小春奈日和

赤ちゃんは、人間は、どのように言葉を獲得するの?
わが家の3女春奈と言葉の成長日記です。

おしいな。あと一歩ってとこだな

2013年02月18日 00時58分48秒 | 日記
2010年5月12日(水)(2歳1か月)

 
 仕事から帰ってきて、しばらくたった頃、
ゆうきが、

 「足が痛い」

と言いだした。

 成長痛なんだろうか?時々足が痛いと言い
出すことがある。

 ゆうきのセリフは僕の耳にも聞こえたのだ
けど、春奈が僕のところに来て、

 「おねえちゃんの足いたい」

と、報告してくれた。

 おしい!

 「お姉ちゃんが足痛いって言うてる」か
「お姉ちゃんの足が痛いらしい」と言うべ
きなんだろうが。

 いや、でもまあ。

 もう一歩というところまで春奈の言葉も育っ
てきている、と考えるべきなんだろうな。

101 製鉄の人々の足跡

2013年02月18日 00時54分41秒 | 大国主の誕生
大国主の誕生101 ―製鉄の人々の足跡―


 『日本書紀』の伝えるサヒモチの神(鋤持神)は、『古事記』で
は別の形で語られます。
 『古事記』では、海にいるワタツミ大神(この神の子ホタカミが
安曇氏の始祖)を訪れた火遠理命(ホヲリノミコト)が陸に帰る時
に、一尋和邇(ひとひろわに)が、ホヲリを頭に乗せて、数日かか
るところを1日で陸まで送った、とあります。
 ホヲリはお礼に自分の紐小刀を一尋和邇の頭にかけてやり、海に
帰します。

 ゆえにその一尋和邇は今に佐比持神(サヒモチの神)という

と、『古事記』は記します。

 この一尋和邇はサメのことだと思われますが、サヒモチの神につ
いて、『古事記』では一尋和邇とし、『日本書紀』は神武天皇の兄
イナヒノミコトとしているのです。
 ただ、この両者に共通しているのは、ホノニニギの直系に対する
働きになるでしょうか。
 ホノニニギの直系がホヲリで、その子がウガヤフキアエズ。この
ウガヤフキアエズの直系が神武天皇なのです。
 『古事記』のサヒモチの神はホヲリに貢献し、『日本書紀』のサ
ヒモチの神は神武天皇に貢献します。

 また、『日本書紀』の異伝のひとつに、ホノニニギの子は、火明
尊(ホアカリノミコト)、火進尊(ホノススミノミコト)、火折尊
(ホオリノミコト)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)の4神
とするものがあります。
 ホノニニギの兄であるホアカリがここでは子になっています。
 それから、『古事記』には、ホヲリの別名が天津日高日子穂穂手見
命(アマツヒコヒコホホデミノミコト)とあり、ホヲリとヒコホホデ
ミが同神になっていますが、『日本書紀』の異伝では別の神になって
いるわけです。
 なにより、白髭神の子ともされるホノススミが、ここではアマテル
神であるホアカリの兄弟神となっていることには注目せざるをえませ
ん。
 ホノススミ(ホススミ)を白髭神の子とする伝承では、ホノススミ
の子がアメノミカゲ神になっているからです。


話しは変わりますが、丹波には川内多多奴比神社(かわちたたぬい神
社)が鎮座します。現在の京都府篠山市にこの神社はあります。
たたぬい、と言えば、『日本書紀』に、

彦狭知神(ヒコサチ神)を作楯者(たてぬい)とす。

と、いう一文があります。
 国譲りの際に、高天の原に従わなかったオオモノヌシに、タカミミ
ムスヒが娘のミホツヒメをその妻にし、さらにオオモノヌシの祭祀を
約束して帰順させる場面です。
 この時、オオモノヌシを祭祀する神として、ヒコサチ神が作楯者に
命じられるのですが、同時に作金者(かなだくみ)を命じられたのが
アメノマヒトツ神なのです。

 興味深いのは、川内多多奴比神社の近くに佐々婆神社(ささば神社)
があることです。
 佐々婆神社の祭神は、現在、ホアカリとホノニニギの父アメノオシ
ホミミですが、元は楽楽庭大明神(ささば大明神)といわれ、これは
天宇受売命(アメノウズメノミコト)のことだといわれています。
 と、言うのも、『古事記』の天の石屋戸の神話のところで、

天宇受売命、天香山の天の日影を手次(たすき)に懸けて、天の真析
をかずらとして、天香山の小竹葉(ささば)を手草に結って、天の石
屋戸の前で踊った。

と、あるからなのですが、鉱山の象徴とも言われる天香山の小竹葉
ささば)を用いた話が神社の丹波の佐々婆神社の由来とも言われてい
ることに注目したいと思います。

 佐々婆神社は、社伝によれば第7代孝霊天皇の創建だそうですが、
この天皇はオオキビツヒコとワカタケヒコキビツヒコの父でもありま
す。
 また、佐々婆は楽楽婆ともされますが、「楽楽福」と書いて「ささ
ふく」と読む神社が鳥取県にいくつも存在します。
 ざっと紹介しますと、
楽楽福神社(通称・東楽々福神社)、日南町宮内。祭神:孝霊天皇、
細姫命、福姫命、若建吉備津彦。
西楽楽福神社(西宮)、日野郡日南町宮内。祭神:孝霊天皇、細姫命、
大吉備津彦命、彦狭島命。
楽々福神社、日野郡日南町印賀。祭神:媛姫命(福姫命)。
楽々福神社、日野郡溝口町(現在は西伯郡伯耆町)宮原。祭神:孝霊
天皇、細比女命。
楽々福神社、西伯郡南部町。祭神:孝霊天皇。
楽々福神社、米子市安曇。祭神:孝霊天皇、細媛姫命、福姫命。

 また、島根県野義郡広瀬町石原にも佐々布久神社(ささふく神社)
があり、祭神はこれまた孝霊天皇です。

 しかも楽楽福神社では、「ささ」は砂鉄で、「ふく」は溶鉱炉への
送風をあらわしたものと伝えています。
 明らかに製鉄に関わる人々の足跡がここにあるのです。


・・・つづく