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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「超スマート社会の到来」

2020-03-08 08:49:42 | ショートショート
「ハイコンニチワ。キョウワドウサレマシタカ」
「どうも風邪をこじらせてしまったようで、なかなかゼロゼロが止まらなくて」
「ソレハイケマセンネ。ドレ、チョットムネノオトオキカセテクダサイ」
 AIが搭載されたと思われるロボット医者の前に座った僕は、シャツをめくり上げて胸に金属製アームでもって聴診器を当ててもらう。その間も、机の上のモニターにはカルテらしき画面にデータが刻々と表示されていく。このあとはまたロボット看護師に促されてレントゲンでも撮り、〈ビッグデータ〉により診断が下されるのだろうか。
 気のせいか、聴診器がやけに冷たく感じられる。

 こうなったのも、20XX年に起きた新型感染症の流行による。パニック/ヒステリーになりかけながらも何とか〈パンデミック〉という大ごとには至らなかったものの、展示会や講演会、コンサートやスポーツ競技の延期/中止、休校や会社員の時差出勤さらには自宅待機に伴う〈テレワーク〉が一気に拡がったもの。
 もともと、職場の隣りの席同士でさえ電子メールでやりとりしていたものだから、同じ場所にいる必要性も低くはなっていたという下地はあったところ。遠方との会議システムも発達していたから、在宅勤務へも容易に移行できたというわけ。
 飲み会さえも各自パソコンの前でという〈オンライン飲み会〉となり、子供は子供で、自宅学習の〈e-ラーニング〉または〈オンライン授業〉が進んだもの。以前から〈情報化社会〉のあとは〈超スマート社会〉になると言われていたが、2045年と予想されていた〈シンギュラリティ〉もかなり早くに到来してしまった。

 この間、世の中ガラッと様変わりをした。
 新型感染症が猛威をふるっていた頃、人々は家に引きこもるようになり街は閑散としていたものだが、今はAI化が進んだため家から出なくて済むようになり、別の意味で閑散としたもの。
 ここ病院でも、医療関係者の感染症予防のためにロボットの導入が急ピッチで進み、受付の女の子まで「シンサツケンオドウゾ」とくる始末。ここにはお気に入りの美人がいたんだけどなあ。
 自宅にいながら診察が受けられるような研究も進んでいるそうだ。

 災い転じて福となす、か〈働き方改革〉という意味ではいい方向に転んだと言えるが、駅もコンビニもAIで自動化され味気ないことこの上ない。人間はどこか安全な場所あるいは自宅に控えているはずで、これまでのように、ソバ屋の店員にちょっとした冗談を言っても「イミガワカリマセン」と返ってくるだけ。そのうち人間の冗談にも対応できるようになるのだろうか。
 かく言う僕も、実務はAIやロボットに任せ、自宅のモバイルで監督的な“仕事”をしている状態。風邪ひく可能性も低いんだがなあ。いや、呼吸をしている限りウイルスや細菌は吸い込むものなんだろう。
 AIに仕事を奪われた状態ながら、今じゃ他社との難しい交渉やらトラブルやら、AI同士が解決してくれるから、楽と言えば楽。ただ中には、どうしてそんな結論になったのか、よくわからない場合も。いや人間同士が交渉していた時だって、妙な結論というのはあったにはあったが。

 そんなこと考えながらなじみの薬局に入り(今でも薬は基本的に対面販売)、処方箋が届いているはずの旨を伝えると「はーい、今日はどうされました。…ああ、軽い気管支炎ですか、それはお大事に」と、ようやく温かみのある言葉に出会う。なかなかかわいらしいし。
「ああ、ようやく“人間”と話ができた。きょう初めてだ」
 すると彼女、
「いえ私、最新型のロボットですの。人間そっくりでしょ」
 カウンター越しに覗くと、白衣の下の足元は確かに2本の棒で支えられている。ガラスの向こうでは、ロボットアームが手際よく薬棚から僕用のらしき処方薬を袋に詰めている。
「こりゃあ驚いた。名前はあるの?」
「正式には“NR2030B-0027”と言うんですけど、そうね…“ボッコちゃん”とでもしておきましょうか」


 Copyright(c) shinob_2005


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