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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「平穏な日々」

2022-02-27 07:21:31 | ショートショート
 仕事のため8時に起き出す。とは言ってもこの時代、手間ひま掛けて出社する必要はなく、自宅のマンションからPCを通じての作業だ。
 まずPCを立ち上げる。自然とニュースの画面になるのだが、俺の興味を惹くような広告も一緒だ。クルマに海外旅行に娯楽映画、か。どれどれ。
 仕事の画面に移ると、きょうこなす作業の一覧が出てくる。小出しに出て来る場合もあるが、他の人の作業状況に応じて臨機応変に決められるのかもしれないし、まだ決まっていないのかもしれない。AIのやること、よくわからない。
そうそうこの時代、AIの判断によって、各自の能力に合った仕事が割り振られてくる。難なくできる作業か、少し頑張ればこなせる作業。そりゃそうだろう。いくら頑張ったってできないような仕事を与えたって、それは大きな損失/無駄ってもんだ。
 こちらが慣れない作業の場合、やり方の書かれた説明文やフォーマットが付いてくることがあり、それを見ながら作業することになる。もちろん、よくわからない時は質問もでき、適切な回答が返ってくるのがほとんどだが、たまに噛み合わないことも。また、打ち合わせや会議が行なわれることもある。リモートにも、だいぶ慣れたところ。

 さて仕事も一段落し、ニュース画面に戻る。動物園でライオンの赤ちゃんが産まれただの、幼稚園のほほえましいバザーだの、チャンピオンがまた勝っただの、不愉快なニュースは一つもなく、楽しくなるようなニュースばかり。世の中、実に平和だ。
 ふと窓の外を見るとどこからか煙が上がっている、それもいくつも。寒いし、あちこちたき火でもしているのか。そう言えばさっきからサイレンやヘリコプターの音も聞こえるようだが、大したことはないに違いない。
 …きょうの仕事も無事終わりそうだし、こうして平穏な日々は続く。あしたも。

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「経過報告」

2021-03-14 07:55:47 | ショートショート
 いわゆる「太陽系第3惑星」に関する、その後の経過報告です。

 地中に仕込んでおいた石炭や石油を掘り出してエネルギーを得、さらには“プラスチック”と呼ばれる素材を生み出したのも想定の範囲でした。
 その間、二酸化炭素を大量に排出したことで、惑星全体の温暖化が急速に進んでしまいました。これは悪いことに、永久凍土に封じ込められていたメタンガスの空中放出をもたらし、温暖化がさらに加速する結果となってしいました。(メタンガスも、将来のエネルギー源として仕込んでおいたのですが)
 温暖化は当該惑星全体の気候の変動につながり、暴風雨や干ばつの増加となって、住民を苦しめつつあります。食糧が穫りづらくなり、住まいを追われる者も多くなっているようです。
 プラスチックはプラスチックで、ゴミとなり環境を損ねているほか、細かく分解されることで吸収されやすくなり、他の化学物質と併せ住民の健康をも脅かすのではないかと言われております。

 今後その惑星時間で「10年」がどうなるかの分かれ目のようです。他の惑星と同様な結果となるかどうか、現時点では不明ではありますが、また折を見て報告させて頂きます。

                                                            以 上

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「ある復讐」

2021-02-21 07:54:17 | ショートショート
 新型コロナウイルスに同じく感染しても、若者は無症状あるいは軽いカゼのような症状で済むことが多いのに対して、高齢者ほど重い肺炎を引き起こしやすく死亡率も高いと言う。
 とある電車の中で――

「コラッ、マスクもせんとベラベラしゃべりよって。新型コロナが流行っていること知らんのか」
「もちろん知ってるよ。そしておじさんたちが昔やってたこともね」
「何を言うとる?!」
「その昔、僕ら通うことになる保育園が街なかに出来ようとした時、うるさくなるからって反対運動が起きたそうだね」
「そ、そんな昔のこと」
「あ、覚えているようですね。そしてあなたがその反対運動の中心メンバーだったってことも認めますね」
「……」
「おかげで保育園ははるか郊外に作られることになり、歩いて5分で済んだところを毎日毎日バスに1時間以上揺られ…。特に熱出した時なんか、母さんたちは何時間も掛けて迎えに来なきゃならなくなったんだよね」
「そんなことはワシの責任じゃない」
「あ、そう。…それにね。若者がこんなに生きづらい世の中になったのも、おじさん達大人のせいじゃない?」
「言いがかりもいいところだ!」
「そうかなあ。責任ないことはないんだけどね」

