eSSay

エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

一人一党

2010-08-29 09:44:37 | エッセイ
 
  一人一党 自分だけ
  一人の党が 僕の党
  大事な自分をなくしたら
  党もへちまもあるものか

 この続きもあるようだが、学生時代に出会ったジャン・コクトーの『一人一党』(ひとりいっとう)という詩である。以来、モットーにしているところ。(リズムがいいので覚えやすい。たしか堀口大學訳)
 もちろん、一人で政党やったって、実際問題、何をするにも力不足だし、自分で雑用もこなさないといけない。自分なりの気概を持って生きるべし、といったことを述べたものである。

 大河ドラマ『龍馬伝』を見ながら、この一人一党を思い出した。坂本龍馬は「亀山社中」という日本初の会社を設立し、ドラマでも仲間たちとワイワイやっているが、やはりどうも〈孤高の人〉というイメージがある。
 現実に生きた人間であるから、周りとのいろんなしがらみなり思惑なりがあったとは思うが、「一人一党」に近いような気がする。(理想化しすぎか)

 男はツルまないで一人で生きるもの、あるいは、組織に依存するもんじゃない、といった考えはここから来ている。
 また、自分を見失わないというのは非常に重要なことで、そうでないと自分の人生でありながらすごく居心地の悪いことになってしまう。長い休みの時など、普段いかに自分が無理しているか、流されて生きているかがわかる。そういう意味で、休暇というのは必要なものだ。

 ところで民主党の代表選が、菅首相と小沢前幹事長の一騎打ちになるようだ。それこそ「党」の代表(ひいては日本の総理大臣)を選ぶわけであるが、両名(それと民主党議員の面々)にどれだけ「大事な自分をなくしたら」という気持ちがあるか…。
 それぞれ孤独との戦いもあるだろうけど、日本のため世界のため、ガンバってほしいところ。
 

コメント

会社人間なんて

2010-08-22 09:15:24 | エッセイ
 
 社会人となった25年前、会社人間にはなるまいと思っていた。査定や昇進のために汲々とするなんてイヤなこった、と。それは今も変わらないし、どちらかと言うと家庭の方を大事にしている方だ(先日も会社の飲み会断わって子供の行事へ)。
 上司の所へ毎日ご機嫌伺いなんて、まっぴら御免。よほどのことでない限り相談なんてしないし(逆に相談される方)、むしろぶっきら棒な方。気ィ遣うんで、出張時はできるだけ別行動。没交渉と言うのか付き合いも最小限だし、休日ゴルフやったり会社の人間を自宅に呼んだりするなんて、考えられない。

 それでもそこそこ出世できて、まあいい会社人生ではないか、と(上見りゃキリないけど)。ある程度の力付けておけば、ゴマすりなんか必要ないのかも。
 昔と違って、会社に身も心も捧げるなんて、やめといた方がいい(今どきそんな奇特な人も少ないとは思うが)。会社でも役所でも政党でも軍隊でも藩でも、組織にいるとどうしても去勢(スポイル)されてしまうことだし。一定時間/期間、身を預けているだけ、という感覚で。
 入社以来、それぞれ別の上司に言われたのは、「実るほど頭を垂れる稲穂でありなさい」「一匹狼になれ」あるいは「スペシャリストであれ」といったこと。そういう言葉は、今も心に残っている。

 口先だけの評論家、やりっ放しの無責任、やる気のない無気力なんてのは、たまにはいいけれども、しょっちゅうやらかしていると自然に淘汰されていく、当たり前ながら。
 もう一つは、変化に対応できること。それは生物にしろ組織にしろ、生き残るのには大切なこと。大きさとか強さとかは、おそらく二の次。変わり身の早さというのはあまり誉められたものではないが、芯というか軸はブレることなく、態度だけを変えていくのがいいのではないかと。
 そもそも出世するかどうかは、会社の方針に忠実に従ってくれるかどうかに掛かっている。反抗的だの批判的だの、避けられるのは当然。だから、少なくとも会社ではある程度の“押し出し”とともに、従順であることが出世の要件となる(はず)。
 上に立つ人ほど物腰柔らかい、というのはよく言われることだが、そういう人だからこそ持ち上げられた、のだとも言える。

 ついでながら、若い頃から思っていた、なりたくないもの3つ。
   ・専門バカ
   ・白痴美男子
   ・いわゆるオトナ
 これまた今も、変わらない。
 

コメント (2)

「うるさい!」

2010-08-15 08:51:43 | ショートショート
 虫たちの鳴き声に包まれながら眠りに就き、野鳥のさえずりで目を覚ます…以前なら考えられないほどの、心静かな生活。
 ここに移り住んで早5年。もうそんなになるのか。
 何より、きょうも一日人間の声を聞かずに済むと思うだけで、気分がせいせいする。

 それまでは死にそうな生活だった。会社の品質総責任者として、朝から晩まで工程トラブル/納品トラブルをはじめ、顧客からのクレーム、それに部署間の調整、果ては悪くなった人間関係の面倒見まで。
 一番ツラかったのは〈知らんぷり〉ができないこと。何かしら自分の仕事と関わりがあるため、会社内のありとあらゆることに、注意を払っていなくてはならない。
 日々何十件と届くメールや近くでの会話はもちろん、何かの立ち話をたまたま通りかかれば「今の話聞いたと思いますが、どうしましょうか」と来る。「聞いてない」と言っても縷々説明してくるし、「うるさい!」と耳をふさぎたくなることもしょっちゅう。ただ立場上そうも行かず、その都度コメントしたり指示出したり、時には自ら走り回ることも。聞かなきゃ良かった、と思うこともしばしば。
 中には、昔の不手際を責められているような気にさせられるものもあって、よく憂鬱になったものだ。

