
児玉清さんが、その著書『寝ても覚めても本の虫』で、あまり取り上げなかった警察小説の雄、ジェフリー・ディーヴァーについて徹底的に語ります。とくに、リンカーン・ライムシリーズについて。
トム・クランシーやJ・グリシャム、フレデリック・フォーサイス、ネルソン・デミルなどの作品は大い楽しませてもらった。しかし、彼らは最盛期をすぎている。そんな状況の下で1997年、ジェフリー・ディーヴァーは、『ボーン・コレクター』を引っさげて登場した。今でも次々と新作を提供して、私たちを楽しませてくれている。彼の作品の中で最も魅力的なのは、なんといってもリンカーン・ライムシリーズである。科学捜査という新しい分野のミステリーに取り組み、かつジェットコースター・サスペンスと言われるほどプロットが次々と変転し、読むものを惹きつけてはなさない。
リンカーン・ライムはニョーヨーク市警の科学捜査部長であったが、捜査中の事故で脊椎を損傷し、四肢が麻痺。動くのは左の薬指一本のみ。かつてテレビドラマで「鬼警部アイアンサイド」というのがあったが、彼は銃弾をうけて下半身不随になり、車椅子で活躍するということで、人気を集めた。ライムの状態はそんな生易しいものではない。後遺症に悩み、いつ死に至るかも知れぬという不安と戦いながら事件の解決に当たるのである。
彼のことを述べるまえに、著者のジェフリー・ディーヴァーについて。児玉清は、実はパリの書店で、著者本人と遭遇している。
”その本が書棚に戻される瞬間、裏表紙に印刷された作家の写真の、異様なまでに鋭い眼光が僕を睨みつけた。1998年3月、パリの英語専門店でのことだ。ハードカバーのコーナーで面白そうな本を物色していた僕は、たったいま、隣の客が戻したばかりの本を棚から引き出した。するとそこには、火星人を思わせる異相の男性が、深い眼窩(がんか)の奥に知性あふれる目を炯々(けいけい)と光らせて佇んでいたのである”
リンカーン・ライムシリーズの作品を時系列的に列挙してみよう。
(ボーン・コレクター)シリーズ第1弾。事故で四肢麻痺となり、車椅子に縛り付けら れたままのライムが、赤毛の美女警官アメリア・サックスの助けを得て、稀代の連続殺 人鬼、ボーン・コレクターを追う。
(コフィン・ダンサー)武器密売裁判の裁判の重要参考人が航空機事故で死亡。NY市警は殺し屋”ダンサーのしわざと断定。ライムに追跡協力を依頼する。ダンサーは、二日後に行われる大陪審で、ある大物武器密売人に不利な証言をする証人を消すためのに動き出す。自在に容貌を変えるダンサーに狙われたら最後、絶対に生き延びることはできない。世界最高の犯罪学者リンカーン・ライムが彼を捕らえるのが先か、殺し屋が三人の証人を消すのが先か。
(エンプティ・チェア)連続女性誘拐犯は精神を病んだ”昆虫少年なのか。自ら逮捕した少年の無実を証明するためサックスは少年と逃走する。それを追うライム。師弟の頭脳対決はどうなるか?
(石の猿)沈没した密航船からニューヨークに逃げ込んだ中国からの不法難民。彼らを追う蛇頭”ゴースト”。正体も居場所も不明は殺人者を捕らえるべくライムが動き出す。中国人刑事ソニーの協力も得て、ライムはついにゴーストの残した微細証拠物件を発見する。
(イリュージョニスト、魔術師)封鎖された殺人事件の現場から、犯人が消えた。ライムとサックスは、イリュージョニスト見習いの女性に協力を依頼する。シリーズ最高のでんでん返しの連続!