「だいいち、君らのせいでワシが肺炎になったら、どう責任とるんだ」
「責任? 僕らがマスクをしていないことでおじさんが肺炎になったなんて、立証は難しいだろうし、例えば〈傷害罪〉なんてことには、少なくとも現在の法律ではならないはずだがなあ」
「ううぬ…」
「必ずしも重篤にはならないらしいし、おじさんくらい元気なら大丈夫だって。あ、ここで降りますね。ではお達者で」

「…そうそう、つい先ほど検査をしてもらって僕ら〈陰性〉だったから、安心していいですよ」

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「超スマート社会の到来」

2020-03-08 08:49:42 | ショートショート
「ハイコンニチワ。キョウワドウサレマシタカ」
「どうも風邪をこじらせてしまったようで、なかなかゼロゼロが止まらなくて」
「ソレハイケマセンネ。ドレ、チョットムネノオトオキカセテクダサイ」
 AIが搭載されたと思われるロボット医者の前に座った僕は、シャツをめくり上げて胸に金属製アームでもって聴診器を当ててもらう。その間も、机の上のモニターにはカルテらしき画面にデータが刻々と表示されていく。このあとはまたロボット看護師に促されてレントゲンでも撮り、〈ビッグデータ〉により診断が下されるのだろうか。
 気のせいか、聴診器がやけに冷たく感じられる。

 こうなったのも、20XX年に起きた新型感染症の流行による。パニック/ヒステリーになりかけながらも何とか〈パンデミック〉という大ごとには至らなかったものの、展示会や講演会、コンサートやスポーツ競技の延期/中止、休校や会社員の時差出勤さらには自宅待機に伴う〈テレワーク〉が一気に拡がったもの。
 もともと、職場の隣りの席同士でさえ電子メールでやりとりしていたものだから、同じ場所にいる必要性も低くはなっていたという下地はあったところ。遠方との会議システムも発達していたから、在宅勤務へも容易に移行できたというわけ。
 飲み会さえも各自パソコンの前でという〈オンライン飲み会〉となり、子供は子供で、自宅学習の〈e-ラーニング〉または〈オンライン授業〉が進んだもの。以前から〈情報化社会〉のあとは〈超スマート社会〉になると言われていたが、2045年と予想されていた〈シンギュラリティ〉もかなり早くに到来してしまった。

 この間、世の中ガラッと様変わりをした。
 新型感染症が猛威をふるっていた頃、人々は家に引きこもるようになり街は閑散としていたものだが、今はAI化が進んだため家から出なくて済むようになり、別の意味で閑散としたもの。
 ここ病院でも、医療関係者の感染症予防のためにロボットの導入が急ピッチで進み、受付の女の子まで「シンサツケンオドウゾ」とくる始末。ここにはお気に入りの美人がいたんだけどなあ。
 自宅にいながら診察が受けられるような研究も進んでいるそうだ。

 災い転じて福となす、か〈働き方改革〉という意味ではいい方向に転んだと言えるが、駅もコンビニもAIで自動化され味気ないことこの上ない。人間はどこか安全な場所あるいは自宅に控えているはずで、これまでのように、ソバ屋の店員にちょっとした冗談を言っても「イミガワカリマセン」と返ってくるだけ。そのうち人間の冗談にも対応できるようになるのだろうか。
 かく言う僕も、実務はAIやロボットに任せ、自宅のモバイルで監督的な“仕事”をしている状態。風邪ひく可能性も低いんだがなあ。いや、呼吸をしている限りウイルスや細菌は吸い込むものなんだろう。
 AIに仕事を奪われた状態ながら、今じゃ他社との難しい交渉やらトラブルやら、AI同士が解決してくれるから、楽と言えば楽。ただ中には、どうしてそんな結論になったのか、よくわからない場合も。いや人間同士が交渉していた時だって、妙な結論というのはあったにはあったが。

