NPO法人 三千里鐵道 

NPO法人 三千里鐵道のブログです。記事下のコメントをクリックしていただくとコメント記入欄が出ます。

都相太随想集『非武装地帯に立つ』の編集を終えて

2011年06月20日 | NPO三千里鐵道ニュース
発行日は2011年6月12日、この日出版記念会も終えている。当日配布された100部の残りの本が、今日事務所に届けられた。
一般への公開はニュースレター18号の送付時(7月中旬)に、正式な案内をする予定だ。

出版記念会の時、編集者として祝辞をしたが、どうも口下手でぼくは十分に意思を表現できなかった。
今日ニュースレターの記事執筆のために、その日の録音を聞いた。一部の大討論会、つづいての出版記念会の模様を再度聞きながら、この行事はただ事ではなかったとつくづく思い知らされた。しかし、出版記念会での呉炳学画伯から始まった珠玉のような語りに比べ、ぼくの祝辞はなんとみすぼらしく冴えないものであったのか…。

「人前には出たくない、著者の喜び緊張している姿を見て、作って良かったと思った
」、と話すのがやっとだった。

昨年10周年記念誌を制作しながら、都相太理事長の書き残した文章を資料として集め、読んだ。余りにも膨大な量だったので、記念誌に載せきれなかった。その時から「都相太随想集」の構想を胸に秘め、2010年の年の瀬に本人にそれとなしに漏らした。
言下にそんな恥ずかしいこと、止めてよ、と拒否された。
それでも諦めきれずに企画書を作成し、あらかじめ副理事長、事務局に検討してもらい、さらに練り直した企画書を本人に見せた。見せながら、これは理事長個人の問題ではなく、三千里鐡道に関わった全ての方々への義務であり、礼儀であると説得した。
「ほんとにやるの?困ったなー」、とばつの悪そうなあの独特な笑みを浮かべた。
数年の付き合いで、理事長のこの笑みはゴーサインと分かっていたので、その後は一挙にことを進め、出版までこぎつけた。

10周年記念誌もそうだが、今回も後半著者は、長文のあとがきを書いてくれた。古希と重なったこともあり、このあとがきは子孫への生前の遺言状のような迫力で、ぼくの胸を打った。(あとがきだけでもこの本は十分意義あり)

出版記念会は、まさにチャンチ! へたくそな祝辞より、このような祝祭を仲間たちと共に、影で仕掛け準備し眺められたことに、ぼくは無上の喜びを感じた。

今日届いた本の数冊を撮影、まずは皆さまにお披露目します。N

閑話休題ーベランダに咲いた月下美人

2011年06月19日 | 管理人のつぶやき
6.15記念行事、古希を記念する都相太随想集の編集・出版と2010年度の総会まで終え、しばし抜け殻のような数日を過ごしている。
日も暮れたある日の窓辺に、我が家のベランダに咲いた月下美人が、ふと目にとまった。日曜大工で作ったほんの2坪ほどのベランダに、妻が丹精込めて育てた草花のうちの一輪だ。
月下美人はサボテンの一種。一年かけて手入れすると、丁度この時期に大輪の花を咲かせる。無骨な葉の間に蕾が膨らみだすと、ある日パーっと化弁を開いて見せる。月明かりにほのぼのと浮かび上がる月下美人は、儚くも一日か二日で凋んでしまう。今年は3輪咲いたので、ダブって咲いたものもあり4,5日は楽しめた。ぼくはしばし眺めながら、愛で慈しみ、癒されもした。来年もまた再会することを祈りながら…。
今年も妻は、陽だまりの小さなベランダにうずくまり、ぶつぶつ言いながら黙々と鉢の手入れを続けのであろう。N

第13回ハンギョレ統一文化賞、在米同胞イ・ヘンウ, オ・インドン受賞

2011年06月17日 | 南北関係関連消息
第13回ハンギョレ統一文化賞、在米同胞イ・ヘンウ.オ・インドン受賞


"自らが立ち上がって私たちの問題を解決しなければ"

2011年06月17日(金)ckkkim@tongilnews.com


“過去半世紀の間私たちを縛ってきた、粗雑な国際関係論や韓米血盟論の妄想から抜け出さなければなりません。 今は私たち自らが立ち上がって私たちの問題を解くべきと確信します。”(イ・ヘンウ)