(12番めのカード)単純な強姦未遂事件は、米国憲法成立の根底を揺るがす140年前の陰謀と結びついていた。現場に残されたパックから一枚のタロットカードが発見された。その意味とは? 『魔術師』で活躍した女性マジシャンもカーラも登場する。
(ウオッチ・メーカー)”ウオッチメイカー”と名乗る殺人者あらわる! 手口は残忍極まる、そしていずれの現場にも文字盤に月のマークがあるアンティーク時計が残されていた。やがて犯人が同じ時計を10個買っていたことが分かる。被害者候補は、あと十人いるのであ。訊問の天才、キャサリン・ダンスとともにライムは犯人を追う。しかし、あまりに緻密な犯罪計画。驚愕のミステリー。
(ソウル・コレクター)ライムのいとこ、アーサー・ライムが殺人容疑で逮捕された。アーサーは無実を主張し続けているが、現場からはアーサーの犯行を裏付ける物的証拠がいくつも発見される。ニューヨーク市警は真犯人に翻弄されるまま、無実の市民を誤認逮捕したのか?情報化社会の恐ろしさを描く。
(バーニングワイヤー)2010年、マンハッタンの電力網が襲われる。
まだ日本では邦訳がでていない新作が、2冊ある。
(The Kill Room)・・・・・2013年
(The Skin Collector)・・‥2014年5月発売予定
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これらの傑作群から、ぼくはさらに次の三作を選ぶ。『ボーン・コレクター』、『コフィン・ダンサー』そして『ウオッチメイカー』だ。さらにどうしても選べといわれればを、シリーズ第一作目の『ボーン・コレクター』を。この本について詳しくご紹介したい。もちろん、ネタバレにならないようにして。

(ボーン・コレクター)
ケネディ国際空港からタクシーに乗った出張帰りの男女が忽然と姿を消し、やがて生き埋めにされた男が見つかった。パトロール警官のアメリア・サックスは通報のあった場所へ、捜索に行く。アムトラックの列車が通過する線路の路傍で死体が土中に垂直に埋められていた。手だけが地上に突出し、薬指の肉はすっかり削ぎ落とさ、指の骨にはカクテルリングがはまっていた。サックスは走ってくる機関車を止め、その脇の6車線の道路も通行止めにして、現場を保存した。
リンカーン・ライムは、介護士トムの手伝いとケアを受けながら損傷した体と格闘していた。トムは毎日、関節可動領域の運動療法を施し、ライムの筋力には幾らかの弾性が戻ったし、拘縮も食い止められ血行は改善された。しかし、将来へののぞみがあるかどうかは、まだはっきりしていなし。襲い来る痛みに自殺を考えることもあった。
そんなライムだが世界最高の犯罪学者としての腕を見込んで、NY市長と市警からライムに事件解決に手をかしてくれるよう要請がきた。ライムは、現場捜査を重視していた。そして基盤捜査(グリッド捜査)を重視していた。ライムは初動捜査を行ったアメリア・サックスを呼び、次の現場捜査をに、自分の手足となって動くようにさせた。
”先入観を持たない現場鑑識が欲しいからだ”
ここからがストーリーの真骨頂だ。現場の様々な物件を発見し、分析し、同定して、そこから第二の犠牲者にたどり着く。しかし、次から次へと生贄を求めて、”骨”(ボーン)を収集するボーン・コレクターはどこに居るのか? 発作が起こり、激痛にうめくライム。脳内の血管が破裂しそうになり、死をも覚悟する。知り合ってまだ一日しかたっていないサックスとライムは、しばしプライベートな会話をする。そのうち時刻は午前3時を回る。音楽を聞こうと、サックスはクローゼットの扉を開ける。
”その途端サックスは、驚きに息をのんだ。そのクローゼットは小さな部屋のようになっていて、CDが千枚ほどもびっしりと並んでい サックスは埃をかぶった黒いハーマン・カードン社製高級ステレオに指を滑らせた。まもなくリーヴァイ・ ス タッブスとフォートップスのラブソングが流れはじめ、サックスはクローゼットを出ると長椅子に歩み寄った”
そう、二人の心が溶け始めた瞬間である。・・・こういうシーンもあちこちにあって、読んでいても楽しい。ユーモアとウイットに富んだ会話もある。
終章では、犯人ボーン・コレクターがサックスを襲い土中に埋める。またライムも彼の魔手にかかる・・・? いやあ、最後まで引きずり回されます!
