eSSay

エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

メールの功罪

2008-02-24 10:08:17 | 実用
  
 たまーにあるんだけど、仕事中電話がかかってきて「メール送っておいたんだけど、どう?」というケースがある。慌てて開いてみると、たった今送られたものだ。それも急な用件らしい。あんたのメール読むために仕事してんじゃないんだけど、とそういう時は思ってしまう。
 そう、今回はメールの功罪含め、ちょっと気の利いた使い方というのを紹介しておく。

 同じ内容のものを、多数の相手にまとめて送ることができるメールは、非常に便利なものだ。しかし、送ったらそれで相手が引き受けたものと思うのは、当然ながら間違い。その相手との信頼関係にもよるが、特にややこしい頼み事などは、電話を一本入れるといい。
 最近よくやるのは、メールを作っておいてから、その相手に電話を入れること。ややこしい話だと「じゃあメール送って」と言うだろうから、すぐに送ればいい。メールの文章を書いてるうちにこちらの頭も整理されるし、画面見ながら話すれば、その電話で説明を求められてもすぐに答えることができる。
 もし何か予想外の質問が出たら、調べて追記すればいい。また、電話して相手がいない場合でも、「メール入れときます」と電話受けてくれた人に伝えておけば、頼む相手も納得しやすい。「留守のようでしたので、メール入れておきます」と本文の頭に書いておいてもいい。

 やたら大きなファイルをどんと送り付けておいて、「資料送付」としか書いてないメールもある。何の資料なのか分かるよう、件名を「資料送付(20日の品質講習会)」とでも入れておけば、受けた人は読む優先順位を付けやすい。
 できれば本文に、気を付けたい新しい情報など要点を書いておくと、より親切。資料だけを送ってくるのは、送る本人も内容よく把握していないんじゃないかと思わせる。

 意見の取りまとめなど、特定の人に同じようなメールが送られるような場合、送る側は件名に部署名あるいは担当者名を入れて「社内規則案(経理)」とでもしておけば、まとめる方もまとめやすい。
 僕も何回か取りまとめをやったが、件名だけでは区別のつかないメールがたっくさん来て困った。

 要は、受け取る側の身になって、ということだろうと思う。どうすれば人が動きやすいか、を考えればいい。なかなか難しいのだが。
 でもこういうちょっとしたことで、気配りができる人間か、つまりデキル奴かどうかってのがわかるのも事実。明日からでも是非。
 しっかし、毎日毎日メールに追いまくられているってのも事実。
 そうそう、一度会社のパソコンが壊れたことがあって数週間なしで過ごしたんだけど、あの時はせいせいした(あとが大変だったけど)。

〔来週また中国へ出張になります(今回は北京)ので、1回だけ、お休みします。また何か面白いことあったら、この場で報告したいと思います。では、行っペキンます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大槻式失恋克服法

2008-02-17 09:47:01 | 女の子
 
 暮れに大掃除をしてたら、面白い新聞記事が出てきたので紹介します。フラれた時にどう考えるか、というもの。バレンタインデーも終わって、ちょうどいい頃だと思いますし。
 なお、ここで言う「大槻」とは、もちろんUFO論争の大槻教授ではなく、ミュージシャンの大槻ケンヂの方です。

 女の子にフラれた時、大槻ケンヂはこう考えるんだそうだ。
「でも、寝たからいいか」と。
 もし寝てなければ、レベルを下げて行って、
「まあ、キスしたからいいか」
「デートしたからいいか」
「飲みに行ったからいいや」
 それもなければ、
「出会えたからいいや」と思う。
 声もかけてなかったとすれば、最後は、
「彼女元気にしているからいいか」というところまで。
 これはまあ、究極の諦め法だと思うが、面白いこと考えるもんだと思う。

 好きな人にフラれた時どう考えるか…。ツラくてそれどころではないだろうけど、おそらく、そのあとの素敵な出会いのためだった、と考えるしかないだろう。あとあと、いい出会いがあり、それがうまく行ったとすれば、その前にフラれていて正解だったと言える。まあその時になってみないとわからないのだが。
 一部の例外は別として、1人の男は1人の女としか一緒になれない。ある時点で特定の1人に決めたら、あとの出会いは無効となってしまう。どこで踏ん切りをつけるかってのは、古今東西、難しい問題なのだ。
 ただ最近は、若い子が恋をしなくなってきているという。アイドルでもいいから、恋はしといた方がいいと思うんだけどね。かく言う僕は、失恋気分なんて味わうことも、もうほとんどなくなってしまったのだが。

