中井久夫訳カヴァフィスを読む(149)
「彼は品定めをした」は小物を商う店を通ったとき、ふと店員の顔を見て、その姿にひかれて入っていく。売り物のハンカチの「品定め」をするふりをしながら、店員の「品定め」をしている。「品定め」というより、愛の交渉と言うべきか。
男色の詩はいろいろあるが、この詩は少し変わっている。「声」がきちんと描写されている。いつものように容姿は省略されているが、「声」は書き込まれている。「のどに詰まる」と「かすれる」は似ている。「うわずった」は逆に声(のど)の抑制がうまくいかない感じだが、この微妙な変化はカヴァフィスの「嗜好」をあらわしている。詩人は「声」を生きている。ことばが声になり、相手にとどく。それが返ってくる。
カヴァフィスの詩は登場人物の「主観」をいきいきと描いているが、それは「ことばの論理」として再現しているだけではなく、「声」そのものとして再現しているということだ。だから、「口語」が頻繁に出てくる。その「口語」の調子を、中井久夫は肉体の動きそのものとして具体化している。
これは、実際は、ハンカチ越しに手を触れさせ、顔を近づけ、腕や脚をぶつけ、ひょっとすると唇も触れあったのかもしれない。なぜなら、
と書いているからだ。「声」は欲望を伝えあい、ことば(意味/内容)は、そこで動いている欲望を隠し、ごまかす手段になっている。店主にはハンカチの品定めをしていると信じさせて、耳に情報を与えることで目をゆだんさせて、その隙に愛を確認している。
「声」と「ことば」を巧みにつかいわけて動いているカヴァフィスの独特の姿が、この詩に見える。
「彼は品定めをした」は小物を商う店を通ったとき、ふと店員の顔を見て、その姿にひかれて入っていく。売り物のハンカチの「品定め」をするふりをしながら、店員の「品定め」をしている。「品定め」というより、愛の交渉と言うべきか。
「このハンカチの品質はどうかね。
いくらする?」。声がのどに詰まる。
灼けつく欲望が言葉をかすれさせる。
返って来た答えの感じも似ていた。
気もすずろなるうわずった声。
口にこそ出さね、同意の色。
男色の詩はいろいろあるが、この詩は少し変わっている。「声」がきちんと描写されている。いつものように容姿は省略されているが、「声」は書き込まれている。「のどに詰まる」と「かすれる」は似ている。「うわずった」は逆に声(のど)の抑制がうまくいかない感じだが、この微妙な変化はカヴァフィスの「嗜好」をあらわしている。詩人は「声」を生きている。ことばが声になり、相手にとどく。それが返ってくる。
カヴァフィスの詩は登場人物の「主観」をいきいきと描いているが、それは「ことばの論理」として再現しているだけではなく、「声」そのものとして再現しているということだ。だから、「口語」が頻繁に出てくる。その「口語」の調子を、中井久夫は肉体の動きそのものとして具体化している。
商品問答を続ける二人。
その目的はただ一つ。ハンカチ越しにつと手が触れはせぬか。
ひょっとして顔が、唇が近づきはしないか。
腕や脚が一瞬ぶつからないか。
これは、実際は、ハンカチ越しに手を触れさせ、顔を近づけ、腕や脚をぶつけ、ひょっとすると唇も触れあったのかもしれない。なぜなら、
その素早さ。人目を避ける巧みさ。
奥に座った店主には
まったく気づかれずじまいだった。
と書いているからだ。「声」は欲望を伝えあい、ことば(意味/内容)は、そこで動いている欲望を隠し、ごまかす手段になっている。店主にはハンカチの品定めをしていると信じさせて、耳に情報を与えることで目をゆだんさせて、その隙に愛を確認している。
「声」と「ことば」を巧みにつかいわけて動いているカヴァフィスの独特の姿が、この詩に見える。
![]() | リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」 |
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