落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第25話 佳つ乃(かつの)が酔いつぶれる

2014-10-30 10:55:13 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。



おちょぼ 第25話 佳つ乃(かつの)が酔いつぶれる




 「なるほど。京都の花街が姉妹関係で成り立っていることは、よくわかりました。
 しかし妹の清乃さんが引退したことで、姉に当たる佳つ乃(かつの)さんが、
 ここまで落ち込んでいることが、僕にはどうにも不思議です」


 「佳つ乃(かつの)はいま、自分の内面を見つめとる。
 考えてもみい。性格も容姿も申し分のない女が、30を過ぎていまだに独身や。
 妹の清乃は、新しい目標を見つけて祇園を後にした。
 だが姉の佳つ乃(かつの)は、生身の女を封印したまんま、
 いまだに花街の真ん中で生きておる」



 「女を封印している?。佳つ乃(かつの)さんがですか?。
 女性としての色気を充分に感じるし、美しさも申し分ないと思います。
 着物を着ればあでやかなことこの上なしだし、舞も上手です。
 女の人でさえ、佳つ乃(かつの)さんの美貌に憧れるといいます。
 そんな佳つ乃(かつの)さんが、女を封印しているという意味が、
 僕にはよく分かりません」


 「女の幸せとは、いったいどんなものだとお前さんは思う?。
 たしかに、女たちまで憧れるほどの美しさを佳つ乃(かつの)は、持っとる。
 年齢を重ねて脂ののった佳つ乃(かつの)は、祇園甲部どころか、
 いまでは京都の5花街を代表する、美しい芸妓の一人や。
 やけど、古典芸能に身を捧げた女の生き方は、女としては不幸な生き方や。
 世間一般の女の幸せからは、遠ざかって生きることになる」

 「恋愛をして結婚をする。
 子供を産んで、育てていくという一般的な生き方の事ですか?。
 でもいまは旦那制度もないし、その気になれば花街で恋愛は可能なはずです。
 佳つ乃(かつの)さんほどの美人を、世の男たちが絶対に
 放っておくはずがありません」



 「阿保かお前。花街のトップクラスに言い寄る男はなかなかおらん。
 出たての芸妓や、2流3流の芸妓なら口説く気にもなるやろうが、
 こいつはもう誰が見ても、はるか崖の上に咲く高嶺の花や。
 芸妓として一生懸命生きておる。ある日気が付いたら30歳を過ぎとった。
 そないな佳つ乃(かつの)が、7年間も自分の妹みたいに面倒を見てきた
 清乃を手放したんや。心の傷は、よっぽど深かろう」


 「そんなものですか」と、路上似顔絵師が短い溜息をつく。
「なんだよ。お前さんが溜息ついても始まるまい。どれ。そろそろ帰ろうか」
高そうな腕時計をちらりと覗き込んだ、おおきに財団の理事長が、
「あまり遅くなっても可哀想だ。風邪をひかせるとあとが大変だしな」と席を立つ。
「おい。タクシーを呼んでくれ」と、カウンターに向かって声をかける。

 「タクシー?。10分も歩けば家に着くというのに、やけの今夜は豪勢だ。
 どうした、いつもの痛風が顔を出して歩くのが困難か?」

 「痛風が痛むのは、いつものこっちゃ。そうじゃねぇ。
 酔いつぶれた佳つ乃(かつの)を、祇園の衆目にさらすわけにはいかんやろ。
 おおきに財団の理事長の責任で、マンションへ送り届けてやるだけや。
 決して送りオオカミなんかにはならんから、安心してすべてをわしに任せろ」



 「わかった、すぐに車は手配する。そういうことなら、よろしく頼む。
 だが、昔から口とは裏腹で危ない男だからな、お前は。
 くれぐれも手を出すなよ。佳つ乃(かつの)は、祇園の至宝だからな」


 
 「阿呆野郎。わしが、同級生のお前の娘に手なんか出してどうするや。
 ええからさっさと車の手配しろ」


 2人の会話の中に現れた「娘」という言葉に、路上似顔絵師が鋭く反応をする。
(同級生の娘?。ということは、佳つ乃(かつの)さんは「S」のオーナの娘なのか?。
ちょっと待て。親子のような会話をしているのは何度か見たことあるが、
どこからどう見ても、あの2人が、真の親子のようには見えないぞ・・・
どうなってんだぁ事実は。それとも俺のただの聞き間違いなのかな?)



 目を白黒している路上似顔絵師に、おおきに財団の理事長が声をかける。



 「おいお前。ここに居る中では、一番力が有りそうやな。
 佳つ乃(かつの)を背負って、路上まで降りろ。
 5分もすればタクシーが来る。
 あ・・・・まずいなぁ。佳つ乃(かつの)の部屋は、マンションの7階や。
 ということは、お前はんに責任をもって佳つ乃(かつの)を
 7階まで背負ってもらうことになるな。
 よし。そういうことで決まりだな。頼んだぜ、色男」


 なにが「よし」か分からないが降って湧いた大役に、路上似顔絵師が、
狂喜乱舞していることに疑いの余地はない。


第26話につづく

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