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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

夜回り先生の話

2009-09-27 10:08:10 | エッセイ
 先日、寺脇康文・谷村美月主演の『さよならが言えなくて』というドラマがテレビ朝日系列であり、去年暮れに聞いた、モデルの〈夜回り先生〉こと水谷修さんの講演を思い出した。
 道を踏み外してしまった若者たちの話である。

 遊ぶ金欲しさにバイクで引ったくりをし、その際引きずったおばあさんを死なせてしまい、おそらく一生償うことになってしまった少年。
 シンナー中毒になり、走ってくるトラックの前に立ちふさがって死亡した少年。火葬にするも、シンナーでボロボロになった骨が、箸でつかめなかったという話。
 そして、ふとしたキッカケから覚醒剤にはまり、体を売っているうちHIV(エイズウイルス)にも感染・発症し、やせ衰えていく「アイちゃん」のこと。鎮痛剤を投与するも、覚醒剤に蝕まれた体には効果がなく、苦痛にのた打ち回りつつ死んでしまったという。

 もちろん本人だけが悪いんじゃないだろうが、いずれも哀しいもの。こういう世界もあるんだ、と思った次第。水谷さんとしては、こんな目に遭う子供たちが1人でも少なくなることを願っての講演なのだろうと思う。
 その水谷さん自身も病気を患い、先行きそう長くないとのことだった。そのせいか、話の内容もさることながら、話し方自体も迫力のあるものだった。

 できれば聞きたくはなかった。何の因果か、彼らは道を誤り、水谷さんはそれに関わることになった。そして何の因果か、僕は講演を聞き、あなたは今これを読んでいる。これも何かの縁か。そう考えると、すべてはつながっているような気もする。 
 講演聞いたときも衝撃的だったし、おそらく悲しい結末だろうと思ったので、結局、ドラマは見ることはなかった。

 …ちょっとしんみりしてしまいました。

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こんな凄い本が

2009-09-20 08:19:46 | エッセイ
 
 寝力なくなってきてはいるが、前の晩どんなに早く寝ても、平日(会社のある日)はギリギリまで布団の中にもぐっていたい。それが、早く次が読みたくて、目が覚めたらすぐに起きてしまう本に出会ってしまった。

 佐藤愛子さんの『私の遺言』(新潮社)。別荘や自宅で体験したすさまじい心霊現象を克服した経緯、そしてそこから導き出した、今の世の中への警鐘の書である。筆力もさることながら、その内容が事実とは思えないほど凄いもので、ぐいぐいと引き込まれるのであった。
 田辺聖子とか瀬戸内寂聴とかいるけれど、女流作家の中ではこの人が一番面白いと、ずっと思っていた。文章うまいし、何か深いものを持っているな、と感じていた。図書館で目に留まって借りる気になったのも、著者名と、そのただならぬタイトルに惹かれてのことである。
 女性らしからぬサバサバした文体も、読みやすさの理由であるが、前世でアイヌの女酋長として戦った経緯があるというから、むべなるかな。
 
 中学生の頃だったか、「恐怖新聞」や「おろち」といったオカルト漫画が流行っていて、非常に多感な時期、怖い思いをしたり妙な精神状態にもなったものだ。佐藤さんほどではないが、僕自身、うまく説明できないような不思議な経験を何度かしているし、見えない世界というのはやはりあるんじゃないかと思っている。
 ただ現在は、真の暗闇もくみ取り式トイレも少なくなり、子供も昔ほど怖い思いをすることはなくなった。それは進歩でもあるのだが、何か大きなものを失ったような気もする。

 とまあ、こんなに考えさせられた本も久しぶり。世の中たいがいのことは分かっているつもりであったが、アイヌの歴史含め、まだ知らないことがたくさんあるんだな、と思った次第。いい映画やドラマとは違った意味で、感動した。
 「こりゃ最高だ」とも思うが、もっとスゴいことが、この世にはたくさんあるに違いない。そういうのを見聞きするためにも、まだまだ生きていかなくちゃならないのだろうと思っているところ。

 全体通して読まないと真意は伝わらないものだが、気になったフレーズを勝手ながら引用しておく。
 p.47 欲望に負けたりうち克ったり、考えたり迷ったりしつつ切磋琢磨して波動を高め、魂を浄化するのがこの世を生きることの意味目的であるという。
 p.266 人間は苦しむことが必要なのだ。苦しむことで浄化への道を進むのだ。

 怖いのキラいとか、スピリチュアルなこと信じないとか、こういうの合わない人いるだろうけど、そうじゃない人、一度読んでみて下さい(新潮文庫からも出ています)。ものの見方、変わるかもしれません。
 出番少ないながら、おなじみ美輪明宏さんや江原啓之さんも登場しているし、ヘタなミステリーより面白いはずです。

 …そんな関係で、ゆうべの『オーラの泉』を最終回にして初めて見てしまった。
 

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グアム(晴れ時々くもり…)