“米国人らと会って韓半島問題に対して論議し、平和協定要求建議書を渡し、自負心も感じました。 ところが、こうしたことを繰り返しながら、侘しさと苦々しさも感じ始めました。 顧みれば米・北朝鮮関係が根本的に良くなったことは、何もありません。 なぜ私たちの問題を南北同士が解決できなくて、他国にもの乞いするような請願をしなければならないのでしょうか”(オ・インドン)

誰より率先して対米民間外交を広げてきた6.15米国委員会イ・ヘンウ、オ・インドン共同代表が、第13回ハンギョレ統一文化賞授賞式で同じく‘ウリ(私たち)’を強調した。


●17日午前11時ソウル世宗ホテル4階オーキッドルームで開かれた授賞式で、イム・ドンウォン ハンギョレ統一文化財団理事長は

“ハンギョレ統一文化財団は今年のハンギョレ統一文化賞を、米国で祖国の平和と統一のために献身されたイ・ヘンウ先生とオ・インドン先生に差し上げることになった”とし
“海外同胞らの祖国を愛する献身的努力が、我が国の平和と統一を達成する上で大きい力になるだろうと信じて疑わない”と話した。

イム・ドンウォン理事長は
“海外僑胞が居住国、特に米国の政府と議会、報道機関と市民社会などに影響を与える活動が大変重要だ”として二人の受賞者の米国での活動を紹介して
“私たちは異国の土で祖国の平和と統一のために努められる方々の努力を常に記憶するだろう”と話した。


●ハンギョレ統一文化財団は昨年、在日同胞ト・サンテ三千里鉄道理事長に第12回ハンギョレ統一文化賞を授賞したことがある。

アン・ビョンウク審査委員長は
“今回の受賞決定は、米国に居住する海外僑胞として民族の和解と協力、平和と統一に関する理解と支持、そして友好的な韓半島政策の採択のために米国政府と議会、報道機関と市民社会、韓国人僑胞社会に影響を与えるための多様な実践活動を、長い間献身的にしてこられたことに対する感謝と激励の気持ちを込めた”と審査結果を報告した。

●受賞挨拶でイ委員長は

“米政府は韓半島問題に対し罪悪感も責任感もない”と断言して
“私たちは去るキム・デジュン政権とノ・ムヒョン政権10年の間に、私たちの力と能力を確認した”として
“私たちも私たちの力で私たちの問題を解いていくことができるということを経験した”と強調した。


特に北核問題に対して
“米国と対抗するのに北朝鮮の核プログラムは、いくらか機能をしたという事実も認めなければならない”として
“強要された北朝鮮の核プログラムなので、それはいくらでも解くことができる問題”として
“会って解かなければならない課題”と強調した。


●続いての挨拶でオ・インドン氏は

“民族という命題に臆する必要はない”
としながら
“過去の歴史に対する正しい歴史認識、現実に対する冷徹な時代認識、私たちは一つの民族という民族意識に土台を置いた統一観を確立し導いて行くことが、指導者と知性人がするべきこと”と話した。

特に“民族という命題に臆する必要はない”としながら
“‘民族よりましな同盟はない’という真理、‘同盟は一時で、民族は永遠だ’という真理追及を躊躇する理由はない”と強調した。

この日授賞式では、ペク・ナクチョン6.15南側名誉代表と権ハンギョレ新聞編集人が祝辞を述べ、シム・サンジョン進歩新党前代表など100人余りが参加した。

米国6.15委共同代表らに、第13回ハンギョレ統一文化賞

2011年06月16日 | 朝米関係関連消息
★昨年の5月、我々はソウルにいた。ハンギョレ統一文化賞受賞式と答礼晩餐会などで濃密な時を過ごしていた。そして今年は米国の6.15共同代表2名が同時受賞した。2年連続して海外同胞が受賞した意味は?  … N



“肩ふれあい手術していると、とても親近感が湧く”

第13回ハンギョレ統一文化賞共同受賞者オ・インドン氏(写真)

