「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第26話 オートロックの城
タクシーはバー「S」から10分ほどで、佳つ乃(かつの)高層マンションに着く。
部屋はこのマンションの7階に有るという。
だが、おおきに財団の理事長はタクシーから降りようとしない。
佳つ乃(かつの)を背負うのを手伝った後、「あとは頼んだよ」と、路上似顔絵師に
1万円札を握らせたあと、「先斗町へ行ってくれ」と涼しい顔で運転手に指示をする。
「え?。僕だけで佳つ乃(かつの)さんを、部屋まで送っていくのですか!」
驚く路上似顔絵師を尻目に、タクシーは街路樹の通りを走り去る。
まいったなぁ、もう・・・と、背中でずり落ちかけている佳つ乃(かつの)を、
担ぎ上げた路上似顔絵師が、しぶしぶマンションの入り口に向かう。
だが路上似顔絵師がマンションの入り口に立っても、ガラス戸はピクリともしない。
(あ・・開かないはずだ。ここは最新式を誇るオートロックのマンションだ)
オートロックマンションは、入り口から警戒が厳重になっている。
入り口を開けた瞬間、不審者も一緒にマンション内に滑り込む可能性が有るからだ。
内部に他人を入れぬよう、郵便受けや新聞受けなどは外部の壁に設置してある。
見知らぬ人間がオートロックの前に立っていたら、まず建物から離れて
様子を見るのが賢明だと指示されている。
だが建物の前に居るのは、途方に暮れた路上似顔絵師と、背中で寝息をたてている
酔いつぶれた佳つ乃(かつの)の2人だけだ。
マンション内にも、周囲にも、住民らしき人影はまったく見当たらない。
「バッグの中を見て」という小さなささやきが、路上似顔絵師の耳に届く。
背中で眠っていたはず佳つ乃(かつの)が、似顔絵師が首から下げているバッグを
そっと指さす。
「青いのが入り口専用で、ピンクが部屋に入るためのもの。
あ。気を付けてな。エレベーターに乗るためには、指紋認証が必要やし」
言われた通りに青いカードをかざすと、厚いガラス戸が苦もなく開く。
分厚い絨毯を進んでいくと、すぐにエレベーターの前に着く。
驚いたことに玄関からエレベータまでの空間は、まったく何もない壁だけの密室だ。
いくら見回しても、上に行ける階段は見当たらない。
玄関の空間から上の階に行けるのは、目の前に設置されているエレベータだけだ。
開閉ボタンは見当たらず、かわりに指紋認証の画面がむき出しになっている。
「こいつがなにかと厄介なの。ときどき誤作動をするし、認識せん時も有る。
画面が汚れただけで読み取れへんし、マンション中の人たちが毎日、
乗り降りするたびに触るから不衛生そのもの。
でも、ストーカーや泥棒に侵入される危険を考えたら、我慢しなくちゃね」
「じゃ。出来たばかりの恋人や愛人は、エレベータに乗れないことになりますね」
「ちびっとばかり時間はかかるけど、追加認証が出来るから大丈夫。
清乃も登録したまんまにしてあるわ。あの子がいつ訪ねてきてもええように」
「じゃ僕も」と言いかけて、路上似顔絵師が慌てて言葉を呑み下した。
身体が密着しているということだけで、なぜか、気持ちが大胆になりかけている。
(今夜の俺はどうかしている。品行方正に、送り届けるだけに専念すべきだ・・・)
危ない、危ない、嫌われたら元も子もない、と冷や汗を流す。
「7階」と言われるままに、エレベータのボタンを押す。
オートロックが完備されたマンションでも、女性は1階や2階の低層には住まない。
最低でも、3階以上と言うのが部屋を決める時の鉄則だ。
部屋の入り口でピンクのカードをかざすと、静かな音が廊下に響いてドアが開いた。
このあたりで背中から降りると思いきゃ、「そのまま部屋へ入って」と
佳つ乃(かつの)が小さな声で指示をする。
住人が見たらどんな風に思われるのかと肝を冷やしたが、さいわいなことに
廊下にまったく人影はない。
足を踏み込んだ瞬間、勝手に部屋の照明がいっせいに点いた。
ここにも最新のハイテクが導入されている。
初めて入る女性の部屋だ。
薄暗闇から急な明るい場所に目が慣れて着た頃、「降りる」と背中で声がした。
女性の部屋と言うことで、もっと化粧や香水の香りが漂っているものと
勝手に妄想していたが、部屋は意外過ぎるほど清潔な空気を保っている。
「完全空調の効果かな?」と思ったが、かすかにどこからともなく漂ってくるのは、
白塗りのときの白粉のようだ。
そんな風に女性の部屋の最初の印象を感じていた時、
「もうおろして。お礼にコーヒーを入れてあげるから」と佳つ乃(かつの)が、
もそりっと、背中で身体を動かした。
第27話につづく
