コロナ感染者はなぜ増えた?(情報の読み方)
2020年11月19日の読売新聞(西部版・14版)の1面。
この見出しは、感染者が増えたことを伝えている。でも、なぜ増えたのか。その理由は書いていない。
1面には「コロナ最前線 拡大再び」という連載がはじまっている。そのなかに、こんなことが書いてある。
私が注目するのは「検査体制は大幅に増強が進んでいる」とわざわざ書いていること。
経済再生担当相の西村は17日、兵庫県内の1日当たりの新型コロナウイルス新規感染者が初めて100人を超えたことに「検査数を増やしているがゆえ(の増加)」と語ったが、このことと合致している。
第一波のとき、なぜ日本の感染者が少ないのかということが話題になった。検査数が少ないからだ、という指摘が相次いだ。それから半年以上もたって、なおかつ「検査数」と「感染者」の数の問題が話題になっている。
いちばんの違いは、「検査数が少ない=感染者数が少ない」「検査数が多い=感染者数が多い」という「相関関係」を権力側が言い始めたことである。しかも、それを「感染者」が増えたことに対する「言い訳」として利用し始めたことである。
この「相関関係」を認めたことは、安倍以来つづいている得意の「解釈の変更」である。
なぜ、いま?
ヨーロッパでは(世界では、と言った方がいいのかもしれないが、)「第二波」ともいうべき拡大がつづきフランスの累計患者は200万人を超えた。そういう動きを知りながら、政府は「検査数」をおさえてきた。やっと検査拡大に踏み切った。そして、検査数と感染者数の相関関係を認めた。これは、検査数がこれから増えるにしたがって感染者数が増えるという「予告」でもある。なぜ、そういうことをすると方針転換をしたのか。
なぜ、いま方針を転換する気になったのか。
最近、何があったか。
バッハが来日し、東京五輪について語り合った。表向き、「観客を入れた形で五輪を開催する」ということが方針として報道されている。
私は、このことと関係があると考えている。東京五輪開催のための「言質」のようなものをバッハから引き出した。だから、これからは感染者が増えてもかまわない、と検査数を増やしたのだ。バッハから「言質」を引き出すまでは、なんとしても感染者数を小さくしておく必要があった。「GoTo」や観客入りスポーツ大会の成果(?)をアピールする必要がある、ということだったのだろう。
問題は。
感染者が増えたからといって、「GoTo」や観客入りスポーツ大会をやめることができない点にある。バッハに「こんな具合にうまく言っている」と宣伝したばかりだからだ。ここで中止すれば、東京五輪はやっぱり無理、ということになる。だから「原因」を「GoTo」や観客入りスポーツ大会に押しつけない形で、コロナ対策を進めないといけないことになる。
で、そういう「意図」を汲んでのことだと思うのだが、読売新聞は最近の「拡大傾向」をこう分析している。
これはあくまで「現象」の分析であって、「原因」の分析ではない。なぜ、「大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティーなどに広がり、地域も都市部から地方に拡大している」のか、分析して見せる気配もない書き方である。いや、大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方に「原因」があるという書き方である。
ウィルスはウィルス自身で移動するわけではない。人間が移動しないかぎり、動けない。人間が移動するから感染が拡大する。つまり「GoTo」や観客入りスポーツ大会がどうしたって関係しているのだ。ヨーロッパの第二波も夏のバカンスの移動がどうしたって影響している。
そうであるならば、これから拡大はさらにつづくということだ。そして、その「責任」を大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方に押しつけようとしている。政府に責任はないと言おうとしている。
そして。
