Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「バロックの光と闇」(高階秀爾)読了

2017年03月31日 21時55分01秒 | 読書


 題名は第6章の「カラヴァッジオにおいては、光源はつねに画面の外に想定されていた。だが後には、蝋燭やランプなどを直接画面に持ち込んで、その効果を巧みに利用する試みも行われた。古典主義が晴朗な昼の世界であるとすれば、バロックは光と闇のせめぎ合う世界なのである」から取られたのであろう。バロックの特質をこのようにとらえている。
 以下、いつものとおり覚書風に引用。
★ヴェルフリンは‥様式分析の手がかりとして次の五つの対概念を提案した。
1.線的-絵画的
2.平面-奥行
3.閉ざされた形態-開かれた形態
4.多様性-単一性
5.対象の絶対的明瞭さ-相対的明瞭さ
 ここに上げた左の特質を備えた様式を「古典主義的」、右の特質を備えた様式を「バロック的」と定義した。
                 (第2章 静謐な形態感覚-古典主義)
★バロック精神の大きな特色のひとつは、その二重構造にある。描き出されたものは表面の姿の奥にもうひとつ別の隠された意味を持つ。静物画に見られる寓意表現はその代表的な例‥。静物画が絵画ジャンルとして成立するのは、17世紀‥。(冷静な観察眼により描かれた静物画は)同時にこの世の栄華とそのはかなさを暗示するシンボルともなる。‥日常の器物の上に髑髏が君臨する「ヴァニタス」画の流行は、寓意表現への好みをよく示す‥。一見静物画でありながら、その奥に人間という主題が隠されている。
 「メメント・モーリ」(死を思え)のもつ宗教的意味が、‥明確に図案化されている。
                 (第8章 二重構造の世界-写実性と超越性)
★極度の激情表現を好んだバロック芸術は、苦悩の表現においても、忘れがたい崇高なイメージを生み出した。その最も優れた例のひとつは、‥ルーベンスの「キリストの昇架」に描かれたキリストの姿であろう。
                 (第9章 肉体の悲哀と魂の歓喜-苦悩と法悦)
★ルネッサンスの都市がその理念において閉ざされた調和を目指していたのに対し、バロックの都市は、解放されたダイナミックな構造を特色とするのである。
                 (第12章 拡大する空間意識-都市と建築)
★バロック性を検証する基準としてルーセが挙げている「本質的時調」は‥
1.不安定(解体されようとする均衡の不安定。膨張、破砕、消滅する形)
2.動静(作品に対する支店の増殖、多元的ヴィジョン)
3.変身(変貌しようとする多様な形、それらの形全体の生み出す動的統一性)
4.装飾の優位(構造に対する装飾の支配、捉えどころのない外観、幻覚の戯れ)
★変化と動きを特色とするバロックの表現は、同時に新しい時間の観念をもたらした。‥週末への予感を含んだ時間の観念である。どんなに豪華のな祝祭もいつかは終りを告げるし、華やかな舞台も必ず幕が降りる‥。時間は永遠性を保証するものではなく、むしろ死に繋がるものである。ジャン・ルーセは「死の執念」をこの時代の文学の大きな特色として指摘しているが、、美術においてもヴァニタス(空しさ)、死、終末が重要な主題‥。バロックの華やかさは、逆説的に週末の不安と結びついている。
                 (第13章 夢の祝祭世界-文学・音楽・演劇)
★(ロココ美術の)奇抜な発想と装飾趣味は人目を驚かそうというバロックの精神につながるから、ロココはバロックの落とし子だといってもよい。しかしそこにはバロックの豪壮な巨大趣味はない。
★(バロックとロココのおおきい違いは)バロック芸術を支えたものが、宮廷やカトリック教会のような公的制度て権力であったの大使、ロココを育てたのが、いっそう私的な、あえて言えば着やすい日常的な趣味の生活であった‥。
                 (第14章 生きる喜びの表現-ロココの美術)
★(バロックの)様式上の特質に注目してみれば、古典主義とバロックの対比は、いつの時代にも見出すことができる。19世紀における新古典派とロマン派の対立はねその恰好の例であると言っていよい。‥アングルやその弟子たちが、明確な輪郭線による形態把握と安定した画面構成を重要視したのに対し、ドラクロワに代表されるロマン派の画家たちは、ダイナミックな構図と激しい動勢表現を好んだ。‥その意味でロマン派はバックの落し子と言ってもにい。
★このふたつの性向は、人間存在の奥底につねに流れているものだが、歴史の状況によって、地底のマグマが噴出するように表面に表われてくる。古典主義の時代があり、バロックの時代がある所以である。ロマン主義の時代は、まさしくバロック的性向が激しく溢れ出し、渦巻いた激動期に他ならない。そこにはやはり、変革の時代に対応する大きな思想的変動があった‥。
                 (第15章 永遠のバロック-新古典派とロマン派)

