伊賀上野が元気になればいいなあ!

上野の城下町、どうなっていくんだろう、、、見守る元気はないけれど、静かに生きていこうと思う(笑)。

サンピア伊賀 オープニングセレモニー その1

2009-05-21 02:01:44 | ヒルホテル サンピア伊賀 通信

セレモニーを静かに待つホテル玄関。


さぁ、社長のご挨拶、と思いきや
上野の町を循環する「コミュニティバスしらさぎ号」が到着。
注目の的で心なしか恥ずかしそうに通り過ぎて行きました・・・


ご挨拶の前に・・・感無量
そりゃ、今までの厳しい道のりを思うと、よくぞここまで来られましたねと思います。


皆さんの心強い応援による再出発です。
「おかげさまで」という感謝の気持ちを忘れずに精進してまいります、とのこと。


社員の制服も一新され、新たなる出発です。


内保伊賀市長の祝辞。
伊賀市からは、陰になり日向になりの応援をいただいてます。
「愛されるサンピアであり続けるためにも、皆様の応援をよろしく」とのこと。


「祝電披露」
司会はK女史、各種イベントの司会やロータリークラブ事務局、結婚式、音楽会等いろんな場面でお世話になってます。
彼女もサンピアファンとして応援です。

さあ、いよいよ「テープカット」

左から、内保:伊賀市長・鹿野:㈱伊賀代表取締役・今高:伊賀市自治会連合会会長。
今高氏には「ウェルサンピア伊賀を存続させる会」会長としてご尽力いただきました。こうやって「新生サンピア伊賀」がオープンできたのも、彼の心強い思いがあってこそ・・・


㈱伊賀取締役(伊賀上野観光協会会長:廣澤氏)の謝辞。
「伊賀市の観光振興拠点として、また市民の憩いの場としてのサンピアをよろしく」と。


ご列席の役員のみなさま。

身の引き締まる思いとともに、皆様に今まで以上に「憩いの場」としてご利用いただければ いいなぁ。

次回は「祝いもちつき」を・・・


丹波篠山紀行 まえがき

2009-05-20 02:02:44 | 赤梟の部屋
『これまで、能面師である親父のお供をして何度か訪ねた兵庫県篠山市。
今回も、親父の運転手で行きました。ただ、いつもと違い、以前から気になっていた、城下町や町家を見て歩こうと思い立ち、無事実現した次第。



丹波篠山と言えば、黒大豆や丹波大納言小豆など、又マツタケをはじめとする山の幸、そして丹波杜氏を排出した酒造りの町として有名です。

その実、篠山は古くから京都と山陰、山陽を結ぶ交通の要衝(ようしょう)であり、江戸時代には、大阪城(豊臣氏)と西日本の大名を分断する格好の地として、軍事上重要な位置づけがされ、慶長14年(1609)徳川家康の命による天下普請によって、篠山城が築城されました。

翌15年(1610)から城下町が整備され、丹波国篠山藩6万石の中心地として栄えました。
(篠山市観光パンフレットより引用させて頂きました)

・・・交通や文化の要衝であった事、大阪城を睨む目的でお城が建設された所、成り立ちがとてもよく似た町を自分達は知っています。そう、忍者で有名な、「あの城下町」です。

篠山のお城の「縄張り」は、築城の名手だった藤堂高虎が行っています。
「あの城下町」だってお城造りと城下町整備を「藤堂の殿さま」がされております。

篠山は現在「築城400年祭」の真最中。そういえば「あの城下町」では、昨年「藤堂高虎入封400年祭」があって、再来年の2011年には築城400年を迎えます。

ここまで歴史や地域特性が似通ったそれぞれの町、遠く離れてはいるけれど文化や人の気質はどうだろうか?

こうして書いていても、文字が勝手に躍りだす様な、不思議な興奮を覚えた紀行文を記録しようと思います。


いやいや、さてさて、はじめましょうか』【赤梟 記】

ミステリアス! わくわくしますねぇ~
黒豆・マツタケ・酒・・・ とっても魅力的!
違うちがう 「城下町」の成り立ちに「縁」を感じますねぇ、篠山と伊賀って。

伊賀で頑張る人 いろいろ

2009-05-20 00:21:51 | みなさんにおしらせと独り言

新天地での「私のたからもの市」のチラシ作りが遅れています
その前に、「情報You紙」に載っちゃいました。
6/7(日)に、初参加の「カラーセラピー」・・・楽しみです。