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せっかくなので、このシリーズについて語った、故・児玉清さんの言葉をご紹介しておこう。それは、もう一つの最高傑作『ウオッチメイカー』の後書きにあることばである。
”このシリーズの面白さの秘密だが、その第一番目にあげたいのは、悪人、しかも冷酷無比な極悪人を描かせたら、この作家の右に出る者はないであろうと思える程の 毎回新たに登場する悪人たちの人物造形の見事さだ。世の中にはたしかに悪い奴がいる、と思っていても、いや感じていても、身の毛もよだつといった極悪人は普通の人間にはなかなか想像も及ばない。ところが、ディーヴァーの作品に登場する悪人たち、悪い奴は、いずれも遥かに常人の想像を超えた超のつく極悪人だ。しかも最悪なのは頭の切れも天才的であって、実に狡智にたけているので、容易にしっぽを捕まえさせない上に、冷酷で、目的達成のためや、単なる愉悦のために平気で人を殺す奴だから不気味でこわい。法の網の目を巧みにくぐり抜けて行くので、なかなか捕まえられない。”ボーン・コレクター””コフィン・ダンサー””魔術師”と名付けられた彼らがみんなそうだ。だから、読者は犯人の恐ろしさとおぞましさに心底震え、そのなかで犯人への怒りが、ふつふつと湧いてくる。こんな奴は早く成敗しなければ、と猛烈に憎み憤慨する。これが面白さを生む大事なファクターなのだ。・・・・”
連続殺人鬼ウオッチメイカーは、史上最強の敵かもしれないと、翻訳者の池田真紀子さんは言っている。作者のディーヴァーも、インタビューで新しい悪役を生み出す喜びを語り、中でも”ウオッチメイカー”は、マイ・フェイバリット・キャラクターだ答えている。”
そして児玉さんは、こうも言っている。”アメリカのリーガル・スリラーの雄、ジョン・グリシャムのミステリーの面白さをプロットの作りの妙と称えて「グリシャム・マジック」などと書いたことがあるが、ディーヴァーのプロット作りの巧妙さに較べれば小学生の技といえる”
いやいやこのシリーズは、繰り返し読んでも面白い。やめられませんなあ! そうそう、もう一つ気に入っているのは、作品の最後に、なにか明るい希望の光を示唆するようなことに、いつも触れているのである。ベッドから下りられなかったライムが、第2作では車椅子を器用に操って一階に新設された研究室を動きまわっている。アメリア・サックスとの関係も、微妙に進展する。いずれは脊椎損傷も、何らかの回復も見せるのではないかとの期待も抱かせる。とにかく少しは明るいラストシーンは好きだ。藤沢周平が『用心棒日月抄』でみせた佐知と又八郎の会話のように。
”「ふむ」と又八郎はうなった。唖然としてしばらく佐知を見詰めてから、くるりと背を向けた。風景はもとのままだったが、別離の重苦しさは足早にほぐれてゆき、四囲がにわかに明るく見えてきた。不意に又八郎は哄笑した。晴れ晴れと笑った。年老いて、尼寺に茶を飲みに通う自分の姿なども、ちらと胸をかすめたようである。背後で佐知もついにつつましい笑い声を立てるのが聞こえた”
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(児玉清の知らない世界)
