途中で本屋に立ち寄った。昨日、吉田秀和の「セザンヌ物語」を読み終えて、無性に短いものを読みたくなった。家に帰れば読みかけの本もあるし、まだ目をとおしていない本もあるのだが、喫茶店で読むのに無性に新しいものが欲しくなった。
 むろん文庫本でなければ購入できる金額は持っていない。有隣堂の文庫本売り場をいつものとおり歩いているうちに、喫茶店に入る時間も無くなってしまった。しかし購入したい衝動は抑えられず、「東京百年物語 ② 1910~1940」(岩波文庫)と「印象派という革命」(木村泰司、ちくま文庫)を購入してしまった。
 「東京百年物語」には17編の「東京」を扱った作品が並んでいる。森鴎外「普請中」からはじまり、中野重治「雨の降る品川駅」や中原中也「除夜の鐘」「正午」などの詩も含まれている。
 表紙の作品は、川瀬巴水「清洲橋」(1931)。
 「印象派という革命」は近代という時代の中での位置づけを目論んだ論考のようだ。表紙の作品はモネの「印象、日の出」(1872)。

 ともに表紙に釣られたような面もある。

 喫茶店に寄る時間も無くなり、バスの中で表紙を眺めているうちに降りる停留所となってしまった。
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30分早く作業終了

2018年11月19日 16時13分30秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
少し早めの、15時半に作業終了。30分の休憩中。早めにおいとまして、帰宅できそう。
会議室から外に出ると、肌寒い。外はとても暗い。
本日の作業は、年末ということで封書に積めるものが多く、苦労した。会員向けの、年末用のお買い得商品のカタログも入った。
後片付けがスムーズにすんで助かった。みんな要領が良い。
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本日は大忙し

2018年11月19日 09時04分10秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は朝早くから組合の会館へ「出勤」。午前中は会議資料の印刷、ふたつの事前会議。お昼は食べながら作業の準備。午後は幹事会とニュース等の発送作業。16時頃終了してワンコイン。本日もお酒抜きでお付き合い。500ccのウーロン茶1本というのはとても寂しい。

 昨晩は、本日発送するチラシを1種類、あわてて作った。23時から作り始めて印刷が終わったのが、3時半。二日続けて睡眠不足になってしまった。
 睡眠不足は体にかなり負担になっているようだ。本日は早めに帰って早寝が必要。さいわい明日20日は予定が入っていない。

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「セザンヌ物語」ようやく読了

2018年11月18日 21時19分42秒 | 読書
 ようやく「セザンヌ物語」(吉田秀和、ちくま文庫)を読み終わった。読み応えがあった。セザンヌの作品は好きである。心惹かれるものがある。しかしどこがいいのかと云われると説明に窮する。不思議である。筆致を見ると何となくぞんざいに描いているようだ。色彩も青や緑が多くばッとした明るさがない。人物や静物の構図も歪んでいて、ホッとすることはない。風景画は形が判然としないものもある。塗り残しもあり、それがどんな効果を狙ったものか、分からない。
 それでもとても気になる。吉田秀和もそこら辺の疑問から出発している。いつものとおり覚書風に抜き書きする。

「私は、ごく早いころから、セザンヌをみて、不安を覚え「どうして、こう描かれているのか。ぜ、彼の絵には、局部的に見ると一応わかっても、全体としてみると整合性が失われる不思議な画面が、こんなに多く、表れてきたのだろうか?」と考えずにいられなかった‥」
「静物画は‥テーブルのふちや脚そのほかの直線が交えられて出来上がっているのだけれど、そのほかに、直線、途中で断ち切られた直線が支配する画面も少なくない。これれは私を不思議がらせ、不安西、不快にした。同時に、これらの絵の意味は、ルネサンス以来の近代的パースペクティヴの光学の法則が犯され、捻じ曲げられたり、あるいは別の何かにより侵蝕されている事態を告げている‥」
「静物画では、空間の造形、視点の取り方が、近代的パースペクティヴのそれとは非常に違っていて‥、これらの絵は長い間みていると、軽い眩暈を覚えたり、時には頭が痛くなるようなことさえひき起こす。そのくせ、細部をきにしないでいると、そこに盛られた色彩と警鐘の豊麗さが、ほかのどんな大家の静物画でも感じたことのない身力で私をひきつけてやまない‥」「
「近代的パースペクティヴの美学、その不可分のアンシンメトリーの構図を解消しても、なお精神の勝利の刻印と呼ぶほかないような作品群が、ここに成立している。」
「晩年の《サント・ヴィクトワール山》の連らを見続けていると、単純な構図の中で、色彩がどんなに重要な役を演じているかが通関されてくる。単純な構図は、色彩の、この驚異的な表現力を遺憾なく発揮さす場をつとめる枠組のようにさえ見えてくる。色彩、それからその色彩のおき方、タッチの縦横自在な運動。」
「セザンヌの青は、印象派の外光絵画の青でもなければ、ゴッホやゴーギャンの空に見るようなデコラティヴで単純化された空の青でもない。‥あるいくつもの青を重ね合わせてつくられ、しかも透明な色の層であって、一方ではそれを透かしてカンヴァスの下地がみえるし、他方では木の葉の緑の反響がきかれる。セザンヌでは、極度に密度の高いプロシアンブルーとコバルトブルーである。この青を根音として、その上にほかのすべての色が関係づけられ、ひこから彼の色の音階が展開される。」