日本の感染拡大は「第三波」である。これは、何を意味するだろうか。ヨーロッパでは、「第一波」が遅かったから、いまが「第二波」である。これは言い直せば、ヨーロッパにも「第三波」に襲われる可能性があるということである。クリスマスシーズンを控えて、ヨーロッパではなんとか「第二波」をクリスマスまでにおさえようとしているが、それがおわったら「第三波」に襲われる可能性がある。
日本の「第三波」がどうなるか、これがヨーロッパの動き(あるいは世界の動き)のひとつの目安になると思う。(日本のクルーズ船対策のどたばたが、そのままヨーロッパの「第一波」のどたばたに類似しているのに似ている。)日本が「年末・年始」を乗り切り、拡大を抑制できればヨーロッパの「第三波」もそれを手本にできるかもしれない。
しかし、ヨーロッパの「第二波」の急拡大を、日本が「第三波」で追いかけるようにして動いていて、しかも、その対策が「GoTo」の維持、観客入りイベントの継続というのだから、「大失敗」の手本になるだけだ。菅(西村)のように、「感染者が増えたのは検査数が増えたから」と言い逃れるだけでは、感染が拡大するだけである。ヨーロッパでは、感染拡大を防ぐために経済活動を抑止し始めているのに、日本はその気配すら見せない。対策を国民の活動にまる投げしている。東京五輪のために。
安倍が、開いてもいない東京五輪の「功労章」のようなものをもらったのだから、それで満足して、さっさと東京大会をあきらめて、コロナ対策に真剣に取り組まないと、ほんとうにたいへんなことになる。東京五輪が開かれなかったら「大赤字」になるのだとしても、このままコロナが拡大した形で五輪が開かれないという形になるよりは「被害」が少ないはずである。
東京五輪にしがみついているときではない。東京五輪のために「情報操作」をしているときではない。「クラスター」発生の「原因」は大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方にあるのではない。大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方は「犠牲者」なのである。「クラスター」そのものが「加害者」ではなく「被害者/犠牲者」なのである。東京五輪にしがみついている電通のため、「被害者/犠牲者」が、これからますます増えていくのだ。
*
「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
#菅を許さない #憲法改正 #読売新聞
*
「天皇の悲鳴」(1000円、送料別)はオンデマンド出版です。
アマゾンや一般書店では購入できません。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
ページ右側の「製本のご注文はこちら」のボタンを押して、申し込んでください。
2020年11月19日の読売新聞(西部版・14版)の1面。
コロナ感染 最多2201人/東京493人 警戒最高へ
この見出しは、感染者が増えたことを伝えている。でも、なぜ増えたのか。その理由は書いていない。
1面には「コロナ最前線 拡大再び」という連載がはじまっている。そのなかに、こんなことが書いてある。
感染者数の増加要因には検査数が増えていることもある。都内では4月には最大1700件ほどだった1日の検査数が、今月16日には8500件を超えるなど検査体制は大幅に増強が進んでいる。
私が注目するのは「検査体制は大幅に増強が進んでいる」とわざわざ書いていること。
経済再生担当相の西村は17日、兵庫県内の1日当たりの新型コロナウイルス新規感染者が初めて100人を超えたことに「検査数を増やしているがゆえ(の増加)」と語ったが、このことと合致している。
第一波のとき、なぜ日本の感染者が少ないのかということが話題になった。検査数が少ないからだ、という指摘が相次いだ。それから半年以上もたって、なおかつ「検査数」と「感染者」の数の問題が話題になっている。
いちばんの違いは、「検査数が少ない=感染者数が少ない」「検査数が多い=感染者数が多い」という「相関関係」を権力側が言い始めたことである。しかも、それを「感染者」が増えたことに対する「言い訳」として利用し始めたことである。
この「相関関係」を認めたことは、安倍以来つづいている得意の「解釈の変更」である。
なぜ、いま?