A・J・クイネルの小説をどういうジャンルと分類するのかは、知らないが、元傭兵のクリーシーが活躍する冒険小説は、最高に面白く、読んでいて燃えてくるものを感ずる。そして、この作家の本のことを教えてくれたのが、最近亡くなられた仏教学者の紀野一義さん、というところがまた奇縁というべきか。いずれ、彼の世界を、日をあらためてご紹介したいと思っている。
トム・クランシーやJ・グリシャム、フレデリック・フォーサイス、ネルソン・デミルなどの作品は大い楽しませてもらった。しかし、彼らは最盛期をすぎている。そんな状況の下で1997年、ジェフリー・ディーヴァーは、『ボーン・コレクター』を引っさげて登場した。今でも次々と新作を提供して、私たちを楽しませてくれている。彼の作品の中で最も魅力的なのは、なんといってもリンカーン・ライムシリーズである。科学捜査という新しい分野のミステリーに取り組み、かつジェットコースター・サスペンスと言われるほどプロットが次々と変転し、読むものを惹きつけてはなさない。
リンカーン・ライムはニョーヨーク市警の科学捜査部長であったが、捜査中の事故で脊椎を損傷し、四肢が麻痺。動くのは左の薬指一本のみ。かつてテレビドラマで「鬼警部アイアンサイド」というのがあったが、彼は銃弾をうけて下半身不随になり、車椅子で活躍するということで、人気を集めた。ライムの状態はそんな生易しいものではない。後遺症に悩み、いつ死に至るかも知れぬという不安と戦いながら事件の解決に当たるのである。
彼のことを述べるまえに、著者のジェフリー・ディーヴァーについて。児玉清は、実はパリの書店で、著者本人と遭遇している。

”その本が書棚に戻される瞬間、裏表紙に印刷された作家の写真の、異様なまでに鋭い眼光が僕を睨みつけた。1998年3月、パリの英語専門店でのことだ。ハードカバーのコーナーで面白そうな本を物色していた僕は、たったいま、隣の客が戻したばかりの本を棚から引き出した。するとそこには、火星人を思わせる異相の男性が、深い眼窩(がんか)の奥に知性あふれる目を炯々(けいけい)と光らせて佇んでいたのである”
リンカーン・ライムシリーズの作品を時系列的に列挙してみよう。
(ボーン・コレクター)シリーズ第1弾。事故で四肢麻痺となり、車椅子に縛り付けら れたままのライムが、赤毛の美女警官アメリア・サックスの助けを得て、稀代の連続殺 人鬼、ボーン・コレクターを追う。
(コフィン・ダンサー)武器密売裁判の裁判の重要参考人が航空機事故で死亡。NY市警は殺し屋”ダンサーのしわざと断定。ライムに追跡協力を依頼する。ダンサーは、二日後に行われる大陪審で、ある大物武器密売人に不利な証言をする証人を消すためのに動き出す。自在に容貌を変えるダンサーに狙われたら最後、絶対に生き延びることはできない。世界最高の犯罪学者リンカーン・ライムが彼を捕らえるのが先か、殺し屋が三人の証人を消すのが先か。
(エンプティ・チェア)連続女性誘拐犯は精神を病んだ”昆虫少年なのか。自ら逮捕した少年の無実を証明するためサックスは少年と逃走する。それを追うライム。師弟の頭脳対決はどうなるか?
(石の猿)沈没した密航船からニューヨークに逃げ込んだ中国からの不法難民。彼らを追う蛇頭”ゴースト”。正体も居場所も不明は殺人者を捕らえるべくライムが動き出す。中国人刑事ソニーの協力も得て、ライムはついにゴーストの残した微細証拠物件を発見する。
(イリュージョニスト、魔術師)封鎖された殺人事件の現場から、犯人が消えた。ライムとサックスは、イリュージョニスト見習いの女性に協力を依頼する。シリーズ最高のでんでん返しの連続!
