第07週 責任論の基礎と故意(2)
(1)具体的事実の錯誤
具体的事実の錯誤
同一の構成要件の枠内の錯誤(方法の錯誤を想定して考える)
XはAを殺そうとして、Bを殺した
問題 錯誤は実際に発生した事実(B殺害)に対する故意を阻却するか?
解答 法定的符合説または構成要件的符合説(通説・判例)→阻却しない
Xは、Aを殺害しようとして、隣にいたBを殺害した(方法の錯誤)。A殺害を意図して、B殺害を実現した。Aを狙ったが、弾丸はBに命中したという点では錯誤があるが、A殺害という認識された事実とB殺害という実際に生じた事実は、殺人罪という同じ構成要件の範囲内で符合・一致しているので、B殺害の故意が認められる。
(2)抽象的事実の錯誤
1抽象的事実の錯誤
異なる構成要件にまたがる錯誤(客体の錯誤を想定して考える)
XはAを殺害しようとして、マネキン人形Bを損壊した(殺人を行なおうとして、器物損壊を行なった)
Xはうるさく吠える犬Bを撃とうとして、その飼主のAを撃ち殺した(器物損壊のつもりが、殺人を実行)
問題 錯誤は実際に発生した事実(B損壊・A殺害)に対する故意を阻却するか?
解答 法定的符合説
A殺害またはB損壊という認識された事実とB損壊・A殺害という実際に生じた事実
構成要件の符合・一致・重なり合いは、あるか?→ない→故意は阻却される
2構成要件の符合
ただし、犯罪によっては、構成要件の大小や軽重の関係から、大が小を、重が軽を包摂する場合がある
・重い犯罪を行なおうとして、それより軽い他の犯罪を行なった場合
XはAを殺害した。AがXに殺害されることを承諾していた。 主観:殺人 客観:同意殺人
Xは実子Aを遺棄した。AがXの実子ではなかった。 主:保護責任者遺棄 客:単純遺棄
XはAの自転車を持ち帰った。それはAが自転車を処分した後であった。主:窃盗 客:占有離脱物横領
Xは会社の金を横領した。その金は社長Bの私物であっ。 主:業務上横領 客:単純横領
→主観的に意図された重い罪の構成要件のなかに、客観的に実現された軽い罪の構成要件が包摂されている
法定的符合説→客観的に行なわれた軽い罪の故意が成立する
・犯罪を行なおうとして、それより重い他の犯罪を行なった
客観的に行なわれた重い罪の故意が成立するか?
刑法38条2項 重い罪で処断できない(重い罪の故意は認められないから)
では、軽い罪の故意ならば認められるのか? 条文は、その問題について明示していない。
→法定的符合説に基づいて解釈によって解決する
XはAを殺害した。XはAが殺害を承諾していたと勘違いしていた。 主観:同意殺人 客観:殺人
XはAを遺棄した。XはAが自分の子であるとは知らなかった。 主:単純遺棄 客:保護責任者遺棄
Xは放置自転車を持ち帰った。それはAが一時駐輪したものであった。 主:占有離脱物横領 客:窃盗
Xは会社の金を横領した。Xはその金が社長Bの私物だと認識していた。主:単純横領 客:業務上横領
→主観的に意図された軽い罪の構成要件が、客観的に実現された重い罪の構成要件に重なっている
重なっている軽い罪の故意が成立する
・構成要件の符合の判断方法
行為態様の共通性+保護法益の同質性
Xは麻薬を輸入したが、覚せい剤だと誤認していた。 主:覚せい剤輸入 客:麻薬輸入(法定刑同じ)
行為態様:輸入 + 保護法益:国民の健康 公衆衛生
麻薬(ヘロイン)輸入罪の構成要件の重なり合いが認められる→麻薬輸入罪の成立
Yは覚せい剤を所持。麻薬と誤認した。主:麻薬所持(懲役7年以下) 客:覚せい剤所持(懲役10年以下)
行為態様:所持 + 保護法益:国民の健康 公衆衛生
軽い麻薬(コカイン)輸入罪の構成要件の重なり合いが認められる→麻薬所持罪の成立
批判説→麻薬と覚せい剤は異なる法律で規制された異質な客体であり、構成要件の重なり合いは認められない
とくに、Yの事案に関して、麻薬輸入・所持罪と覚せい剤輸入・所持罪を抽象化して「違法薬物輸入・所持罪」という法律にはない構成要件を創り出して、その重なり合いを理由に、軽い罪である麻薬所持罪を認めるのは問題である。Yは麻薬所持の未遂と過失の覚せい剤の所持であって、麻薬所持の既遂の成立を認めるのは問題。
(3)規範的構成要件要素の錯誤
1構成要件要素
条文において、その意味が誰にも理解できる事実が記述された構成要件要素 例:人、身体
条文に記述されているが、一定の知識がなければ、その意味が理解できない構成要件要素 例:わいせつ文書
2規範的構成要件要素とその錯誤
わいせつ文書頒布罪における「わいせつ文書」の錯誤
Xは「性的な描写を内容とする翻訳書」を販売した→「わいせつ文書」の販売・頒布の認識あり?