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江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第26話 オートロックの城
タクシーはバー「S」から10分ほどで、佳つ乃(かつの)高層マンションに着く。
部屋はこのマンションの7階に有るという。
だが、おおきに財団の理事長はタクシーから降りようとしない。
佳つ乃(かつの)を背負うのを手伝った後、「あとは頼んだよ」と、路上似顔絵師に
1万円札を握らせたあと、「先斗町へ行ってくれ」と涼しい顔で運転手に指示をする。
「え?。僕だけで佳つ乃(かつの)さんを、部屋まで送っていくのですか!」
驚く路上似顔絵師を尻目に、タクシーは街路樹の通りを走り去る。
まいったなぁ、もう・・・と、背中でずり落ちかけている佳つ乃(かつの)を、
担ぎ上げた路上似顔絵師が、しぶしぶマンションの入り口に向かう。
だが路上似顔絵師がマンションの入り口に立っても、ガラス戸はピクリともしない。
(あ・・開かないはずだ。ここは最新式を誇るオートロックのマンションだ)
オートロックマンションは、入り口から警戒が厳重になっている。
入り口を開けた瞬間、不審者も一緒にマンション内に滑り込む可能性が有るからだ。
内部に他人を入れぬよう、郵便受けや新聞受けなどは外部の壁に設置してある。
見知らぬ人間がオートロックの前に立っていたら、まず建物から離れて
様子を見るのが賢明だと指示されている。
だが建物の前に居るのは、途方に暮れた路上似顔絵師と、背中で寝息をたてている
酔いつぶれた佳つ乃(かつの)の2人だけだ。
マンション内にも、周囲にも、住民らしき人影はまったく見当たらない。
「バッグの中を見て」という小さなささやきが、路上似顔絵師の耳に届く。
背中で眠っていたはず佳つ乃(かつの)が、似顔絵師が首から下げているバッグを
そっと指さす。
「青いのが入り口専用で、ピンクが部屋に入るためのもの。
あ。気を付けてな。エレベーターに乗るためには、指紋認証が必要やし」
言われた通りに青いカードをかざすと、厚いガラス戸が苦もなく開く。
分厚い絨毯を進んでいくと、すぐにエレベーターの前に着く。
驚いたことに玄関からエレベータまでの空間は、まったく何もない壁だけの密室だ。
いくら見回しても、上に行ける階段は見当たらない。
玄関の空間から上の階に行けるのは、目の前に設置されているエレベータだけだ。
開閉ボタンは見当たらず、かわりに指紋認証の画面がむき出しになっている。
「こいつがなにかと厄介なの。ときどき誤作動をするし、認識せん時も有る。
画面が汚れただけで読み取れへんし、マンション中の人たちが毎日、
乗り降りするたびに触るから不衛生そのもの。
でも、ストーカーや泥棒に侵入される危険を考えたら、我慢しなくちゃね」
「じゃ。出来たばかりの恋人や愛人は、エレベータに乗れないことになりますね」
「ちびっとばかり時間はかかるけど、追加認証が出来るから大丈夫。
清乃も登録したまんまにしてあるわ。あの子がいつ訪ねてきてもええように」
「じゃ僕も」と言いかけて、路上似顔絵師が慌てて言葉を呑み下した。
身体が密着しているということだけで、なぜか、気持ちが大胆になりかけている。
(今夜の俺はどうかしている。品行方正に、送り届けるだけに専念すべきだ・・・)
危ない、危ない、嫌われたら元も子もない、と冷や汗を流す。
「7階」と言われるままに、エレベータのボタンを押す。
オートロックが完備されたマンションでも、女性は1階や2階の低層には住まない。
最低でも、3階以上と言うのが部屋を決める時の鉄則だ。
部屋の入り口でピンクのカードをかざすと、静かな音が廊下に響いてドアが開いた。
このあたりで背中から降りると思いきゃ、「そのまま部屋へ入って」と
佳つ乃(かつの)が小さな声で指示をする。
住人が見たらどんな風に思われるのかと肝を冷やしたが、さいわいなことに
廊下にまったく人影はない。
足を踏み込んだ瞬間、勝手に部屋の照明がいっせいに点いた。
ここにも最新のハイテクが導入されている。
初めて入る女性の部屋だ。
薄暗闇から急な明るい場所に目が慣れて着た頃、「降りる」と背中で声がした。
女性の部屋と言うことで、もっと化粧や香水の香りが漂っているものと
勝手に妄想していたが、部屋は意外過ぎるほど清潔な空気を保っている。
「完全空調の効果かな?」と思ったが、かすかにどこからともなく漂ってくるのは、
白塗りのときの白粉のようだ。
そんな風に女性の部屋の最初の印象を感じていた時、
「もうおろして。お礼にコーヒーを入れてあげるから」と佳つ乃(かつの)が、
もそりっと、背中で身体を動かした。
第27話につづく
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