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(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書/映画/エッセイ  ラストシーン~別れのきめぜりふ

2013-04-28 | 時評
読書/映画 ラストシーン~別れの決めぜりふ

 映画<ザ・ロック>のラストシーンは。本当によかったですね。何度も繰り返し見ました。アルカトラス島でテロリストたちを倒したメイソン(ショーンコネリー)とグッド・スピード(ニコラス・ケイジ)が、いよいよ別れることになります。そのシーンで、メイソンは言うのです。


 ”旅をすることになったら、フォート・ウオルトン、カンザスシティをすすめるよ”

 ”マウイ島へ行くことを考えているんだが?”

 ”いやフォート・ウオルトンがいい”、

 と言ってスタンレーは、紙切れをグッド・スピードに渡します。それには、「フォート・ウォルトン、カンザス。セントマイケルズ教会、最前列の椅子の右の脚・・・・」と記されていました。

 その言葉にしたがって、セント・マイケルズ教会へ行ったグッドスピードは そこで国家機密の詰まったマイクロフィルムを見つけます。恋人の運転する車で教会を離れるグッド・スピードは言うのです。”ケネディ暗殺の秘密を 知りたいかい・・・・”。

幸いYouTubeに、このラストシーンが記録されています。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 今度は俊寛のお話です。時は平安時代。平氏の天下の時です。俊寛僧都は、後白河法皇の側近ですが、平氏打倒の陰謀に加担したとして、鬼界ヶ島に流されます。そこで流された成親、康頼、俊寛の三人は絶望に日々を送るのです。そのうち二人は赦免になり許されて都へ帰るのですが、俊寛のみは密議の張本人とみなされ、島に一人取り残されます。悲嘆に暮れた俊寛は、やがて自害してはてます。芥川龍之介の『俊寛』は、ほぼその史実に忠実なストーリーとなっています。

 しかし、その十年近く後に発表された菊池寛の『俊寛」では、新しいストーリーというかラストシーンを用意したのです。前向きに生きる人間を描く、むしろハッピー・エンディングです。(これは「青空文庫で電子版で読めます)どんなストーリー展開か見てみましょう。

 赦免の使者が成経と康頼を連れ帰った後で、地獄の日々を送る俊寛は、目の前の海に身を投げることを考えるのです。しかし、菊池寛の『俊寛』はそこからが違うのです。生に対し、前向きな感情が湧いてきます。巧みな描写です


 ”ふと、そこに、大きい岩を背後うしろにして、この島には珍しい椰子やしの木が、十本ばかり生えているのを見た。そしてその椰子に覆われた鳶色とびいろの岩から、一条の水が銀の糸のように滴したたって、それが椰子の根元で、小さい泉になっているのを見た。水は、浅いながらに澄み切って、沈んでいる木の葉さえ、一々に数えられた。渇し切っている俊寛は、犬のようにつくばって、その冷たい水を思い切りがぶがぶ飲んだ。それが、なんという快さであっただろう。それは、彼が鹿ヶ谷の山荘で飲んだいかなる美酒にも勝まさっていた。彼が、その清冽せいれつな水を味わっている間は、清盛に対する怨みも、島にただ一人残された悲しみも、忘れ果てたようにすがすがしい気持だった。彼は、蘇よみがえったような気持になって立ち上った。そして、椰子の梢を見上げた。すると、梢に大きい実が二つばかり生なっているのを見た。俊寛は、疲労を忘れて、猿のようによじ登った。それを叩き落すと、そばの岩で打ち砕き、思うさま貪むさぼり食った。

 彼は、生れて以来、これほどのありがたさと、これほどのうまさとで、飲食したことはなかった。彼は椰子の実の汁を吸っていると、自分の今までの生活が夢のように淡く薄れていくのを感じた。清盛、平家の一門、丹波少将たんばのしょうしょう、平判官たいらのはんがん、丹左衛門尉たんさえもんのじょう、そんな名前や、そんな名前に対する自分の感情が、この口の中のすべてを、否、心の中のすべてを溶かしてしまうような木の実の味に比べて、まったく空虚なつまらないもののような気がしはじめた。

 俊寛は、口の中に残る快い感覚を楽しみながら、泉のほとりの青草の上に寝た。そして、過去の自分の生活のいろいろな相そうを、心の中に思い出してみた。都におけるいろいろな暗闘、陥擠かんせい、戦争、権勢の争奪、それからくる嫉妬、反感、憎悪。そういう感情の動くままに、狂奔していた自分のあさましさが、しみじみ分かったような気がした。船を追って狂奔した昨日の自分までが、餓鬼のようにあさましい気がした。煩悩を起す種のないこの絶海の孤島こそ、自分にとって唯一の浄土ではあるまいか。”

