落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第一章 (3)良之助と琴

2012-11-11 10:09:07 | 現代小説
舞うが如く 第一章
(3)良之助と琴






 やがて、この物語の主人公となる琴は、
まだ14歳の少女です
兄の良之助も父の道場で、将来を見据えて鍛錬の真最中です。


 しかし良之助の天分は、
このころから法神翁も認めていました。
密かに、特別の鍛錬の方法と、
修業のための項目が伝授されていたようでした。


 その良之助が、
日々の階段の登り降りの鍛錬中のことでした。
ふと振り返った良之助の目に、髪をなびかせて
なだらかな坂道を駆け上がる、妹の琴の姿が見えました。



 父から伝授された薙刀を背負い、
裾をからげた琴が、深山神社の境内へと続く、
もうひとつの長い坂道を疾走する姿でした。
軽快な足取りもまま、一気に境内まで達すると、
くるりと向きを変え、再び転げるように駆け降りて行きます。



 そこへ法神翁が通りかかりました。
琴を見つけて思わず立ち止まり、その目を細めます。



 良之助は登りきった高台から、
師匠に気がついて、直立で目礼を送ります。
坂道を降り立った琴を、法神が呼び止めました


 懐から、細く編まれた赤い紐を取り出すと、
琴の濡れた髪を丁寧にひとつに束ねました。
さらに、真田の組み紐を両手にひろげると、
琴の両袖をからげてから、十字にタスキに掛けました。




 腰から自分の小太刀を抜くと、
それにクマよけの鈴を2個結びつけてから、
しっかりと琴の帯に差し込みました。


 こうして、ひととおりの支度ができあがります。
さらに、法神翁が琴の頭をひとなでしながら、
その耳元に何やら小声で囁きました。



 にっこりと笑ってうなづいた琴が、
脱兎のごとく、また坂道を駆け上り始めました
軽い鈴の音が、鎮守の森と、静かな境内に響きわたります。




 明治維新は、この先10年後での出来事です。
江戸湾・浦賀に4隻の黒船が現れてから、
明治維新に至るまでの、激動に満ちたこの時代のことを
人は『幕末』と呼んでいます。



 『天狗の剣』と異名をとる法神流に、
いまも名を残す男装の美剣士、琴は
この時代をたくましく、またしなやかに生きぬきます。
その生涯は実に波乱に富んだものでした。



 文久3年3月に予定されていた
14代将軍・徳川家茂の上洛の際の警護を目的とした
「浪士隊」に兄の良之助とともに、琴もくわわるのですが、
それはまだ、もうすこし琴が成長してからの出来事です。



 物語はまず、赤城山麓で発生した
天狗剣法・法神流の初代となった「房吉騒動」の物語へとすすみます。
その後に、幕末から明治維新の動乱期を、男装の美剣士として生き抜いた、
琴の生涯について、詳しく書きすすめていきたいと思います





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