落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第38話 香港から、帰国子女

2014-11-15 12:11:11 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第38話 香港から、帰国子女



 
 香港から帰って来る、帰国子女の名前は「サラ」という。
漢字で「沙羅」と書く。サラの髪は栗色だ。目はほんのりと薄いブルー。
母親は日本人だが、父親はイギリス生まれの貿易商。
2年前にすでに離婚をしていたが、バレーボールに打ち込んでいたサラが、
日本人学校を卒業するまで、このまま香港に居続けたいと主張した。


 長身のサラは、バレーボール部の中心選手だ。
2年間、必死で頑張り続けた結果、サラの当初の夢だった香港制覇を実現させた。
この春、中学を終えたため、母親の生まれ故郷である京都へ戻ってくると、
おおきに財団の理事長のもとへ連絡が来た。


 サラの母親は、おおきに財団理事長の末娘だ。
語学が得意で、香港へ英語留学したのがすべての間違いの始まりだった。
英国紳士に誘惑され、留学中に同棲がはじまった。
語学留学の終了とともに、末娘は、そのまま香港で結婚式を挙げた。
サラが生まれたのは、それから2年後のことだ。


 だが、独身だととぼけていた貿易商は、実はイギリスからの単身赴任者だった。
事実が露呈したのが2年前。すったもんだの末、ようやく離婚が成立した。
すぐにでも帰って来いと理事長は連絡を入れたが、サラの都合で2年間
帰国が先送りされた。



ようやく戻って来た娘と孫を笑顔で出迎えた理事長は、有頂天だった。
だがはじめて日本の土を踏んだサラが、とんでもない進路希望を口にした。


 「ウチ。祇園で舞妓になりたい」とサラが言い出した。
自分の孫が、花街の華になりたいと、突然の進路希望を口にしたのだ。
驚いたのは、おおきに財団の理事長だ。


 おおきに財団は、京都の花街が誇る伝統伎芸を多くの人に知ってもらうため、
さまざまな事業を展開している。
都の賑い、「京都五花街伝統芸能公演」もそのひとつだ。
毎年6月に京都の五花街の芸妓と舞妓が、総勢100名で舞を披露する。
贅沢で、見応えのある公演を開催する。それぞれの流派の舞が一堂に楽しめる。
五花街の舞妓20名による「舞妓の賑い」も、同時に披露される。
華やかさに、思わずため息が出るとさえ言われている。



 全国的な花街の衰退にともない、芸妓の数は減少傾向にある。
京都と東京を中心に、数は少ないながら、芸妓や舞妓たちの活動が続いている。
京都には五花街が存続しており、芸妓の数も1995年まで激減をしていたが、
その後、やや横ばいに転じている。
舞妓についてのみ、横ばいからやや増加傾向にある。



 京都五花街のうち、祇園甲部が芸妓総数119人と最も多い。
内訳は芸妓(げいこ)86人、舞妓(まいこ)33人。
祇園甲部に次いで宮川町、先斗町の芸妓が50人以上と多めだ。
上七軒は28人。祇園東は17人と少し少なめだ。
東京の花街のデータは少し古いが、2005年段階で、向島が120人で最も多い。
新橋の80人、浅草の54人、赤坂の39人、神楽坂の34人と続いている。
芳町は、15人とやや少ない。


 とはいえ、帰国子女や外国籍の女性が花街で活躍したという例は、ほとんどない。
いくら自分の孫の希望とはいえ、花街の事情に精通をしている理事長が、
頭を抱えたことは言うまでもない。
だが舞妓は無理だから諦めろと、可愛い孫を説得する自信もない。
困り果てた理事長がバー「S」へ福屋の女将で、同級生の勝乃を呼び出した。



 「帰国子女のワシの孫が、どうしても舞妓になりたいと言い出した。
 何やええ方法は無いか。勝乃、秘策はないか。力を貸せ」

 「帰国子女って・・・末娘が産んだ香港で生まれ育った、あの孫のことかいな。
 生まれてからずっと海外暮らしやろ。
 日本語は大丈夫なんかいな、ちゃんと会話ができるんかいな。
 特徴はどうなんや。まさか金髪で青い目なんてことは、おまへんやろうなぁ」


 「髪は栗毛で、目は薄いブルーや。
 公用語の英語はペラペラやけど、日本語の会話は片言や。
 だが問題は身長や。自称167センチといっとるが、育ち盛りの女の子や。
 たぶんいまは、170センチをゆうに超えとるやろう・・・」


 「あきまへんなぁ。
 170センチの子が舞妓の高いぽっくりを履いて、10センチの高さがある
 日本髪を結うたら、ゆうに190センチを超えてしまいまっせ。
 バレーボールの選手やあるまいし、おっきいにも限度というもんがあります。
 舞妓といえばおぼこさが命や。
 見上げるような大女の舞妓なんか、見たことも、聞いたこともあらへん。
 諦めろとはっきり言いなさい。どだい、どう逆立ちしても無理な話や!」



第39話につづく

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