 そんなこと考えながらなじみの薬局に入り(今でも薬は基本的に対面販売)、処方箋が届いているはずの旨を伝えると「はーい、今日はどうされました。…ああ、軽い気管支炎ですか、それはお大事に」と、ようやく温かみのある言葉に出会う。なかなかかわいらしいし。
「ああ、ようやく“人間”と話ができた。きょう初めてだ」
 すると彼女、
「いえ私、最新型のロボットですの。人間そっくりでしょ」
 カウンター越しに覗くと、白衣の下の足元は確かに2本の棒で支えられている。ガラスの向こうでは、ロボットアームが手際よく薬棚から僕用のらしき処方薬を袋に詰めている。
「こりゃあ驚いた。名前はあるの?」
「正式には“NR2030B-0027”と言うんですけど、そうね…“ボッコちゃん”とでもしておきましょうか」


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「生真面目な男」

2019-09-15 08:20:30 | ショートショート
 ひとりの生真面目な男がいました。何をするにも1週間は考えないと行動を起こせないような、そんな生真面目な男でした。

 ある日、彼はひとりの女性に恋をしてしまいました。ところが、あまりにも生真面目なその男は、告白どころか、彼女の前に出ると何も言えなくなってしまうありさまでした。これでは、彼女の気を惹くことはできません。
 そこで男は、3ヶ月間、自分の生真面目を直す方法を考えることにしました。何といっても女性にモテないことは、男にとって最大の恥なのですから。3ヶ月もあれば、何かしらいい解決策が見つかるはずでした。

 しかし、やがて男は考えるのをやめました。3ヶ月も考え続けることこそ、生真面目そのものだと気付いたからです。

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「カーソル〈矢印〉」(下)

2019-05-26 07:02:26 | ショートショート
 さて、コピーながらお気に入りの服のすそを気にしつつ出社した浩美であったが、オフィスの入り口でいきなり陽子と孝志が話をしているのを見てガッカリしてしまった。孝志はこちらを見てギョッとしたような表情をしたが、陽子と話していたのを見られたからなのか、自分の買ってやった服を、もうしばらく付き合っていない浩美が着ていたからなのか、はよくわからなかった。あるいは、理由はその両方だったのかもしれない。
 その日は最悪の日となった。仕事上のパソコン画面と慣れない視界とが重なったせいもあるし、朝のことが頭から離れず、仕事にも集中できなかったのだ。おかげでミスは重ねるわ、フラッシュメモリーはどこかへ置き忘れるわ、おまけに発注元からはさんざん文句言われるし。

 それからしばらくは、やり直しまたやり直しで遅くなる日が続く。
 疲れ切ったそんなある日、駅のホームでぼんやりしながらも孝志と陽子のことを考えていた。二人は付き合っているのだろうか、孝志は甘い言葉をささやき、服など買ってあげているのだろうか。悔しいが、どう見ても自分と孝志より、陽子と孝志の方がお似合いだった。
 ふと目を上げると、向こうのホームからこちらを見ている中年男と目が合った。少し禿げ上がって小太りの、イヤらしさを感じさせるオヤジだった。うわヤダッ、と思った。そのオヤジの顔には白い矢印が。思わず右クリックをし、〈削除〉を押そうと。
 
 …と、その時、後ろから「あのー失礼ですが」と声を掛けられ、振り向くと何ともいい感じのイケメンが。
「たしか先日、歩道橋の上に居ましたよね」
「え? はい」
「瞬間移動させられた格好になって、一体何ごとか、と辺りを見回したら歩道橋の上に女性が一人、こちらをじっと見ているのが見えました。だからきっとこの人が(何かよく分からないけれども)やったに違いないと思ったわけです」
 こういう展開を予想していなかったわけでもないが、呆気にとられているとイケメンは続けた。
「是非ともお礼を言わなくてはと思っていました。あなた、ですよね」
 私は頷くしかなかった。
「ああ良かった。あの日は新しい企画を会社トップにプレゼンする日で、前の晩遅くまで準備していたもんだから寝坊し、大事な本番に危うく遅れるとこだったんです」
 イケメンはセキを切ったようにしゃべる。
「おかげで採用となったその企画を全面的に任されることになり、ますます忙しくなったんだけどね。ハハハッ」

 それからはあれよあれよという間に事が運び、孝志や陽子のことなんか、ましてやあの禿げたオヤジのことなんかどうでも良くなるくらい、幸せな日々が続く。性格にしろ他人に対する気遣いにしろ、孝志とは比べ物にならないくらい、断然いい。
 近くの商社に勤める4つ上の彼。カーソルが重なったその寝顔を見つめていると、ダブルクリックをして〈中身〉を見てみたい衝動にも駆られる。…いやいやそれだけは、やめておこうっと。

