Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2016年度刑法Ⅰ(第06週)故意論(1)(刑事判例資料)

2016-05-14 | 日記
 刑事判例資料
 第06週 故意論(1)
40故意の内容(最二決平成2・2・9判時1341号157頁、判タ722号234頁)
【事案の概要】
 Xは、「化粧品」だと言われて「ある物」を日本に運ぶよう依頼された。しかし、それは覚せい剤であった。Xは、それを腹巻きの下に隠して日本国内に持ち込み、ホテルの客室で所持した。

 第1審は、Xには「ある物」が覚せい剤であるとの明確な認識がなかったとしても、少なくとも日本に持ち込むことが禁止されている違法な薬物であると認識していたのであるから、覚せい剤の輸入、その所持の故意の成立に欠けるところはないと判断した。

 弁護人は、覚せい剤の輸入、所持が成立するためには、対象物が覚せい剤であるとの認識が必要であって、「違法な薬物」であるとの認識では、故意として不十分であると控訴した。控訴審は、本罪の成立には、覚せい剤であるとの確定的な認識は必要ではなく、規制対象となっている違法有害な薬物の一種であり、そのような概括的な認識のなかに、覚せい剤が含まれており、その認識・予見の対象のなかから、覚せい剤が除外されていない場合には、覚せい剤輸入・所持の故意が認められると判断した。

 これに対して、弁護人が上告した。

【裁判所の判断】
 原判決の判断によれば、被告人は、本件物件を密輸入して所持した際、覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があったというのであるから、覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれないとの認識はあったことに帰することになる。そうすると、覚せい剤輸入罪、同所持罪の故意に欠けるところはないから、これと同旨と解される原判決の判断は、妥当である。

【解説】
 刑法38条1項には、「罪を犯す意思のない行為は、罰しない」とある。「罪を犯す意思」を故意、または犯意という。この故意がなく、行為を行なった場合、故意犯の処罰規定を適用することはできない。ただし、過失犯の処罰規定があり、行為者に過失が認められる場合には、過失犯が成立する。

 故意が成立するためには、行為者に事実の認識が必要である。覚せい剤の所持罪の故意が成立するためには、所持をしている物が「覚せい剤」であることの認識が必要である。ただし、「覚せい剤」という化学薬物は、その形状や臭い、色などから簡単に識別できるものではない。従って、所持している物が覚せい剤であるにもかかわらず、それが覚せい剤であることを認識していないこともある(確定的な故意がない場合)。そのような場合、覚せい剤所持の故意が基本的に否定されると思われるが、行為者に「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類」であることを認識している場合もある。行為者がこのようなな内容を認識している場合には、故意が成立すると考えられる(概括的な故意がある)。所持の対象が「覚せい剤」であるとことを認識している場合を「確定的故意」、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類」であることを認識している場合を「概括的故意」という。




























41未必の故意(最三判昭和23・3・16刑集2巻3号227頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、某日、某所のA方でBから、他人が窃取した衣類を3万5千円で買い受け、某日同じくA方でBから、他人が窃取した衣類を1万3千円で買い受けた。この行為が盗品有償譲り受けの罪(贓物故買罪)に問われた。原審は同罪の成立を認めたが、被告人は買い受けた時には、衣類が盗品(贓物)であることは知らなかったと主張して上告した。

【裁判所の判断】
 贓物故買罪は、贓物であることを知りながら、これを買い受けることによって成立するものであるが、その故意が成立するためには、必ずしも買い受けるべき物が贓物であることを確定的に知っていることを必要としない。あるいは贓物であるかもしれないと思いながら、しかも敢えてこれを買い受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである。ゆえに、たとえ買い受け人が売り渡し人から、贓物であることを明らかに告げられた事実がなくても、いやしくも買い受け物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「あるいは贓物ではないか」との疑いを持ちながら、これを買い受けた事実が認められれば、贓物故買罪が成立するものと見て差し支えない。

【解説】
 盗品を買い取る行為を「盗品の有償による譲り受け」とい、刑法256条2項の犯罪にあたる。この罪の故意が成立するためには、有償によって譲り受ける物が「盗品」(窃盗罪やその他の財産犯によって得られた財物」であることの認識が必要である。その認識がなく買受けた場合、客観的には盗品有償譲受の行為が行なわれていても、その故意は認められない。

 しかし、財物に「盗品」と書かれてあるわけではないので、それが盗品であることは、一見して分からない。とはいえ、当該物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「盗品ではなかろうか」との疑いを抱くことができる場合もある。「盗品」であるとの確定的な認識ではなくても、「もしかすると盗品ではないだろうか」との認識を持ち得る場合がある。このような認識を持ちながら、それを買受けた場合、盗品を有償で譲り受けた罪の故意が認められる。