 最後に次のような一節がある。

「私の美術論は、このセザンヌで、クライマックスと終点を迎える。セザンヌこそ、自然のすべて、自分の外のそればかりでなく、自分の内なる自然、つまり人間精神の姿に及ぶ宇宙を、画布という資格の平面の中に把えつくすという高い志を持して生き、ついに死んだひとだった。彼こそは人物画、風景画、静物画のすべてにわたる画家であり、そのどれ一つ欠けても充分でない制作をした人間だった。彼はあくまでも自然に忠実であろうと努めながら、同時に、それが自分の精神の目を通じ、自分の精神の姿を反映したものであることをすてまいとした。そうして描かれた絵に、宇宙のすべてが一つの秩序による調和の中に、とらえられていなければならなかったのである。」

   
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日曜美術館「松本俊介 静かな闘い」

2018年11月18日 11時39分31秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日の「日曜美術館」は「静かな闘い~松本竣介のアトリエ~」。新聞のテレビ欄には「アトリエが物語る人生 戦争中の孤独な闘い 独特の暗く静かな風景」と紹介されている。
 団地の集まりがあるので、最後まで見ることが出来なかった。11月25日20時からの再放送に期待するしかない。
 しかしNHKのニュース放送のあまりのひどさに比べると、このような作品が放送されることが信じられない。このような番組もまたそのうちに作られなくなってしまうのだろうか、という危惧がどんどん膨らんでくる。悲しいことである。

 番組の紹介によると「戦争中、暗く静謐(ひつ)な風景画を描き続けた松本竣介。この程大川美術館の展覧会場にこしらえられたアトリエのモノを手掛かりに、松本の絵と人生を浮かび上がらせる。戦争中、耳が聞こえないため徴兵を免れた松本竣介は、独特の雰囲気をもつ暗く静謐(ひつ)な風景画を黙々と描き続けた。それらは今昭和を代表する名作の一つとなっている。大川美術館では開催中の企画展で、松本竣介のアトリエを会場にこしらえた。戦争の時代を、この小さなアトリエを拠り所(よりどころ)に奮闘した松本竣介。番組では、アトリエに揃えられたさまざまなモノを手掛かりに、松本の絵と人生を浮かび上がらせていく」となっている。

 再放送はビデオに録音することとしたい。
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眠れなかった昨晩

2018年11月18日 09時13分24秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩は1時半に布団に入ったのだが、なかなか眠れなかった。いったん2時過ぎに気分を変えようと白湯を一口飲み、さらに3時過ぎに便所に立ったが、その間ずっと目が冴えわたっていた。時間の流れは遅い。2時過ぎに起きたときはもう3時かと思っていたし、3時過ぎの時も4時を過ぎたと思っていた。起き出して時計を見て不思議に思った。

 3時過ぎの時は、医師から1年以上前にもらっていた眠剤を1/3錠を服用し、ようやく眠りについた。眠剤を飲むとすぐに眠れるが、短い時間で目が覚める。だいたい3時間から4時間、そして起きたときに少々頭が重く感じることが多い。本日も目覚めはあまりすっきりとはならなかった。使用するのは1年に3~4回くらいだろうか。

 昨日はどうして眠れなかったか、理由はよくわからない。久しぶりの長時間の会議で脳がフル回転で疲れたのであろうか。あるいは旅行の疲れが原因だったのだろうか。
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安藤広重と川瀬巴水

2018年11月17日 23時43分03秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 会議は22時過ぎて終了。さすがに疲れた。いつも日付が変わってから風呂に入る私は眠くはないが、早寝・早起きという健康的な生活習慣の人にとってはつらい会議である。
 疲れた私は帰宅してお茶を飲んで50分ほどボーっとしていた。ようやく頭が回り始めた。