ヨーロッパでは(世界では、と言った方がいいのかもしれないが、)「第二波」ともいうべき拡大がつづきフランスの累計患者は200万人を超えた。そういう動きを知りながら、政府は「検査数」をおさえてきた。やっと検査拡大に踏み切った。そして、検査数と感染者数の相関関係を認めた。これは、検査数がこれから増えるにしたがって感染者数が増えるという「予告」でもある。なぜ、そういうことをすると方針転換をしたのか。
なぜ、いま方針を転換する気になったのか。
最近、何があったか。
バッハが来日し、東京五輪について語り合った。表向き、「観客を入れた形で五輪を開催する」ということが方針として報道されている。
私は、このことと関係があると考えている。東京五輪開催のための「言質」のようなものをバッハから引き出した。だから、これからは感染者が増えてもかまわない、と検査数を増やしたのだ。バッハから「言質」を引き出すまでは、なんとしても感染者数を小さくしておく必要があった。「GoTo」や観客入りスポーツ大会の成果(?)をアピールする必要がある、ということだったのだろう。
問題は。
感染者が増えたからといって、「GoTo」や観客入りスポーツ大会をやめることができない点にある。バッハに「こんな具合にうまく言っている」と宣伝したばかりだからだ。ここで中止すれば、東京五輪はやっぱり無理、ということになる。だから「原因」を「GoTo」や観客入りスポーツ大会に押しつけない形で、コロナ対策を進めないといけないことになる。
で、そういう「意図」を汲んでのことだと思うのだが、読売新聞は最近の「拡大傾向」をこう分析している。
今回の全国的な感染拡大の背景には、クラスター(感染集団)の多様化がある。厚労省によると、16日までに確認されたクラスターは1週間で153件増えて2147件となった。夏場は接待を伴う飲食店が目立ったが、最近は大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティーなどに広がり、地域も都市部から地方に拡大している。
これはあくまで「現象」の分析であって、「原因」の分析ではない。なぜ、「大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティーなどに広がり、地域も都市部から地方に拡大している」のか、分析して見せる気配もない書き方である。いや、大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方に「原因」があるという書き方である。
ウィルスはウィルス自身で移動するわけではない。人間が移動しないかぎり、動けない。人間が移動するから感染が拡大する。つまり「GoTo」や観客入りスポーツ大会がどうしたって関係しているのだ。ヨーロッパの第二波も夏のバカンスの移動がどうしたって影響している。
そうであるならば、これから拡大はさらにつづくということだ。そして、その「責任」を大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方に押しつけようとしている。政府に責任はないと言おうとしている。
そして。
日本の感染拡大は「第三波」である。これは、何を意味するだろうか。ヨーロッパでは、「第一波」が遅かったから、いまが「第二波」である。これは言い直せば、ヨーロッパにも「第三波」に襲われる可能性があるということである。クリスマスシーズンを控えて、ヨーロッパではなんとか「第二波」をクリスマスまでにおさえようとしているが、それがおわったら「第三波」に襲われる可能性がある。
日本の「第三波」がどうなるか、これがヨーロッパの動き(あるいは世界の動き)のひとつの目安になると思う。(日本のクルーズ船対策のどたばたが、そのままヨーロッパの「第一波」のどたばたに類似しているのに似ている。)日本が「年末・年始」を乗り切り、拡大を抑制できればヨーロッパの「第三波」もそれを手本にできるかもしれない。
しかし、ヨーロッパの「第二波」の急拡大を、日本が「第三波」で追いかけるようにして動いていて、しかも、その対策が「GoTo」の維持、観客入りイベントの継続というのだから、「大失敗」の手本になるだけだ。菅(西村)のように、「感染者が増えたのは検査数が増えたから」と言い逃れるだけでは、感染が拡大するだけである。ヨーロッパでは、感染拡大を防ぐために経済活動を抑止し始めているのに、日本はその気配すら見せない。対策を国民の活動にまる投げしている。東京五輪のために。
安倍が、開いてもいない東京五輪の「功労章」のようなものをもらったのだから、それで満足して、さっさと東京大会をあきらめて、コロナ対策に真剣に取り組まないと、ほんとうにたいへんなことになる。東京五輪が開かれなかったら「大赤字」になるのだとしても、このままコロナが拡大した形で五輪が開かれないという形になるよりは「被害」が少ないはずである。
東京五輪にしがみついているときではない。東京五輪のために「情報操作」をしているときではない。「クラスター」発生の「原因」は大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方にあるのではない。大学の寮や職場、家庭、外国人コミュニティー、地方は「犠牲者」なのである。「クラスター」そのものが「加害者」ではなく「被害者/犠牲者」なのである。東京五輪にしがみついている電通のため、「被害者/犠牲者」が、これからますます増えていくのだ。
*
「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
#菅を許さない #憲法改正 #読売新聞
*
「天皇の悲鳴」(1000円、送料別)はオンデマンド出版です。
アマゾンや一般書店では購入できません。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
ページ右側の「製本のご注文はこちら」のボタンを押して、申し込んでください。