 上の大槻ケンヂの発言は、2004年12月17日付けの朝日新聞・夕刊に「ARTIST MEETS ARTIST」という企画で作家・姫野カオルコさんとの対談にあったもの。勝手ながら、引用しておきます。これ以外の話も面白いので、もし記事を読みたいのであれば、ちょっとした図書館に行けば月単位の〈縮刷版〉という本があると思うので、そちらをどうぞ。

 ところで大槻ケンヂって、浦和レッズの岡野選手に感じがよく似てるよね。
 

 〔写真は「大槻ケンヂのNOHOHON塾」より〕

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「追いかけてヨコハマ」

2008-02-10 09:56:47 | ショートショート
 むかしむかし、海辺のとある村に大浜と小浜という、それは仲のいい姉妹が住んでいました。早くに両親を亡くしてしまったのですが、その分2人で力を合わせ、幸せに暮らしていました。

 姉の大浜は、とても気が強いものの体が弱く、寝たきりの生活をしていました。その昔、将来を誓い合った許婚(いいなずけ)がいたのですが、病弱のため、残念ながら一緒になることは叶いませんでした。
 一方妹の小浜は、とても気が弱いものの体は丈夫でした。ですから生計は、小浜が働いて立てていたのでした。小浜の方も美しい顔立ちをしておりましたが、姉の看病のため、嫁に行くこともなく、せっせと働きに出掛けるのでした。

 ある日の夕方、2人の住む家に男が押し入りました。小浜は働きに出ており、大浜がひとり、床に臥せっているところでした。帯や髪飾りなど、数少ない金目の物を持って行かれそうになりますが、体の動かせない大浜は、男に向かってなじるよりほかどうすることもできません。
 ただ、よく見るとそれは、あの許婚でした。なかなかの色男だったのですが、どこかで人生を踏み外したのでしょうか、昔の面影はまったく見られなくなっていました。そんな境遇になってしまったのは悲しむべきことではありましたが、それはそれで、大浜はなじるのをやめることはありませんでした。
 そこへ帰ってきたのが小浜です。でも気の小さい小浜は、家の中を男が物色しているのを見て腰を抜かしたまま、何もできません。

 わずかな収獲を手に見すぼらしく出て行こうとする元許婚を目で追いながら、布団から上半身だけ起こした大浜は、入口の土間でへたり込んでいる小浜に言いました。
「追いかけてよ! 追いかけてよ小浜…」

 ジャン! ♪追いかけてヨコハマ あのひとーがぁー逃げるぅー


 Copyright(c) shinob_2005

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

99.9%は安全

2008-02-03 10:00:18 | 時事
 
 中国製ギョーザのニュースで持ちきりである。どうも作為的な事件のようだが、被害に遭われた方、検査・調査・捜査など対応に追われている方は、大変だろうと思う。
 しかし当たり前の話であるが、回収された製品、すべてが危険なわけではない。おそらく、ほとんどは安全なものであろう。万が一のことを考えると止むを得ないのであろうが、もったいないことである(もったいないと言えば、質の良い紙が回収されるというのも、実にもったいない話だ)。どこの誰だか知らないけれど、余計なことしてくれたもんだ、と思う。
 そして、中国製品がすべて危ない、というのも、過剰な思い込みであろう。

 同じようなことは、他の場合にも言える。何か事件、例えば子供が犠牲になる事件が起きると、大人はすべて「悪い」あるいは「怪しい」となりがちである。でもこれも当たり前の話なのだが、全員が全員、悪い人間ということはありえない。おそらく、99.9%は〈善人〉なのである。0.1%の〈悪人〉のために、残りの善人が色メガネで見られるというのも、バカらしい話。
 最近は、小さな子供にも話しかけづらくなってしまった。大人が子供に話をするのに遠慮がいるなんて…こんな世の中でいいのかなあ、とも思ってしまう。
 NHKだって、インサイダーやってたのはほんのひと握りであろう。ほんの数名のために、他の1万人以上の職員が変な目で見られる…。一事が万事という見方もあるけれど、一部を見て全部がそうだと判断することは、あまり論理的とは言えない。

 ギョーザに戻ろう。中国製だということで大騒ぎになっているけれども、当該メーカーのほとんどの従業員は、まじめに働いているのだろう。今回の件も、おそらく1人の不心得者がしでかしたものに過ぎないに違いない。犯人は見つからないかもしれないが。
 いずれにせよ、また余分な規制が増えることになるのだろう。

 …ギョーザギョーザと騒いでいるので、ゆうべは家族でギョーザやシューマイを食べました。ギョーザを避けると、何だか犯人の思惑に乗せられたような気がして。ちょっと食べ過ぎてしまいましたが。

 なお今回のタイトルは、竹内薫『99.9%は仮説』(光文社新書)のもじり。この本もなかなか面白かった。
 

〔写真はasahi.comより〕

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする