中井久夫訳カヴァフィスを読む(123) 2014年07月23日(水曜日)
「小アジアの地区にて」は「ことば」というものについていろいろ考えさせてくれる。文学について、と言い換えてもいい。
何か「こと」が起きる。その「こと」とは「名詞」ではなく「動詞」である。いまの引用でいえば「解放する」という動詞が「こと」の基本である。「かの災い」は「解放する」という動詞と連動している。ローマ人を苦しめている悪政である。だれが解放しようが、関係がない。いや、解放した人にとっては自分が「主語(主役)」であるということは大事なことだが、人は「主役」などどうでもいい。主役はたいていひとりであり、苦しんでいる市民(主役以外の人間)の方が多いのだから。--という事情は、もちろん「主役」には関係がない。だから「主役」もちゃんと書き換える。でも、「主役」によって「動詞」を書き換えるということはしない。これが大事だ。
「主役(主語)」は動詞が書き換えられなかったこと、「こと」が書き換えられなかったことを知らない。
「主語」を書き換えた後、「こと」のまわりに付随する修飾語ももちろん書き換える。このとき、その修飾語は「主語(主役)」向きにととのえられる。修飾語が変わると世界全体が変わったように見えるが、「こと」は変わらない。
その「こと」は変わらない--という視点から、カヴァフィスの書いている詩全体を見渡すとどういうことがわかるだろうか。
カヴァフィスは史実を題材にして多くの詩を書く。史実は主語と動詞でできているが、動詞というのは主語が変わっても「こと」自体は変わらない。たとえば、「戦争をする」という動詞。古代、ギリシャとローマが戦争をする。近代ではギリシャとトルコが戦争をする。そのとき、そこに割って入ってくる(加担してくる)外国の動きがある。その「加担する」という動詞も変わりようがない。戦争の中で、ギリシャ国民が「苦しむ」という動詞も変わりがない。だから、古代の史実のなかにある「こと」を生かしながら(「こと」を成り立たせている動詞を生かしながら)、そこに現代の似姿を浮き彫りにすることができる。カヴァフィスは、その手法で現代のギリシャ、現在のカヴァフィス自身の立場を書く。
「小アジアの地区にて」は「ことば」というものについていろいろ考えさせてくれる。文学について、と言い換えてもいい。
アクティウムからの知らせ、あの海戦の結果は
むろん意外だった。
しかし、新たな宣言起草は必要ない。
名前だけ変えればいい。
だから結論のところをこうする。
「オクタウィウス、かの災い、カエサルの戯画より
ローマ人を解放して」を
「アントニウス、かの災いより
ローマ人を解放して……」とする。
原稿全体は見事ぴったりさ。
何か「こと」が起きる。その「こと」とは「名詞」ではなく「動詞」である。いまの引用でいえば「解放する」という動詞が「こと」の基本である。「かの災い」は「解放する」という動詞と連動している。ローマ人を苦しめている悪政である。だれが解放しようが、関係がない。いや、解放した人にとっては自分が「主語(主役)」であるということは大事なことだが、人は「主役」などどうでもいい。主役はたいていひとりであり、苦しんでいる市民(主役以外の人間)の方が多いのだから。--という事情は、もちろん「主役」には関係がない。だから「主役」もちゃんと書き換える。でも、「主役」によって「動詞」を書き換えるということはしない。これが大事だ。
「主役(主語)」は動詞が書き換えられなかったこと、「こと」が書き換えられなかったことを知らない。
「主語」を書き換えた後、「こと」のまわりに付随する修飾語ももちろん書き換える。このとき、その修飾語は「主語(主役)」向きにととのえられる。修飾語が変わると世界全体が変わったように見えるが、「こと」は変わらない。
その「こと」は変わらない--という視点から、カヴァフィスの書いている詩全体を見渡すとどういうことがわかるだろうか。
カヴァフィスは史実を題材にして多くの詩を書く。史実は主語と動詞でできているが、動詞というのは主語が変わっても「こと」自体は変わらない。たとえば、「戦争をする」という動詞。古代、ギリシャとローマが戦争をする。近代ではギリシャとトルコが戦争をする。そのとき、そこに割って入ってくる(加担してくる)外国の動きがある。その「加担する」という動詞も変わりようがない。戦争の中で、ギリシャ国民が「苦しむ」という動詞も変わりがない。だから、古代の史実のなかにある「こと」を生かしながら(「こと」を成り立たせている動詞を生かしながら)、そこに現代の似姿を浮き彫りにすることができる。カヴァフィスは、その手法で現代のギリシャ、現在のカヴァフィス自身の立場を書く。
![]() | リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」 |
ヤニス・リッツォス | |
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