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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(103)

2019-03-31 09:50:17 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
103  葡萄酒鉢の職人

 職人が葡萄酒鉢をつくっている。真ん中に美しい若者を描いている。

裸体の、エロティックな 一方の足をまだ
水に入れたままの姿-- 記憶よ、お願いだ
手を貸してくれ。 私が愛した若者の
あの顔をそのまま よみがえらせてくれ。

 「裸体」を「エロティック」と言い直し、さらにそれを「一方の足をまだ/水に入れたままの姿」と言いなおす。主人公の職人は、若者が水からあがる瞬間を見ている。水の中にいたときは見えなかったものが、いまは見える。そのために一瞬、顔から目がそれたかもしれない。顔よりも、その瞬間を職人は覚えている。そういう「動き」が見える。
 このあと詩は、こう展開する。

これは困難なことだ。 それというのも
彼がいなくなってから もう十年になるのだから、
マグネシアの敗北に 一兵卒として倒れてから。

 ここにも不思議な動きがある。もし若者が戦死していなかったら、職人は若者を思い出したか。戦死したからこそ、若いときの姿のまま記憶に残っている。
 ここには何か「裏切り」のようなものがある。
 ほんとうに愛していたのなら十年たっても忘れないだろう。思い出せないのは十年の月日のせいだけではないと感じさせる。
 池澤は、「マグネシアの敗北」に関係づけて、こう註釈している。

 前一九〇年、セレウコス朝シリアがローマに敗れた戦い。(略)この詩が扱っているのはしたがって前一八〇年頃になり、(略)

 十年前の恋人の顔を思い出せないというだけなら「現代」を舞台にしてもいいのに、わざわざ紀元前を舞台にしている。
 想像力を二重に動かしている。
 歴史の事実を思い、それから十年後にそのことを思い出すという二重性。この「二重性」が水から上がる姿(足)を覚えているのに、顔を思い出せないという「分離」、記憶の不思議な二重性を刺戟する。「現代」を舞台にすると、二重性の「メタ」の感じが薄くなる。
 カヴァフィスはメタ構造の中でことばと感情を交錯させる。そのとき、ことばが感情になるのか、感情がことばになるのか。




カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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池澤夏樹のカヴァフィスー103 (大井川賢治)
2024-05-02 21:51:34
カヴァフィスの詩を案内してもらっていると、なにかヨーロッパの教養というそよ風をちらりと感じます。

/記憶よお願いだ、手を貸してくれ/、いいですねえ~どこかで使いたい。
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