公務執行妨害罪における公務員の職務の「適法性」の錯誤
Xは私服刑事Yが身柄を押さえようとしたので、抵抗した→「公務員の適法な職務」の妨害の認識あり?
封印破棄罪における差押えの効力(有効性)の錯誤
X弁済ば終了したので、差押えの封印を破棄した→「有効な封印」を破棄した認識あり?
行政法における禁止事実の錯誤(保護獣の不知、駐車禁止区域の不知)
Xはタヌキを捕獲したが、それを別動物のムジナと思っていた→禁猟獣の捕獲の認識あり?
Xは道路に自動車を停めたが、そこが駐車禁止区域とは知らなかった→駐車禁止の認識あり?
3過失の故意化?
(4)違法性阻却事由の錯誤
1誤想防衛
X正当防衛状況がないにもかかわらず、それがあると誤信して、防衛行為のつもりで、Aを負傷させた
Aに負傷の事実あり→傷害罪の客観的構成要件要素あり
Xに負傷の認識・予見あり→傷害罪の主観的構成要件要素(故意)あり
→傷害罪の構成要件に該当する
正当防衛状況なし→違法性阻却なし
しかし違法な行為を行なっている認識なし=違法性を基礎づける事実の認識なし→故意の傷害罪は不成立
ただし、過失が認められれば、過失致傷罪の構成要件該当性→違法性阻却事由なし→過失致傷罪の成立
誤想防衛=違法性を基礎づける事実を錯誤している→故意阻却=事実の錯誤説
2「ブーメラン現象」について
構成要件的故意を認める立場
「故意」の傷害罪の構成要件該当性→違法性阻却の否定→誤想防衛を理由に傷害罪の「故意」を阻却
→傷害罪の「故意」が阻却されるので、故意の傷害罪の構成要件該当性を否定→ただし、過失あり
→過失致傷罪の構成要件該当性→違法性阻却の否定→過失致傷罪の成立
問題
構成要件該当性の判断するために一度は「故意」を認め、今度は誤想防衛を理由に「故意」を否定
故意の傷害罪の構成要件該当性を肯定した後、「故意」を阻却し、次は過失致傷罪の構成要件該当性を認める
解決方法
構成要件該当の事実の認識がある以上、故意を認め→誤想防衛は違法性の錯誤→責任阻却=違法性の錯誤説
または故意を責任要素として位置付け、構成要件・違法性阻却の場面では故意を問題にしない
(5)違法性の錯誤
1刑法38条3項
法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
2判例
故意の成立には、事実の認識で足り、違法性の意識は不要。
ただし、違法性の意識を欠いたことに相当の理由があれば→「情状」
3学説 故意説と責任説の対立
故意説 故意と違法性の意識を関連づけて、厳格故意説は、故意の成立には違法性の意識が必要
制限故意説は、違法性の意識の可能性で足りる
責任説 故意と違法性の意識とを区別し、故意の成立には、事実の認識で足り、違法性の意識は不要。 ただし、厳格責任説は、違法性の意識を欠いたことに相当の理由があれば、「責任」を阻却
制限責任説は、誤想防衛のような違法性阻却事由の錯誤は「故意」を阻却
次回08回は過失論 質問をメールで受け付け中。keiho1honda@yahoo.co.jp
(1)具体的事実の錯誤
具体的事実の錯誤
同一の構成要件の枠内の錯誤(方法の錯誤を想定して考える)
XはAを殺そうとして、Bを殺した
問題 錯誤は実際に発生した事実(B殺害)に対する故意を阻却するか?