2011年06月16日(木)ckkim@tongilnews.com


第13回ハンギョレ統一文化賞共同受賞者に選ばれたオ・インドン氏(72才) 6.15米国委員会共同代表は、受賞の便りに
“とても驚いた”
“先輩受賞者等を見ると…私がそうした方々の後に立つことが申し訳ない気がした”と受賞所感を明らかにした。

実際にハンギョレ統一文化賞は1999年第1回受賞者故ユン・イサン作曲家を始め故チョン・ジュヨン現代グループ名誉会長、イム・ドンウォン前統一部長官、ペク・ナクチョン6.15南側名誉代表などそうそうたる巨星が歴代受賞者に名を連ねている。

昨年第12回受賞者には、在日同胞ト・サンテ三千里鉄道理事長が受賞、続いて第13回受賞者は在米同胞のイ・ヘンウ、オ・インドン6.15米国委員会共同代表が選ばれ、17日午前11時ソウル世宗ホテルで授賞式を開く予定だ。

オ・インドン氏は米国市民権を所有し、北を自由に行き来しながら医療活動を行っている。彼は 韓国で医大を卒業、軍医官を経た後1970年米国に渡った。
現在彼は米国社会で成功した代表的事例に選ばれもした。 ハーバード大整形外科助教授とMIT生体工学講師を歴任、人工股関節関連米国発明特許11種を獲得、先端医学分野の人工股関節分野における巨人である。

しかし彼が本格的に人工股関節関連機構と技術を北に伝授し始めたのは、2009年から。今回で北朝鮮訪問は四回目だ。

彼は北の医療人と共に手術しながら肩を触れ合っていると、何とも言えない親近感を感じる、と話し、
“手術後小さな診療室で昼食を取りながら手術の話、今後すべき事を話していると、本当に同窓会をしているようだ”と、その雰囲気を伝えた。

そんな彼の平壌生活は『平壌に置いてきた手術カバン』(創作と批評、2010)として発刊、話題を集めた。


▲米国で成功した整形外科医師、6.15米国委員会共同委員長の彼は
“祖国に最も大きい影響力を及ぼすところが米国”としながら
“6.15米国委員会として2009年と2010年二度、ジョン・ケリー米上院外交委員長を招請し‘韓半島平和フォーラム’を開催したことが最大成果”と胸を張った。

特に昨年7.27停戦記念日に米国会議事堂で開催した韓半島平和フォーラムには、アン・ギョンホ6.15北側委員会委員長を招請した。


さらに彼は“米国国務省も訪ね、上下院韓半島関連専門委員らとも面談した。
“国務省を通じてオバマ大統領に直接米国の韓半島政策に対して手紙を送り返書をもらったこともある”と話した。


▲受賞記念講演で彼は

‘祖国の知性人らに差し上げる苦言’で
“南と北は共に病気にかかった脚を引きずっている。 一脚では不安定で自信もつかない。二つの脚でしっかり立って進めば、母国の将来は明るい”と強調した。

『朝鮮半島に平和を! 大討論会』、活況を呈す

2011年06月14日 | NPO三千里鐵道ニュース
10年間、6.15記念集会にはゲストを招聘し開催してきたが、11年目の今回は平和を憂う在日と市民だけで、忌憚のない討論をしてみようと、今回の企画になった。
正直読めない不安な状況での開催であったが、予想を越える参加者で、当初準備した円卓の他に、急きょ椅子を補充しての開催となった。
詳しい発言内容までは、到底紹介しきれないので、数枚の写真で状況を推測して下さい。(7月発行のニュースレター18号で紹介予定)N

都相太随想集『非武装地帯に立つ』出版記念会、盛大に開催

2011年06月14日 | NPO三千里鐵道ニュース
6.15記念大討論会の後、午後6時から隣のサンルートで表題の会が開催された。著者の古希を祝う会でもあり、アメリカから駆けつけた三男家族など都氏の親族が勢ぞろいした。そして著者と在日運動、市民活動を共にした友人・知人が駆けつけ、通路にはみ出るほどの人が集まった。
終止和やかな雰囲気ではあったが、会のはじめ著者の表情は緊張で固まっていた。終盤に進むにつれ孫たちを一人づつ抱擁するころから、普段の姿に戻った。

本は今週末に全部刷り上がる予定。三千里鐡道を支えてくれた方々、その他の方々にも是非読んでいただきたい一冊。…別途ご案内します。N