落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(62) 第三幕・第一章「時絵ママの、いい話と悪い話」 

2012-10-25 09:59:56 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(62)
第三幕・第一章「時絵ママの、いい話と悪い話」



 

 「とりあえず、雄二さんが元気そうでよかった。
 それでねぇ、時絵さんに連絡をいれたら、
 別の話もあるので帰りに、お店に寄ってくださいって言われたわ」


 「病室で、雄二君とどんな話をしたのか聞かないの?」



 「もう顔に書いてあるもの、大方の察しはつくわ。
 それよりもさぁ・・・・
 赤ちゃん可愛かったわね~ 
 欲しくなっちゃったな・・・・ねぇ順平」



 「おいおい、勘弁しろよ。
 それよりも時絵ママの話ってなんだろう 」



 「いい話がひとつあるけど、でも・・・内容は複雑だそうです。
 もうひとつ、悪い話もあるそうですが、
 とても大事な話ですので、そちらも是非に聞いてほしいそうです。
 雄二さんの容態については大まかに報告をしましたので
 そちらは安心しているようです」



 まもなく午前0時になろうとしている平日の繁華街は閑散としていました。
時絵ママの店でもすでに看板は消されていて、入口の小さな明かりだけが
ぼんやりとひとつ点いているだけでした。
ドアを開けると、カウンターの向こうで時絵さんが頬杖をついています。



 「ご苦労さま。
 先ほど、雄二君の奥様から電話がありました。
 突然のことでびっくりしたようですが、大事にいたらなくてよかったわ。
 就職の話も、よろこんでいたみたい、
 まずは、お疲れさまでした。
 遅い時間なのに、呼び出したりしてごめんなさい。
 こちらもさっきまで取り込み中だったの・・・・
 といっても、野暮な話ですけどねぇ。
 あっ、座って頂戴、
 今、一本つけるから。
 レイコちゃんも呑めたわね」



 奥の厨房からは、時絵ママの何気ない鼻歌が聞こえてきます。
徳利を手にして戻ってきた時絵ママは、やはり上機嫌な様子でした。
注いでもらった緒子を反対の手に持ち替えたレイコが、徳利を受け取ると
時絵にも一杯目を勧めました。



 「時絵さん、ずいぶんと良い事があったんでしょう。
 とりあえず乾杯をしてから、その良いことから話してくださる?」



 レイコの徳利を受けながら、時絵ママがまた思い出したように頬を染めます。
色白の時絵ママは、上気すると耳たぶまでほんおりと桜色にかわります。
そんなママの様子を見ながら、思わずレイコも目を細めます。




 「そうね、長い話になるけれど、まずは良い話のほうからはじめましょうか。
 実は十年ぶりに口説かれまして、私は今、しみじみと「女」を実感しているところなの。
 柄にもなく、ときめいてしまいました」



 「水商売なら、口説かれるのは日常茶飯事だと思いますが、
 ときめいたとなると、ただ事ではありませんね、
 もしかして、時絵ママを口説いたお相手と言うのは、座長のことですか?」



 「あら、正解だわ。
 台湾でずいぶんと女性を理解してきたみたいですね、順平君。
 たしかに先ほどまで座長さんがここに居て、プロポーズをされてしまいました。
 それはそれとして、私も嬉しく受け止めました。
 30歳を過ぎたとはいえ、私もまだ女としてまんざらではないと
 つい先ほどまで、自己満足に浸っておりました。
 ほんの一瞬だけですけどね・・・・」



 「微妙な表現ですね。
 裏が色々とあるという意味ですか?」




 「その通りなの。
 ついては、お二人にどうしても手伝ってほしい事があるので、
 こうして呼び出してしまいました。
 その話を全部聞いてから、後から気が変わったというのでは私も座長も困るので、
 なにも聞かないうちに、協力をすると約束をしてくださる?
 無理は承知のうえでのお願いですが・・・・」


 
 レイコがすかさず手を上げました。



 「私は、全面的に時絵さんに協力をします。
 時絵さんの大ファンだし、どんな事情があるにせよ協力を惜しみません。
 でも、ほんの一瞬だけだったと言うときめきの意味が、気にかかります。
 誰かのためにひと肌を脱いでほしいという意味ならば、
 もっと喜んで、私は協力をします」



 「ありがとうレイコちゃん。
 で、どう出るのかしら順平君は、武士に二言があるかしら?」



 すこしだけ意地悪そうな時絵ママの視線が、チラリと順平を見つめます。
レイコはとぼけて頬杖をついたまま、順平と時絵ママを交互に見て
二人のやりとりを楽しんでいます。


 
 「解りました。
 全部の話を伺いますので、すべて話をしてください。
 全面的に協力をしろという意味と、他言無用という2つの意味があるわけですね。
 それもすべて承知をしましたので、安心してください。
 では、本当の良い話と悪い話をそれぞれにお聞きしたいと思います」



 時絵ママがにこりと笑って、順平の緒子へなみなみと日本酒を注ぎました。
レイコが手招きをすると、カウンターを一回りした時絵ママが
レイコが空けた席に腰をおろしました。


 
 「レイコちゃんと順平くんには、私の本心から先に話しましょうね。
 確かに座長からプロポーズをされて、女としては一瞬だけはときめきましたが
 私には、座長と結婚する意志はありません。
 ただしその場では応えずに、一週間だけ考える時間をくださいと
 お答えをしておきました。
 レイコちゃんだけは知っていますが、
 私には5歳になる男の子がいます。
 この子が私の生きがいで、今の私はこの子のためにだけ
 生きていると言っても過言ではありません。
 別に皆さんにまで秘密にする必要はありませんでしたが、
 たまたま水商売ですので、レイコちゃんには口止めをお願いしていました。
 なでしこ保育園にお願いしていますので、
 もしかしたら、順平君は、それとは知らずに行き会っているかもしれません」



 「では、その良い話の結論というのは・・・・もしかして」



 「そう。
 その、もしかしたらの相手は、ちずるです。
 座長と復縁をするのは私ではなく、そのちずるです。
 しかし悪い事に、座長には残された時間があまりないようです。
 実は、ここから先がもうひとつの悪い話です。
 つい先日の精密検査で、座長には不治の病が見つかりました。
 たまたま体調を崩した時に、念のためにと血液検査までおこなった結果、
 その病気が見つかったそうです・・・・」


 
 レイコと順平の視線が凍りついたまま、時絵ママの口元に引き寄せられました。





 

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