解答 法定的符合説または構成要件的符合説(通説・判例)→阻却しない
Xは、Aを殺害しようとして、隣にいたBを殺害した(方法の錯誤)。A殺害を意図して、B殺害を実現した。Aを狙ったが、弾丸はBに命中したという点では錯誤があるが、A殺害という認識された事実とB殺害という実際に生じた事実は、殺人罪という同じ構成要件の範囲内で符合・一致しているので、B殺害の故意が認められる。
(2)抽象的事実の錯誤
1抽象的事実の錯誤
異なる構成要件にまたがる錯誤(客体の錯誤を想定して考える)
XはAを殺害しようとして、マネキン人形Bを損壊した(殺人を行なおうとして、器物損壊を行なった)
Xはうるさく吠える犬Bを撃とうとして、その飼主のAを撃ち殺した(器物損壊のつもりが、殺人を実行)
問題 錯誤は実際に発生した事実(B損壊・A殺害)に対する故意を阻却するか?
解答 法定的符合説
A殺害またはB損壊という認識された事実とB損壊・A殺害という実際に生じた事実
構成要件の符合・一致・重なり合いは、あるか?→ない→故意は阻却される
2構成要件の符合
ただし、犯罪によっては、構成要件の大小や軽重の関係から、大が小を、重が軽を包摂する場合がある
・重い犯罪を行なおうとして、それより軽い他の犯罪を行なった場合
XはAを殺害した。AがXに殺害されることを承諾していた。 主観:殺人 客観:同意殺人
Xは実子Aを遺棄した。AがXの実子ではなかった。 主:保護責任者遺棄 客:単純遺棄
XはAの自転車を持ち帰った。それはAが自転車を処分した後であった。主:窃盗 客:占有離脱物横領
Xは会社の金を横領した。その金は社長Bの私物であっ。 主:業務上横領 客:単純横領
→主観的に意図された重い罪の構成要件のなかに、客観的に実現された軽い罪の構成要件が包摂されている
法定的符合説→客観的に行なわれた軽い罪の故意が成立する
・犯罪を行なおうとして、それより重い他の犯罪を行なった
客観的に行なわれた重い罪の故意が成立するか?
刑法38条2項 重い罪で処断できない(重い罪の故意は認められないから)
では、軽い罪の故意ならば認められるのか? 条文は、その問題について明示していない。
→法定的符合説に基づいて解釈によって解決する
XはAを殺害した。XはAが殺害を承諾していたと勘違いしていた。 主観:同意殺人 客観:殺人
XはAを遺棄した。XはAが自分の子であるとは知らなかった。 主:単純遺棄 客:保護責任者遺棄
Xは放置自転車を持ち帰った。それはAが一時駐輪したものであった。 主:占有離脱物横領 客:窃盗
Xは会社の金を横領した。Xはその金が社長Bの私物だと認識していた。主:単純横領 客:業務上横領
→主観的に意図された軽い罪の構成要件が、客観的に実現された重い罪の構成要件に重なっている
重なっている軽い罪の故意が成立する
・構成要件の符合の判断方法
行為態様の共通性+保護法益の同質性
Xは麻薬を輸入したが、覚せい剤だと誤認していた。 主:覚せい剤輸入 客:麻薬輸入(法定刑同じ)
行為態様:輸入 + 保護法益:国民の健康 公衆衛生
麻薬(ヘロイン)輸入罪の構成要件の重なり合いが認められる→麻薬輸入罪の成立
Yは覚せい剤を所持。麻薬と誤認した。主:麻薬所持(懲役7年以下) 客:覚せい剤所持(懲役10年以下)
行為態様:所持 + 保護法益:国民の健康 公衆衛生
軽い麻薬(コカイン)輸入罪の構成要件の重なり合いが認められる→麻薬所持罪の成立
批判説→麻薬と覚せい剤は異なる法律で規制された異質な客体であり、構成要件の重なり合いは認められない
とくに、Yの事案に関して、麻薬輸入・所持罪と覚せい剤輸入・所持罪を抽象化して「違法薬物輸入・所持罪」という法律にはない構成要件を創り出して、その重なり合いを理由に、軽い罪である麻薬所持罪を認めるのは問題である。Yは麻薬所持の未遂と過失の覚せい剤の所持であって、麻薬所持の既遂の成立を認めるのは問題。
(3)規範的構成要件要素の錯誤
1構成要件要素
条文において、その意味が誰にも理解できる事実が記述された構成要件要素 例:人、身体
条文に記述されているが、一定の知識がなければ、その意味が理解できない構成要件要素 例:わいせつ文書
2規範的構成要件要素とその錯誤
わいせつ文書頒布罪における「わいせつ文書」の錯誤
Xは「性的な描写を内容とする翻訳書」を販売した→「わいせつ文書」の販売・頒布の認識あり?