 明日も会議が午前・午後団地内である。私は午前中に参加する。午後は休養を兼ねて、どこかの喫茶店でコーヒータイムとしたい。

 本日と明日にかけて、退職者会の会議の資料作り。なかなかハードなスケジュールである。

 先ほどテレビを見ていたら川瀬巴水の版画を紹介していた。広重の名所江戸百景と、巴水の東京二十景の比較。同じ場所の実刑と広重の作品、巴水の作品を並べていた。これはなかなかいい企画であった。

 広重の視点が鳥瞰図的で、巴水の下から見上げるように視点が低いことをあらためて認識した。しかし巴水の下から見上げる視点は、他の広重の下から見上げる構図の作品のように極端な誇張はない。ごく自然な描写ながら表情が隠された人と見上げるような風景が、静謐な情感をもたらしてくれている。巴水の作品はやはり夜の風景に強く光れる。微かに月や、家などから漏れる明かりに惹きつけられるのだ。

 巴水の東京二十景が関東大震災直後の東京の風景を匂わせるように映し出していることは知っていたが、広重の名所江戸百景が安政の地震後に復興の意図もあったことについては恥ずかしながら初めての認識した。安政地震は1855(安政2)年、横浜開港は1859年。安政の大獄や翌年に桜田門外の変と幕末の動乱期である。
 ともに大震災の後の江戸、そして東京を題材としたという共通点があった。あらためて巴水の東京二十景を見たいと思った。



 作品は、東京二十景から「新大橋」(1926)、「馬込の月」(1930)、「大森海岸」(1930)。
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ノンアルコールビール

2018年11月17日 17時12分09秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 先輩からお酒を飲んではいけないのならば、ノンアルコールビールがいいよ、と云われた。私はノンアルコールビールは飲まない。実は出始めた頃に一口飲んだことがあるが、私の口には合わなかった。だいたいの食べ物、飲み物について好き嫌いはない。食べ物ではホヤ以外は口にしないものはない。飲み物も飲めないものはないと思っていたが、ノンアルコールビールはダメだった。
 先輩は、今は各社ごとに味に違いがあるし、昔に比べて美味しくなったのできっと口に合うものがあるはずだという。
 飲んでみようかという気にはなったが、いろいろと種類があるのでそれを買いそろえて飲み比べるほどのエネルギーが湧かない。そこまでしてお酒気分を味わうこともない、と思っている。
 私はウーロン茶、緑茶、紅茶などの各種のお茶も大好きなので、今のところお茶で十分である。

 明後日、退職者会の幹事会がある。終了後飲みに行くのに付き合うかもしれない。その時はノンアルコールビールではなく、ウーロン茶にしようかと考えている。もしもノンアルコールビールを是非飲めと言われたらどうやってことわろうか、ウィットに富む答えを考えたいが、考えているうちに、参加するのが面倒になってしまいそうである。

 これより早めの夕食を摂り、会議の資料を印刷して、会議に臨む。

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宿題の思い出

2018年11月17日 11時09分15秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 夜の会議の資料作り何とかはほぼ完成。これからお茶を一服。一服している間に抜けていること、書き忘れていることを思い出すかもしれない。このゆとりの一服が大切な時間である。
 今朝は14.3℃と昨日よりも暖かい気温が記されているが、肌寒く感じる、風もないのに昨日より寒く感じるのは不思議である。昨日はベランダの戸を開けて外気を室内に入れていたが、本日はそれをすると風邪をひきそうな具合である。

 ルーベンス展と駒井哲郎展の感想が宿題として残っている。宿題というのは人の気持ちを縛るものである。小学校の時から好きなことばではない。誰もが嫌な響きで受けとめたと思う。中学・高校では受験校だったが、宿題がたくさん出た。はっきり言って教師同士でなにも打合せがされていないから、どう考えても一晩でこなせない量が出された。それぞれの教師が時間内に講義できなかったことを宿題として次回までにこなしてくるように指示するのであった。
 きっと今でもそれは変らない風景だと思う。国語や古文・漢文、数学などはいつも予習するのが好きだったので、宿題はだいたいすでに終わっている。しかし苦手な英語はどうしても宿題をこなせなかった。こなせないと次の授業では「お客さん」状態で、ついていけなかった。
 今思い出しても腹が立つ教師は、だいたいが宿題の扱いに関することで記憶している。こんなことを50年経っても覚えているとは、私は実に執念深い性格なのだろうか。教師はそれほど宿題について、宿題を出された生徒の苦労について、それほど深く考えていなかった様子があった。「時間泥棒」と叫びたかった時期は長く、あまりに長かった。
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