落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(41) 第二幕・第二章 「新しい可能性」

2012-10-04 10:19:35 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(41)
第二幕・第二章 「新しい可能性」



 いつもの半袖スタイルのままで、
自分の右腕に力瘤を見せた石川さんが、あまりにも『非力』そのものを証明した
筋肉の隆起ぶりに思わず苦笑をしています。
茜も、そんな石川さんの様子にちょっぴりと渋い顔をみせますが、
次の瞬間にはもう、元に戻って構わずに話をつづけていました。



 「草食系の石川さんは別として、
 順平君は、もともと柔道一直線の猛獣男子だったそうです。
 なんと、その日のうちに、病院の階段の登り降りで特訓すると
 次の日の朝には、先生が見ている目の前で、
 あっさりと20回の腹筋をやり遂げてしまいました。
 で、その日のうちに約束通りに、退院許可をもらってしまいました。
 とまぁここまでは筋書き通りだったようですが、
 のちに軽い誤算も出てきたようです・・・・
 一発勝負の大博打だった退院劇は、もう一つの後日談がつきました。
 張れてや退院をしたものの、無理がたたってもう次の日には
 腰が痛いと言って、レイコさんの前で泣いていたそうです、順平くんは。

 まったく・・・・
 この人はすべてにおいて『やんちゃ』です、と、
 レイコさんが先ほどまで、
 私に、こぼしておりました。」




 「いやいや、そこまでして
 黒光の創作に打ち込んでくれる順平君のエネルギーには、
 こちらこそ感謝をしています。
 幸い恰好な広さのある稽古場が決まりそうです。
 劇団にとっても、茜ちゃんにとっても
 また病み上がりの順平君にとっても、
 この場所は、良いスタートラインになりそうです。
 レイコさんばかりが、いつも大変な思いをしているようですが
 男の子は、ヤンチャくらいがちょうどいいと思います。
 まァ、しかしそれにも限度というものがあって、
 一つ間違えば、暴走ですが」



 座長が眼を細めて笑っています。
時絵と茜も、大谷石の壁で覆われた工場の内部を満足そうに見まわしています。
埃が柔らかく舞う空間には、ほぼ全員が納得をしたという空気が漂よっています。



  「・・・・今度は仙台ですか、
 取材旅行は大変ですが、両手に花とは何ともうらやましい話です。
 黒光の良い題材などが見つかるといいですね。
 私も、仕事が忙しくなければ、
 みなさんに着いていきたいくらいです。」



 ころあいを見計らったように、石川さんが全員に声をかけはじめました。
この空き工場を借りることについては異論がなさそうなので、
市の担当者に連絡を入れておきますと締めくくり、ポケットから鍵を取り出すと
そのまま座長にそっくり手渡してしまいました。



 「これでもう、後は劇団の自由です。
 どうぞ存分に、随意のままにお使いください。
 ただし、火の始末だけは、充分の注意をお願いをします。
 市の方でもそれ以上の細かい制約などは一切つけないそうです。
 これもまぁ
 今回の公演の成功のおかげです。
 補助金もろくろく出せない、貧乏自治体にとっては
 休止状態の建物程度しか提供ができませんが、
 このあたりがお役所仕事の限界です」



 「3年とは言え、自前の稽古場が持てることには大歓迎です。
 そういえば、パチンコの関係で、
 いくつかの工場が、
 プラスチックの成型工場などに変わり始めたようですね。
 今度、三共と言う名古屋メーカーが
 この桐生に進出をしてきたので実に盛況そのもののようです。
 新入団員の雄二くんも、その関連の仕事をしていますが、
 新婚家庭だというのに、土曜や日曜日もまったく関係なく、
 かなりハードで仕事をこなしていると言う話です。
 プラスチック金型の設計と製作の仕事だというのですが、
 同じ鉄鋼関係の仕事でも、私のところとは
 忙しさがだいぶ違うようです」



 「あら、座長さんも鉄鋼関係ですか。
 うちの順平は、その新入団員さんと同じ金型業界です」




 「へぇ、順平さんは金型業界の人ですか。
 私のところは、自動車と弱電の部品加工が中心です。
 私も普段は、機械油にまみれてせっせと、
 安い単価の部品などを削っています」



 「似たようなものです。
 私のところの金型は、主に電話関係です。
 電電公社が民営化されたために、
 今は、新規参入の民間メーカーなどの注文で
 黒電話に変わる、プッシュ型の電話機を主に製作しています」



  ■「電電公社」
    現在のNTTグループが、昭和60年に民営化される前の社名。
    正式な社名は日本電信電話公社。

 
 



 このころ桐生では、民間による『のこぎり工場』の
再生プロジェクト事業が、ひとつの大きな転機に差し掛かりました。
長引く絹織物のじり貧傾向と、地場産業の低迷ぶりは、
桐生市全体からその活力を奪いはじめます。
商工業の停滞はそのまま、かつては大いににぎわった本町通りの商店街でさえ、
あちこちにシャッターに閉ざされた店舗をいくつも産みだすようになりました。





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