「こんな虫けらなんか盗ってきてどうするんだ! カブトムシ? この星で最も重要な人物を連れ去ってこい、と言ったはずだ!」
ボスの怒鳴り声に、部下は小さくなるばかり。苦労してやった仕事を頭ごなしに否定され、身の置き所もない。
「いえ、でもちゃんと調べた上でのことなんです。この星で重要とされているのは、まず女性であることがわかりました。ですから、世界で最も愛されているとびっきりの美人、私には全然きれいには見えませんが、をさらおうとしたのです。
ところがその女には、大事にしているものがあったのです。それが貧しい子供たち。慈善活動とかいって、しょっちゅうそういう子供たちのいる施設を訪問していました。それら施設の中でも特に気に掛けていたのが、ある難病の男の子。その子のことを、女はとてもいとおしく思っていたようです。
そして男の子には、とても大切にしているものがありました。それがこのカブトムシ。色といい形といい、お気に入りらしく毎日夢中になって世話をしていました。
つまりこのカブトムシが、この星で最も重要だと考えたわけです」
「なーにを言っとる。任務の意味がわかっとんのか! これじゃ地球人を脅迫することも士気をそぐこともできんじゃないか。しょうがない、エネルギーも切れることだし、とりあえず帰る!」
しかしボスの企みは、まったくの失敗に終わったわけでもなかった。
宇宙船が帰途についたそのころ、地球上ではちょっとした異変が起きていた。カブトムシを失った男の子はたいそう悲しみ、それを目にした世界一の美女は日に日に憂いの色を濃くしていき、そしてそれを見た全世界の男たちがふさぎ込んでしまったのだから。
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