      

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内田秀子句集「朱い線」

2017年03月31日 18時16分05秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 二回目の俳句の結社にいたときに、出会った内田秀子さんの句集「朱い線」(2013年)から。大変お世話になった方である。

★ゲーテ座跡過ぎ薔薇の香のなかにいる    内田秀子

 横浜のことに詳しくないとピンとこないかもしれないが、西洋館を巡る山手の丘の起点にゲーテ座跡がある。1885年に居留外国人のための劇場「パブリック・ホール」が開場。1908年に「ゲーテ座」と改名。1923年関東大震災で倒壊するまで外国人の社交場でもあった。現在は岩崎博物館。この建物に面した道路を渡るとすぐに港の見える丘公園でローズガーデンがある。薔薇の季節には110種1300本の薔薇の匂いに包まれる。そして大佛次郎記念館の横に出る。横浜開港の歴史と現在が交差する句である。
 他に
★ポケットに時間をしまい春の雲
★冬の虹いのち遊んでいるように
★散紅葉いろいろ踏んで図書館へ

などの若々しい句もあり、

★つぎの世をぽつぽつ咲いて冬ざくら
★黒を着て少し華やぐ神無月
★蕭条と雨の参道もみじ散る

など、年齢を積み重ねることの豊かさを見せてくれる句もたくさんある。

 ときどき開いて、楽しんでいる句集である。
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「泥酔」という言葉にびっくり

2017年03月31日 15時03分22秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は疣の切除をしたのち、医師からは「本日は傷は濡らさないように。お酒は泥酔しない範囲におさめてください」と云われた。
 「泥酔」という言葉を聞いて、たじろいで思わず即座に「本日は休肝日にします」といい返事をしてしまった。しかし「泥酔」ということばは普通なかなか出てこない言葉である。この女性医師は普段からかなりお酒をたしなんでいるように思われた(違っていたらゴメンナサイ)。
 昨晩はお風呂に入っても、頭も顔も洗えず何となく落ち着かない風呂上りであった。今朝も髭剃りが中途半端で落ち着かなかった。

 ということで昨日は休肝日。それが良かったのか、0時半から7時半までぐっすりと寝ることが出来た。いつもは一度は目が覚めて便所に行くが、7時間一度も目が覚めなかった。7時間も気持ちよく熟睡したのは、遠い昔のような気がする。風邪で寝込んだ場合は長時間寝ていてもこのように気分よく寝て、寝覚めもスッキリしたことはない。

 昼前に病院で厚手の絆創膏を取ってもらい、小さくて薄い絆創膏に変えてもらった。ケロイド様にならないよにということでステロイド剤を1日1~2回薄く塗るように云われた。すでに持っているものであったので、古いものから使うことにした。
 抜糸は4月5日となった。もう本日から洗顔もできる、とのことなので頭も洗うことができる。
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暖かい陽射しに誘われて‥