2009-09-13 08:25:23 | 
 
 「お父さんばっかり外国行って(仕事なんだけど…)いいなー」という声に押され、この夏ちょいとフンパツして家族5人、ルックJTBのツアーでグアムへ。

 中部国際空港(セントレア)から飛行機で3時間半ほど。海岸線の美しさや現地の特徴ある家並みを眺めながら到着したら、滑走路が濡れている。どうも雨が降っていたらしい。
 ガイドさんも言ってたけど、熱帯の海に浮かぶグアム付近は雲の発生地域らしくて、年中「晴れ時々くもり、所によりにわか雨」なんだそうだ。

 「ホテル・ニッコー・グアム」という、ホテル街が一望できるいい所。すぐ下のプールや海で、泳ぐ泳ぐ。珊瑚礁でごつごつしてはいたが、遠浅の、非常に泳ぎやすい海だった。しかも魚がたっくさんいて、あまり逃げることがないため、すぐ近くで見ることができた。一方プールはやたらと深くて、背が全然届かないところも。
 初日はそうして泳ぎまくって、2日目以降は、
・ジェフズ・パイレーツ・コーブ:海辺で1日遊ぶ。ハンモックに揺られたり、ビーチバレーも。あの横井庄一さんのほら穴も近くだそうで、発見当時の新聞も置いてあった。評判だというチーズハンバーガーがウマかった。
・バーベキュー:ホテルのプールサイドにて。家族ごとのテーブルで、おなか一杯になるまで。この時の夕焼けが、きれいできれいで。
・イルカウォッチング:ボートで海を延々走るが、残念ながら遭遇できず。トビウオはたくさんいた。
・シュノーケリング:珊瑚礁で、熱帯魚相手にエサ(生のイカ)をあげる。現地の人が水鉄砲かけてくる。

 最終4日目は、またホテルのビーチで泳いだあと土産物を買って(ココナッツ入りクッキーはおすすめ)、帰ってきた。
 総責任者のお父さんとしては、飛行機乗り遅れたり、荷物なくしたり、おなか壊したり、といったこともなく、全員無事に帰ってこれたことが何より。永年の願いを叶えてあげることができたし、「楽しかった」と言う子供たちも、何かしら得るものはあっただろうと思う。
 
 あそれから、夏なのにセミや虫の鳴き声が聞こえなかったのは不思議だった。土壌のせいか、四季がないせいか。(いい所だけど、はやり四季のある日本がいいなあ)
 グアムというと、ものすごく暑いというイメージだったが、気温せいぜい30度と、日本の夏より涼しいくらい。疲れてベッドの上で寝ていたら、体冷えてしまったほど。おまけにバスやらレストランやら、冷房がけっこうキツめで、帰ってきて少々カゼをひいてしまった。
 でも良くなかったのはこれくらい。現地の人も友好的だし、食事もなかなかウマかったし。結局、ツアーなんかで屋外にいる間、雨にたたられることはなく、これはラッキーだった。

 また行きたいところだが、静岡空港もできたことだし、次回は沖縄か北海道、くらいか。
 

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鉄―生命の素

2009-09-06 08:57:24 | 科学/考察
 
 出張を利用して、東大総合研究博物館で開催されている「鉄―137億年の宇宙誌」を見てきた。(ついでながら、出張の時に当該用件だけしかやらないというのは、非常にもったいないことだと思っている)

 血液中のヘモグロビンに鉄が利用されているのは知っていると思うが、そもそも地球内の大量の鉄により磁場ができ、そのおかげで太陽からの有害な宇宙線が防がれ、また太陽風により大気が吹き飛ばされるのも防がれたという。鉄器や鉄骨としてだけでなく、こんな形でも、鉄は生命を守っているようだ。
 非常に安定であるため、宇宙にはそんな鉄が大量に存在するらしいが、うまくできてるな、と思う次第。もちろん鉄だけで生命が生まれ、守られるわけでもないのだが。
 なお植物も、鉄がないとうまく育たないらしい。冷蔵庫のような恒温器に、鉄を充分与えたイネとそうでないものと、並べられていた。

 あそれと、東北大学(さすが金属関係は強い)で作られた、純度99.9989%以上という鉄の塊が、デシケータに収められ展示されていた。何でも、さびない上、塩酸にも溶けず、展延性があるという。
 見た感じはピカピカでモコモコのステンレス。軟らかいというから、触ってみたかったが。鉛みたいな感じだったろうか。
 ただものすごくコストが掛かるため、そう大量には製造できないそうだが、いわゆる常識的な鉄とはまったく異なっている。とすれば、たとえば『理化学辞典』に載っている「鉄」の性質は、あくまでも純品ではない、という前提付きになってしまう。
 鉄に限らず、その他の物質でも、そういうのがあるのかもしれない。

 地味な展示会ながら、なかなか考えさせらるんで、興味のある方はどうぞ。10月いっぱいまでやってます。

 …前回リキ入れ過ぎたため、きょうは短め。

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