落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第1話 2度目の出会い

2014-10-02 11:09:29 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第1話 2度目の出会い




 「あれ・・・」

 どんぐり橋の上を駆けていく、一人の女の子の姿に思わず目が停まった。
昨日と模様の異なる浴衣の女の子が、可愛い日傘をさしている。
カラコロと下駄の音を響かせながら、彼の目の前を、元気いっぱいに駆けていく。


 「ちょっと」と声を出して呼びとめたが、女の子はすでに長いどんぐり橋の端にいた。
「聞こえるわけがないか。カモシカよりも軽快すぎる足取りだもの・・・」
スポーツでもしていたのだろうか。
浴衣の裾から、均整の取れた白い向こう脛が、春の日差しにきらりと光った。
お色気よりも、爽快感さえ感じさせる綺麗な足だ。
(そんなに走ると、こけるよ)と思わずそんな言葉が、彼の口からこぼれた。
浴衣姿の女の子と行きあうのは、これで2度目だ。


 最初の出会いは昨夜の深夜。たぶん、1時を過ぎていただろう。
場所もまったく同じ、この団栗橋の橋の上だ。
お客を送っていく祇園の売れっ子芸妓、佳つ乃(かつの)さんの姿を見つけた。
佳つ乃(かつの)さんの背中を、ちょこちょこと急ぎ足で追いかけていく
15歳くらいの女の子の姿があった。
こんな夜更けに15歳の女の子が、酔っ払い客と、売れっ子芸妓の後を歩いていくなんて、
なんとも不可解なことだと思うだろうが、祇園が近いこのあたりでは、
毎夜見かける、ごく当たり前といえる光景だ。


 欄干の暗い明かりの下を通り過ぎていく、美人芸妓の佳つ乃(かつの)さんよりも、
華奢で、色白の女の子の横顔を見た瞬間、「あ、この子は将来、絶対に美人になる」
となぜか思わず、そんな言葉が彼の口からこぼれ出た。
正面から見るよりも、ななめ30度くらいから見たほうがこの子は絵になる。
はじめて女の子を見た瞬間の、それが彼の第一印象だ。

 
 少女を呼び止めようとした男は、路上似顔絵師だ。
道をいそぐ人たちを相手に、一枚500円で似顔絵を描くことを生業としている。
路上似顔絵師なんてものは、別に珍しい商売じゃない。
同じような仕事をしている人たちは、世界中にごまんと居る。
パリのモンマルトルの丘では、無名の画家たちが、イーゼルをずらりと並べて待機している。
物見高い観光客たちを相手にせっせと似顔絵を描いて、彼らはたんまりとした
日銭を稼いでいる。

 値段は書き手によってまちまちだ。
交渉次第である程度まで値切れるが、それでも1枚あたり数千円の値段を取られる。
発展途上国の中国にも同じように、似顔絵師が居る。
巨大ビルが立ち並ならんでいる街角を何気なくひょいと曲がると、ビルの裏側に、
それまで隠れていた貧民街が、いきなりドンと登場する。
観光客たちが絶対に足を踏み入れない一角に、露天の市が堂々とひろがっている。
露天の市には、いろんな種類の路上商売人たちがたむろをしている。
その中に、偶然、路上の似顔絵師を見つけ出した。


 モンマルトルの似顔絵の相場は、50ユーロ(1ユーロ=155円)というのが標準だ。
それにたいし、中国の露天市の値段は、破格と言える1枚、たったの10元だ。
10元をヨーロッパ風に換算すると、1ユーロにあたる。
つまり、パリの相場の50分の1だ。いくらなんでもこれは安すぎる!
何でも試してみないと気が済まない性格なので、早速、一枚描てもらうことにした。
世界を旅してきた路上似顔絵師が、中国の路上で似顔絵を描いてもらうというのも
なんだか変な話だが、物は試しと、早速注文をしてしまった。


 まじめそうなおっさんに値段を再確認すると、表示通りに、10元でいいと言う。
時間は10分くらいかかると、小さく付け加えた。
スケッチブックを膝に載せ、コンテのようなもので黙々と似顔絵を描き始めた。
だが本人の口とは裏腹に、書きあがるまでに20分以上がかかった。 
露天市の中では珍しい商売なのだろうか。次々と地元の人たちが彼らの周りに集まってくる。
モデルをしていることに恥ずかしさを覚えたが、それ以上に、あまりにも本人そっくりに
書かれた似顔絵に、彼は強い衝撃を受けた。


 似顔絵師は、本人の特徴を一瞬で捉えることに特化をしていく。
だから、どんなにそっくりに書いてくれと注文されても、カメラで撮ったようには描かない。
ことさら特徴を誇張して書くことで、似顔絵に味を出す。
ところが中国の似顔絵師は根底から考え方が違う。
まるでポラロイドカメラで写したかのように、きわめて忠実に、客の顔を書き上げる。


 そのまま、葬儀用の写真としても使えそうな仕上がり具合だ。
世界にはこんな風に、リアルに似顔絵を書く国もあるのかと、強い衝撃を受けたことを、
彼はいまでもはっきりと覚えている。


 
 
第2話につづく

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1 コメント

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Unknown (komugiko_kyoto)
2020-09-09 17:16:28
面白いです。本日より第一話よりじっくりと味わいながら読みはじめます🍀
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