 そして俊寛は魚を採り、弓を作って鳥を獲った。畑も耕した。自分が拓いた土地に種が生えるのをみて、「人間の喜びの中で一番素晴らしいものだと悟った」のです。やがて俊寛は、土着の少女と出会います。俊寛は、少女が愛おしくなり、少女も好意を持つようになり、やがて俊寛の従順な妻となるのです。子供もできる。そして次には女の子が、その二年後には男の子が生まれます。

 そうしていよいよエンディングです。故主の俊寛を訪ねて有王が鬼界ヶ島にやってきます。俊寛を探し求めた有王は、人里を遠く離れた海岸で人の声を聞きます。それは大和言葉でした。

 ”「俊寛僧都そうずどのには、ましまさずや」
そう叫ぶと、飛鳥のように俊寛の手元に飛び縋すがった。その男は、大きく頷いた。そして、その日に焼けて赤銅しゃくどうのように光っている頬を、大粒の涙がほろほろと流れ落ちた。二人は涙のうちに、しばらくは言葉がなかった。
「あなあさましや。などかくは変らせたまうぞ。法勝寺の執行しぎょうとして時めきたまいし君の、かくも変らせたまうものか」
 有王は、そう叫びながら、さめざめと泣き伏した。が、最初邂逅かいこうの涙は一緒に流したが、しかしその次の詠嘆には、俊寛は一致しなかった。俊寛は逞しい腕を組みながら、泣き沈む有王の姿を不思議そうに見ていた。

 彼は、有王が泣き止むのを待って、有王の右の手を掴つかんで、妻をさしまねくと、有王をぐんぐん引張りながら、自分の小屋へ連れて帰った。有王は、その小屋で、主しゅに生き写しの二人の男の子と三人の女の子を見た。俊寛は、長男の頭を擦さすりながら、これが徳寿丸とくじゅまるであるといって、有王に引き合せた。その顔には、父らしい嬉しさが、隠し切れない微笑となって浮んだ。
 が、有王はすべてをあさましいと考えた。村上天皇の第七子具平親王六世皇孫である俊寛が、南蛮の女と契ちぎるなどは、何事であろうと考えた。彼は、主あるじが流人になったため、心までが畜生道に陥ちたのではないかと嘆き悲しんだ。
 彼は、その夜、夜を徹して俊寛に帰洛を勧めた。平家に対する謀反の第一番であるだけに、鎌倉にある右府殿が、僧都の御身の上を決して疎そかには思うまいといった。
 俊寛は、平家一門が、滅んだと聞いた時には、さすがに会心の微笑えみをもらし、妻の松の前や鶴の前が身まかったということをきいたときには、涙を流したが、帰洛の勧めには、最初から首を横に振った。有王が、涙を流しての勧説かんぜいも、どうすることもできなかった。
 夜が明けると、それは有王の船が、出帆の日であった。有王は、主の心に物怪もののけが憑ついたものとして、帰洛の勧めを思い切るよりほかはなかった。俊寛は、妻と五人の子供とを連れながら、船着場まで見送りに来た。
そこで、形見にせよといって、俊寛が自分で刻んだ木像をくれた。それは、俊寛が、彼自信の妻の像を刻んだものだった。俊寛の帰洛を妨げるものは彼の妻子であると思うと、有王はその木像までが忌いまわしいものに思われたが、主の贈物をむげにしりぞけるわけにもいかないので、船に乗ってから捨てるつもりで、何気なくそれを受取った。

 別れるとき、俊寛は、
「都に帰ったら、俊寛は治承三年に島で果てたという風聞を決して打ち消さないようにしてくれ。島に生き永らえているようなことを、決していわないようにしてくれ。松の前が、鶴の前が生き永らえていたらまた思うようもあるが、今はただひたぶるに、俊寛を死んだものと世の人に思わすようにしてくれ」
 そんな意味をいった。その大和言葉が、かなり訛なまりが激しいので、有王は言葉通りには覚えていられなかった。有王の船が出ると、俊寛及びその妻子は、しばらく海辺に立って見送っていたが、やがて皆は揃って、彼らの小屋の方へ歩き始めた。五人の子供たちが、父母を中に挟んで、嬉々として戯むれながら帰って行く一行を、船の上から見ていた有王は、最初はそれを獣か何かの一群ひとむれのようにあさましいと思っていたが、そのうちになんとも知れない熱い涙が、自分の頬を伝っているのに気がついた。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 いかがですか? このエンディングは。私は大好きです。人生肯定の歌、人間肯定の歌をを聞くのが好きな人間ですから。

 ではもう一つ、楽しいエンディングを用意した短編をご紹介しましょう。それは芥川龍之介の『杜子春』です。芥川龍之介は、短編の名手です。文藝春秋社主であった菊池寛は、彼の早すぎる死去を悼んで、芥川の名を冠した文学新人賞を設けました。

 『杜子春』のイントロはいいですね。

 ”春の日暮です。
 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでゐる、一人の若者がありました。若者は名は杜子春(とししゆん)といつて、元は金持の息子でしたが、今は財産を費つかひ尽つくして、その日の暮しにも困る位、憐れな身分になつているのです。