     ―――・―――・―――

 ところで、このイケメン君、どうしてすぐに歩道橋上の浩美に気付くことができたのか。また、どうやって浩美を見つけ出すことができたのか。
 ひょっとしたら、彼の目にも「カーソル〈矢印〉」が映っているの、かも。
    
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「カーソル〈矢印〉」(上)

2019-05-19 08:39:55 | ショートショート
 浩美は、とある会社のインテリアデザイナー…と称してはいるが、実のところはデザイナーのアシスタントをやっているだけのこと。
 デザイナーの仕事というと華やかなイメージがあるけれど、浩美の仕事は毎日毎日、専用ソフトを用いてインテリアのレイアウトを作成・変更するという、非常に地味なもの。壁紙の色や模様をパソコン上でいろいろと変更したり、家具やカーテンの形を変えたり、つまんで移動させたり、ということの繰り返しだ。創造的な仕事とは言えるが、一日中画面ばかり見つめているので、目が非常に疲れる。偏頭痛というのか、頭が痛くなることもしばしばだった。
 浩美にはそそっかしいところがあって、顧客の意向を勘違いして、注文と異なるものをこしらえることもよくある。まあそんな時は、画面上で修正するなり〈デリート〉キーを押すなりすれば済むのだが、顧客の信用を回復させることは、そう簡単ではない。

     ―――・―――・―――

 もう陽子ったらアッタマに来る。どうせ私はおっちょこちょいだけど、人が失敗作出したあとに自分のレイアウトを持ち出してこなくたっていいのにね。これ見よがし、というのか、イヤミよねー。孝志にも見られちゃったじゃない。

 ある朝のこと、起きるとどうも目の前が変だ。まるで視界全体がコンピュータ画面のような…。てっきり夢の続きでも見ているのかと思ったが、どうもそうではない。視界の中に白い矢印(つまりカーソル)が出ており、たとえば冷蔵庫の方に意識を向けるとその矢印が冷蔵庫に重なる。着替えようとすると、その服に矢印が重なる…。
 まさかとは思ったが、お気に入りの服に矢印を合わせ、ダブルクリックをイメージしてみた。するとその服の大写しとともに、メーカー名や買った日、買った店、それに値段が目の前に出てきた。それは確か2回目のデートの時、孝志に買ってもらったものだ。試しに右クリックをイメージすると、〈コピー〉や〈削除〉と出てきた。〈コピー〉をクリックしてすぐ横に〈貼り付け〉をするとあら嬉しや、2着になった。よし、きょうはこれを着て行こう。
 それから、もう着なくなった服に矢印を合わせ、〈削除〉をクリックしてみた。すると思ったとおり、その流行後れのダサい服は、消えてなくなってしまった。ついでに、前々から動かそうと思っていたベッドとテレビを1メートルほど〈移動〉。力をほとんど使わないから楽ちんだった。

 マンションを出てからも、目の前の白い矢印は消えることはなかった。途中の歩道橋を渡りながら下を眺めているうち、ちょっといたずらしたくなってしまった。
 足がぶつかったか何かで、子供を怒鳴りつけているガラの悪そうなおっさんを、向こうの交番の警官の前に移してやったり、朝からイチャイチャしているカップルを、別々の電柱の横に移してやったり、会議でもあるのか、大急ぎで走っているちょっと見カッコいい子を、向かっているビルまで移動してやったり…。
 さすがに車は危ないとは思ったが、排気音うならせてジグザク走っている真っ赤なやつを、少しだけ浮かせて、ついでに色も、シブーい抹茶色に変えてやった。よほどびっくりしたのか、あとはノロノロ運転になり、そのせいで後ろから逆にクラクション鳴らされたりして、面白いこと。
 ただ、おかげで浩美は遅刻しそうになってしまったのだが。
                        (つづく)

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「モテモテ男の物語」

2018-12-02 08:30:24 | ショートショート
 元々は男の方から始めたようだが、勤め先の会社で何人かの女性から、手を振られているようだ。
 廊下で会うたび、あるいは窓ガラス越しに見えるたび、ニコッと笑いながら小さく手を振ってくる女性たち。
 そして保険のかわいいお姉さんとも仲良くなり、食事に行ったりサッカーの試合を見に行ったりしているらしい。

