谷川俊太郎『こころ』(42)(朝日新聞出版、2013年06月30日発行)
「白髪」も「意味」が前面に出た作品。
「白髪」も「意味」が前面に出た作品。
嘘じゃない
でも本当かと問われると怯む
隠してるんじゃない
言葉を探しあぐねて
堂々巡りしてしまうんだ
せめぎあう気持ちは
一言では言えない
言えば嘘になる
だから歯切れが悪いんだ
言葉ってしんどいな
静寂が欲しい
ちょっと休戦しよう
たしかにあらゆることは「一言では言えない/言えば嘘になる」。でも、たくさん言っても嘘になるかもしれない。余分なことを言ってしまえば。
ほんとうのことは「せめぎあう」ところにある。矛盾したところにある。だから一言では言えない……かな?
ちょっと不思議なのが、「静寂が欲しい」。ことば、発言の反対は静寂? 私は、ふと静寂ではなく、沈黙かなと思ったのだが、そうじゃないね。やっぱり静寂だね。
沈黙はひとりですること。
静寂はひとりではない。最低、ふたり。ふたりが黙るとき静寂がやってくる。
ということは。
この詩のなかには「ふたり」がいる。
対話しているのだ。
だれかに「弁明」しているのではなく、谷川が谷川と対話している。書きながら、これでいいのか、これがほんとうか、と自問している。書いたことばを読み直して、対話している。自問という対話はだれかが注文をつけるわけではないのだけれど、だからこそ終わるのがむずかしいかもしれない。
自問の休戦--それが静寂だね。
ひとりではなく、ふたりだから、最後の1行。2連目の独立した1行は
きみも白髪が増えたね
と、唐突に「きみ」という二人称が出てくることになる。
と「意味」はつながっているのだけれど。
「意味」はつながりながら、それまでの「自問」で問題にしていたことが、ふっと消える。そして、そこに「問題(抽象的なことがら)」ではなく、「肉体」がふっとあらわれる。
その瞬間、何か、軽くなるね。息が抜けるね。あ、ほんとうに「休戦」だ。この呼吸が詩だ。
こころ 谷川俊太郎 朝日新聞出版