 このような非確定的な故意を「未必の故意」という。「未必の故意」とは、「未だ必ずしも確定的な故意ではない」が、故意として認められる認識をいう。







































42法定的符合説(1)--故意の個数(最三判昭和53・7・28刑集32巻5強1068頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、巡査Aからけん銃を強取しようと決意し、建設用びょう打銃を改造した手製装薬銃を構え、Aの背後約1メートルのところから同人の右肩部付近をねらって、びょうを1本発射した。このびょうは、Aに命中し重傷を負わせたが、さらにその身体を貫徹し、たまたま約30メートル前方にいたBにも命中して、同人にも重傷を負わせた。

 原判決は、行為時における被告人の事実認識を検討し、Aに対する殺意はあったものの、Bni対する殺意はなかったとしたが、この事実認定を基礎にして、Aに対する強盗殺人未遂罪とBに対する強盗殺人未遂罪の成立を認めた。

 これに対して弁護人は、強盗殺人未遂罪が成立するのは殺意のあるときだけであるとした最高裁判例を引用し、原判決がBに対する殺意を否定したにもかかわらず、Bに対する強盗殺人未遂罪の成立を認めたのは、判例違反であると主張した。

【裁判所の判断】
 犯罪の故意があるとするには、罪となるべき事実の認識を必要とするものであるが、犯人が認識した罪となるべき事実と現に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく、両者法定の範囲内において一致することをもって足りるものと解すべきである……から、人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかった人に対してその結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意があるものというべきである。

【解説】
 行為者によって計画されていた犯罪と、実際に行なわれた犯罪との間に食い違が生ずる場合がある。これを錯誤という。例えば、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはB殺害罪であった。このように同一の構成要件の枠内で錯誤が生じている場合を「具体的事実の錯誤」といい、B殺害の故意が成立するかどうかが問題になる。また、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはAの犬の殺害(器物損壊罪)であった。このように錯誤が異なる構成要件にまたがっている場合を「抽象的事実の錯誤」といい、器物損壊罪の故意が成立するかどうかが問題になる。

 Xは、Aを殺害して、けん銃を奪う目的でAに重傷を負わせ、通行人Bをも重傷を負わせた。このような錯誤の類型を「具体的事実の錯誤における方法の錯誤」という。この事案では、Aに強盗殺人を行なおうとして、その未遂に終わっているので、この部分の食い違い・錯誤は重要ではなく、強盗殺人未遂罪の成立を認めることに異論はない。問題は、Bに重傷を負わせた点である。XはBには強盗殺人を行なおうとはしていなかったので、この部分の食い違い・錯誤がBに対する強盗殺人罪の故意の成立に影響を及ぼすか否かが問題になる。

 具体的事実の錯誤における方法の錯誤に関しては、通説・判例は「法定的符合説」を採用している。その説明を簡明にするために、A・Bともに死亡したと仮定すると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人」と「Bに対する強盗殺人」であり、「Aに対する強盗殺人」については錯誤は生じていないが、「Bに対する強盗殺人」については錯誤が生じているので、この錯誤が「B強盗殺人」の故意の成立を否定するかどうかが問題になる。法定的符合説によると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であり、それは「人に対する強盗殺人」という構成要件的評価のレベルで食い違いはなく、構成要件の重なりあいを認めることができるので、Xは、強盗殺人について故意が認められる。つまり、Xは「A」という人に強盗殺人を行なう故意で、「B」という人に強盗殺人を行なっているので、Bに対する強盗殺人の故意を認めることができる。

 これに対して、具体的符合説という反対説は、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であり、このAとBは、構成要件的評価の対象の事実のレベルで食い違いが生じているので、Aに対する強盗殺人の故意は認められても、Bに対する強盗殺人の故意は認められない。従って、Bに対しては過失の強盗殺人となり、過失致死罪が成立するだけである(過失強盗や過失窃盗は不処罰)。

 本件の事案では、A・Bともに強盗殺人未遂に終わった。Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人未遂」と「Bに対する強盗殺人未遂」であった。このような錯誤は、故意の成立に影響を及ぼさない。Aを殺そうとして、Aを殺し損ねた場合、「錯誤だ! A殺人未遂の故意は否定される」という主張は通らない。端的に殺人未遂の成立をみとめればよい。強盗殺人の故意で、その未遂に終わった場合も同様である。

 故意の個数の問題について、最後に説明しておく。
 1回または1個の意思決定によって行なわれる行為は、1回または1個だけである。しかし、行為客体が複数存在する場合(本件ではAとB)、1個の行為が複数の客体に侵害的な影響を与えることがある。このような場合、1個の故意は1個の行為客体にしか及ばないのか、それとも複数の行為客体に及ぶのか。これは故意の個数の問題である。
 通説・判例の法定的符合説は、基本的に、1個の故意は複数の行為客体に及ぶことを認め、複数の個数の故意犯の成立を認める。これを数故意犯説という。