 業界の活動に出たら出たで、酔っ払って転んでメガネ壊した話をしたことがキッカケで他の会社の女性たちからメガネのことで軽くイジられるようになり、やはりここでも別れ際に手を振られる始末。
 また何人かの女性とは、たまに飲みに行っているらしい。どこまで深く付き合っているのは知らないが。
 さらに、別れたはずのキャバクラの女の子からは「これまでのこと思い出していたら泣けて来て、会いたくなった」と連絡があり、また会うようになったとか。
(もちろん相手は客商売だからうまく言いくるめられているのだと思うが、キャバクラの子に惚れさせたのだとすれば、大したもの)

 と、こう書くとチャラチャラしているようだが、仕事ぶりは至ってマジメ。会社でもそこそこの地位に就いている。どちらかと言うと無口で、冗談もたまに口にするくらい。

 海外出張に行けば、現地(北京)のきれいな子と仲良くなった模様。「北京の美人」(BeijingのBijin)と冗談まで言う仲に。その美人からは「また会いたいです」というメールが来たとか来ないとか。
 その出張から帰って来ると、会社の女性陣からは待ってましたとばかり「お帰りなさい♡」と言われるし、お土産を配ったら配ったで女性陣が揃って「ごちそうさまでした♡」とお礼に来るし。

 とは言えいいことばかりでもない。何より怖いのは男同士のやっかみ。
 その人柄から男たちからも(変な意味でなく)好かれてはいたのだが、やはりその点については彼も気を付けているようだ。
 手を振られているのを見られないようにしているのはもちろん、女の子と立ち話している時はできるだけ事務的な口調にしてやり過ごすように。

 定年も近いので、ひょっとしたらねぎらわれているのかもしれない。ただ、食事に行った女性は必ずと言っていいほど「とても楽しかったです。また誘ってください」というメールをくれるらしい。(そう面白い男だとは思わないのだが)
 これで愛妻家なのだから、ちょっとビックリ。奥さんと手をつないで歩く姿を見かけた人もちらほら。

 …筆者の見当違いでなければ、こんな幸せな男はいないんじゃないか。
 いやひょっとしたら、人には言えない大きな悩み事でもあるのかもしれない。ともあれ今日もまた、女の子から手を振られている、はず。


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「ぜんぶ抜く」

2018-09-30 12:09:21 | ショートショート
 20YY年MM月DD日、突然地球上の空気が薄くなり始めた。いや、米国ほか各国の宇宙レーダーは上空に謎の物体を探知してはいたものの、それが一体何なのか、正体を付き止めようとしていた矢先のことであった。
 ある者はシェルターに逃げ込み、ある者は潜水用のボンベに飛びつき、またある者はなぜか水を張ったたらいに顔を突っ込んだが、それら努力も空しく、やがて地球上の空気はすっかりなくなってしまい、次々と息絶えて行ったのであった。
 かわいそうなのは人間だけではなく、呼吸をしている動物や植物も。もちろん虫や鳥たちそして飛行機は飛ぶことができなくなってしまった。動き回っているのは全自動の電気自動車や電車だけとなってしまったが、それらもいずれその動きを止めざるを得ないだろう。

 …さて、かなた上空。
 透明な宇宙船の中ではこんな会話が交わされていた。
「これですっかり“底”の方まで見ることができました。生物とおぼしき、四角い物や細長い物が動いているのが見えます」
「そうか、それは興味深い。どれどれ、降りて行って調べてみるか」
 虹色に輝く目をぱちくりさせながら。


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「友好のチェックリスト」

2018-05-27 09:21:51 | ショートショート
 真っ青な空に銀色の円盤。ふわりと地上に降り立った。
 中から現れたのは、これまた銀のスーツに身を包んだ異星人2名。肌はうすいピンク色で、目や耳と思われるものが2つ、口と思しきものが1つ、そして手と足がそれぞれ2本ずつ。白い歯まであり、それを見せながらにこやかな(と言っていいのだろう)表情で立っている。
 基本的な姿かたちは人間とそう変わりないため、生体構造の普遍性について、世界中の生物学者はもちろん、天文学者や哲学者たちの議論を大いに巻き起こしたのである。

