梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

教師は無駄に忙しい①

2015-07-05 06:18:22 | 日記
 部活の話がこんなに長くなるとは思いませんでした。本日は宿題となっていた、Kさんからのご質問に対する私なりの見解を書かせていただきます。

   はっきり言って、教育現場→教員同士の関係は、昔と比べて「荒れている」と思います。「無駄に」仕事熱心であることを強いられ、教育本来の責務がどこかに吹っ飛んでしまいがちです。ではなーんにもしてなさそうな教師がうじゃうじゃいた昔と比べて、目に見えた成果が上がっているかと言うとそんなことはなかったから不思議です。

   この原因は、マクロ的にはバブルの崩壊だったのではないでしょうか。私が教員になったころは日本は驚異的な経済成長を遂げる途上にあり、国全体が急速に豊かになっていった時期だったので、教員の待遇も目に見えて改善されて行きました。典型的な貧乏人の息子だった私は、こんなに給料や手当が貰えるなんて夢のようだと思っていました。そんな時代、何もしなくても結構な給料がもらえ、しかも年々うなぎ上りに増えていく給料を前に、教師達はとても悠長な暮らしをしていたと思います。

   バブル崩壊と軌を一にして、教員にとっての氷河期ともいえるものが訪れました。教師に対する放任がなくなり、待遇を悪化させ、思想的にも締め付けるという方向に方針転換されたのです。

   それは、長年馴染まれて来た「教頭」を「副校長」と改名することから始まりました。教頭では教員の頭みたいでよろしくないから、校長の下請けだよ、と、縦系列の関係を強調し始めたのです。

   次に行われたのが、それまで横一線であった教員の中に上下関係を設けるという、教師集団の離間策でした。①校長・②副校長・③主幹教諭・④主任教諭・⑤平教諭という、五段階の階級が導入され、それまで教員全体に年功序列的に配分されていた給与に差が付けられることになりました。しかしパイは一つしかありません。平教諭からはく奪した金額を転用して、称号を持った教員に配るという方向に転換したのです。

   問題は、③と④になるには、①と②にアピールするような存在になった上で、試験を受け、これに合格しないと学年主任等の職務に当たれなくなってしまったことです。以前は教員同士で相談し、たとえば新学年を受け持つことになった教員たちが自分たちで学年主任を選び、自主的に運営していく形だったのですが、現在主任は天から降りて来るかのように、③・④のなかから校長が指名してしまいます。私のように平教諭で学年主任になるなど、通常はあり得ません。

   では校長が指名した主任が本当に有能であるかというと、事実はその逆であることが多いのです。実際、「あいつさえいなければ万事スムーズにいくのに。」とか、「あいつのせいで面倒なことばかり起こる。」と陰口をたたかれるような場合が多いのです。これは、③・④は抜擢されてなるのではなく、「させたい人よりなりたい人」という人事だからです。③・④になると、上意下達の下請け機関として機能しなければならなくなるので、有能であってもそれを嫌って③・④を目指さない人たちも多いのが現状です。かくして、あまり見識のない③・④が、もっと見識のある平教師たちを率いて運営していくような、歪んだ形が出来上がってしまいました。

   ③・④になると、平ではないので、それにふさわしい「実績」を挙げなければなりません。前年度と同じことをやっていたのでは実績にはなりません。平穏に現状維持を図ったのでは評価されないのです。彼らは次々と新企画を考え出そうとします。しかしそれまで存在していた何かを廃止して新しいものを導入するという訳ではないので、現場は常に屋上屋を重ね続けるという状態が続きます。

   これが教師の仕事が年々忙しくなる理由の一つです。