葬儀屋日記 byノブアキ

つれづれなる葬儀屋さんの日記です

人生への誇り

2005年06月24日 | 葬儀屋ポエむ&葬儀屋はなし


そのおばあちゃんは

いいました


「あたしゃ、精一杯やったから

今悲しいとか

後悔してるとか

あんまり ないのよ」


そういって


「この人も

この年まで生きられて

りっぱなもんでしょ」


そういって、微笑んで


そういったおばあちゃんは

ほこらしく


自分のつれあいの死を決して
つまらない悲劇で終わらせないで





大きな誇りのあるストーリーに変えてしまった



すごいなあと思った



そして、いい葬儀なった



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テレビで葬儀の特集を組んでいますが、
お金の話ばっかりで、つまりません

不信感をあおるだけあおったほうが、視聴率は取れるので
そうしているのも仕方ないっていうのはわかりますが
ただお金の話しをしても、物事は本質的なことは決してつたわらないのだと
思います。

このおばあちゃんが、つれあいのおじいさんを送るのに
お葬式は必要でした。

きちんとおじいちゃんの死を受け止めていた
おばあちゃん

そういうおばあちゃんの旦那さんだった
おじいちゃんだから

おじいさんにかかわりのあった人や
そのおじいさんとおばあさんが育てた
子供さんやお孫さん
おじいさんのお友達
おばあさんのお友達
近所の人

みんな縁のあったひとが
それぞれの気持ちをもって
おじいさんのお葬式に来てくれて

「早かったなあ」と泣く人もいて
「次は俺かなあなんて」笑う人もいて

息子さんの会社の人は
「大変だなあ、今日はしっかり手伝うから任してくれ」なんて
いってて


縁があった人を迎えるのに
フツウに必要な飲み食いを用意して
フツウに祭壇を飾って

菩提寺の住職が来てくれて

僕は特別なことは何もしなくても
きちんと葬儀屋としてやるべきことを
きちんとフツウにやっただけで

なんでしょう
いいお葬式だって、感じていました

何事もない、普通の良いお葬式
そういうことなんでしょうね


テレビの特集じゃこういう話は視聴率は取れませんね(^.^)


でもね、現実は脚色がありませんから
勘弁してやってください
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葬儀とビジネス

2005年06月21日 | 葬儀屋ポエむ&葬儀屋はなし
テレビでたからじゃ、ありませんけど

「葬儀は優良なビジネスですよね」なーんて
かんじで、話しをもってくる営業(?)なのかな
そういう人が結構います

でもね、そういう人ってじゃあ自分で「葬儀屋」をやりたいのかって
いうと、そうじゃないひとばかりでつまんないなあとおもう今日この頃です

やっぱり、葬儀の仕事をわかってもらいたし
次の日仕事なのに、夜中にさらに仕事が入って
身を削って、仕事をしてるんだっていう緊張感もわかってもらいたいし

急に家族をなくして、フツウに論理的な判断もできないぐらい
取り乱してしまって。怒りの矛先をぼくら葬儀屋にしかぶつけどころのない
家族の人の悲しみも一緒受け止めてもらいたいし

家で、一人で住んでて
死後二週間たってしまって
「どうして、気づいてやれなかったんだ」という
嘆き、悲しむ家族のに
とてもひどい遺体状況を代わりに処置してあげる
覚悟と勇気と精神力を理解してほしいし

なんにしろ自分で葬儀の仕事しないで、かかわってもらうのは
お客さんに失礼だから、やめてほしいなあってそう思います。

キチントした仕事をして、御代をいただくのは世の中で当たり前のことだけれど
「ビジネス」とか「利益」とか「結果」とかそういうものより
大事なものが葬儀って仕事にはあるのを


「葬儀は優良なビジネスですよね」って、口にする人には
わかっておいてほしいです・・

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テレビでました。

2005年06月19日 | 葬儀屋ポエむ&葬儀屋はなし
佐藤葬祭

やっとやっと、テレビの放映がありました

が・・・なんと12秒

そんなものだって思っていたけれど
本当に短いもんなんですねぇ

とみんなでがっかりしていると

またまたどんでん返しで
たった12秒の放映なの小冊子の申し込みが
続々と来ています。

テレビって怖いですねぇ本当

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神道の祭壇ではなぜ鏡を置くのか?

2005年06月16日 | 葬式豆知識

ノアノアさんにいただいたコメントにお答えさせていただきます

ざっとしたことで言うと

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は
日本に降り立つときに、三種の神器を与えました

このとき天照大御神は、
三種の神器のうちの八咫鏡(やたのかがみ)について、
次のような教えを言いました

この鏡は、私の化身のようなものだから大事にしてください

と(学術的な解釈の反論は勘弁して下さいね(笑))


と、神様がそう言ったと古事記というふるい書物に書いてあるので
そういう風に教えをまもっているということです


他にも、神様が来る目印にしているとか
お参りする時に自分をかえりみるためとか
鏡で悪い霊を跳ね返すとか諸説あります


一応、上の例が主力な説なのですが
神道は、日本の土着信仰で、自然崇拝、シャーマニズム的な
側面があるので
文章で表された、理屈というものがないのですね

わかりややすくいうと
「あの山には神様が宿っているって言ったら宿っている」
とそういうことなのです

理屈うんぬんよりも、鏡は置くもんなんだというのが
神道の世界なんですね

モンゴルで狼は神聖な生き物であるって決まっているのと
一緒ですね


意味的には、鏡は神様の化身ですっていうのが
意味です。でも神道の場合は、意味云々を考えるよりも
そういったことを信じる気持ちになるかどうかがとても大切

形あるものや、理屈で通るものばかり
追ってもなかなか感じ取れないものがあります。

神道などの自然崇拝、土着信仰は特にそうですね
わかりにくいので、混乱した人もいると思います

わかりやすいのが、好きな人は
あの鏡は神様の化身なんだ、もしくは邪霊を跳ね返すバリアなんだという風に理解して
もらえば大丈夫です。

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