「だるい根」はエリオットの「荒地」(中桐雅夫訳)を引用しながらことばを動かしている。この詩が私はとても好きだ。これまで取り上げてきた田村の詩とは少し趣が違っているかもしれない。
ことばからはじまる「空想」。「少年」だった田村はイギリスもドイツも実際には知らないだろう。ことど、地図のうえでの認識があるだけだろう。何も知らない。けれど、ことばは見たことのない「スタルンベルガーズ湖」を目の前に出現させる。
なぜだろう。
「驟雨」を田村が知っているからだ。知っているものが知らないものを、まるで、その知らないものまで知っているかのような錯覚に陥らせる。
だが、田村は、とても正直な詩人だ。知らないものは「空想」のなかだけにとどめておいて、あるいは、その「空想」をサーチライトのように利用して、知っているものを追いつづけはじめる。
この瞬間、この切り返しが私はとても好きだ。
見たことのない「スタルンベルガーズ湖」を空想する。しかし、そのとき見ているのは「湖」ではなく、あくまで知っている「驟雨」なのである。
現実の「驟雨」。そして、「ぼくの内なる驟雨」。現実と、空想ではなく、比喩としての「驟雨」。現実の「驟雨」と、ことばになることによって存在しはじめる「精神・感性の驟雨」。その出会いが、田村自身のことばではなく、中桐が訳したエリオットのことばによって照らしだされる。
ことばは、場所も時代も超越して、そこにひとつの「場」--現実の場であると同時に精神・感性の場を結晶させる。
詩のことばはさらに、田村の庭の土、ライラックともつながる。それはすべてエリオットが書いた土、ライラックではない。けれど、ことばは、遠い空想の土地やライラックとではなく、現実に知っている土地、ライラックと結びつき、田村を刺激する。
エリオットの書いた(中桐の訳した)土、ライラックと、田村が知っている土、ライラックのあいだ、ことばが結びつける見知らぬものと実際に知っているもののあいだで、田村は「比喩」「象徴」としての「だるい根」をみつける。
いや、「だるい根」ではなく、「だるい」を見つける--と言い換えた方がいいかもしれない。「だるい」が「根」と結びつき、そこに、いままで存在しなかったものを浮かび上がらせる。そういうことができるということばの可能性をみつける、と言った方がいいかもしれない。
ことばはいつでも、ことばでしか表現できないものへと向かって動いていく。
そしてことばを読むとは、あるいはことばを書くとは、そこに書いてあることを事実として知るということをとおして、ことばの動かし方、ことばの書き方を発見することなのだ。
詩とは、結局、ことばへの批評なのだ。
--そんなことは、この詩には書いてない。ここには、エリオットの詩に出会った時の思い出が、刺激された精神の記憶が抒情として書かれている、と読むべきなのかもしれない。
けれども、私は、そういうことを通り越して、詩とは何か、どんなふうに書くものかということが、ここに書かれているように感じてしまう。
「夏はやつてきてわたしたちを驚かせた、
驟雨がスタルンベルガーズ湖を蔽つたのだ」
ぼくが少年だつたとき
このイギリスの長詩の翻訳を読んで
ドイツのミュンヘン郊外の湖を空想した
そして少年時代から青春が灰となつて燃えつきるまで
ぼくはぼくの時代の
驟雨をなんど経験しただろう
不気味な閃光をともなつて暗黒を一瞬のうちに照らしだす
ぼくの内なる驟雨
ことばからはじまる「空想」。「少年」だった田村はイギリスもドイツも実際には知らないだろう。ことど、地図のうえでの認識があるだけだろう。何も知らない。けれど、ことばは見たことのない「スタルンベルガーズ湖」を目の前に出現させる。
なぜだろう。
「驟雨」を田村が知っているからだ。知っているものが知らないものを、まるで、その知らないものまで知っているかのような錯覚に陥らせる。
だが、田村は、とても正直な詩人だ。知らないものは「空想」のなかだけにとどめておいて、あるいは、その「空想」をサーチライトのように利用して、知っているものを追いつづけはじめる。
この瞬間、この切り返しが私はとても好きだ。
見たことのない「スタルンベルガーズ湖」を空想する。しかし、そのとき見ているのは「湖」ではなく、あくまで知っている「驟雨」なのである。
現実の「驟雨」。そして、「ぼくの内なる驟雨」。現実と、空想ではなく、比喩としての「驟雨」。現実の「驟雨」と、ことばになることによって存在しはじめる「精神・感性の驟雨」。その出会いが、田村自身のことばではなく、中桐が訳したエリオットのことばによって照らしだされる。
ことばは、場所も時代も超越して、そこにひとつの「場」--現実の場であると同時に精神・感性の場を結晶させる。
一九三〇年代末期の裏町の薄暗い酒場で
長髪の痩せた大学生が薄い文学雑誌を見せてくれたつけ
表紙はピカソのデッサンで
「四月はもつとも残酷な月だ」
まるでぼくらの墓碑銘のように
スタルンベルガーズ湖の夏の驟雨が走りぬける
イギリス人の長詩の冒頭の一行がついていて
「死の土地からライラックの花を咲かせ、
記憶と欲望とを混ぜあわせ、
だるい根を春の雨でうごかす」
ぼくの家の小さな庭にも細いライラックの木があって
その土が死からよみがえる瞬間を告知する「時」がある
その「時」のなかに
ぼくの少年と青年は埋葬されてしまつたが
まだ
だるい根だけは残つている
詩のことばはさらに、田村の庭の土、ライラックともつながる。それはすべてエリオットが書いた土、ライラックではない。けれど、ことばは、遠い空想の土地やライラックとではなく、現実に知っている土地、ライラックと結びつき、田村を刺激する。
エリオットの書いた(中桐の訳した)土、ライラックと、田村が知っている土、ライラックのあいだ、ことばが結びつける見知らぬものと実際に知っているもののあいだで、田村は「比喩」「象徴」としての「だるい根」をみつける。
いや、「だるい根」ではなく、「だるい」を見つける--と言い換えた方がいいかもしれない。「だるい」が「根」と結びつき、そこに、いままで存在しなかったものを浮かび上がらせる。そういうことができるということばの可能性をみつける、と言った方がいいかもしれない。
ことばはいつでも、ことばでしか表現できないものへと向かって動いていく。
そしてことばを読むとは、あるいはことばを書くとは、そこに書いてあることを事実として知るということをとおして、ことばの動かし方、ことばの書き方を発見することなのだ。
詩とは、結局、ことばへの批評なのだ。
--そんなことは、この詩には書いてない。ここには、エリオットの詩に出会った時の思い出が、刺激された精神の記憶が抒情として書かれている、と読むべきなのかもしれない。
けれども、私は、そういうことを通り越して、詩とは何か、どんなふうに書くものかということが、ここに書かれているように感じてしまう。
現代の詩人〈3〉田村隆一 (1983年)大岡 信,谷川 俊太郎中央公論社このアイテムの詳細を見る |
詩作において(表面的かもしれないが)、詩らしく体裁を整えるテクニックの一つに、主人公を、あるいは私自身を、時と場所を越えて走りまわすことがあるかもしれない。この詩を読んでそんなことを考えた。
論評の中の谷内さんの一言/詩とは結局ことばへの批評なのだ/。