公務執行妨害罪における公務員の職務の「適法性」の錯誤
Xは私服刑事Yが身柄を押さえようとしたので、抵抗した→「公務員の適法な職務」の妨害の認識あり?
封印破棄罪における差押えの効力(有効性)の錯誤
X弁済ば終了したので、差押えの封印を破棄した→「有効な封印」を破棄した認識あり?
行政法における禁止事実の錯誤(保護獣の不知、駐車禁止区域の不知)
Xはタヌキを捕獲したが、それを別動物のムジナと思っていた→禁猟獣の捕獲の認識あり?
Xは道路に自動車を停めたが、そこが駐車禁止区域とは知らなかった→駐車禁止の認識あり?
3過失の故意化?
(4)違法性阻却事由の錯誤
1誤想防衛
X正当防衛状況がないにもかかわらず、それがあると誤信して、防衛行為のつもりで、Aを負傷させた
Aに負傷の事実あり→傷害罪の客観的構成要件要素あり
Xに負傷の認識・予見あり→傷害罪の主観的構成要件要素(故意)あり
→傷害罪の構成要件に該当する
正当防衛状況なし→違法性阻却なし
しかし違法な行為を行なっている認識なし=違法性を基礎づける事実の認識なし→故意の傷害罪は不成立
ただし、過失が認められれば、過失致傷罪の構成要件該当性→違法性阻却事由なし→過失致傷罪の成立
誤想防衛=違法性を基礎づける事実を錯誤している→故意阻却=事実の錯誤説
2「ブーメラン現象」について
構成要件的故意を認める立場
「故意」の傷害罪の構成要件該当性→違法性阻却の否定→誤想防衛を理由に傷害罪の「故意」を阻却
→傷害罪の「故意」が阻却されるので、故意の傷害罪の構成要件該当性を否定→ただし、過失あり
→過失致傷罪の構成要件該当性→違法性阻却の否定→過失致傷罪の成立
問題
構成要件該当性の判断するために一度は「故意」を認め、今度は誤想防衛を理由に「故意」を否定
故意の傷害罪の構成要件該当性を肯定した後、「故意」を阻却し、次は過失致傷罪の構成要件該当性を認める
解決方法
構成要件該当の事実の認識がある以上、故意を認め→誤想防衛は違法性の錯誤→責任阻却=違法性の錯誤説
または故意を責任要素として位置付け、構成要件・違法性阻却の場面では故意を問題にしない
(5)違法性の錯誤
1刑法38条3項
法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
2判例
故意の成立には、事実の認識で足り、違法性の意識は不要。
ただし、違法性の意識を欠いたことに相当の理由があれば→「情状」
3学説 故意説と責任説の対立
故意説 故意と違法性の意識を関連づけて、厳格故意説は、故意の成立には違法性の意識が必要
制限故意説は、違法性の意識の可能性で足りる
責任説 故意と違法性の意識とを区別し、故意の成立には、事実の認識で足り、違法性の意識は不要。 ただし、厳格責任説は、違法性の意識を欠いたことに相当の理由があれば、「責任」を阻却
制限責任説は、誤想防衛のような違法性阻却事由の錯誤は「故意」を阻却
次回08回は過失論 質問をメールで受け付け中。keiho1honda@yahoo.co.jp