 杜子春は門のところで片目の老人と出会います。そして、俺がひとつ好いことを教えてやろう、というのです。

 ”老人は暫しばらく何事か考へているようでしたが、やがて、往来にさしている夕日の光を指さしながら、
「ではおれが好いことを一つ教へてやらう。今この夕日の中に立つて、お前の影が地に映つたら、その頭に当る所を夜中に掘つて見るが好い。きつと車に一ぱいの黄金が埋まつてゐる筈だから。」

 その黄金を掘り起こした杜子春は大金持ちになりました。毎晩才人、美女をあつめては飲めや唱えの大騒ぎです。しかしいつまでもそんなことがつづくわけはありません、三年立つうちに、杜子春は一文無しになっていました。

 今一度、片目の老人(じつは仙人)にすがった杜子春は、またもや黄金を掘り当て大金持ちに。そして3年後には一文無しになります。今度は、杜子春は老人に「贅沢には飽きました。あなたの弟子にしてください。仙術修行をしたいのです」と頼みます。そうして仙人に連れて行かれ、峨眉山(がびさん)に放り出された杜子春は、魔性にいたずらを仕掛けられ、挙句の果ては神将に矛で突き殺されてしまいます。

 杜子春の身体から魂が抜け出し、地獄まで降りていってしまいます。そこではさんざんな責め苦に会います。しかし、仙人から「一言でも口をきいたら仙人にはなれない』と言われている杜子春は何も喋りません。手をやいた閻魔大王は、杜子春の父母を連れてきて、馬にされた父母を鉄の鞭で打ちのめすのです。二匹の馬となった父母は、杜子春にいいます。

 ”心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ幸せになれるのならそれより結構なことはないのだから、大王がな何とおっしゃっても言いたくないことは黙っておいで”

 杜子春はそれを聞いて、老人の戒めを忘れ、思わず「お母さん」と一言叫んでしまったのです。

 そして感動的なラストシーンです。

 ”その声に気がついて見ると、杜子春はやはり夕日を浴びて、洛陽の西の門の下に、ぼんやり佇んでいるのでした。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波、――すべてがまだ峨眉山へ、行かない前と同じことです。
「どうだな。おれの弟子になつた所が、とても仙人にはなれはすまい。」
片目眇の老人は微笑を含みながら言ひました。
「なれません。なれませんが、しかし私はなれなかつたことも、かへつて嬉しい気がするのです。」
 杜子春はまだ眼に涙を浮べたまま、思はず老人の手を握りました。
「いくら仙人になれた所が、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けてゐる父母を見ては、黙つてゐる訳には行きません。」
「もしお前が黙つてゐたら――」と鉄冠子は急におごそかな顔になつて、ぢつと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙つてゐたら、おれは即座にお前の命を絶つてしまおうと思つてゐたのだ。――お前はもう仙人になりたいといふ望も持つていまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になつたら好いと思ふな。」
「何になつても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」
 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子がこもつていました。
「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には会わないから。」

 鉄冠子はかう言ふ内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、
「おお、幸い、今思ひ出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持つている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行つて住まふが好い。今頃は丁度家のまはりに、桃の花が一面に咲いてゐるだらう。」と、さも愉快さうにつけ加へました。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この桃の花というところがいいですね。それは桃源郷を指しているのです。
 余談ですが、私の好きなサスペンス作家のジェフリー・ディーヴァーもこんな事を言っています。”毎回、私の本を手にとってくれる読者のために小説の最後で、かすかなことでも光や希望とつながることを書きたい・・”


 如何でした。お楽しみいただけたでしょうか? 長文をお読み頂き、ありがとうございました。



コメント (4)    この記事についてブログを書く
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4 コメント

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「エンディング」について。 (田中幸光)
2013-04-30 09:45:35
なるほどと思います。名作のエンディングは、いいものですね。もう一度「杜子春」を読んでみたくなります。
ありがとうございます。
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感想 (龍峰)
2013-05-02 11:46:42
ゆらぎさん

色々な映画や小説などのendingを大変興味を持って読みました。映画にかぎらず、小説も落語もはたまた人生も終わりが大事であり、決めて終わりたいものとつくづく思いますね。
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名作のエンディング (ゆらぎ)
2013-05-03 19:15:10
田中幸光様
 お読みいただきありがとうございました。連休ぼけでお礼が遅くなりました。ご容赦ください。
モームを読み尽くされている田中様が、おっしゃられたので、あらためてモームの「人間の絆」の最終章を読み返してみました。流石に、タペストリーにちなんで人生を語る、というエンディングは、やはり味わいがあります。
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バケット・リスト (ゆらぎ)
2013-05-03 19:18:11
龍峰様
 わざわざのお立ち寄り、感謝です。イタリアからですか? 感激です。人生のエンディングは大事ですね。れいのバケットリストをつくって、お互いに披露しあいましょうか?
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