(12番めのカード)単純な強姦未遂事件は、米国憲法成立の根底を揺るがす140年前の陰謀と結びついていた。現場に残されたパックから一枚のタロットカードが発見された。その意味とは? 『魔術師』で活躍した女性マジシャンもカーラも登場する。
(ウオッチ・メーカー)”ウオッチメイカー”と名乗る殺人者あらわる! 手口は残忍極まる、そしていずれの現場にも文字盤に月のマークがあるアンティーク時計が残されていた。やがて犯人が同じ時計を10個買っていたことが分かる。被害者候補は、あと十人いるのであ。訊問の天才、キャサリン・ダンスとともにライムは犯人を追う。しかし、あまりに緻密な犯罪計画。驚愕のミステリー。
(ソウル・コレクター)ライムのいとこ、アーサー・ライムが殺人容疑で逮捕された。アーサーは無実を主張し続けているが、現場からはアーサーの犯行を裏付ける物的証拠がいくつも発見される。ニューヨーク市警は真犯人に翻弄されるまま、無実の市民を誤認逮捕したのか?情報化社会の恐ろしさを描く。
(バーニングワイヤー)2010年、マンハッタンの電力網が襲われる。
まだ日本では邦訳がでていない新作が、2冊ある。
(The Kill Room)・・・・・2013年
(The Skin Collector)・・‥2014年5月発売予定
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これらの傑作群から、ぼくはさらに次の三作を選ぶ。『ボーン・コレクター』、『コフィン・ダンサー』そして『ウオッチメイカー』だ。さらにどうしても選べといわれればを、シリーズ第一作目の『ボーン・コレクター』を。この本について詳しくご紹介したい。もちろん、ネタバレにならないようにして。

(ボーン・コレクター)
ケネディ国際空港からタクシーに乗った出張帰りの男女が忽然と姿を消し、やがて生き埋めにされた男が見つかった。パトロール警官のアメリア・サックスは通報のあった場所へ、捜索に行く。アムトラックの列車が通過する線路の路傍で死体が土中に垂直に埋められていた。手だけが地上に突出し、薬指の肉はすっかり削ぎ落とさ、指の骨にはカクテルリングがはまっていた。サックスは走ってくる機関車を止め、その脇の6車線の道路も通行止めにして、現場を保存した。
リンカーン・ライムは、介護士トムの手伝いとケアを受けながら損傷した体と格闘していた。トムは毎日、関節可動領域の運動療法を施し、ライムの筋力には幾らかの弾性が戻ったし、拘縮も食い止められ血行は改善された。しかし、将来へののぞみがあるかどうかは、まだはっきりしていなし。襲い来る痛みに自殺を考えることもあった。
そんなライムだが世界最高の犯罪学者としての腕を見込んで、NY市長と市警からライムに事件解決に手をかしてくれるよう要請がきた。ライムは、現場捜査を重視していた。そして基盤捜査(グリッド捜査)を重視していた。ライムは初動捜査を行ったアメリア・サックスを呼び、次の現場捜査をに、自分の手足となって動くようにさせた。
”先入観を持たない現場鑑識が欲しいからだ”
ここからがストーリーの真骨頂だ。現場の様々な物件を発見し、分析し、同定して、そこから第二の犠牲者にたどり着く。しかし、次から次へと生贄を求めて、”骨”(ボーン)を収集するボーン・コレクターはどこに居るのか? 発作が起こり、激痛にうめくライム。脳内の血管が破裂しそうになり、死をも覚悟する。知り合ってまだ一日しかたっていないサックスとライムは、しばしプライベートな会話をする。そのうち時刻は午前3時を回る。音楽を聞こうと、サックスはクローゼットの扉を開ける。
”その途端サックスは、驚きに息をのんだ。そのクローゼットは小さな部屋のようになっていて、CDが千枚ほどもびっしりと並んでい サックスは埃をかぶった黒いハーマン・カードン社製高級ステレオに指を滑らせた。まもなくリーヴァイ・ ス タッブスとフォートップスのラブソングが流れはじめ、サックスはクローゼットを出ると長椅子に歩み寄った”
そう、二人の心が溶け始めた瞬間である。・・・こういうシーンもあちこちにあって、読んでいても楽しい。ユーモアとウイットに富んだ会話もある。
終章では、犯人ボーン・コレクターがサックスを襲い土中に埋める。またライムも彼の魔手にかかる・・・? いやあ、最後まで引きずり回されます!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