 家に帰ったら帰ったで女房に小言を言われるし(今考えれば、いつも遅いんで不平不満がたまっていたのだろう)。気晴らしにとテレビ見ていたら、すぐそばで子供とおしゃべり始めるし、電話が来りゃ大声で話すし、食器洗いの音もガチャカチャうるさい。テレビが聞こえやしない。
 分からない人には分からないだろうが、会社でも家庭でも心落ち着くことがなく、早期退職制度を利用して会社辞めるついでに、女房子供とも別居することにした次第。

 まあ今となってはそれもいい思い出。耳に入るのは、鳥のさえずりに虫の鳴き声、それに小川のせせらぎや葉っぱの擦れる音。鳥たちと、会話しているような気分にもなってくる。
 そして最近、彼らの言っていることがわかるようになってきた。
『ちょっとー、ここの小屋の人って、ひげボウボウでヤボったくない?』
『そうだね。いつもニヤニヤして気持ち悪いしね』
『あ、こっち見てる。何考えてんだろ』

 意味のない音楽として聞いているうちは良かったが、言葉として聞こえてくるようになると、徐々に、耳障りになってくる。だんだん、うっとうしくなってくる。次第に、いらいらしてくる。
「…う、うるさい!」

『おじさん、何かわめいている。やだ、ちょっと怖い…』


 Copyright(c) shinob_2005

コメント

名前の響き

2010-08-08 09:00:43 | 言葉/ナンセンス
 
 職業柄、薬関係のニュースには目が向いてしまう。
 希望の持てるものがある一方、薬害という残念なニュースもある。そういうのを見ていて、当該薬品の名前が、何となくおどろおどろしいことに気付いた。
 古いところではサリドマイドやキノホルム、それにクロロキン、最近だとソリブジン。(いやひょっとしたら、薬害があることを薄々気付いていた、あるいは予知していたのかも) 薬品ではないけれど、スモンやヒ素、エイズだって、おどろおどろしい感じだ。

 薬に限らず、例えばフランケンシュタインやドラキュラだってそうだし(アインシュタインやドラえもんと比較するとわかりやすい)、スカンクやタランチュラやシャチも、あまりいい響きとは言えない(パンダやハエトリグモ、イルカと比べるとわかる)。
 「御器かぶり(食器かじり)」から来ているらしいが、ゴキブリだって、他の名前だったなら、こんなにイジメられることはなかったかもしれない。あるいはイジメたいがために、憎々しい名前にしたのだとも考えられる。

 クリーンとか、ホワイトとかブラックとか、やはりイメージは合っている。あるいは、イメージ合うからこそ伝わるし、残っていくのかも。
 ちなみに、フランス語で白は「ブラン」だそうだ。英語の「ブランク」とも関係あるようで、かの「モンブラン」は「山」と「白」で「白い山」とのこと。ついでながら「モンサンミッシェル」は「聖ミッシェルの山」である。

 だから薬にしろ何にしろ、できるだけ“いい名前”を付けてあげるといいだろうと思う。
 これは人の名前にも言えることで、その響きで性格が決まってしまうというのも、充分あり得る話だと思っている。(例えば「タカシ」と「ゴンザブロウ」じゃ、イメージ丸っきり違う)

 ところで、希望の持てる薬の話として、いくつか挙げておく。
 まず、ガンに十全大補湯が有効かも、というのは結構有名な話。新型インフルエンザには補中益気湯やカテキン、あるいは梅干し。ガラガラヘビの毒が強力な鎮痛剤に、そして八味地黄丸が視力にいい、という話も。
 

コメント (1)

次から次へと

2010-08-01 19:53:45 | こころ
 
 まあ忙しい1週間だった。(ただあまり具体的に書けない点、ご容赦願いたい)

 顧客からクレーム:相手は強硬ではではなかったが、こちらとしては重要と考えた。そしたら動きすぎた奴がいて、職場間でゴタゴタに。クレーム自体よりも、こちらを収める方が大変だった。
 業務トラブル:次の作業に進めるべきでないところ、連絡ミス・確認ミスにより、次に進んでしまった。「どうして進んでしまったのだ」と他部署の部長から叱責食らうものの、こちらのミスなので一言もなし。
 韓国の取引先からの調査票:あちらの薬事法が改正されたため、書面でいろいろと調査させてほしいとのこと。英語と格闘中。
 予算関係:下期の予算見直しで増額させた箇所について、部長に理由書を提出。

 もの凄く大変そうにも見えるが、周りの協力得ながら、何とかなっているところ。
 あとプライベートでは、キャンプや旅行など、夏の予定の立案。それに昨日今日と合気道の合宿で、先ほど帰ってきたところ(いや疲れた)。

 …時々こんなことも考える。
 あなたも僕も、小さい頃からたーっくさんの義務/宿題/業務をこなしてきた。それらを上のように列記してみたら、とてつもない量になるだろうし、もう一度こなそうと思ったら物理的にも心理的にもとてもやり切れないことだろう。
 子供の時は子供の時に、学生の時は学生の時に、新入社員の時は新入社員の時にやるべきことはあって、それらはもちろん今やる必要はないのだが、次から次へと出てくる課題を一つ一つこなしていくのがおそらく人生なのだろうし、内容はその都度違っても課題は死ぬまで(ひょっとして死んでからも)なくならないだろうと思う。

 余談ながら、次男坊の大学受験用参考書を眺めていたら頭がクラクラしてきて、今じゃとてもできないな、と思った次第。もう30年以上も前になるが、我ながらよくやったよな、と。やはり若い時でないとできないこと。
 いやひょっとしたら、テラとかペタとかエクサとか、人生のすべてを記録できる電子媒体がそのうち出来るのかもしれない。しかし出来たところで、その中身を見るための時間は割けないんじゃないかと思う。
 

コメント