103 葡萄酒鉢の職人
職人が葡萄酒鉢をつくっている。真ん中に美しい若者を描いている。
「裸体」を「エロティック」と言い直し、さらにそれを「一方の足をまだ/水に入れたままの姿」と言いなおす。主人公の職人は、若者が水からあがる瞬間を見ている。水の中にいたときは見えなかったものが、いまは見える。そのために一瞬、顔から目がそれたかもしれない。顔よりも、その瞬間を職人は覚えている。そういう「動き」が見える。
このあと詩は、こう展開する。
ここにも不思議な動きがある。もし若者が戦死していなかったら、職人は若者を思い出したか。戦死したからこそ、若いときの姿のまま記憶に残っている。
ここには何か「裏切り」のようなものがある。
ほんとうに愛していたのなら十年たっても忘れないだろう。思い出せないのは十年の月日のせいだけではないと感じさせる。
池澤は、「マグネシアの敗北」に関係づけて、こう註釈している。
十年前の恋人の顔を思い出せないというだけなら「現代」を舞台にしてもいいのに、わざわざ紀元前を舞台にしている。
想像力を二重に動かしている。
歴史の事実を思い、それから十年後にそのことを思い出すという二重性。この「二重性」が水から上がる姿(足)を覚えているのに、顔を思い出せないという「分離」、記憶の不思議な二重性を刺戟する。「現代」を舞台にすると、二重性の「メタ」の感じが薄くなる。
カヴァフィスはメタ構造の中でことばと感情を交錯させる。そのとき、ことばが感情になるのか、感情がことばになるのか。
「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
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職人が葡萄酒鉢をつくっている。真ん中に美しい若者を描いている。
裸体の、エロティックな 一方の足をまだ
水に入れたままの姿-- 記憶よ、お願いだ
手を貸してくれ。 私が愛した若者の
あの顔をそのまま よみがえらせてくれ。
「裸体」を「エロティック」と言い直し、さらにそれを「一方の足をまだ/水に入れたままの姿」と言いなおす。主人公の職人は、若者が水からあがる瞬間を見ている。水の中にいたときは見えなかったものが、いまは見える。そのために一瞬、顔から目がそれたかもしれない。顔よりも、その瞬間を職人は覚えている。そういう「動き」が見える。
このあと詩は、こう展開する。
これは困難なことだ。 それというのも
彼がいなくなってから もう十年になるのだから、
マグネシアの敗北に 一兵卒として倒れてから。
ここにも不思議な動きがある。もし若者が戦死していなかったら、職人は若者を思い出したか。戦死したからこそ、若いときの姿のまま記憶に残っている。
ここには何か「裏切り」のようなものがある。
ほんとうに愛していたのなら十年たっても忘れないだろう。思い出せないのは十年の月日のせいだけではないと感じさせる。
池澤は、「マグネシアの敗北」に関係づけて、こう註釈している。
前一九〇年、セレウコス朝シリアがローマに敗れた戦い。(略)この詩が扱っているのはしたがって前一八〇年頃になり、(略)
十年前の恋人の顔を思い出せないというだけなら「現代」を舞台にしてもいいのに、わざわざ紀元前を舞台にしている。
想像力を二重に動かしている。
歴史の事実を思い、それから十年後にそのことを思い出すという二重性。この「二重性」が水から上がる姿(足)を覚えているのに、顔を思い出せないという「分離」、記憶の不思議な二重性を刺戟する。「現代」を舞台にすると、二重性の「メタ」の感じが薄くなる。
カヴァフィスはメタ構造の中でことばと感情を交錯させる。そのとき、ことばが感情になるのか、感情がことばになるのか。
![]() | カヴァフィス全詩 |
クリエーター情報なし | |
書肆山田 |
「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
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注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
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/記憶よお願いだ、手を貸してくれ/、いいですねえ~どこかで使いたい。