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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

釈迦はそこにいる

2007-10-28 09:54:11 | こころ
 
 ある穏やかな秋の日、ハスの花の咲く池のほとりを歩きながら思った。

 濁った水の中からすれば、穏やかな地上の世界は、極楽に思えるかもしれない。泥水の底に棲む生き物からすれば、池のほとりを歩く人間は、お釈迦様に見えるかもしれない(自分がお釈迦様みたいだというわけではない、念のため)。
 やはり比較の問題になってしまうが、穏やかなこの世界というのは、考えようによっては〈極楽〉と言えるのかも。もちろん、その逆に〈地獄〉と考えることも可能なのだが。

 時間を遡って、いわゆる釈迦、ゴータマ・シッダールタが生きてた時代、彼の近くに僕らがいたとしよう。常人とはどこか違っていたかもしれないが、一人の悩めるお坊さん、くらいにしか思えなかっただろう。(時間的に)遠くから眺めている場合と、間近で見るのとは、何て言うか「ありがたみ」というものが違うからだ。
 モーツァルトだってアインシュタインだって、どこか変わっていたにせよ、その奥さんからすれば、食って寝ておならして、の〈俗人〉だったに違いない。近くにいれば、そうなる。
 だから、今身近にいる人でも、何十年、何百年かしたら偉人と呼ばれているのかもしれない、ということを言いたかっただけ。

 高名なお坊さんとか霊能力者とか、皆さんにも何人か心当たりがあるかもしれない。僕が「この人はお釈迦様に近い人だな」と思っているのは、斎藤一人さん。顔も見たことないし、本を読んでおまけのCDを聞いただけだが、この人はスゴい人。
 マスコミにはまず出てこないのだが、ご本人やお弟子さんたちの書いた本がたくさん出てるんで、よかったらどうぞ。人生、変わるかも。もちろん、知ってる人は知ってると思うが。(ちょっと宣伝っぽくなってしまいました)

 ともかく、身近な人の中にも、すんごい人は絶対いるんだってこと。
 わかりやすく言うと、通勤電車で乗り合わせた他の乗客の中にも、例えば売れてるケータイの設計者だとか、有名な店の店長さんだとか、きっといるんじゃないかと思う。一般に知られていないだけ。そしてそういう人たちの集まりが、この世の中だってことも。

 ところで、お釈迦様だって、人間の願いを聞き入れたり助けたり、それはそれで気苦労はあるだろうと思う。そうすると、仕事で悩む僕らとそう変わらないのではないかという気もする。苦労はあっても、穏やかでいられるかどうか。

 蛇足ながら、「青空文庫」というサイトで、数々の文学作品を読むことができます(無料。ただし横書き)。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』も、入っています。

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異次元はあるか

2007-10-14 09:31:33 | 科学/考察
 
 科学好きやSF好きの人なら見たかもしれないが、8月25日の夜、NHKで『リサ・ランドール 異次元への招待』というのをやっていた。米国・ハーバード大学の、なかなかきれいな理論物理学者が提唱する、5次元空間についての番組だ。以来、異次元について、ずーっと考えている。(もちろんそれだけを考えているわけではないが)

 電磁気力や、極小の世界での強い力や弱い力に比べ、重力が極端に小さいのはなぜかってことが発端らしい。机の上のクリップが、大きな地球の引力に打ち勝って小さな磁石にくっ付くことからも、重力の小ささというのはわかる。他の宇宙(異次元世界)とも引き合っているから、つまり漏れているから、重力だけが小さくなっているとのこと。
 また前にも書いたけど、真空中では、素粒子が現れたり消えたりしているとのこと。今はやりの〈ダークマター〉あるいは〈ダークエネルギー〉との関係がイマイチよくわからないが、これもやはり、別の世界が存在していると考えないと、説明がつかない。