 口元にある装置を通して彼らが言うには、遠く離れた〈スーピ〉という高度な文明を持つ星からやって来たのだそうだ。きれいな地球を見て、友好のために立ち寄らせてもらったとのこと。
 具体的には〈銀河連邦〉とでもいう友好の輪に、我々地球人が加わるのにふさわしいかどうかを見極めること。手にしたチェックリストにより、地球人の資質を確認したいらしい。
「いやいや、簡単なものです」と彼らが言うそのリストはしかし、事前に内容が示されることはなかった。
「誰が回答するか、そして心の準備も必要でしょうから」と1週間後に質問及び回答が行なわれることになった。「我々は宇宙船の中で待っていますので、どうぞお構いなく。あ、いや、食料や娯楽設備は充分整っていますから」

 銀河連邦に加わるため、資源とか人質とか特に何かを提供する必要はないようだが、知的生命体としてのプライドももちろんあるし、ぜひとも合格はしたい。そのため国連で意見が交わされ、各国から何だかんだと意見が出され、〈想定問答集〉まで出来る始末。きちんと整理するヒマもなくQ&Aの数、何と数千。
 地球の歴史から最先端の科学技術そしてファッション、各国首脳や世界的有名人の一覧、各国自慢の景勝地に名産品まで(売り込みたい気持ちも、わからないではない)。中には少数民族が使う楽器の名前や言語の文法という、マニアック過ぎてそこまでは、というものもあったが、「異星人のことだ、何をどう聞かれるかわかったものではない」という意見に押され、採用。
 その間、回答者誰にするかの議論がなされた。「オレ様が回答者になる!」と息巻いた某国大統領もいたが、やはり国連事務総長ということで落ち着く。ただし各国の代表者も、チェックリストによる質疑の場に同席することが認められた。そりゃ見たいだろう。
 その国連総長、手元に置いておいていいはずとはいえ、想定問答集のどこに何が書いてあるか把握するのもひと苦労。そして何より、思いもよらぬ質問に対するひと言で、この地球の運命が決まってしまうことは、何とも大変なプレッシャーなのであった。それもそうだろう。

 さて1週間後の国連会議場。どんな些細な質問をどれだけたくさんされるのだろう、とかたずを飲む回答者と同席者、そして中継画面に食い入る地球人。
「では始めましょう」異星人が口火を切る。
「…国境は、ありますか」
 あっけに取られる事務総長。
「こ、国境ですか…」
 周りの首脳たちと目配せしたのち、ここで「ある」と答えては何もかも台無しになってしまうことを一瞬のうちに悟る。
「……いえ、そんなものは!」
「では、差別はありますか。性別、年齢、人種、等々」
「……あ、ありません!」
「そうですか。では最後の質問です。暴力はありますか」
「さ、最後? 3つだけ? ……ご覧のとおり、暴力など一切!」
 しばらく沈黙のあと、穏やかにスーピ人が口を開く。
「よろしい。質問は以上です。回答を訂正したければ、また追加なり補足なりあれば、この場でお願いしたい」
 周りの各国代表らとやはり目配せしたのち、事務総長が答える。
「いえ、何もありません」
「わかりました…。銀河連邦に加われるかどうかは、地球時間でちょうど1年後に、再度訪問して教えることにします」

 ひとまず大変な〈試験〉が終わったことに安堵しながら、また拍子抜けしながら、2人を見送る地球人。
 その時、不意に異星人のひとりが振り返り、にこりと笑って(そう見えた)言った。
「ウソは、ありませんね?」
 事務総長はじめ、各国代表一同慌てて首を振り振り、
「ノー」「ニヒト」「ノン」「ナイン」「ネイ」「ニエット」「ない」…
 “n”の音が響き渡る。

 さてそれからが大変。ああ回答してしまったからには、言ったことを実現しなければならない。それも1年以内に。国連常任理事国、先進国、そうでない国、テロ指定国家、核兵器保有国、男女機会不平等国、関係なく、地球上すべてから、国境・差別・暴力はもちろん、格差・飢餓・環境汚染に至るまで、次々なくなって行くことと相成ったのである。

 さて帰りの円盤の中、スーピ星人の会話。
「やはり回答はどこも同じだな」
「しかし同じ回答でも、その後どうなるかはそこの住人次第。この地球はどうか」
「相変わらず最後のひと言、うまいな。あれが効けばいいんだが」
「地球のことは、地球人に任せればいいさ。1年もあれば、うまく行く所はうまく行くはず。でもな、こんな簡単なチェックリストで一つの星が平和になるのなら、安いもんだ」


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