2017年03月30日 22時39分04秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日の手術後は麻酔が切れると切除した部分に痛みがあった。坐骨神経痛の痛み止めが効くのかわからなかったが、昼食後に服用したら効いたように思う。
 暖かい陽射しの中、普段は病院から20分かかる横浜まで、30近くかけて少しだけ遠回りもして歩いた。途中の大きな公園のサクラはまだ一分咲だったようだ。それでもハクモクレン、コブシ、ユキヤナギ、カイドウなどが目を楽しませてくれた。たまには少し回り道をして住宅街の中を歩くのも楽しい。
 銀行に行って記帳すませてから、コーヒーを飲みながらわずかばかりの読書。また同じ道を辿って帰宅。帰宅後は少々昼寝。
 ここ数日12時15分位までには布団に入っている。しかしなかなか寝付けない。ついスマホを見たり、読書をしたりしたくなるが、我慢をしている。30分近くも寝付けずに寝がえりを繰り返すことも多い。早く寝るのがこんなに大変なこととは思いもしなかった。まだまだ習慣化するのは時間がかかりそうである。
 土曜日に予定している花見はどうも天気が怪しくなってきた。雨で寒いとの予報である。

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「図書4月号」(岩波書店)

2017年03月30日 20時31分56秒 | 読書
 本日定期購読している「図書4月号」が配送された。本日読んだのは、

・「夢ではない夢」         司 修

・「漱石の「明治天皇奉悼之辞」」   三谷太一郎

・「その娘、アナキストにつき」   プレディみかこ
 これは新しい連載「女たちのテロル」の第一回目。
 金子文子の凄みは、書物で学ばなくとも、誰かにイデオロギーを教わらなくとも、経験と心情を通して思想を肉体で毒介していくところだ。思想はストリートに落ちている。この時の覚醒体験にしても、文子は適切な言葉でこう書き残している。「帰ってきた私には一つの希望の光が-憂鬱な黒い光が-輝いていた。」瞳の奥に黒い炎を宿した少女は、ひたひたと地べたを踏みしめ、腐った女たちの地獄の家に戻って行った。

・「食道ガンだな、といわれた日」  高橋三千綱
 これは「作家がガンになって試みたこと」の第一回目。
 「食道ガンだな」照明板に内視鏡で写し出された鮮明な食道画像を仔細に観察して、医師はそう呟いた。「へ」と私はいったようだ。今時珍しい落とし穴に落ちた感じがしたのである。

・「森本さん」           加藤典洋

・「グイドリッチョは未来をめざす」 三浦佳世
 西洋では‥一般に時間は左から右に流れる。絵画療法の解釈に使われる「グリュンワルトの空間図式」でも、画面の左は過去、右は未来を表し、下は無意識、上は意識を表すとされ、左下は始原や出発点を、右上は到達目標や週末を示す。‥ところで、日本においても、今や、「時間の矢」は左から右へ飛ぶらしい。‥なぜ右手が未来化については今後の議論が必要だが、時間が身体化されているという指摘は面白い。

・「萩原朔太郎と詩人の私生活」   池澤夏樹
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疣の切除終了

2017年03月30日 13時20分48秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
疣様の出来物の切除は10分もしなかった。受付や化膿止めの薬の処方を受けて薬局へ。
全部でほぼ9000円。持参した金額が6000円だったので、あわてて銀行で不足分を引きおろしてきた。大きな病院ならクレジットが使えるし、いつもの掛かり付けの内科なら明日以降に払うこともできるが、この病院はそうはしてもらえない。慌てた。支払い想定が甘かった。
結局すべてが終わったのは12時45分。

午後は退職者会の私の属するブロックの会計処理のために通帳の記帳。預けている金額が少ないので利子は間違いなく0円だが、残額証明は必要。
暖かい日差しのなか、のんびり横浜駅まで散歩。
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何となく落ち着かない朝

2017年03月30日 10時55分31秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 不思議なもので「手術」と聞くだけで何となく落ち着かなくなる。お腹を切ったりするなら落ち着かなくなることはわからなくはないが、不思議なものである。食事制限や下剤の事前服用もある大腸の内視鏡検査の方がもっとつらいと思われる。多分5分もかからない「手術」であると思われる。しかし少しばかり部屋を片付けてみたり、落ち着かない。
 早目に家を出て、途中のコンビニのイートインコーナーでコーヒーでも飲みながら読書タイムを取り、気分的にはゆとりをもって行きたい。
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ヘンデル「ヴァイオリンソナタ集作品1」