陶磁器作家のYさん

期待の新人!そしてまちづくりに参画してくれそうな予感・・・


まうみさんへ、懐かしい人・・・

1回 止まったら

2009-05-19 00:41:04 | ヒルホテル サンピア伊賀 通信
先ず、ローギアから・・・

ってのは、AT車しか運転できない人が「MT車」に挑戦しよう!と思った時に出会った言葉、らしい。

ともかく、何事も一度立ち止まってしまった、それを再開するには想像以上の困難と労力とエネルギーが必要!ってこと。







表向き、看板の架け替えは当然・・・

そして

フロント前の「売店」商品の入替あり




お客様に喜んでいただける仕掛けも必要(提供:むらい萬香園さんのお宝)

新生サンピアで働く人たち、5/20の新規オープンに向け鋭意努力中。
オーバーワークや怪我のないように・・・祈ります。(開店前なのに、みんな疲れ果ててるようにみえる・・・)ってね。

地域内外の方々の応援で「新生サンピア」がオープンできるのですから・・・

追記

「厚生年金事業振興団」の証のような「ウェル」マークもなくなり、「サンピア伊賀」だけが残った・・・


事業団にお返ししたバスの替りに、新しい(中古ですけど)送迎用バスも到着


「道案内用看板」も架け替え・・・




丹波篠山の土産話を

2009-05-18 01:18:00 | 赤梟の部屋
聞いたので、いずれゆっくり近いうちに(本人の許可を得て)写真など載せてみたい・・・
「とても親近感のある町である事は勿論、住んであられる方の気質も含めて他人とは思えぬ、まるで兄弟姉妹であるかの錯覚にとらわれる・・・」らしい。

なぬ!こんなことを聞いてしまったら、行きたいではないか。

「まちづくりをみるか」か「歴史を読むか」 さぁ、どっち。


どこかの城下町でも見ることのできる風景がある!

丹波篠山紀行記、寄稿してくださいな、Yさん・・・(不許可にて載せてしまいました、ごめん)

ささやかな「お宝」発見!

2009-05-17 00:19:18 | みなさんにおしらせと独り言
伊賀市として合併する以前のそのずっと前から上野の文化・芸術に関わる組織として「上野文化協会」というものがありました。
その団体の前進として(今から約30年ほど前でしょうか)、音楽好きの有志で結成していた『Muses(ミューズ)』という愛好家裏方グループがあったのです。(演奏する人、しない人などいろいろ、でもみんな音楽が好きだった・・・舞台に立つ人を裏で支える人たちの集まり。)

伊賀市内外の大学等卒業仕立ての新人たちに「演奏会の場を!」、そして伊賀の人に音楽に親しんでもらいたい、ただそれだけの思いでスタートした(1980年ごろ)団体でした。

それから○○年、我が家でたまたま掃除していて見つけたものですが、当時の演奏会のチラシ・・・を見っけ~~~



さて、見つけたものの一体何年に開催したの?

そこで、長女に11/29が(土)の年を調べて!とお願い。
1975・1980・1986・1997年とあるよ、とのこと。
う~ん、80年か86年どちらかだな???
80年と言えば長女が生まれた、86年と言えば3人の子育てに必死だった・・・
そんな時に「演奏会」ってか、いや待て、あの頃はそれが唯一の休息だったかもな。

じゃ、いっちょ「N響団友オーケストラ」でも調べよう・・・

じゃ~ん、ありましたよホームページ、しかもN響団友オケの歴史が載ってる。

「N響団友オーケストラ」が上野市で公演したという「証

1986(昭61)
11/24~12/1 演奏旅行(守山・奈良・熊野・尾鷲・上野・粉河)】

【N響団友オーケストラとは
NHK交響楽団団友により1982年に組織され運営されているのがN響団友オーケストラです。
結成以来数多くの演奏活動を全国的に行っています。青少年の音楽教育のための演奏をはじめ、一般のコンサート・オペラ・バレエ・ボランティア演奏等に、小編成アンサンブルから大編成のフルオーケストラまで、広範囲のプログラムで好評を博しています。出演メンバーは団友、N響現役メンバーを中心とし、他の優秀なプレイヤーによって編成されています。】

視聴もできます】

あの頃、まだ伊賀市文化会館(当時は上野市)はなく、大きな演奏会は上野産業会館の3階の「上野市文化ホール」だった。

しようもない我が家の歴史から、世のつれづれを走馬灯のように思い出していた一日でした。

話は戻って、「Museu」グループの記念すべき第1回新人演奏会は、確か「サワノ楽器店」か「正札屋」さんの小さいホールだった。
その最初の演奏会に出演してくれたのが「モントクレア」で活躍するまうみさん。
このことは過去にも書いて、彼女からコメントもいただいた。

我が家の歴史的場面にも、なぜか登場するのが彼女。


多分、この演奏会が21回目とあるので、ぼちぼち「上野文化協会」に引き継いでいってもらいたいと話しあっていた頃の出来事でした・・・(筆者はこの頃から、やっぱりおせっかいおばさんしてたのね。中心人物の傍でちょこちょこ邪魔してただけですけどね(笑))