せっかくなので、このシリーズについて語った、故・児玉清さんの言葉をご紹介しておこう。それは、もう一つの最高傑作『ウオッチメイカー』の後書きにあることばである。
”このシリーズの面白さの秘密だが、その第一番目にあげたいのは、悪人、しかも冷酷無比な極悪人を描かせたら、この作家の右に出る者はないであろうと思える程の 毎回新たに登場する悪人たちの人物造形の見事さだ。世の中にはたしかに悪い奴がいる、と思っていても、いや感じていても、身の毛もよだつといった極悪人は普通の人間にはなかなか想像も及ばない。ところが、ディーヴァーの作品に登場する悪人たち、悪い奴は、いずれも遥かに常人の想像を超えた超のつく極悪人だ。しかも最悪なのは頭の切れも天才的であって、実に狡智にたけているので、容易にしっぽを捕まえさせない上に、冷酷で、目的達成のためや、単なる愉悦のために平気で人を殺す奴だから不気味でこわい。法の網の目を巧みにくぐり抜けて行くので、なかなか捕まえられない。”ボーン・コレクター””コフィン・ダンサー””魔術師”と名付けられた彼らがみんなそうだ。だから、読者は犯人の恐ろしさとおぞましさに心底震え、そのなかで犯人への怒りが、ふつふつと湧いてくる。こんな奴は早く成敗しなければ、と猛烈に憎み憤慨する。これが面白さを生む大事なファクターなのだ。・・・・”
連続殺人鬼ウオッチメイカーは、史上最強の敵かもしれないと、翻訳者の池田真紀子さんは言っている。作者のディーヴァーも、インタビューで新しい悪役を生み出す喜びを語り、中でも”ウオッチメイカー”は、マイ・フェイバリット・キャラクターだ答えている。”
そして児玉さんは、こうも言っている。”アメリカのリーガル・スリラーの雄、ジョン・グリシャムのミステリーの面白さをプロットの作りの妙と称えて「グリシャム・マジック」などと書いたことがあるが、ディーヴァーのプロット作りの巧妙さに較べれば小学生の技といえる”
いやいやこのシリーズは、繰り返し読んでも面白い。やめられませんなあ! そうそう、もう一つ気に入っているのは、作品の最後に、なにか明るい希望の光を示唆するようなことに、いつも触れているのである。ベッドから下りられなかったライムが、第2作では車椅子を器用に操って一階に新設された研究室を動きまわっている。アメリア・サックスとの関係も、微妙に進展する。いずれは脊椎損傷も、何らかの回復も見せるのではないかとの期待も抱かせる。とにかく少しは明るいラストシーンは好きだ。藤沢周平が『用心棒日月抄』でみせた佐知と又八郎の会話のように。
”「ふむ」と又八郎はうなった。唖然としてしばらく佐知を見詰めてから、くるりと背を向けた。風景はもとのままだったが、別離の重苦しさは足早にほぐれてゆき、四囲がにわかに明るく見えてきた。不意に又八郎は哄笑した。晴れ晴れと笑った。年老いて、尼寺に茶を飲みに通う自分の姿なども、ちらと胸をかすめたようである。背後で佐知もついにつつましい笑い声を立てるのが聞こえた”
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(児玉清の知らない世界)
A・J・クイネルの小説をどういうジャンルと分類するのかは、知らないが、元傭兵のクリーシーが活躍する冒険小説は、最高に面白く、読んでいて燃えてくるものを感ずる。そして、この作家の本のことを教えてくれたのが、最近亡くなられた仏教学者の紀野一義さん、というところがまた奇縁というべきか。いずれ、彼の世界を、日をあらためてご紹介したいと思っている。
早速のぞいていただき、ありがとうございます。「ボーン・コレクター」という題は、翻訳者の手になるものですが、骨の蒐集者ですから、気になりましょうか。でも興味津々ですよ!「ウオッチメイカー」は、相当切れるやつが犯人、ある意味こちらのほうが、読むものをして振り回すので、面白いかも。いずれも、上下です。それからですね、文末で触れたA.J.クイネルの本は、推理モノではありませんが、クリーシーの活躍にすかっとします。第一作の『燃える男』(集英社文庫)をお持ちになり、気分転換されるのもよいかと思います。NY行き、迫ってきましたね。レストランのおおすすめは、別途メールします。