2017年03月29日 22時32分03秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 シューマンのピアノ曲が続いて少し食傷気味なので、本日はヘンデルのヴァイオリンソナタをグリュミオーのヴァイオリンとロベール・ラクロワのチェンバロの組み合わせで。
 ヴァイオリンを習う人にとっては通過点でもあり、繰り返しここに戻って弾きたい曲でもあると思う。そして通奏低音というものの魅力を体感することもできる。

 本日は昨日図書館の往復で見た横浜緋桜の咲いている通りを、妻の買い物に付き合う形で再度歩いた。昨日は途中から道を逸れて国道沿いに歩いたので気づかなかったが、長いプロムナードの昨日私が歩いた南半分は満開であったが、昨日歩かなかった北半分はほとんど咲いていなかった。膝蔵の間に植わっている辛夷も半分ほどしか開いていない。日当たりはどちらも良好で南と北で差はない。この差がわからないまま通り抜けた。膝蔵だけならば早咲きと遅咲きの差があるとのことなので了解できるが、辛夷も差があることが理解できなかった。
 ただし来週までこの膝蔵を楽しめるということで、深い詮索はせずに満足することにした。帰りは思い買い物をザックに入れて、肩が凝った。
 明日は疣の切除手術ということで、おそらく麻酔の関係もあり、禁酒を申し渡されそうである。
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頬に疣状のできもの

2017年03月29日 20時11分51秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 体調の変わり目の歳というのがある。20代の半ばでの急性肝炎などでの入院、40代になりたての頃のぎっくり腰の慢性化、50代の初めから半ばにかけての大腸の病気や高血圧・緑内障の発症、そして60代の半ば過ぎの今は脊椎棺狭窄と坐骨神経痛の発症や視力の衰え、白内障の歳相応の進行と続いている。
 坐骨神経痛の症状が出始めた1月の半ばから実は右の頬にできものが発現して気にはなっていた。疣のように膨らんできて、現在では髭を剃るのにも支障をきたしてきた。電気カミソリでも当たると痛い。旅行中のカミソリ使用でも傷つけそうである。手でいつも触ってしまうのでとても気になるし、触れるたびに多少の痛みがある。
 疣は背中や眉毛の部位にいくつかあるが、これほざ気になるところにできたのは初めてである。背中の疣は退職後にいつの間にかできていた。眉毛の中にある疣はいつできたかはわからない。これらは特に気にならない。さまざまな部位にいろいろな症状が発現するのはやはり体の変わり目なのであろう。

 坐骨神経痛の痛みが一段落したので、本日思い切って近くの皮膚科を受診してみた。医師の見立てでは「良性のもので、内部の白い脂肪様のものを取るだけならば本日でもできるが、すぐにまた盛り上がってくると思われる。手術で2針ほど縫うことになるが全体を切除すれば再発は防ぐことができる」とのことであった。
 全体の切除をしてほしい、と頼んだところ急遽明日に手術を設定してくれた。本日はその手術に向けて検査のための採血を行った。
 12歳のときのBCG接種痕や15歳のときの盲腸痕がケロイド状に盛り上がっており、多少の心配はある。「10代のときほどには細胞の再生は活発ではないので盛り上がるリスクは少ないのではないか」との50代のころ右膝の手術をしてくれた外科の医師の言もあった。BCGの接種痕は30代の頃に一度広めに切除して、ケロイド上の盛り上がり自体はほとんどないが、やけどの痕のようになっている。もしも今回の手術で傷口が盛り上がっても対処可能ではないかと自分で判断した。顔に多少の傷が出来ても、今さらとくに気にする歳でもない。
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「鬼瓦」(加藤楸邨)から-2-

2017年03月29日 10時34分36秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 昨日の続き。「鬼瓦」は広島・津和野・山口・松江など中国地方の旅の20句とその後の27句からなる。帰郷後の句では