 ランドール博士は〈5次元空間〉と表現しており、この3次元(時間を含めると4次元)の世界は、その影絵みたいなものと説明していた。冒頭の絵みたいに、3次元で見れば球でも、2次元世界の平面からすると円になる。そしてその球が動けば、円は大きくなったり小さくなったり、そして点となり消えてしまう。2次元世界にすれば、不思議なことであろう。(UFOも、これなら説明しやすい)
 すぐに連想するのは、いわゆる〈あの世〉みたいなもの。僕らが生きるこの宇宙というのは、精神世界ともいうべき5次元世界の影絵みたいなものなのかもしれない。本質的なところはその5次元世界にあり、また死後の世界、あるいは生前の世界というのは、その5次元の宇宙になるのかも。

 ユングの言う〈集合的無意識〉、エドガー・ケイシーの言う〈アカシックレコード〉、共時性とも言われる〈シンクロニシティ〉、あるいは不思議な超常現象の数々は、この世界より高次の世界を考えないとうまく説明できないような気がする。今のところ、根拠はないのだが。
 その異次元の世界とは、重力だけではなく、想いというのかいわゆる精神的なつながりもあるように思う。それを〈魂〉と呼ぶのか〈念子〉とでも言うのかはともかく。
 さらに言うと、その5次元世界の隣りというか周りにも、6次元、7次元の世界があるのかも。それって、仏教で言う〈三千世界〉や〈六道〉にも似ているような。

 そんなことわかったところで、偉くなれるわけでも生活が楽になるわけでもない。しかし、来年スイスで行なわれるという巨大加速器による実験で異次元の世界が立証されれば、人類の世界観・人生観・宇宙観・宗教観というのは、おそらく史上かつてないほどに大きく変わることだろう。あらゆることが、ひっくり返ってしまうかもしれない。そこで慌てふためかないためにも、これくらいのことは「想定」しておいた方がいいのかもしれない、と思う。
 ただし、この世は仮の世界という、悪い意味での思想がはやるのも良くない気もする。そこはうまくやらないと。

 でもでも、異次元空間なんていう大々々発見に出くわすことができたなら、すごくラッキーだ。楽しみに待つとしよう。

 〔図は、信州大学教育学部のHPより〕

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朝食を軽く―メタボ気味の人へ

2007-10-07 08:30:42 | 実用
 
 身内に不幸があり、久々に履いた礼服のズボンがキツキツだった。身長同じくらいの息子と体型の差が目立ってきているし、ちょっと体重を落とすことにした。
 始めてまだ1ヶ月だが、60kg近くあった体重が56kg台に、つまり2,3kg減ったので紹介しておく。

 前にも書いたように、あの斎藤一人さんも、人間食べすぎだから朝食抜いたらどうかって言っているが、今やっているのは、石原結實というお医者さんが言う「朝食を軽く」というもの。
 写真は、僕が勝手に考えてカミさんに準備してもらった朝の献立の一例。牛乳だけ朝一番に飲むほか、基本的に果物と野菜とコーヒー(または紅茶)だけ。果物で血糖値は上がるし、よく噛んで食べれば満腹感も得られるようだ。
 ただ10時とか11時には空腹感に襲われるが、そんな時はコーヒーの1杯でも飲めば、収まるはず(間食はしない方がいい)。なお昼と夜は、アルコール含め、普通に食べていい。

 先日の新聞にも、男40代のBMI(肥満度指数)が増えているという記事が載っていたが、ベルトの上にぶくぶくとした腹が乗っかっているのには、みっともないしどうしてもなりたくない。まあ昔から〈太っ腹〉という言い方もあるけれど、それは内面だけにしておきたい。だいたい、自分の体重もコントロールできないようでは…と、今はうまく行っているから言える。

 もうちょっと経過を見ないといけないし、息子との体型の差はまだまだあるけど、何だか体が軽くなったような気がする。週2,3回、遊び程度のサッカーをやっているが、前より動けるようになっているし。元々膝が悪いので、体重は軽いほうが、負担は少なくて済む。
 そうそう、キツキツだったズボンもすんなり履けるようになったし、普段履いてるズボンも、すき間が広くなったような…。

 まあみんながみんな、同じ効果があるかはわかりませんが、簡単にできますので、メタボ気味の人はどうぞ。ちなみに僕は、胴回り78なのでまだ安全圏なのですが。

 それから、今回の身内の不幸で、〈生と死〉についてまた考えることになりました。それについては、また改めて。
 

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