まちづくり談義は

2009-05-16 00:51:51 | 町づくりって楽しいかも!
3畳(もあるかな?)の小部屋から・・・

「伊賀」に風を興そうと密談?が始まっています。

まちづくり会社の2階を掃除して、片付けて、とりあえずみんなが集まれる居場所づくり。
そこで、毎週1回くらいは集まって、松生邸のテナントミックスのこと、伊賀に「生パスタ」(三重県産小麦を使って、地場産の野菜なども取り入れて・・・)を普及させたいとか、市街地と農村部を結びつける秘策、「私のたからもの市」を充実させたいなど・・・話し合ってます。

大きな会議室はなくても、飲物やお菓子持参で「実行できる夢」を語る。
そんな場所が、あってもいい。

ただのグループでなく、「会社」みたいな組織にできればなおいい。

そして、「右手では『まちづくり』、左手では『自分の生活ために』」
これ、当然ですもん。

次回は、24日(日)午後4時 上野西町:松生邸集合

どんなことするの?って興味のある方、来て・見て・実行しませんか?

ヒルホテル サンピア伊賀 もうすぐ

2009-05-15 17:08:51 | ヒルホテル サンピア伊賀 通信
オープン!!

オープニングイベントのご案内



厚生年金事業振興団から事業を譲り受けて(施設を買い取って)の再出発、といっても送迎用バスやコンピューターまでは譲渡されませんので(落札価格は土地・建物のみ:RFO入札実施要綱)、一からの出発。

前施設の営業廃止届けにより、すべての届出も最初から・・・

ということで新会社は、一からすべての申請を出さなければならずどんな申請書類が必要なのかを調べたら・・・(参考:愛知県の場合、三重県を探したのですが、見つけられず)

☆旅館業営業許可申請書
・構造設備の概要
・付近見取図
・配置図
・各階平面図
・立面図
・建築基準法に基づく検査済証(仮使用承諾書)の写し
・消防法令適合通知書
・法人の場合は、登記簿謄本
・使用水が水道水以外の場合は、水質検査成績表
・その他管轄行政庁が必要とする書類

☆政府登録ホテル申請
・飲食店営業許可
・美容院営業許可
・簡易専用水道届出
・特定建築物届出(ビル管)
・消防法令適合通知書交付申請
・たばこ販売に係わる許可
・屋外広告物許可  等々

気の遠くなるような作業が待っておりました。
17年前は上野市で、今は伊賀市です。すべての書面は書き直し!!
膨大な作業量のようです。

これをなんとか乗り越えての再出発。

株式会社としての株主総会も控えており・・・
他所の会社の心配もさることながら、そういえばまちづくり会社も株主総会間近。
5月26日(火)午前10時から「㈱伊賀」
午後2時から「㈱まちづくり伊賀上野」(予定)
場所はどちらも ヒルホテル サンピア伊賀 にて『株主総会』

ソウカイソウカイ ふーっ

伊賀上野逸品フェア2009 内覧会その3

2009-05-15 00:04:26 | 町づくりって楽しいかも!

「サワノ楽器店」の若社長、楽器店だけど「カラオケ大好き」の人のために何かイチオシはないものかと模索。
そこで、登場「伊賀イガどろん」=「のど飴」ですね。
歌いすぎた喉のイガイガをドロンと消すことができるかも・・・です。

ところで、話はガラリと変わりますが、「伊賀県民センター」では、毎月「ロビーコンサート」を開催しています。
そのイベントの中で「伊賀のいろいろ」を紹介するコーナーがあるのです。
今回の「逸品フェア」の参加店のみなさんを、是非ご紹介したい!ということで県民センターのN女史が急遽参加。
「伊賀ならではのイチオシを、是非多くのみなさんにも知っていただきたいので、ご参加ください」とのこと。

(伊賀県民センター:Nさん)



伊賀上野逸品フェア2009 内覧会その2

2009-05-13 12:32:47 | 町づくりって楽しいかも!

ハキモノの店オオタヤ」のご主人。
健康は足元から!!
日本人には「下駄」が一番。

その場で仕上げをしてくれたご主人。
「男物」だけど、筆者は「下駄」が好きなんで買っちゃいました・・・


大田酒蔵」のおかみさん。
伊賀の地酒「半蔵」で仕込んだ「梅酒」
和歌山の高級南高梅を使い、甘さ控えめスッキリ爽やかな呑み心地。(内覧会用に持ってこられた梅酒を売っていただいちゃいました・・・)


榎ふとん店」のご主人。(一級寝具技能士)
「貴方にあった、貴方だけの熟睡枕」
肩こりは「枕」から・・・首を守って、ゆっくり寝ましょう!


お酒と飴と下駄・・・
のど飴の紹介は次回。