★口見えて世のはじまりの燕の子
★日本にこの生まじめな蟻の顔
★水を出て白桃はその重さ持つ
★百合の終りはおのが重さの終りにて


 孵ったばかりの燕の子、きまじめな蟻の顔、みずみずしい白桃、萎れた百合‥これらの生と、人間の人為による殺戮である広島の原爆や宗教が絡む殉教という名の死を重ね合わせて読んでしまう。牽強付会とは言えないと思う。
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「鬼瓦」(加藤楸邨) から

2017年03月28日 23時02分10秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 いつものとおり加藤楸邨の句集を紐解いている。岩波文庫の「加藤楸邨句集」と古書店で購入した朝日文庫版「現代俳句の世界8 加藤楸邨集」が私の手元にある。
 加藤楸邨の全俳句作品は9400余句といわれるが、前者は3000句、後者は収録句数は記されていないが同じくらいであろうか。
 本日は1970年の47句「鬼瓦」から。これは1976年の「吹越」におさめられている。
 広島を訪れた旅でまずは原爆を詠んだ句から並んでいる。

★梅雨にひろふ原爆の土ひとかけら
★梅雨さむし鬼の焦げたる鬼瓦
★薔薇のかげまぼろしはみな手を伸べて
 原爆供養碑に「安らかにお睡りください過ちは繰返しませんから」
★薔薇に立つ過ちは誰が過ちぞ
★蜜柑買ひて爆心踏むよ一女体


 そして長崎のキリシタンが幕末から明治にかけて殉教させられた津和野の乙女峠を訪れている。

 乙女峠切支丹殉教地
★おのれまげねばこの夏草の墓の列
★木の枝に蛇のむくろやまだうごく


 この乙女峠の殉教については遠藤周作の「最後の塾強者」で触れた。
 私はこの一連の句で「薔薇のかげ‥」と「おのれまげねば‥」の句に惹かれる。
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モーツアルト「ピアノ協奏曲27番」ほか

2017年03月28日 22時19分25秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日はNHKFMのベストオブクラシックを聴くことにした。
 演奏は、新日本フィルハーモニー交響楽団、指揮は上岡敏之(新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督)。
 曲目は、次の3曲。
1.モーツアルト「交響曲第33番K.319から第1楽章、第4楽章」
2.モーツアルト「ピアノ協奏曲第27番K.595」、ピアノはアンヌ・ケフェレック
3.ブラームス「ピアノ四重奏曲第1番作品25(シェーンブルクによる管弦楽版)」
~東京・すみだトリフォニーホールで2016年9月16日収録~

 モーツアルトの交響曲第33番はあまり聴く機会はない。ザルツブルグの時代の曲。第2楽章、第3楽章も聴きたかったが‥。
 ピアノ協奏曲第27番はピアノ協奏曲では一番演奏機会の多い最後の曲。
 ブラームス「ピアノ四重奏曲第1番」のシェーンブルクによる管弦楽板は初めて聴く。ブラームスの原曲は幾度も聴いているが、こんなに煌びやかだったかな、というのが第一印象。まだ一回しか聴いていないのだが、私にはやはり原曲の方が好みだと思う。
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横浜緋桜

2017年03月28日 18時12分16秒 | 日記風&ささやかな思索・批評


 私の団地から歩いて15分ほどの公園に横浜緋桜(と思われる)が毎年咲く。赤い色が美しい。

 横浜緋桜については、横浜市の環境創造局に以下の説明が記されている。【⇒こちら



【生みの親】桜の新品種作りに取り組んでいる白井勲氏(港北区高田町)です。
【特徴】
・花は赤みが強く大輪、下向きに咲きます。
・染井吉野と同じように、葉の出る前に花が咲きます。
・開花期が早咲き・中間咲き・遅咲きの3タイプがあります。(花の形態は同じ)
・早咲きは3月20日ごろから咲きはじめ,遅咲きは4月10日ごろから咲きはじめます。
・小学校で入学式のころに満開になるものを植えたい時には、中間咲きのものを植えます。
【経緯】昭和47年ごろに早咲き種の鮮やかな紅色の寒緋桜と病気に強い山桜(兼六園熊谷という種類)を交配させ、それぞれの系統の利点を備えた丈夫で美しい桜が誕生しました。昭和60年1月、その桜は、横浜の名を冠し、花の色の特徴を表す,「横浜緋桜」と名付けられました。そして農水省に種苗法に基づく品種登録がなされました。
 平成8年4月2日には横浜公園開園120周年を記念して横浜緋桜の植樹式が横浜公園のこどもの遊び場付近で、横浜市長(高秀秀信)、横浜緋桜の生みの親の白井勲さんが参加して行われました。
 平成9年11月12日には品種登録された最初の木(原木)が白井勲さんから中区制七十周年記念実行委員会に寄贈され,本牧山頂公園東側の芝生広場に植栽されました。


 毎年、この桜を見に行くのも楽しみのひとつである。今年も美しく咲いている。幹が幾本にも分かれているのが特徴である。
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睡眠時間をなんとか増やしたい

2017年03月28日 11時37分18秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 これまで一日に4時間から5時間の睡眠で生きて来た。現役のときも1時半から2時半、時には4時過ぎに寝て、6時ころに起きていた。睡眠時間が何しろもったいなかった。
 労働時間の短縮とゆとりある生活を求める労働組合の役員が、その要求を巡って寝ることと、食事時間を削って組織運営をしてきた。何という背理であろうか、といつも役員同士で自嘲。特に私は仕事と組合活動以外に、音楽や文学などの趣味の世界があり、そちらの時間の確保のためにさらに睡眠時間を削っていた。
 退職してもその癖がなおらなかった。しかし健康上は一日で7時間は睡眠をとった方がいいといわれる。現役時代に求めていたことは退職後は実践しなくてはいけない。
 ということで、この2週間睡眠時間を7時間近く確保するためにいろいろ工夫をした。
 まずは0時半までにパソコンの前を離れて、入浴し、1時までに布団に入ることと、本を読まずに寝ること。しかしこれが難しい。どうしても眠れない。結局3時ころにようやく寝入ることをくりかえした。
 次に入浴も済ませて24時前に布団に入ること。これは数日つづけられた。そして1時くらいに寝入ることが出来るようになった。朝は8時に起きるので7時間は睡眠がとれるはずである。
 しかし4時ころに起きてしまう。便所に行って、1合ほどぬるま湯を飲んでから再び布団に入るが、なかなか寝付けない。結局5時くらいに再び寝入ることができる。
 どうしても6時間を超す睡眠がとれない。しかし以前よりはなんとか睡眠時間を1時間ほど増やすことが出来た。

 歳を取るとすぐに目が覚めて睡眠時間が短くなるというが、私はそれと逆行しているのだろうか。

 睡眠時間を増やすことがこんなにも大変なこととは思わなかった。
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雪やなぎが散り始めた

2017年03月27日 20時19分32秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 日が当たると暖かいのだが、雲に隠れると途端に風が冷たく感じる。うすいダウンの上着を着て出かけたが、脱いだり着たり忙しかった。帰りがけには脱いだまま、多少寒く感じたもののそのまま歩いた。妻はあきれ顔‥。
 昨日はまったく出歩かなかったので、本日は1万歩ほど歩いた。歩数計を詳しく見ると運動量としての歩数は約6千歩となっている。坐骨神経痛の痛みは朝起きた時に多少痛みがあった程度で、外出中は痛みは出なかった。帰宅後も腰がだるくなったり、重い感じにはなっていない。しかし安心は禁物。
 2月7日の夜のあの痛みを忘れることはできない。今夜も腰痛体操を無理なくこなしてから寝るつもり。

 団地では雪やなぎの花が散り始めている。風に揺れながら花が散り、そして様々な振幅でそれぞれの枝の重みに従って揺れる。

★こぼれねば花とはなれず雪やなぎ   加藤楸邨
★心音は不規則に揺れ雪やなぎ     萩原治美
★あたらしき花瓶の重さ雪柳      中島菖子


      
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